第244話
バトルパート
賀古治伊鶴&ハウラウラン
VS
静雨花
戦慄。
その言葉が相応しい。
理由は単純明快。
ついさっき見せられた召喚魔法師の可能性を嘲笑うかのように。才能というもの。実力の差というものを。見せつけられたからだ。
「……」
「ク……ケ……」
「……ふん」
それだけなのに、伊鶴とハウラウランは雨花によりダウンさせられた。
数十秒か数分か、手足はピクピクと動いているが、起き上がる事が出来ない。動けないでいる。
もっと簡潔に現状を言おう。
伊鶴とハウラウランはたった三発で、二人合わせ三発で、沈められたのだ。
「期待外れだ。
戦慄。それは人域魔法師にではない。
雨花に抱いた、観客全員の感情だ。
試合開始直後。伊鶴はアナウンスが終わると同時にハウラウランを喚び出し、人域魔法で肉体を強化しつつ両手から爆発を起こす。
「うぉおおおりゃああああ!」
爆風による加速を利用した奇襲を仕掛けた。
(へぇ? 人域魔法が使えるのか。おもしれぇな)
雨花は焦らず慌てず、右手を腰に当てながらも左足を前にしつつ半身に構える。
(ぎこちねぇけど中々様になってるな。E組の担任は
心の中で悪態をつきつつも、迫る伊鶴と召喚されたハウラウランの観察を始める。
(派手に突っ込んで来てるな。だが本人から攻めっ気を感じない。むしろ後ろの蜥蜴が何か準備してるな。力んでやがる。って、ことは前に出たのは陽動。ギリギリで避けて自分の体で目隠しを利かせつつの遠距離奇襲ってとこか。本当、洒落臭ぇわ。そういうのはもうちょっと人域魔法を自然に使えるようになってからにしやがれ
一瞬で伊鶴の狙いを看破。雨花は伊鶴の避けるタイミングを計る。
(ここ!)
(ここか)
雨花は肩幅に開いていた足を、伊鶴に見えないように腰から上を動かさず右足だけ寄せ、踏み込める距離を増やした。
この
「……い!?」
伊鶴の目の前に拳が迫る。ブレーキ直前の勢いが死んでないタイミング。急に伸びてきたそれは回避不可能。
「ぶぐふっ!!!」
(あ、人域魔法で自分の保護しかしてなかったけど。折れたなこれ)
強烈な
加えて鼻骨を砕かれ、首も折れてはいないが傷めてしまった。
ただの拳ではこうはならなかっただろう。だが実際には結果として現れている。
理由は雨花はただの
普通の拳打は踏み込んでから殴る。これがセオリー。
だが雨花は違う。雨花は拳を当ててから地を踏むのだ。
つまり順番で言うと――。
1.踏み込みの足
2.拳
基本的には同じかこの順番になるだろう。これが普通。
しかし雨花の場合は――。
1.拳
2.後ろ足
3.前足
となっている。
先に拳を当てたら踏ん張りがなくて弱いのではないかと疑問に思うかもしれない。
だがそれは違う。
先に足を着地させた場合、踏み込みによる前への力が下に逃げてしまう。
逆に拳を先に着地させると、相手に体を預ける形になる。つまり、前へ向かっていた体。即ち体重。それを相手に受け止めさせる形になるのだ。
もちろん爪先の捻りなどを入れれば威力は上がる。
けれど、雨花のやり方でも踏み込みのタイミングで踵を内側へ入れつつ膝を外側へやればその捻りの力も加わる。
さらに雨花は相手に正面を見せず、半身。ほとんど側面を向けながら打っている。これがまた重要。
正面ではなく半身の利点は大きく二つ。
まず一つ目に威力の差。
正面だと前後に揺れやすい背骨がクッションとなり威力は逃げる。
半身ならば肉体の構造上自然に近い形となり、威力は逃げづらい。
二つ目に
正面よりも半身の方が肩が前に出る分、大体拳一つ分は差がある。
これにスティール・ステップで稼いだ距離も加わるとなると。相手からすればまだ遠い距離と思っていたのに実は射程距離……という事が起こり得る。
事実。伊鶴はこの技術で避ける前に迎撃された。
加えて威力の高さは伊鶴自身の体で立証されている。
伊鶴の身に起こった事を例えるなら。全力疾走している時にいきなり顔面に鉄球が当たったようなもの。
無事でいられる人間がいるだろうか?
否。そんな人間はいない。下手すれば死ぬ。
伊鶴が無事だったのは運の良さと雨花の手加減のお陰。本気で打たれてたら死んでる。
それでも、伊鶴は一撃で瀕死に追い込まれた。
威力と射程距離を兼ね備えたこの打ち方をストレート・リード。
実戦的で恐ろしい技術。人域魔法で威力を増す必要すらない。
「クキャアアアアアアア!」
「……ん?」
伊鶴が派手に吹き飛ばされ、ハウラウランの怒りは頂点に達する。
わかっている。これは戦い。傷を負うのは覚悟の上。
だけれど、幼いハウラウランは感情を抑えられなかった。
奇襲の準備を中断し、声を荒げながら雨花に突っ込む。
「チッ。下等生物が」
(たった今正面から突っ込んでぶち殺されたヤツかいんだろが)
雨花は不満気な顔をなりながらも迎撃体勢に入る。
「クキャア!」
「シッ!」
「プキュッ!!?」
右足を軽く上げ、腰から下を振り子のように使い、股関節で波を作るようにしながら威力をかさまし。左足に全ての力を伝え蹴り上げる。
大型獣程のハウラウランの顎を容易く跳ね上げた。
(意外と……いや、普通に丈夫な首だな。この手応えじゃ足りねぇか)
雨花は左足を着地させると爪先を外側へ捻り
「フ……ッ」
「ギュ……ッ!」
急所を打ち抜かれたハウラウランは後ろへ転がり、動かなくなった。
(大概の生物は構造が一緒ってな)
鮮やか。一連の流れを表すならその一点に尽きる。
(にしても……)
しかし、美しいとも言える雨花の技術は観客に恐怖を与え、己に退屈を与えた。
「期待外れだ。
雨花の顔は圧勝への喜びはなく、退屈という感情しか浮かべていなかった。
人域魔法師側控え室。
「あっはっは! 一瞬で終わらせやがった静のヤツ! 絶対あれフラストレーション溜まってるわ溜まり醤油だわ!」
「おうふ。呆気ないぞいづるん……」
「これは次の準備した方が……良いのかな?」
「いえ、まだだと思います」
「「「……?」」」
(その人。怪我をしてても油断しない方が良いと思いますよ。気を付けてください。雨花さん)
(う、動け……ない……)
伊鶴はなんとか体を動かそうとするが、指先を動かす事で精一杯。
(頭クラクラ……してる。鼻……痛い……。息、しづらい……。首も……ジンジンして、寝違えた時より痛い……。くそぅ……ハウちゃんが仇取りに行ってくれたのになんもできない……。ケガしてないかな……? 大丈夫かな……? ……ごめんね。すぐやられちゃって……。でも、せめて……マナだけでも……)
混濁する意識の中。ハウラウランにマナを送り続ける伊鶴。
彼女はわかっていない。すでにハウラウランもやられてくる事を。
「ク……ケ……」
マナを受け取り、回復力を高めるハウラウラン。
ふと、ある休みの日に伊鶴がハウラウランの世界に来た事を思い出す。
ハウラウランの世界には大きな生き物は一匹しかいない。
豊かな自然。落ち着いた季候。たくさんの小動物。
その中に、一匹――一頭の竜がいるだけの世界。
その世界の竜は単為発生により子を作る。卵を産むと同時に己の生命エネルギーを全て与えて世を去るのだ。
つまり、ハウラウランは生まれた時から孤独。孤独に生き、孤独に死ぬ。そういう星の下に生まれたそういう生物。
だからハウラウランは寂しいという感情もなかった。楽しいという感情もなかった。
ただ生きて、いつか卵を産み落とし、全てを託して死ぬ。そういう生を送る――はずだった。
伊鶴との出会いによりハウラウランの運命が変わった。
伊鶴との繋がりによりあらゆる
それらを自覚し始めたら、もっと生が楽しいモノだと感じるようになった。
そんな、色々な事を教えてくれて。色々なモノをくれる伊鶴と自分の世界を散歩していた時。伊鶴は急に真面目な声で聞いてきた。
「ハウちゃんの仲間……いないね。この世界にはちっちゃな動物はたくさんいるのに。ドラゴンみたいなの見ないね」
「クケ」
「もしかしてさ。ハウちゃんの仲間っていないの?」
「クケ!」
いないよ。そう言ってる気がして。なんだが寂しい気持ちになる伊鶴。
事実ハウラウランには仲間はいない。遠い昔。一頭を残して死に絶えている。
黒いナニかに滅ぼされている。
「そっかぁ~……。じゃあ私が喚んでないと寂しいね」
「クケ!」
寂しくはないけど暇。そういうニュアンスを込めて返事をした。
本当は寂しい。でもハウラウランはいつも孤独だ。でもまたすぐに喚んでもらえるのはわかっているから。だから平気だと強がる。
「……そっか。ハウちゃんは強いんだなぁ~。私は弱っちいから羨ましいよ」
「クケ?」
あんなにマナか多いのにと。ハウラウランは疑問に思う。
でもその疑問は、すぐに晴らしてくれる。
「私は一人ぼっちじゃないけどさ。一人じゃなんもできないから……」
人域魔法を覚え始めているが、それもハウラウランとの繋がりでマナを少し感じる事ができるようになったから。ハウラウランがいなければ魔法なんて一切使えない。
「ハウちゃんがいなかったらなんもできないんだよ。私ってさ」
魔法師になりたくて。でも魔法は使えなくて。叶わない夢を追いかける馬鹿って言われ続けて。悔しくて。虚勢張って。頑張って。やっと光が見えて。今までの気持ちが少しだけ溢れる。
「だからさ、ハウちゃん。私のことこれからも助けてね。いつかハウちゃんに甘えなくても良いようになるからさ。それまでは助けて」
「……クケ!」
任せろ! そう気持ちを込めて鳴いてやった。
伊鶴は満足そうな笑顔を向けて撫でてくれる。
この顔が大好きだ。最初はよくわからなかったけど。今はこの顔をしている伊鶴が大好きだ。
だから今その顔を向けてくれるのが幸せだ。最高に幸せだ。
ハウラウランは決意を固めた。この笑顔を自分が守るんだと。伊鶴には自分しかいないから。自分にも伊鶴しかいないから。自分は強いからこの笑顔を守るんだ。伊鶴を守るんだ。
――守れてないじゃないか!
「クキャァ……!」
マナにより動けるまで回復したハウラウランは潰れた喉を引き絞りながら起き上がる。
体中を巡る伊鶴のマナを感じる。伊鶴だってボロボロなのに自分を気にしてくれている。
いつだってそう。いつだって伊鶴は自分を気にしてくれてる。色んなモノをくれる。守ってくれてる。
仲間と遊ぶこともあるけど。それでも家では絶対構ってくれる。
なのに自分はどうだ? 一個も返せてない。
伊鶴は強くなりたい。だから一回一回の勝たなくても良い戦いでも本気だ。
この戦いにだって本当はいつも以上に気持ちを張ってた。
なのにこんなに早く終わって良いのか? 終わらせて良いのか?
否。終わらせない。
戦うのは自分だ。本当は伊鶴を前に出しちゃいけないんだ。
伊鶴は本当はか弱いから。自分のが強いから。
それなのになんで後ろにいた? 守るって決めたのに。
「クゥ~……」
自分に憤りを感じながら、ハウラウランは伊鶴を一瞥する。
守れなくてごめん。甘え続けてごめん。でもこれからは自分も戦うから。それだと不満な顔しそうだから。優しい
今度は自分が戦うんだとさらなる決意を重ねる。
ハウラウランは最後にもう一度だけ、心の中で伊鶴に謝った。
――その送ってくれてるマナで、少し無理するよ
「クキャアアアア――グルァアアアアアアアア!!!」
「……!? 何してるんだあの蜥蜴!?
送られている膨大なマナを使い、ハウラウランは無理矢理脱皮を始める。
それも表皮が向けるだけの脱皮じゃない現在の生態からの脱皮だ。
体内から放出される熱でハウラウランの鱗が、皮が焦げて崩れていく。やがて背中が裂け内側から別の形をした生き物が姿を現した。
「ガルゥ……」
大きなトカゲのような面影は消え、まるで四足獣のようにしなやかな形へ変わった。
声帯も変わり、低い唸り声を上げている。
「ガラァァァアァァァァァアアアアア!」
「うく……!」
咆哮一発。迸る熱波。距離を取っているのに雨花まで伝わる。
古い肉体を捨て、生まれ変わったハウラウラン。声帯も含め傷は全て治っている。
加えて、伊鶴と無理矢理限界同調を発動。伊鶴に自分の治癒力の概念を分け与えつつ、限界同調負担を全て。
爆発的成長を見せるハウラウラン。このまま雨花をも下すまでいきたい……ところだが。
「グラゥ……」
脱皮直後。それも肉体ごとの脱皮。膨大なマナの供給あれど、体力の消耗も激しい。
長くは……持たない。
「ガルゥ……!」
関係あるか。伊鶴をあんな目に合わせて。蔑みの目を向けたそれがハウラウランには許せない事だった。
伊鶴は優しい。それ以上に負けず嫌いだ。最初の頃。あまり仲良くなかった時。伊鶴は演習で一度だけ負けている。
たった一度だけど。負けた後、彼女は泣いていた。
負けるのは悔しい。でもそれだけじゃな泣かない。E組の落ちこぼれだと。他の勝ちはまぐれだと。馬鹿にされたから泣いたのだ。
自分だって召喚魔法師だろと。絶対見返してやると。立ち直るのも早かったけれど。負けて侮辱された時は辛そうだった。
当時はわからなかったけど。今ならわかる。その行為がどれだけ伊鶴を傷つけるか知ってしまっている。だから許せない。
もし、雨花が侮蔑の目を向けたりしなければ、ハウラウランは怒らなかったかもしれない。
だがもう遅い。ハウラウランの覚醒は成ってしまっている。
「ガァ!」
ハウラウランは飛び出し再び接近を試みる。
(馬鹿の一つ覚えか? 嘗めやがって)
放熱には驚いたが、脱皮が終わってからは落ち着いている。雨花が怯む要素は消えた。
(確かにさっきよりかは速い……が。それだけだ)
姿形が変わろうと先程と同じ生き物。同じ思考で同じ動き。ならば対応も大差ない。
「シッ!」
「グギ! ガルァ!」
「へぇ?」
近づいてきたところに蹴りを合わせ顎をはね上げた。だがハウラウランは一瞬動きを止めるもすぐに襲いかかる。
(さっきより手応えは軽い。脱皮直後でまだ外側が整ってないな。あとは消耗してるからかな? 代わりに歯食い縛って耐えやがった。味な真似をしやがる)
「シシッ!」
「グゥ……! ガゥ……!」
先程と同じように左右転換。拳を喉にめり込ませ、さらに体を捻り腹部に真っ直ぐ拳を叩き込む。
「ングゥ! ガァ!」
「……! く!」
しかしすかさず反撃。後ろ足で立ち上がり前足を振り回す。
(威力を拡張してないつってもできるだけ急所を狙ったのに耐えるかよ。……それに関節の稼働域が広い。人間並みになってやがる)
四足獣のような体に加え肩部分は人間の関節に近いとなればトカゲ型の時よりも攻撃範囲は増える。
あらゆる角度から鋭い爪で襲いかかる。
「ガウ! グギャア!」
単純だが、だからこそ当たればただでは済まないとわかる。身の毛がよだつ引っ掻き。
しかし当たらない。尽くさばかれる。
「グガ!?」
(こんな遅いの当たるかよ。こちとら結嶺の馬鹿みたいに速い打撃を相手にしてんだ。それに何より、人型のが読みやすい)
人型に近いからこそ武術を嗜む雨花にはわかりやすい。
体のサイズは異なっても彼女にとってはちょっと大きくて丈夫な素人。
むしろ武術というのは体格の差を如何に埋めるかという面も持ち合わせている。
故に。今のハウラウランでも雨花の敵じゃない。
「……ガブ!? ……ッ。ガァァァア!」
それでも攻める。果敢に攻める。
「グバ!? ガギュ!?」
殴られても。蹴られても。攻め続ける。
「ガァ! グブ……!? ゲァア!」
鱗が剥がれる。皮が向ける。血が流れる。
だが止めない。伊鶴を常に庇うように。背で伊鶴を見つめながら。ハウラウランは攻め続ける。
「チッ。しつこいな」
雨花も嫌気が差し始める。
殴り、殴られる。そんな均衡した戦いならいざ知らず。一方的に殴るのなんて退屈で仕方ない。
動いてようが一方的ならばそれはサンドバッグを殴ってるのと同じ。部位鍛練で木人を殴ってるのと変わらない。
そんなので楽しいと感じる程。もう子供じゃない。
だから、雨花は終わらすべく。少しだけ本気になった。
「いい加減くたばれ蜥蜴!」
「ガァ!」
「……っ!」
今の今まで動けずにいた。音が聞こえてもよくわからなかった。やっとまともに聞こえた何かの声は初めて聞くモノで。……それなのに、何故か。
(ハウ……ちゃん?)
ハウラウランによる限界同調のお陰か、それともただの勘か。伊鶴はそれが何かわかった。
「ガブ……! グギャア!」
苦痛を耐える声が何度も聞こえる。
(私が倒れてる間ずっと……? ずっと戦ってるの……?)
「うっ! ……んくぅ!」
歯を食い縛りながら伊鶴は立ち上がろうとする。
鼻血がボタボタと垂れて水溜まりのようになっている。服はもう真っ赤になってしまった。
(ハウちゃんが頑張ってるのに……。いつまでも寝てられない……よな! 知らない内に
「はぁ……はぁ……治……っだ……ぞ……っ」
伊鶴はフラつきながらも立ち上がる。
一撃しか受けていないとはいえ骨折に大量の出血。治ってるわけがない。
それでも立つ。是が非でも。
「治っだ……ぞ……っ。治っだ……! ぞ……!」
何度も自分に言い聞かせる。大きな声は出せないけれど。自分に聞こえればそれで良い。
「
足に力が入らない。膝が震える。だけど伊鶴は立てている。
立てているなら動けている。動けているなら戦える。
だが、ダメージは素人目にも明らか。浮かべている乾いた笑顔も痛々しい。
満身創痍。その言葉がこれ程当てはまるのも珍しいだろう。
「ハウ……ぢゃん……」
未だ歪む視界の中。ハウラウランへ目を向ける。目に映るのは歪んでいてもわかる、勇敢で逞しい戦う姿。
殴られても蹴られても退かず立ち向かう。
何を思ってそんなに必死に戦っているのか。普通ならばわからないと言う場面。疑問に思う場面。
(私のために……あんな、頑張って……。こんな気持ちにならなくていんだよ……? 私が勝手にしてきたことなんだから……)
だが伊鶴達は繋がっている。一時的に存在が融け合っている。伝わってしまう。わかってしまう。
(でも、ありがとう……。嬉しいよ。そんなに思ってくれてさ……。それからごめん……。ごめんね……こんな情けない相棒で……。ごめんね。今からちゃんとする……。ちゃんとするよ……。こんなに頑張ってもらえたんだから……。ここでやんなきゃ私にハウちゃんの隣を歩く資格ないもんね……)
伊鶴は嬉しくなった。同時に悲しくなった。怒りも芽生え。最後に残ったのは強い意志。
(ハウちゃんがあんなになっても頑張ってんなら……さ。勝ちたいよね。そもそも負けるの嫌いだしっ)
伊鶴はハウラウランから雨花へ視線を移そうとする。
が、ハウラウランで隠れて見えない。なのでハウラウランの視界を借りる。
(こっち……気づいてない……? ……そんなら)
「はぁ……はぁ……。……ふん! ……ふん!」
潰れて触れるだけでも痛いはずなのに、伊鶴は片鼻ずつ親指で塞いで詰まった鼻血を吹き出す。
そして何かを思い付いた伊鶴は出来るだけ急いで、出来るだけ静かにハウラウランの背中目掛けて歩き出す。
(今度は成功させようぜ……ハウちゃん……)
「……! ガァ!」
伊鶴の思考がハウラウランへ伝わる。
ボロボロの二人の捨て身の攻撃が始まる。
「いい加減くたばれ蜥蜴――テメェ、なんで……!?」
マナを込めた打撃でハウラウランに叩き込もうとした瞬間。背後から腰に抱きつかれる。
目を向けるとそこには倒したはずの伊鶴がいた。
「捕まえた……ぜぇ~?」
ハウラウランの陰に隠れて接近した伊鶴。タイミングを見計らい、完全に油断していた雨花を捕まえる事に成功。大きな隙を作り出す事が出来た。
「この野郎! 離しやが……――っ!?」
(力……強……っ!?)
ハウラウランの膂力を人域魔法で底上げしている伊鶴。多少の技術でどうこうできるレベルじゃない。
(つってもまだ頭ぐわんぐわんするし、あんまし余裕ないけどね。できるのは今こいつを離さないことだけ。だから――あとは任せるぜ)
「やっちゃえ……ハウちゃん」
「ガルゥア!」
「しまっ!?」
今度は伊鶴に気を取られ、ハウラウランの尻尾が迫っているのに気付かず反応が遅れた。
――ミシッ!
「い……っつ!」
ガードは間に合った。あえて踏ん張らない事で後ろに吹き飛び、衝撃も多少逃がせた。
だが、伊鶴に捕まっていて姿勢が悪いのに加えて伊鶴が踏ん張った所為で威力も殺しきれてない。人域魔法の発動も遅れた為に強化は不十分。筋肉と骨へのダメージは免れない。
「……やってくれたな
「……やった? んなわけ」
「あ? ……!」
伊鶴の不敵な笑み。その意味に気付いた時、雨花の背筋に悪寒が走る。
「ンガァ……」
ハウラウランが口を開け、体内から熱を溢れさせていた。
「まさか……テメェ! この
「ぶふっ!」
もがく雨花。肘を何度も伊鶴の顔面へめり込ませるが、限界同調のお陰で意識を断つまでに至らない。
「試合だってのに殺す気か! ふざけんな!
「あぐぶ! ……だった……ら。私も一緒に……逝ってやるからよ……っ。寂しがりちゃん♪」
「
「ガ――」
――……………………ッ
音はない。爆発じゃない。放出されたのは熱。ただの高熱。
凝縮した熱が伊鶴と雨花を包み込んだ。
「「「……」」」
試合のはずなのに。命懸けの戦いをする
先程雨花の強さに戦慄した観客は、召喚魔法師の持つ常軌を逸した覚悟と、その異常性に震え上がる。
しかし、やっと落ち着ける。そうも思っていた。
あんなものを受けたらまともな人間じゃ受けられない。
いや、なんなら二人とも死んでいるんじゃ――。
――バチン! ゴス! ブン!
「うぶ!? んぐ!? ぶっは!」
何かを
「ぅ……ぁ……」
「ガラァ! クゥルルル……」
しなるような腕で顔面をはたかれ、力が抜けたところを肘で追撃をかけられつつ距離を取られ、円を描くようにぶん投げられた伊鶴。そこに心配そうに近づくハウラウラン。それから――。
「あっちぃ~。クソッタレボケ。みっともなく騒いじまったろうが。恥ずかしい。……でも、逆にスカッとしたぜ」
全身から白い煙を立てながらゆっくりと近づく雨花。
所々服はボロボロになっているが、ほとんど無傷の雨花だ。
「死に体での特攻。あ~あ~いつの時代の日本人だテメェ? 古くさ過ぎて尊敬するぜ」
雨花が無事だったのにはもちろん理由がある。
雨花は人域魔法で空気の膜をつくりクッションにしたのだ。
さらに空気の力が向く
その他マナのリソースは肉体の保護に徹していた為に消耗はたし、服の保護にまで気は回らなかったが、傷もほとんど負わなかった。
伊鶴とハウラウランの決死の特攻も、通じなかった。
「めちゃくちゃマナ使っちまって疲れたわ。よくもまぁ私をここまで疲労させたな? ハッ! だからこそよ。認めてやるよ。お前らは期待以上におもしれぇし、何より……私が本気を出すに相応しいってなぁ~?」
だがしかし、雨花は伊鶴達を下に見るのをやめた。
「きっちりぶち殺してやるよ。光栄に思えよ」
雨花は歩きながら全身に力を入れる。破れた服から覗く肌から血管が浮き出てるのがわかる。
「……ふぅ~」
今度は力を抜く雨花。
筋肉を緊張させる事により、さらに脱力を深めた。
肩から先はぷらぷら揺れて、まったく力が入っていない。
そのままゆったりと伊鶴達に近づいていく。
「はは……。ありがたいなぁ~……。よ……っと」
「カルゥ……」
「あ、ハウちゃんもありがと……」
ハウラウランを支えに、伊鶴もゆっくり立ち上がる。
(本当ありがたいなぁ~……。こっちはもう動くのが辛いもんで……。近づいてきてくれるの……ありがたいわぁ~……)
出血も酷い。何度も顔面に肘を叩き込まれて脳や頸椎へのダメージもあるだろう。
逆転の切り札も破られ、打つ手なんてもうない。
それでも、伊鶴は諦めない。諦めたくない。ハウラウランの思いに応えたいから。
(疲れたなぁ~……痛いなぁ~……。もう泣きそうだなぁ~……。今泣いても血出しすぎてバレ無さそうだなぁ~……。あ~……っと。何してたんだっけ?)
一瞬意識の混濁が混ざる。その間も雨花は近づいてきていて、目の前で立ち止まった。
(あ、そうか……目の前のこいつに……私は――)
「実戦じゃあり得ねぇけど。これは試合だからな。よーいスタートってしてやるよ」
(――勝たなきゃなんだ)
他の思考はお互い排除。
二人分の思考があるはずなのに、伊鶴は意識の混濁が見えているのに、今の一瞬で頭の中はクリアになった。
二人分の思考だろうが。意識が混濁してようが。目的は一つ。ならば迷う事などあろうものか。
それは雨花も同様。あらゆるパターンを想定し、スパッと忘れた。後は体がその場その場で反応するだろうと分かっているからだ。
(むしろ余計な思考は、自分の
伊鶴は。ハウラウランは。そして雨花は。相対する敵を倒す為に気合を入れる。
「よーい――ドン!」
「がは!」
直後。伊鶴の目の前から消える雨花。はね上がる視界。
体を捻りながら頭を後ろに落下させるようにし加速。動きを一切止めず、落下の力をそのまま足に伝えて蹴りを放ったのだ。
「……くっ!」
「……!」
ハウラウランの視界を利用し雨花の位置を把握。足を掴む。
「ガァ!」
「んぐ!」
「ぶばっ!」
ハウラウランは足を掴まれ逃げられない雨花を前足で押し潰す。
雨花は体を捻り上向きになってガード。捻りの勢いは伊鶴の顔面を横から蹴る事で再利用。
攻防一体の動きに淀みなし。
「グルァァァア!」
「ふぅ~……っ!」
「ガギャ!?」
熱線を放とうとするも、押さえつけていた前足の指を一瞬で全て折られ思わず拘束を解いてしまう。
「逃がさな……い! あぐぅ!」
「いっつ!?」
後方に転がりながら立ち上がり、体勢を立て直そうとしたところで伊鶴が雨花の腕に噛みついた。
ハウラウランの咬筋力で噛みつかれては腕の肉も千切れてしまうだろう。
出血と事実上の部位欠損。そうなれば戦力は大幅に落ちる。
それを許してくれる相手なら、だが。
「……」
「……?」
雨花は自分の腕に逆の手のひらを当て、四本の指を伊鶴の額に当てる。
そして――。
「シッ!」
「!?!!?!?」
伊鶴の後頭部が真下に行くように力を加える。
後頭部は床に打ち付けられ、前歯は折れた。
カパッ。ネチャッと嫌な音をさせながら伊鶴の口から腕が離れる。
「……」
今の一撃が決定打となり、伊鶴の意識は完全に途絶えた。
となれば、マナの供給もなくなり、限界同調も維持できなくなる。
「グ……ア……」
膨大なマナで忘れる事が出来ていた痛みと疲労感がハウラウランを襲う。
それはこの場において、見せてはいけない大きな隙だった。
例えダメージがあっても、
「ふぅ~……」
息を吐きながらハウラウランの懐に踏み込む。
「すぅー……ッ!」
そして次の行動の為に息をたっぷり吸う。
「……ッ! ガ――!!?」
伸ばす前足は雨花の肘でガードされた。と、同時に怒濤の肘鉄の嵐。
超至近距離でも関節で波を作り。爪先で円を作り。内側へ巻き込むように何度も肘を叩き込む。
「……」
「おっと」
雨花が後ろへ軽くステップする。同時にドサッとハウラウランは倒れた。
伊鶴という戦力を。回復手段を失った契約者は実に脆い。
最後はあっさりと終わってしまった。
『賀古治伊鶴。及び契約者は戦闘続行不可と判断されました。勝者、静雨花!』
「……」
静かに演習場から出ていく雨花。
最後に浮かべた顔はとても満足そうなものだった。
人域魔法師側控え室。
「……あれ? 静ちゃん戻って来ないんだぞォ~? 迷子かァ~?」
「えっと……今連絡が来ました。一応ケガもしたってことで医務室にいくそうです」
「むしろあの強烈なブレス? 受けて生きてるほうがどうかしてるブレス鶏。……腹減ったな。フライドチキン買ってくる」
「……ってなると消去法で次は僕かな?」
「きさらでもいんだぞォ!?」
「最後から二番目が良いって言ってなかった?」
「Σ(゜ロ゜)ハッ! そうだったぞォ!」
「じゃ、行ってくるね」
「いってらっしゃい」
召喚魔法師側控え室。
「すごかった……ね。フローラさん……といい賀古治さん……といい。とても心踊る試合……だった」
「むしろ二人とも気合入りすぎて怖いわ……」
「それはそれとして~。次は誰が行く?」
「で、できれば私はもう少し後が……」
「僕は平気……だけど。先が良いなら譲る……よ?」
「じゃ、お言葉に甘えて僕が行こうかな? さっさといらない荷物処理したいし」
「……? このあと部屋の掃除でもするのか?」
「ん~……まぁ。そんな感じで」
(夕美斗ちゃんって以外と天然さんなのかなぁ~?)
『続きまして第三戦。人域魔法師涼成鳴晴。召喚魔法師徒咎根憐名。始めてください』
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