第237話
「うは~。グレイト」
「さすが本場仕込みって感じですね~」
「伊鶴たちあんなのと戦うんだ~……」
マイク。八千葉。多美の非選抜組が眺めてるのは人域魔法師の選抜チームの訓練風景。
E組はスペースに余裕があるという事で、メニューはもちろん別ではあるが、同じ場所で午後の訓練をする事になったのだ。
「「「……ッ!!!」」」
二人一組になり、互いの手が届く距離で足を肩幅に開いて対面。肩から先のみを動かし打撃を打ち合い、防ぎ合っている。至近距離での反射神経と判断力と集中力を鍛える簡単な訓練だ。
簡単と言ってもそれは人域魔法師視点。一打一打に意味があり、また人域魔法を行使している。
例えば鵬治郎と鳴晴ペアだが、鵬治郎の一撃は鳴晴よりも遥かに重い。基礎となる筋力の差がそのまま出ているのだ。
しかし、鳴晴は横や下から打つ事で軌道を逸らしたり、時に関節を叩いて威力そのものを殺してる。これを超高速でやるのだから凄まじい光景になっている。
……というより、普通の人間では打撃音は聞こえてもほとんど何をしてるかわからない。それ程に速い。
雨花ときさらは更に高度。打ち出した後に手首のスナップで打撃の軌道を変えるのは当たり前。変えた軌道の打撃を弾くまでがワンセット。
結嶺と寧子はまた一味違う。この二人の手の速さは先の四人を凌ぐ。防御は横から弾くか受け止めるかの至って普通のやり方。しかし肩から先はほぼ見えない。見える時点でそれは人間の動体視力を超えている。
彼ら人域魔法師が反応出来てるのは視力を人域魔法で強化してるのもあるが、その魔法を自然に扱えるようになるのも含めて訓練と才能よる順応が必要。
同じ訓練をしたところでこの域に短期間で達する事ができるのはごくわずかだ。
つまりあっさりそれらをこなしている彼らは。ここにいる六人は。紛れもない天才達である。
「ほい。次!」
公介の掛け声に反応して動きが変わる。
距離は変わらないが、足を使い始めた。
彼らの訓練はこうやって徐々に段階を踏んで行動の選択肢を増やしていく。それによって難度はどんどん上がっていく。
手から手と足になるだけでも下段への注意が増え、同時に死角やフェイントなどの駆け引きが増える。
「次!」
三段階目になると、踏み込みが増える。
下がる事も横に逃げる事もまだ許されてないが、踏み込みが増える事で上下だけでなく前後の駆け引きが増える。
更に肘や膝など、当たれば危険な部位による攻撃が解禁。訓練と言えど危険度は遥かに増した。
鵬治郎の踏み込みからの肘鉄を鳴晴は踏み込み段階で膝を足裏で押さえる。
雨花の目を盗むステップは距離を支配し相手を幻惑できる。だが、きさらには通じない。むしろ紙一重でかわしたはずの拳の引きに合わせて踏み込んだのに引き手で後ろから服を掴まれて体勢を崩しにかかる。
結嶺と寧子の忙しなかった手も足が加わりテンポが遅れるかと思いきや、速度そのままに足も高速で動き回る。ステップ音はまるで激しいタップダンスを早送りして聞いているようだ。
「次!」
四段階目。中距離までの行動制限を解除。横へのステップと技の制限が外れる。
こうなると一層どころか別次元。至近距離での攻防は時にゼロ距離になり。投げや
打ち込み。踏み込み。弾き。崩し。捕らえ。外し。下がり。追う。
それらをひたすらに繰り返す。これだけでも常人からすれば驚嘆に値する。
しかしこれらに加え、多少目が超えている人間ならば気付く事がある。
これだけ激しい攻防を繰り広げているにも関わらず彼らは誰一人として被弾をしていないのだ。
もちろん体勢を崩す事はある。だがすぐにフェイントなどで牽制し立て直す。
「ラスト!」
五段階目。全てを解禁。手が届かないところまで距離を取る事も。宙を駆ける事も許された三次元の攻防に発展。
最早何が起こっているかを把握するのも困難である。
しかし、全員が入り乱れつつもきっちりペアに狙いを定めているあたり流石と言えよう。
「次!」
時間を見計らい、公介はまた掛け声を上げる。
すると最初にいた位置へ戻り、ペアを変え、再び肩幅に足を開いて肩から先のみで打ち合いを始めた。
予め決めておいたローテーションがあり、入れ替わり入れ替わり先ほどの攻防を繰り返し続ける。総当たりになるまで。
これが、彼らに取っての日常的な訓練の一つである。
「いや~……凄まじいわ~……。心底選抜されなくて良かったと思うね」
「右に同じです」
「僕は是非とも相手になりたかったけどね!」
「あんたほどのモチベはないわ~……」
「全力で命が惜しいです」
感心はしつつも、いつもの調子で話す非選抜組。
すごいとは思っている。思っているが。過度に驚かない。
元々天才と言われている彼らがすごいのは当たり前。むしろ才能がないと言われつつも結果を出してきた人物が近くにいるので、そっちのが何度も自分達を驚かせている。
言い方を悪くすれば、才の所為で人域魔法魔法師達への感動が薄れた。全ては
「ところで」
「おや? なんだいミスター」
「いつまで眺めているんだお前らは」
(((しまった……! つい!)))
感動は薄いとはいえ、見とれていた一同。小咲野に注意を受ける。
サボりを許してる彼ではあるが、やるとなったらとことんやる男なのは身に刻まれている。ミケ達はなんとか言い訳を探す。
「あ、い、いえ……。ほ、ほら! 桃之生さんの様子がおかしいのでちょっと様子をですね……」
八千葉の目に入ったのはカナラのいじけた姿。しゃがみこんで床に「の」の字を書きながら何やら呟いている。正当性のある言い訳になると良いが……。
「坊……ぅ~……坊~……」
どうやら才が恋しい様子。若干涙目である。選抜組は別で指導を受けているので仕方ないのだがしかし。美人の涙。これは立派な言い訳に……っ!
「あれはダメだな。ほっとけ」
「……」
ならなかった。八千葉はそっと諦める。特に言い訳を思い付かなかった多美も遠い目をしながら諦めた。
「はぁ~あ……。僕もミス・サンディの指導受けたかったなぁ~……。今ごろどんなことしてるんだろ?」
「良いからお前らもさっさと訓練を始めろ」
「「「う、う~っす」」」
この後。久々に足腰立たなくなるまで肉体を酷使されたのは言うまでもない。
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