第222話

「あ~……」

 朝になり。カナラの作った朝飯を食べ。教室に来たものの。昨日の疲れが取れない僕ちゃん。

 いや、そもそも肉体的な疲労って最早感じない体なわけなんだが。なにぶん精神的には未だ人間気分なもので。疲れを感じていると錯覚するんだよね。

「おやん? なにやらお疲れだな? なんだよ昨日は余程お楽しみだったのかい?」

「なにが?」

 疲れてるところに絡んでくる伊鶴。

 今、お前を見るのすら億劫だからこの世から消え去ってほしい。

「そらもうえんちゃんとしっぽりずっぽり筆下ろし的な?」

「な!?」

 と、反応したのはカナラ。

 急に振られたのもあるがなにより内容が内容だからな。反応するのもわかるわ。……近いことはされたし。つか事が起こる一歩手前まで。

 約束があるからあれ以上は踏み込まないだろうけど。だからって襲って良いわけじゃないよねー。

「~~~~~~//////」

 当人もせっかく気にしないようにしてたのに伊鶴に突っつかれ昨夜のことを思い出したようで。お顔が真っ赤っか。

 相変わらず初々しいことで。自分でやったくせに。

「え。マジでヤったの? 卒業しちゃったよ? ねぇ? おい? リアル充実し始めちゃった感じか? 答えろよ」

 なんでキレ気味なんだよ。仮に俺がリア充してちゃいけねぇのか。

「んなわけねぇだろ昨日の今日で。どんだけ俺の下半身ゆるゆるなんだよ」

「いやむしろえんちゃんが緩いって話に」

「ゆ、緩くないよ!? まず誰ともした事あらへんからね!?」

 クラス中に響き渡る程度には大きな声。男女問わず気まずそうな顔してるわ。特に男子。理由は……察してやろう。

「だとさ。赤面の理由はただのおぼこ娘ってことだな」

「え~。じゃあなんでお疲れ気味なんだよ~」

「……朝っぱらからお前の面見たからかな」

「最低でも週5で朝から見てるだろ? ん? 今さらだろ? 喧嘩売ってんのか? お?」

「売ってるわけないだろ。心からの気持ちだ。受け取ってくれ」

「やっぱ喧嘩売ってんだな! 上等だ表でろい!」

「はいはい」

 一人ズカズカ歩いて教室の外へ出る伊鶴。

 俺はというと。座して動かず。

「あ、あれ? 坊は行かへんの?」

「え? だってもうすぐ時間だし。そもそもあいつの相手したくないし」

「あ、そうなん」

 冷たい対応をしてるからかカナラもいつもより早く立ち直ってるな。……関係ないか。

 俺の冷たい態度で頭冷えるってなんだよって話だし。そんなシステムあったら面白すぎるわ。

「っておーい! 表出ろって言ったじゃん!?」

「あ、帰ってきた。おかえり」

「タミーただいま! ……じゃねぇよ! なんでさっちゃんついてこないんだよ!?」

 地団駄を踏みながら抗議してる。ははっ。滑稽滑稽。

「ニヤニヤ笑ってねぇで答えろよボケカス!」

「だってもうすぐ先生来るし。お前に構ってる暇ねぇし。つか口悪いな」

「暇がないとはなんだ暇がないとは!? てかさっちゃんに口汚さをどうこう言われたくないね!?」

 あ~。うっせぇ。なんで朝からこんなに元気なんだろこいつ。園児かよ。

「もう良いから座って待っとけよ。うるさいし」

「黙らっしゃい! 良いから行くぞ!」

「嫌だよ。遅刻扱いになったらどうすんだよ」

「知るか! 良いから来――」

 言い切る前に背後に気配を感じ、ゆっくり振り向く。

 そこにいたのは伊鶴も予想してたであろう我らが担任である。

「ほう。遅刻扱いでも構わんのか。なんなら欠席扱いにしても良いんだが?」

「いえ! すぐに席につきます!」

 期せずしてというべきか予想通りと言うべきか。小咲野先生によって伊鶴の暴走は食い止められた。

 ありがとう先生。俺は今貴方にすごく感謝をしています。



「今日は珍しく貴様らに直接の連絡事項がある」

 おや珍しい。いつも端末に連絡を寄越すだけの効率的な学園なのに。担任の口から聞かされるものとは。

 わざわざ直で聞かされるんだ。とんでもねぇことに違いない。

「とは言っても。大半のヤツらにはあまり関係ないことだがな」

 どっちだよ。期待して良いのか聞き流せば良いのかはっきりしてくれ。

「不要な前置きをしてしまったが。簡潔に言えば来客だ」

 うん。つまり学生には関係ないってことだな!

 そんなことなら別にもったいぶらないでも――。

「明日より人域魔法師育成校から六名が見学に来る。期間は一週間ほどで週の最後には交流戦をもうけることになった。こちらからの選抜も六名。うち三人はこのクラスからだ。和宮内。賀古治。それから……天良寺。お前らだ。心しておけよ」

「「「……」」」

 情報過多でクラス内沈黙。

 数秒か数分かはわからないが整理した結果。とんでもないことに気づく。

 俺、バリバリ当事者じゃねぇか。

 俺ら三人を除いた他の連中は関係ないけども、俺数少ないほうに入っちゃってるじゃねぇか。

「あ、あの……」

 クラスメイトの一人がおずおずと手を挙げる。

 名前は……関わりがないから知らん。

「なんだ?」

「えっと……。どうしてE組から三人なんですが? 他校との交流戦なら各クラスの代表とかA組からとか色々あるんじゃって……」

 ふむ。その疑問も最もだな。

 六人中半分がクラスからだと交流戦に参加できないクラスも出てくるからな。そこんとこどうなんだろ。

「選考基準は二つ。一つは演習での成績。もう一つは我々教師陣の独断と偏見だ」

「成績はともかく独断と偏見って……。教師たちが良いのかよそんな感じで……」

 このぼやきは別のクラスメイト。心なしか不満そうな声だな。理由は不明。

「そんなんだったら俺らの誰かでも良かったよなぁ~。あーあ。人域魔法師の学生と戦ってみたかったわ~」

 クラスメイトのほとんどが「ねー」っと同意しているな。声質的に軽い感じだし適当にしゃべってる感じ。

「くぅ~! 僕も選ばれたかった……っ! 残念に! 過ぎる!」

 まぁミケだけは本気で悔しがってるけども。

「別に構わんだろ。そもそもお前らに不満を垂れる資格があると本気で思ってるわけではないだろ?」

 ざわざわしていた音がピタリと止まる。緊張感が走る。

 いつも冷たい声にさらに刺々しさが加わってるからだ。普段から不機嫌そうだけど今はいつもよりも怖い雰囲気になってる。

「午後の訓練は任意で免除しているが、客観的に見れば貴様らの大半はただのサボり。さらに努力を放棄しただけでなく演習での結果を残せていない。バカにされながらも魔法師という肩書きにしがみついてこの学園に入ったのに必死になってないヤツが何故にそんな面ができるかむしろ説明してほしいんだが?」

 完全なる図星で誰も軽口を叩けない。

 なんか先生。

「向こうから来るのはお前らと同様一年生だが、若手の中でも十指に入る優等生エリートを迎えるんだ。そもそもが落ちこぼれの学園に足を運んでもらうんだよ。なのに落ちこぼれの中のさらに落ちこぼれでサボり魔の貴様らに出番があると思うのか? 軽口を叩くのも大口を開くのも構わんが、俺のいないところでやれ。俺は身の程知らずの恥知らずは大嫌いなんだよ」

 あ、教師として怒ってるわけじゃねぇんだ。個人的に気に入らないのね。道理で怖いわけだわ。

「もう余計な口を開くバカはいないな。話を続ける。午後の授業は自習。打ち合わせがあるからな。選抜者三名は他の三名との顔合わせと交流戦に向けての特別講師の指導を受けてもらう」

 クラス内を黙らせるとさっさと話を切り替えて教師としての仕事をこなし始める。

 よくもまぁそこまでパッと変えられるなぁ~……。あんなにキツく言ってたのに。

「連絡終了。午前の授業を始める」

 このあとはいつも通りだったけど。やっぱギスギスした空気は流れていた。

 ま、仕方ないか。

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