第234話
「とりあえず……洗ってくるわ」
「いってらっしゃい」
「にゃーにゃー!」
「……ついてきて良いけど引っ付くな。汚れるだろバカ。せっかく俺にだけ当たるようにしたのに……」
「ぶぅ~っ」
「ふふっ。コロちゃんはほんま坊が好きやねぇ~。微笑ましいわ~。あ、それと坊」
「ん? なに? カピカピになる前に落としたいんだけど。用があるなら簡潔に」
「……三度目はないからね?」
「……うっす」
(つまり次は我慢できないってことだな。気を付けよ。この学園で無駄に死体が増えないように)
軽く断りを入れて泥を落としにいく才と入れ替わるように、加害者たる男子生徒二人を放置してきさらが戻ってくる。どうやらもう興味はないようだ。
「見ル野きさら! 今戻ったぞォ~!」
「むぐむぐ。見りゃわかるぞ~」
「お? 真似か? どんどんしてけェ~? 真似されるのは目立ってる証拠なんだぞォ~! 嬉しいぞォ~! というか周りもなにやらきさらに注目しててちょっと機嫌が良くなってしまったぞォ! ふふん♪」
腰に手を当て胸を張りドヤっている。意図せず伊鶴の相槌が機嫌を良くしてしまったらしい。
「ってありゃ? 一人減ってる気がするぞォ~? どこ行ったんだァ~?」
ドヤるのに忙しくて才がいないことに気づくのが一瞬遅れる。目の端で不審人物を判別できるのになんて極端な脳と目玉だろうか。
「えっと……才くんは汚れを落としに行きましたよ?」
「なるほどだぞォ!」
(((いやいや。そらそうだろ)))
盛大に汚れていて消えたとなれば洗いにいったとわかるだろうに。鋭いのか鈍いのかわからないきさらの人物像。
ある意味。伊鶴よりもめんどくさいかもしれない。
「それはそれとしてェ~。この学園ではあーいうの? がたくさんってェ~か? 大半ってゆゥーかァ~? そんな感じかァ~?」
「さぁね。私らどっちかっていうと少数派だし。ハッキリ言っちゃうと今どういう手合いが多いとかわかんないかな」
「あ~でもわかることもあるよ。うちの学校午後の授業が魔法の練習っていうか訓練みたいな時間割りでね」
「ほうほう」
「担任の意向で参加は任意にされてるんだよ」
「なるへも?」
「つまりは午後の授業に出なくても出席扱いになるから単位的には問題ないのさ」
「それを良いことに私ら以外サボりよサボり。はぁ~クソ」
「まぁ、うちはE組だからそういう風になっても仕方ないんだがな」
「ふゥ~ん……」
クラスの分け方は人域魔法師側でも同じなのでなんとなく現状を理解したきさら。
彼女はさらに落胆したような顔になる。
「だが! 絶望するには早いぜきさらん!」
「きさらん!?」
伊鶴のつけた新たなあだ名に反応する。あだ名をつけられてもほぼほぼ悪口なので(主に雨花のせい)普通のあだ名に目を輝かせて喜ぶ。
「交流戦に参加すんのはその少数派が半数! 三人はよくわかんないけど……。少なくとも残り三人はまともな召喚魔法師じゃねぇから期待して良いぜぇ~?」
「……にひ♪ それが本当ならちょっとだけ落ち込み度戻すぞォ~……っと」
きさらはポケットから端末を取り出しメッセージをチェック。目を通すと踵を返した。
「もちっと話したかったけどォ。他のメンバーから呼ばれちまったんだぞォ~。ってわけで今日はこの辺でばいちゃらとんとんほいほいだぞォ~」
独特のあいさつをして走り去っていく
「……皆の衆。なんだか私、きさらんと仲良くなれそうな気がするよ……」
「「「でしょうね」」」
染々と言う伊鶴にカナラ以外が声を揃えて返答。
図鑑だったら同じページに入るであろう事は登場時からすでにわかっていた。
そして唯一反応しなかったカナラはというと、まったく別の事を考えている。。
(坊。早う戻らへんかなぁ~……)
才以外に対して興味を示さない。ある意味ブレないカナラであった。
「おぅら!」
「あが!?」
所変わり食堂にて、とある生徒にちょっかいをかけた女子生徒が
「ぁ……ぅ……」
あまりの痛さにその場にうずくまり、呻くことしかできない女子生徒。
痛々しく、憐れではあるが、これは自業自得。何故ならば招いた人域魔法師の中でも最も気性の荒い静雨花を怒らせたのだから。
女子生徒は1年E組の生徒。彼女は雨花と結嶺を見て人域魔法師だとわかり、妬みから雨花と比べ小柄な結嶺に少しイタズラをしようとした。
イタズラと言っても、少しぶつかるとかその程度のもの。
だがたったその程度でも。雨花を怒らせるには十二分の理由になる。
むしろ結嶺に手を出した方が余程雨花を怒らせる結果になってしまった。
「テメェよ。なに結嶺に手出してんだ? あ? 顔面ド突いたくらいで呻くことしかできねぇ根性なしの雑魚がよ!」
「おぶっ!? げほっ! ごほ……っ! ……ぉぇ」
うずくまってる女子生徒の腹を蹴りあげる。咳と共に鼻血が飛び散り痛々しさが増す。
ちょっとした出来心が彼女を恐怖と苦痛に陥らせた。
「おい! なんとか言えよカス! おら! 言うことあんだろ? やることあんだろ!? あ!?」
「ごふっ!? がふっ! ぅ……も……ゆるじで……」
追加で何度も腹を蹴られながらもなんとか許しを乞うことが出来た女子生徒。
涙と鼻水と鼻血とでグチャグチャになりつつもなんとか絞り出した言葉。
「違うだろうが!」
「ぐぶっ!? うぶ……っ。ぶばっ!」
しかし、お気に召さなかった様子の雨花。求めていた言葉じゃなかったようだ。
「ゴミカスの分際で調子こいてごめんなさいだろうが雑魚! 弱いクセに強いヤツに喧嘩売ってんじゃねぇ雑魚!」
「ぃ……っ! ごべんなざい……ごべんなざい……っ」
頭を踏みつける雨花。客観的に見て、やり過ぎと言えるだろう。
しかし結嶺含め、止めようとしない。もちろん理由がある。
「こいつに限らずテメェらギャラリーに言ってやる! よーく見て覚えて他の連中にもしっかり伝えとけ! 私らにちょっかいかけたらこうなるってなぁ!? 身の程知らずは血を見るってなぁ!?」
大声を張り上げる雨花。その場にいる生徒達は目を逸らしながらもしっかり聞き耳を立てている。
そう。これは見せしめ。一人いれば、そしてやられるだけやられて野放しにすれば他も調子に乗ってやり始める。
人間とはそういうものだ。だから雨花は最初の一人を見せしめとして血祭りにあげた。
……いや、彼女の場合は感情のままに私刑にしたに過ぎないのだが。結嶺の方はそういうつもりで眺めている。
荒っぽいが、後遺症が残らない程度に痛めつける分には人域魔法師にとっては日常茶飯事なので特に咎める気もない。
そもそも先に手を出したのは向こうなのだから。止める理由も今のところない。
「テメェもわかったらとっとと失せろ!」
「……! 雨花さん!」
しかし、頭に血が上ってる雨花はつい人域魔法を使い蹴りの威力を上げてしまった。
予備動作でそれに気付いた結嶺は止めに入るもののもう遅い。
雨花の爪先が女子生徒の肋に突き刺さる――。
「……っ!?」
寸前。他の生徒が足の裏で雨花の蹴りを受け止めた。
「……彼女はたしかに無意味に他者を傷つけようとしました。そして貴女は二度と起こらないよう今後への抑止として過度と言える報復をしました。ここまでは傍観しても良いと思ったんです。彼女にも良い経験になるだろうと思いますしね。相手の力量推し量れぬまま手を出すのは愚かですし。ですが、今のはさすがに止めざるを得ませんよ? この一撃は、下手したら死んじゃってました」
「へぇ~……」
止めたのはなんとジュリアナ・フローラ。人域魔法を使わないジュリアナである。彼女は、人域魔法を用いた蹴りを止めて見せた。
(今のは……人域魔法じゃないな。手応えが人間の
「こんなカスがいるような環境だからと期待が薄れかけたが、中々どうして面白そうなのが転がってんなぁ~。交流戦の前につまみ食いも良いか――ん?」
「あ」
臨戦態勢に入ろうとした瞬間。雨花と結嶺の端末にメッセージが届く。きさらと同様に呼び出しの連絡だ。
「チッ。良いところだったのに。水差しやがって」
「私はむしろ安心しましたよ。こんなところで雨花さんがやる気になったら全力で止めないとですから」
「……今からでも暴れようかな」
「やめてください」
「冗談だよ冗談。本気にするなんて
「そういうの良いですから。早く行きましょ」
「はいはい。ってわけだから今回は見逃してやるよ。機会があればいずれ叩き潰してやるから覚悟しときな」
「その機会があれば良いですね」
人域魔法師側も対戦相手は把握してない。情報が少ない状態で戦う事なんて多々あるからだ。
しかし、ジュリアナは知っている。自分が交流戦に選抜された事を。彼女達と戦うのが自分だということを。
「おい! いつまで食ってんだ! 行くぞ小猫!」
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
騒ぎの中でもひたすら口に詰め込んでいた寧子。雨花に呼ばれてやっとメッセージが来たことに気づく。
「ごっくん。お? なんだよ呼び出し出汁茶漬けかよ。もっと食いたかっ担々麺」
「毎度思うんですけど。よくお腹壊しませんね?」
「腹の出来が違うからおからコロッケ」
「珍獣の生態なんて気にしたって仕方ねぇよ結嶺。早く行こうぜ」
「珍獣とは失礼だな鶏南蛮」
「……」
いつもの調子で会話しつつ去っていく三人の背中を眺めるジュリアナ。
「ジュリ。あの子医務室に連れていくね」
無言の彼女へ話しかけたのは同じクラスの友人――
「あ、うん。お願いできる?」
「全然良いよ。ジュリはこのあとすぐ訓練に励まないとだしね。他の人はボーッとしてて期待できそうにないし。私が行くしかないわ。その代わり。しっかり鍛えてガツンっとやっちゃってね」
「ふふっ。努力はする」
血塗れの女子生徒を連れて京は医務室へ向かう。
「機会があれば……ですか……」
改めて一人になったジュリアナは独り言を呟く。
(私は、正直貴女とは戦いたくないです……)
そしてもう一つ。痺れる足を見ながら、ジュリアナは心の中でも呟いた。
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