第246話
バトルパート
御伽氷巳&ヒック・レンター
VS
正常寧子
「えっと……まずは契約者を喚ぶ……んだっけ?」
(((じゃないと戦えないだろ……)))
観客全員からそうツッコミを受ける氷巳。初めてなので大目に見てほしい。
「それじゃ……ヒックにお願いしようかな……? あんまり……怪我とか……させないようにしなきゃだし」
「む……」
怪我をさせないようにと言われ、侮られてると感じる寧子。
体の小さな彼女はそれだけで嘗められる事は多々ある。そして見た目で嘗められる事を心底嫌っている。
(ま、力ずくで黙らせて来たけどなケバフ食いてぇな)
実力がなければ他者を馬鹿にするのもままならない。強い者が正義力こそが正義。それが寧子の信念であり最も信じている事。
だから今回も腕力で黙らせる……と、思ったのだが。
「やぁ……ヒック。今日の遊び相手は彼女……だよ」
(……コクリ)
(とか言いつつものっそい物騒な雰囲気のが来てんだけどキテンハタ!?)
氷巳が喚び出した契約者を見て目を見開き口をあんぐり開ける。
氷巳が喚び出した契約者ヒックの容貌はそれほどまでに恐ろしいモノだったからだ。
ヒックの見た目はパッと見?
しかし、よく見るとローブからチラリと覗く手足はまるでミイラのように痩せ細り、渇いている。
これまた異様な契約者が現れてしまった。
「あれ……? 見えてるけど……良いの?」
(……アセアセ)
氷巳に手足が見えてる事を指摘されると必死で隠そうとする。
(……アセアセ)
そして隠れなかった。丈も足りなければ筋力が無くて手足を畳んだままキープできないらしい。
(い、意外と可愛い……ぞ? すげぇギャップだなどういうこったパンナコッタ)
思ったより可愛い仕草のヒック。見た目は完全なホラーなのに。
(ま、ご託ぁ良いとしてだよとろたくだよ。あれは敵だしぶっ転がす相手アイナメ唐揚げ。召喚魔法師全員めちゃ強いし、様子見もなしで一気に決めたるエメンタール!)
「お……や?」
(……?)
寧子は小気味良いステップを踏み始める。まるでタップダンスのような耳触りの良い音を奏でる。
「お~……」
(……パチパチ)
寧子のダンスに拍手をする氷巳とヒック。ヒックに関しては腕があまり上がらないので下の方でパチパチしてるが、本人は至って真面目に感心している。
「そういうんじゃねんだけどどぶ汁……」
そんな二人の独特の雰囲気に調子が狂わされる寧子。
だがそれをフォローするかのように氷巳がヒックに先程の補足をする。
「あ、遊び相手って言った……けど。ちゃんと言うとあの子と戦ってもらいたい……んだよね」
(……!)
ヒックは仰け反りながら手を上げて驚きを表現。肩の所まで腕が上がったので、これはかなり驚いてる。
(ぶんぶん……!)
そして首を振り拒否を露にする。
(……アセアセ)
身振り手振り……しようとするも手が上がらないので焦ってる事しかわからないが、ニュアンス的にはとりあえず拒否。ヒックはどうしても戦いたくない様子。
「安心して……よ。僕もアレ使う……し。いつもの調子で遊んでくれたら……ね? どうにかなる……かなって」
(……)
そういう事ならと渋々了承。寧子の方へ向き直る。
「準備できちまったかちまき。だけどそれはこっちもだぜ餅巾着!」
二人が揉めてる間も寧子のステップは加速を続け、今や足が幾つにも増えてるように見える。
(総合的に結嶺やきさらさらさら茶漬けよか遅いけど、それでも準備できる時間がありゃあの二人を困らせるくらいにはめんどくさくなれるんだぜくさやの如く!)
寧子は左右不規則に方向を変えながら接近。
人域魔法を用いた走行では常時筋力を強化しつつ一歩ごとの運動エネルギーを上げて距離を稼ぐやり方が
しかし寧子は足を速く回し、一歩ごとの速度は上げつつも距離はあまり変わらないようにする事で他と変わらぬ速度で移動する事ができるようになった。
むしろこれによって小回りが利くようになり、さらに高速で動く足に加え地面や床を激しく踏み鳴らす事で視覚的にも聴覚的にも撹乱し、予測をしづらくさせている。
瞬発的に魔法を連続で使用する寧子のオリジナル走法。これが寧子を学園トップクラスに至らしめた武器だ。
「反撃の隙なんて与えられると思うんじゃねぇぞじゃこボケがぁ!」
――
「……な!?」
ヒックに肉薄した瞬間に氷巳が呟くと、ヒックが大きくなった。
「ウニ……ッ! どわ!?」
思わず後ろに下がろうとしたら足がもつれて転んでしまった。
(嘘!? んな盆ミスさすがに私でもしないってのにノニジュース――)
「!?」
よく見たら、ヒックだけじゃない。氷巳も大きくなっている。それどころか、自分以外の全てが大きくなっている。
(いや、違うぞこれ……。本マグロとビンチョウマグロくらい違う!)
手を握った感覚で確信した。ピッタリサイズで作られている服なのに何故か袖の内側を掴めている。つまり答えは――。
(私が小さくされてやガレット!)
理由はわからない。ただ事実として元々小柄な寧子はさらに小さくなり、今はもう7才くらいにしか見えな――。
(10才の時くらいまで縮んでやがるぞバカ野郎鵬治郎! あ! しまったタコ飯! あいつは食い物じゃな
……10才にしか見えない。
(……イソイソ)
混乱している間に近づいていたヒック。左右の人指し指で寧子の両目に触れる。
「どわっしゃあ!?」
慌てて飛び退く寧子。体は縮んでもまだまだ動ける様子。
「め、目潰し……? たぁ結構エグいことすんじゃないのさまるで煮すぎた鰹出汁……。それによくもちっちゃくしやがったなガパオライス」
「仕方ないんだ……よ。これを使わなきゃヒック帰りそうだったから……ね。ま、最初から使うつもりだった……けど」
「……契約者の能力じゃないのかイカ焼きなのかイクラはいるか?」
「イカ焼きもイクラもイルカもいない……けど。
「は? こんな芸当、人域魔法じゃできな――」
そこでハッと気付く。観客も全員気付く。
召喚魔法により喚び出した契約者の能力じゃない。人域魔法でもない。
となれば、答えは一つしかない。
「あ、あんた……ま、さか!?」
「え……っと? なにがまさかかはわからないけ……ど。君が小さくなった魔法は
「「「!!?!?!!?!?」」」
寧子の顔は青ざめ、観客は興奮する。
観客からしたら神誓魔法なんて目に出来る機会はほぼほぼない。
表に顔を出してる魔帝の一人が神誓魔法を使えるが、それ以外の使い手はまず人の目に触れない。
だから、実質二人しか人の目に触れていない。いや、氷巳がこの場で使う事で二人目となったのだ。これで興奮しない方がどうかしている。
同時に、その相手をさせられるなんて寧子からしたら絶望しかない。
予感が外れてくれたら良かったのに。嘘であれば良かったのに。
そう願っても、自分の体を見ればすでに魔法は発動している事がわかる。勝てる気なんてもう……。
「すぅ……はぁ……」
(落ち着け。ただ縮んだだけ。元々チビだったんだからそんな変わんねぇって甜麺醤。それに魔法を封じられたわけじゃない鰯のつみれ。いけるさサルサ)
深呼吸し、落ち着いて現状を把握。
体が縮んだだけでダメージはなく、魔法も使えるなら戦える。ならばまだ勝機はある。そう考えたのだ。
「まだやる気……あるんだね」
「へ~んだ! ちっさくするだけなら勝てない理由になんねぇんだよネパールカレー!」
「……それもそう……だね。じゃあ……追加……で」
「……はえ?」
寧子の言葉でなるほどと思った氷巳はブリキの兵隊を作り出す。
召喚ではない。これも氷巳の神誓魔法――
虚勢が、裏目に出た。
「この部屋では……ね? 結構僕の思い通りになる……んだ。ほら。子供にとって大人って神様みたいじゃ……ない? 今君は子供役で……僕は大人役。だから僕の思い通りになってしまうん……だ」
(い、意味がわからねぇ……!? なんだその理不尽な魔法は!!?)
「行く……よ?」
「……っ」
文句を言ってる場合じゃない。ブリキの兵隊が寧子を襲いに走ってくる。
(え、えっと……おもちゃの兵隊が五体鯛めし……。さっきの感覚とあの動きの遅さなら……うん。問題ないないモッツァレラ!)
「ダダダダダダだらっしゃあ!」
その場でステップを踏み、寧子は加速。少し助走用のステップは足りないが、十分スピードは乗った。
「でい! おら! 腹が! 減るわ! 成長期!?」
次々にブリキの兵隊を破壊していく。小さくなって元の筋力は減っても少しマナを多く使えば誤魔化せる。寧子は全てのブリキを破壊する。
「ど、どうよドジョウの柳川?」
「すごいすご……い」
(パチパチ)
「じゃあ……次で」
「!?」
再び現れるブリキの兵隊。しかも今度は十体。
「じょ、上等上等上ハラミ……。全部スクラップにしてやるランプ肉」
冷や汗を垂らしながらも自分を奮い立たせる。
寧子はステップを踏み、リズムを作り、ビートを刻み出す。
(タップじゃダメだ! もっと速く! もっと強く! 一体に時間かけずに一瞬で蹴散らしてさっさとあいつの契約者をぶっ転がす! ナッツみてぇに全部砕いてやっから覚悟しとけや焼き鳥!)
神誓魔法使いと戦うのは怖い。
だけど、それ以上に負けたくない。
小さいから弱いなんて遥か昔の固定観念だと自分の身を持って証明してやる。
己が決めた信念を元に。寧子は氷巳に立ち向かう。
それが来たのは、寧子が小さくなってほんの十分後だった。
(……あれ? 私……なにしてんだっけ……?)
ブリキを壊しながら寧子は疑問を抱く。
今はブリキだけでなく、うさぎのぬいぐるみや恐竜のおもちゃ。他にも色々な玩具が出てくるのでひたすら壊していく。
(あ、あれかわいいな……ほしいな……。あれ? でもこわしちゃった……。なんで? なんでうさぎさんやぶいちゃったんだろ……? かわいいのに……かわいそうなことしちゃった……いけないことしちゃった……)
体がさらに小さくなる。追いかけるように思考も幼くなる。
本人に自覚はない。何故なら魔法にかけられた事もとっくに忘れてるのだから。
「あ……れ?」
とうとう足を止めてキョロキョロと周りを見回す。
「ひっ!」
ブリキが近付くと悲鳴を上げる。近くにあったう熊のぬいぐるみを抱き締める。完全に怯えきった様子。
もう完全に寧子は子供の時に戻ってしまっている。
「頑張ってたけ……ど。そろそろ……良いかも……ね。ヒック。イタズラしちゃ……おう」
(コクリ)
ヒックは頷くと、仕掛けていたモノを発動させる。
「ぁ……いや……いやぁ! やだ! やだやだ! たすけて! おかあさん! おとうさん! たしゅけれぇ! うわぁぁぁぁぁぁあん!」
突如泣き叫ぶ寧子。
寧子に何が起こったのか。彼女は今自分にしか見えない幻影を見せられているのだ。
先程目に触れた時、ヒックは幻影を見せる膜を張り付けた。故に寧子にしか見えない。
「うああああああ! ごべんなざぁい! ゆるじでぐらはい! おがあざぁん! だすげれぇ!」
その膜が見せてる幻影は子供騙しも良いところだが、ゾンビやお化けといったホラー。それからブリキ達もより怖くなるようボロボロに見せている。
これがヒックの能力。子供相手にしか効かないような強いとは言えない能力。
ただし、今相手にしているのは子供。ならば、十二分に強力となり得る。
ある意味。これほど氷巳と噛み合う契約者も珍しい。
『せ、精神に異常を感知! 即時戦闘をやめてください!』
「ん? は……い。ヒック。終わりだ……ってさ」
(………………コクリ)
アナウンスが入り、多少の間はありつつもヒックは幻影を消した。氷巳も同時に魔法を解いた。
「うわあああ――……っ!?」
ブリキやぬいぐるみの残骸は消え、寧子の体が元に戻る。部屋から解放された。
しかし、寧子は未だ放心しているようで動かない。
『……正常寧子の戦闘不能を確認。勝者御伽氷巳』
覚悟など嘲笑うかのよう。に努力して身に付けた寧子の
圧倒的過ぎる。
こんな人間相手にしては再起不能に陥り、将来を壊しかねない。
試合をさせてこなかった学園は正しかった。
召喚魔法師側控え室。
「ただい……ま。どうだ……った? 上手くできたか……な」
「……なんで俺に聞く?」
「ファンだか……ら」
「さいですか」
「才です……ね」
「……まぁ、良いんじゃないですかね。デビュー戦で圧勝だったし」
「そ……っか。天良寺くんがそう言ってくれるなら……良か……った」
「で、次は夕美斗ちゃんだね~」
「……っ。わ、わかってる。もう大丈夫。い、い、い、いってくる」
「……どうしよう全然大丈夫に見えない」
「ま、なるようになるでしょ。彼女も場数踏んできてるし」
「う……ん。次の試合も……楽しみだ……な」
(とは言ったものの。残ってるのがよりにもよってな人物だからなぁ~……。確かに天良寺くんの妹ちゃんである結嶺ちゃんは天才だし将来有望。今も学園トップに君臨している。……で~も~。夕美斗ちゃんの相手の見ル野きさらちゃん。彼女はすでに――魔帝候補なんだよねぇ)
人域魔法師側控え室。
「このコロッケしょっぱい! 塩多い! ずずぅ!」
「鼻拭いてから食べなよ……。絶対そのせいだよ……」
「うっせぇ! ずびび! ヴぇっくしょい!」
「うわぁ!? 汚いなぁ!?」
「えっと……思ったより元気そうで良かったです」
「あんなに泣き叫んでたから心配したけどなァ~。なァ? ニャンコぉ~?」
「知らない! 泣いてない! さっさと行けお茶漬け!」
「それだともう原型ないんだぞォ!? 行くけども! やっと出番だし!」
「きさらさん。頑張ってくださいね」
「見ル野なら心配の必要まったくないと思うけどね」
「ふふん♪ 当然なんだぞォ~! きさらは今は結嶺ちゃんに一番を譲ってるけどォ~。すぐに一番になって一番目立つんだぞォ! きっちり勝って目立ってくるからよーく見とけよォ~?」
「はい」
『続いて第五戦。人域魔法師見ル野きさら。召喚魔法師和宮内夕美斗。準備ができ次第。始めてください』
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