第243話

バトルパート


ジュリアナ・フローラ&カーレン・アーリー

        VS

      岬草鵬治郎



「ふう……っ」

「ん?」

 短く息を吐きながらジュリアナは安全エリアへ入らずに前へ出る。

 鵬治郎はそれを見て不思議そうな顔になる。

「召喚魔法師の試合だとそのエリアから基本的には出ないと聞いてたんだが? 違うのか?」

 当然の理由。必然の問いに、ジュリアナは不適な笑みで答える。

「私のバトルスタイルに必要なことです。一応念押しさせてもらえば、バカにしているわけではなく。こうしなくては本気が出せないんです。ご理解いただければ」

「そうか! じゃあ――遠慮はなしだ」

「!?」

 自らの言葉を切るように鵬治郎は飛び出し、ジュリアナに肉薄する。

 スピードの乗った拳がジュリアナの顔面を捉える。

「……!」

「……」

 しかし、拳はジュリアナに届く前に……

 比喩ではなく。消えたのだ。

 ジュリアナはゲートを拳大で即座に開き、自分に当たる前に異界へ送ったのだ。

 雨花の蹴りをいなした時も同じ。彼女の時はゲートの先にあるものに当たっていたが、原理は変わらない。

(突然で驚いたけど、実戦じゃ当たり前だもの。卑怯だなんて言わない。もし当たっていても咎めるのは筋違い。気を抜いてるほうが悪い。……でも、上手くいって良かった)

 鵬治郎は始めてのかわし方に動揺しそうになるが、得体の知れない相手には距離を取って様子を見るのが定石。冷静に後ろへ下がる。

「……すごいな。ゲートを防御に使うか!」

「はい。私はゲートを使うのが得意なので」

 アグニと契約していた頃も複数の小さいゲートを開き、いくつもの蔓を操っていた。

 それに比べれば関節によって稼働域が決められた手足計四つの対処など造作もない。

(それに、今ので準備が整った。もう貴方の打撃を受けるつもりはありませんよ)

 ジュリアナの行った事に気づいてる者は……皆無。

 直に見ていれば才やリリンやロッテは気づけるだろう。

 だがそれは人間にはない感性を持つから。人間である以上。気付く事はできないナニかを、ジュリアナは既に仕掛けている。

 もちろん相対している鵬治郎も気付いていない。

 むしろ今はゲートによる打撃の回避が厄介と考えている。

(真正面からとはいえ、不意打ちのていは整っていたんだがな。あっさり対応された。体を動かしていない召喚魔法師だからと甘く見るのはやめよう。現にE組の人たちは全員体を動かしていたからな。それに魔帝アレクサンドラも手を貸してるなら、こだわりを持つのは愚策だな)

「本当はこういうのは性に合わないし苦手なんだが……相手が強いとなるとそうも言ってられないよなぁ~……」

 頭をかきながら眉を寄せる鵬治郎。不本意なのが見え見えだ。

「だが戦闘において、手段を選んでるようじゃアマチュアも良いところだからな。割りきらせてもらおう。君を認めたからこそってことは胸に留めてほしい」

「……それは光栄ですね」

 ようはたった一度であるが、ジュリアナの実力を肌で感じ、本来したい戦い方では勝ちきれないと踏んだのだ。

 故に、勝ちにいくと口にする。それはジュリアナに対するものであり、なにより自分への暗示の為。

 ここからの鵬治郎は一切の油断をしない。そしてそれをジュリアナは理解している。

(……すごい。雰囲気が一気に変わった。肌がピリピリする)

 緊張感が増す。だけど狼狽えない。人域魔法師強い相手なのはわかっていた事だから。人域魔法師憧れた世界なのだから。人域魔法師自分がいけなかったところなのだから。

 むしろ喜ばしいとさえ思える。自分の力がなくてたどり着けなかった世界の住人が自分を認めてくれてる。

 だったら精一杯応えよう。失望させないように。

 そして見せつけよう。今、最も憧れてる人に――才に。自分の今の力を。

 ジュリアナは改めて覚悟を決め、集中力を高めていく。

「行くぞ!」

 ジュリアナの集中が高まったのを感じ、鵬治郎は再び攻め込む。

 だが今度は馬鹿正直に正面から突っ込まない。ジュリアナを軸に円を描くようにして走り回る。

 ただ走り回るだけじゃない。人域魔法を駆使して高速で走り回っている。そして真横から――。

「……っ」

「……!」

 打ち込まれた。

(は、速い! さっきよりずっと! でも……このくらいならまだ……っ!)

(角度をつけても対応するか! だがまだ序の口だぞ!)

 鵬治郎はさらに速度を上げ、あらゆる角度から拳を、蹴りを、繰り出していく。

「ぅ……くっ!」

 本来正面から堂々と殴り合うのを好む鵬治郎による多方向からの連打に、ジュリアナは脳の奥が切れそうになるのを耐えながらゲートをいくつも開いては閉じてを繰り返す。体力は著しく奪われていく。

 だが、それよりも鵬治郎の動揺のが激しい。

(驚いた……。この速度でも反応するのか。しかも横だけじゃなく後ろや上からのも対応されてる。音や臭いで判断してるのか? それとも俺の動きを予測? 見ル野みたく少しの情報で判断できる? どれにしても)

 疑問が膨らむ。正面からや真横からなら目に映ってるのだから対応のしようもある。

(どういう理屈で……――!!?)

 見た。見てしまった。

 鵬治郎はジュリアナの顔を見てしまった。顔を見た瞬間。動揺は激しさを増した。

(目を瞑ってるだと!? あり得ない! 赤外線感知ピット器官や電気受容感覚ロレンチーニ器官があるわけじゃないんだぞ!? こんな芸当、人間業どころか!)

 異界の生き物や、蛇などにある赤外線感知ピット器官があるのはわかる。目が悪くても獲物の位置を把握する鮫などが持つ電気受容感覚ロレンチーニ器官がるのも知っている。

 だがジュリアナは人間。そんな器官はない。

 となれば、答えは一つ。

(絶対にナニかある。種がなければ説明がつかない。すでに彼女はナニかを喚び出してるぞ……っ)

 ジュリアナの感知能力の高さを警戒し、鵬治郎は手数を減らして観察に重点を置き始める。

(……? 手数が減った? 動きから動揺も視える。もしかして種がバレた? ……いや、それよりも手数が減ったなら攻めることができる……!)

 しかしこれは裏目。手数が減った事でジュリアナに余裕ができた。

 ジュリアナはゲートを増やし、攻勢に出る。

(なんだ……?)

 ゲートから出てきたのは植物の実。何かしらの実が床へ大量に散らばる。

(移動阻害のつもりか? あの実の中に粘液でもあって、踏んだら床とくっつき動き縛るとかその辺りだとは思うが……。そんな単純ではない気もするな)

 何かしらの方法で鵬治郎の動きを感知し、精密なゲートの開閉操作から見てジュリアナがそのような子供騙しをするとも思えない。

 きっとこれにも意味があると鵬治郎は考える。考えた結果の対策として、一つの行動に出る。



 この時、人域魔法師側の控え室では。

「あ、あの顔。なんか考えてるな麻婆茄子」

「鵬治郎がなにかを考えてるってことは……」

「絶対にやらかすぞーあのバカ」

「ははは……」

「やったれェ~鵬治郎! 鵬治郎に細かいことは似合わねェぞォ!」



「よし!」

(考えてもわからんもんはわからん! 正体がわからないのも今後に影響出るかもしれないし、だったらいっそのこと踏み潰そう!)

 案の定と言うべきか、流石チームメイトと言うべきか、結嶺達の心配は大当たり。鵬治郎は近くにあった実を踏んでしまう。

「おっ!?」

 直後。実は破裂し、中に入っていた種子が散弾の如く鵬治郎へ襲いかかる。

 両腕で顔面を隠しつつバックステップで空中へ。

「……な、なんだ今のは? 木の実の形をした爆弾か?」

 ゆっくり着地し、思わずジュリアナに尋ねてしまう。

 手の内を明かすのは愚かな事だが、ジュリアナはあえて話すことにした。

「……破裂地雷実クレイモアシーズ。衝撃を与えると実は破裂して中にある堅い種を辺りへ撒き散らします。お怪我はありませんか?」

「あぁ。威力は高かったが筋肉を保護すればダメージとまではいかないな。残念に思うかもしれないが」

「いえ、それを聞いて安心しました。遠慮なくいけるので」

「む?」

 ジュリアナは蔓を呼び出し、少しだけ鵬治郎から離れた実を叩いた。当然ながら実は爆発し種は鵬治郎の方へ飛んでいく。

「はは! 多少距離があればガードの必要は――ん?」

 顔面に飛んできた種を寸でのところでかわす鵬治郎。しかし、嫌な予感がしたので咄嗟に防御姿勢に入った。

 理屈抜きの直感に従ったこの判断。結果的に正しかった。

「うお!?」

 飛んできた種はさらに炸裂。小さな尖った破片となり、鵬治郎の腕に突き刺さる。

炸裂種子第二波クレイモアシーズ・セカンドバースト。油断は禁物ですよ」

「……まさに、だな」

 大きな種の状態では防御し、ただ筋肉を固めて人域魔法で筋力を上げれば防げた。だが今回は筋肉へ大きなダメージは与えられなかったが皮膚を裂き、流血させる事に成功。

 ダメージを、与えられた。

 これは大きな前進である。

「エゲつないことをしてくれるな! ははは! 良いぞ! もっと上の年齢での訓練では爆発物や重火器も使うからな! 良い予行練習だ!」

「……そうですか」

 ダメージを負ったはずなのに戦意は低下せず、むしろ上がった鵬治郎に苦笑いを浮かべるジュリアナ。

 テンションが下がってさらに慎重に動いてくれれば手数も増やせそうなものだが、流れを見るにそれは望めないだろう。

「さて、おしゃべりが過ぎたな。反省しよう! ここからは――全開だ」

「……!?」

 鵬治郎は距離を詰めようと駆け出す。足元の実は全て無視して。

 必然。実は爆発し、種は炸裂する。種はめり込み、破片は皮膚を裂く。一歩踏み出すごとに傷を増やしていく。

 だが止まらない。出血も見えるが最初のに比べて少ない。つまり、傷が浅いのだ。

(この自然で作られた地雷の威力はわかった。ならばそれ以上の防御力を持って突き進めば良い! 後先なんて捨てて即行で決着をつける! 向こうもよく見ればかなり疲れてる。理由はわからないが、恐らく攻撃を防ぐのにはリスクかコストがあるんだろう。なら、とりあえず攻めに攻めて先に音を上げさせて終わらすぞ!)

「……っ! くぅ……っ!」

 体力もマナも傷もガン無視で突進。からの四方八方からの連打。

 ゲートを使ってかわしつつも蔓で動きを封じようとするが――。

「ふん!」

「そん、な……」

 あっさりと引きちぎられて、一瞬の足止めにしかならない。

(私の与える栄養マナだと彼には通用しないっ)

 焦るジュリアナだが、防御は疎かにしない。鵬治郎の猛烈な攻めは耐え続ける。

(う~ん……。やはり全て防がれるか……。少し、趣向を変えてみるかな?)

 我慢比べしつつも、攻略の糸口を探る為に鵬治郎は指先に火を灯し、少し遠くからジュリアナの方へ飛ばしてみた。

 焦り故にたまたま目を開けていた為に鵬治郎の行動が見えていた。そして火を見た瞬間。彼女の血の気が引いた。

不味Oh my goodnessい――」

「んな――」


 ――ドカーーーーーーン!!!


 ジュリアナに近づいた火は爆発へと姿を変え、黒煙が辺りを包み込んだ。

「けほけほ! おほっ!」

 先に煙の中から姿を現したのは鵬治郎。

 少し離れた場所にいたので鵬治郎はむせる程度で済んでいるが、ジュリアナの姿はまだ見えない。

「「「……」」」

 見ている全員が緊張の面持ちで煙が晴れるのを待つ。

 鵬治郎も同様で。まさかあんな火の粉でこんな爆発が起きるとは思わなかったので少し罪悪感も芽生え始めてる。

(まさか、殺してしまったんじゃ……)

 だがその心配も、煙が晴れると同時になくなる。

 そしてまた、別の驚きを抱く事になる。

「あれ……は……?」

 煙が晴れ、姿を現したのは巨大な花。いや、蕾だ。

 爆発にさらされながらも薄紅の綺麗な花は傷つく事なく、姿を保っている。

 煙が完全になくなると、蕾は開いていき、美しい花弁を見せる。

 そして同時に中からジュリアナと、契約者が姿を現した。

「……ありがとうカーレン。お陰で助かったわ」

「――」

 鈴の音のような音色で応えたのはジュリアナの契約者。その風貌は緑色の……そう、例えるなら妖精という風貌。

 妖精はジュリアナを後ろから抱き締め、冷たい目で鵬治郎を見つめる。

「それが……君の契約者か」

「ええ、本体ではないけれど。彼女が私の契約者――カーレン・アーリーです」

「――」

 荒々しい音色。爆破によりジュリアナを危険にさらした事を怒ってる様子。

 そんなカーレンに苦笑いを浮かべるジュリアナ。

 当の本人の鵬治郎はというと……カーレンの怒気に気付かず考察していた。

(植物を操る人間……。突然の爆発……。そうか。あれは恐らく)

「なるほど。なんとなく読めたぞ。君の能力。いや君達の、か」

「……」

(話している間にできるだけ休まなくちゃ)

 無言で鵬治郎の考察を聞く事にするジュリアナ。体力もできるだけ回復しときたい為だ。

 精密なゲートの操作や感知でたった数分の攻防でも体力は残りわずかになっている。それに必要なにも体力を大きく奪われる。故に奇襲のチャンスではあるが、休憩を優先。優先するしかない。

 ジュリアナの意図を知ってか知らずか、鵬治郎は話始める。

「植物に関する能力というのは見た通り。そして目をつぶったままの感知能力。加えて小さな火種での大爆発。君はどう使っているのかはわからないが、花粉かなにかで俺の動きを把握していた。違うか?」

「……爆発の原因は?」

「粉塵爆発だろう。花粉の密度と可燃性が条件を満たしていたんじゃないか? そして君はそれを知っていた。だから防御が間に合った。と、思う」

 バカに見えて……いや事実バカではあるが。最低限の知識と勘の良さから推測。

 鵬治郎の導きだした答えは、あっている。

 ジュリアナは最初の拳打を回避した時と同時に、無味無臭の花粉をばら蒔いていた。

 次にジュリアナはカーレンと調をし、空気中の花粉の揺らぎを把握していた。だから目を閉じていても鵬治郎の攻撃を全てかわす事ができた。

 もちろんカーレンの能力あってのものだが、それらをこなしたジュリアナの集中力も驚嘆に値する。

 ここで一つ謎が生まれる。何故ジュリアナに同調が出来るのか。

 これはかつて契約し、リリンによって滅ぼされたアグニの影響が大きい。

 アグニはカーレンに寄生し、養分と能力を奪っていた。そしてそのアグニはジュリアナを侵食し、繋がりができていた。

 ジュリアナとカーレンは間接的ではあるが同調に必要な存在と存在の深い繋がりができていたのだ。

 そして何より、アグニよりも前――幼い時に契約をしたのがカーレンである。

 時に親子のように。時に友人のように過ごした彼女達の繋がりは一度アグニにより穢されたが、今はもう戻っている。

 いや、二人の深い傷は癒され、より深く、強いモノとなっている。

 彼女達にとってただの同調程度。できて当たり前なのだ。

「バレてしまったのなら……早々に決めないとですね……。カーレン!」

「――」

(お!? 正解か! やった!)

 しかし、種がバレてしまったら悠長にしてられない。対処法も期せずして気付かれている。

 しかも、爆発している間は感知もできなければ対応もできない。身を守るしかない。その隙に近づかれたら至近距離まで詰められて終わる。つまり――。

(花粉感知はもう使えない! 捨て身しかもう……ない!)

 ジュリアナはありったけのマナを使い、鵬治郎の捕獲にかかる。

「おっと! しまった!」

 導いた答えが正解だった事に内心喜んでいた鵬治郎の不意を上手くついて蔓で捕縛に成功。

(捕らえた! このまま――)

「はっ!」

「……っ!?」

 気合一つ。容易く蔓を引きちぎる。

(やっぱりダメ! 私のマナじゃ彼を止められない!)

 不意をつけば。油断していたら。

 そんな考えがあったからこそ。反撃された時の動揺は、大きくなるもの。

(好機! だがワンパターンではいかないぞ!)

 鵬治郎は最大速度で突っ込む。念の為火の粉を先に飛ばしながら。

「あ、あ……っ」

 小さな火の粉。無視しても良い。だがジュリアナは動揺して考えてしまった。火の粉と鵬治郎どちらを先に対処しようか。本来考えるべきじゃない事に、貴重な時間を割いた。

 数ヵ月振りの緊張感のある戦い。空白期間ブランクの影響がここで出てしまう。

「――!」

 ジュリアナの致命的な混乱状態をカバーするべく。火の粉の前にカーレンが出た。

「――!」

 火に触れた瞬間。カーレンの体は激しく燃え上がり消えていく。

 この姿は花粉で作られた仮初めのモノ。だからなくなっても問題はない。

 そして感知の時に使った花粉の密度と比べてかなり高く。酸素の入る隙間は極めて微少。だから爆発はせずにただ燃え上がった。

 この火は目眩ましになる。ジュリアナを守る盾となる……はずだった。

「おぉ……っ! らぁ!」

「……!? かっは……っ!」

 鵬治郎はお構いなしに突っ込み、ジュリアナの腹部へ拳を叩き込む。

「だぁ!」

「……っ!」

 続け様の回し蹴り。ジュリアナは今の自分の状態ではゲートによる防御が間に合わないと判断。蔓で自分を守る。

「無ぅ~駄ぁッ!」

「あ……ッ!?」

 マナにより追加の加速。追加の強化。蔓は多少のクッションになったものの、ジュリアナは吹き飛び、大きくダメージを負ってしまう。

「は……っ! は……っ!」

(息が……できな……い……っ)

 二度の打撃は両方腹部へ入り、吹き飛んだ時に背中も打っている。内臓は痙攣を起こしてジュリアナの呼吸を遮る。

 それでも、痛みで悶えてるわけにはいかないと。自分を奮い立てながらなんとか立ち上がる。

「ふー…………ふー…………」

 ゆっくりとした震えた息遣い。内臓の破裂や骨折はないにしても、ここまでの物理的な痛みを味わった事がないジュリアナにはかなり酷だ。

(苦しそうだな。なら、さっさと終わらせて医務室へ連れていってやる!)

 鵬治郎は仕留めるべく、改めて距離を詰める。

(半端な力では意識が残る場合がある。そうなればその苦しみは続いてしまうからな。確実に意識を飛ばしてやるぞ……ッ!)

 最後の一撃と決め、鵬治郎は残った体力とマナを使って膂力と運動エネルギーをはね上げた。

 マナを感じる事ができなくとも解る力の塊が、巨大なプレッシャーが、ジュリアナに襲いかかる。

(ど、どうする? どうする? どうする!? このままじゃ負ける!)

 必死で頭を回すジュリアナ。自分の出来る事を探す。そして、ふと思い出した。

(彼なら……彼なら形振りなんて……構わないはず!)

 思い出したのは才の姿。ただの演習試合なのに。勝つ必要なんてないのに。自分の出来る事をして勝利を掴み。結果的にジュリアナを助けた才。

(これなら……上手くいけば彼を止められる……可能性はある。でも……)

 才の姿こそ勝利の鍵。しかしそれは文字通り捨て身の策。

 臆してしまう。少し殴られただけで、蹴られただけでこんなに痛いのに。これから起きる事に。自分がやろうとしてる事に。耐えられるかわからない。

(彼のように……! 彼のように! 彼に出来たなら! 私がやらなくて……どうする!? 恐れるな! 退くな! 覚悟を決めろ! これはただの試合じゃない! ここで勝ってこそ! 人域魔法師に召喚魔法師が勝ってこそ意味がある! 意義がある! 勝った私を! 彼にも見せたい! 彼に認められたい! 今度は! 私が! だから! だったら! やるしかない! やるしかないんだ! やれ! ジュリアナ・フローラ!!!)

「終わりだ――」


 ――パァン


 鵬治郎が肉薄した瞬間。肉が弾ける音と共に鮮血が飛び散る。

 何が起きたのか。それはジュリアナにしかわからない。

「~~~~~~ッ!!?!?!?!!?」

 痛みには、準備がいる。時間差ラグがある。

 今はその準備の時間だ。

 何の痛みか、その痛みの出所は――。

(こ、怖い……怖い怖い! でも! 耐えなくちゃダメ! だって彼はこの痛みを抱えながらも戦ったから!)

 ジュリアナの、破裂した右手だ。

 彼女はやったのだ。才がやったように。


 ――マナの暴発を


「くお!?」

 捨て身の甲斐あって、飛び散った血は鵬治郎の目に入り、動きが止まる。

 ちゃんと目潰しが成功するように花粉による感知を行ったのも大きい。良い機転だった。

 しかし、彼女には代償の支払いが残っている。

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ッ! ~~~~~~……んくぅ……っ。んぅ……っ!」

 限界まで喉を引き絞って悲鳴を堪えるが、それでも漏れてしまう。当たり前だ。普通の人間が、16才の少女が、四肢のどれかを破裂させる痛みを素知らぬ顔で耐えられるわけがない。

(い、痛い……! 意識、飛びそうなほどに! で、でも……まだ! まだ終わりじゃ……ない!)

 鵬治郎に出来た大きな隙を逃さぬ為に。決着をつける為に。ジュリアナは鵬治郎の周りにゲートを開く。

「カーレン!」

「――」

 再び姿を現した人型を模したカーレン。

 カーレンはジュリアナの意図を理解し、ジュリアナを支えつつ手に触れて血液を吸っていく。

「私の血と……! 彼の……血で! 咲き誇れ!茨棘薔薇乙女ローズメイデン!!!」

「――!」

 ジュリアナの血に含まれたマナ。そして今も供給され続けているマナを受け取り、カーレンはゲートから茨を伸ばし、鵬治郎を包み込む。

「うお!? なんだ!?」

 茨は鵬治郎の皮膚を裂きながら絡まっていく。

 鵬治郎はもがき、脱出を試みるが、血に含まれたマナでも強度を上げている為に千切れない。

(これは不味い! 防御に徹しないと!)

 鵬治郎はマナを皮膚や筋肉の強度を上げるも、茨は鵬治郎をいたぶり続ける。出血は止まらない。

「「「……」」」

 茨は動きを止めた。なのに、誰もが言葉を失っている。

 ジュリアナによる惨い攻撃故に……ではない。

 美しさに、言葉を失っているのだ。

 ジュリアナと鵬治郎の血を養分にした鮮血色の真っ赤な薔薇が、茨を包むように咲いている。

 いつの世も、赤い薔薇は人々の心を魅了し、酔わせる。


 ――ペキッ


「……!」

 だがそれも束の間のようだ。


 ――ペキキッ! ベキ!


「ふん!」

 茨を破り、花を散らせながら血塗れの鵬治郎が姿を現す。

「ふぅ! 危なかった! もう少しトゲが鋭かったら死んでいたかもしれん!」

 見た目は派手に出血してるようだが、裂かれたのは皮膚のみで筋肉はほとんど無事。しかも上手く体を丸めて茨との接触面を極力少なくしていたので思ったよりもダメージはない。

「……だが、とても残念なことがある。どうやら、終わりのようだ」

「……えぇ。終わりです」

「……」

 茨から脱出を果たした鵬治郎はその場に膝をつき、倒れ込む。

 観客ギャラリーは何が起こったかわかっていない。

「体が……動かない……これは出血が原因か……?」

「……それもありますが、傷口から毒を入れました。麻痺毒ですのですぐに動けるようになりますよ」

「そうかぁ~……。動けないとなると生殺与奪を握られたも同然だな。……ところで、何故最初にやらなかったか聞いて良いか?」

「調節が出来ないんです。微量なら効かないし、多いと死んでしまいますから。だから、少しずつ傷口から入れました」

「なるほど……つまり実戦なら即死だったな……」

「実戦だったら。捕まえる前に私がやられてた可能性もありますけどね。でも、そうですね……。少しは、召喚魔法師劣等生の可能性を見せられたかしら?」

「あぁ、存分に。あ、もう一つ聞いて良いか?」

「なんでしょう?」

「なぜ……マナの暴発をした? そこまでやる必要があったのか……?」

「……一試合一試合命を懸けるくらいの覚悟がなきゃ、きっと世界から認められないんですよ召喚魔法師私達は。なにせ、才能がないので」

「はは……」

(これは覚悟の差か……。楽しむ余裕を見せていた俺の油断。召喚魔法師への侮りを最初から最後まで完全に捨てきれなかった。彼女の気持ちに追い付けなかった俺は、最初から同じ土俵に上がれてなかったんだなぁ~……)

「負けた。完全に負けたよ」


『岬草鵬治郎の戦闘不能を確認。勝者、ジュリアナ・フローラ!』


 大番狂わせに見ていた者全てが興奮する。

 そして、勝利した本人も。

 休学によりジュリアナの番号は1番ではなくなっている。復学できるかもわからなかったからだ。

 でも、もう誰も疑う事はないだろう。

 彼女は世界の誰もが観ることができる大舞台で、召喚魔法師でありながら人域魔法師を倒したのだから。

(これからです。私はこれからもっと強くなっていきます。だって彼はまだまだこんなものではないのだから。でも……)

「――」

 フラつき、倒れるジュリアナをカーレンが受け止める。手から睡眠作用のある物質を送り、眠りへ誘う。

「ありが、とう……カーレン。疲れちゃったから……少し……休むね……」

「――」

 眠りに落ちるジュリアナ。担架で運ばれるまで、カーレンは優しい笑みを浮かべながら寄り添っていた。



 召喚魔法師側控え室。

「うううううおおおおおおおお! 燃えた! 私の中の何かが弾けて燃えた! 次! 私! 私で!」

「うるせぇな! 勝手に行けよ!」

「いっだ!? 叩くなよさっちゃん! そんなことするならもう私行くからね!? さっちゃんが言ったんだからな!? もう行っちゃうからな!? 他の人行きたかったのに~とか言われても知らないから! さっちゃんが悪いから!」

「良いから行くなら行け!」

「あだ!?」



 人域魔法師側控え室。

「うは~鵬治郎負けちまったよタラコマヨ」

「相手の方すごかったですね。雨花さんの蹴りを止めた人なので実力はあるとは思ってましたが……」

「まさか鵬治郎に勝つなんてね……。これは対等かそれ以上って思わないとね」

「でェ~? それはさておいてェ~? 次は誰が行くゥ~?」

「あいつとやりたかったのに鵬治郎に盗られてトサカに来てんだ! 次は私が行く!」

「お、おおう。どうぞなんだぞォ~……」

「イラついてんなぁ~静のヤツ八つ橋」

「すごい剣幕だったね……」

「あれを見せられては昂るのは仕方ないと思いますよ」

「だからって本気で怒鳴るのはやめてほしいんだぞォ~? 完全なとばっちりだぞォ。鵬治郎のせいだぞ! 許さん!」



『続いて、第二戦。人域魔法師静雨花。召喚魔法師賀古治伊鶴。始めてください』

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