第220話

「坊。お風呂一緒に……どう?」

 食事も済ませあとは風呂入って寝るだけ。

 カナラからなんとも魅力的なお誘いが。

 ふっふっふ。こいつめぇ~。そんな答えなんて決まってるじゃないか。

「バカ言ってないで一人で入ってこい」

 もちろんお断りだよ。なんなら部屋にでも世界にでも帰れアホたれ。

「そら残念。じゃあお先にいただくね」

 と、言いながらうちの風呂に入るご様子。ダメ元だったようであっさり引き下がったな。

 というかなんでわざわざこっちで風呂入るのか。自分とこ行けよ部屋もらってんだから。

 はぁ……。こういう場合のあいつはなにかと理由をつけて駄々こねるだろうから言及はしないけども。

 ふむ。なんか俺誰に対してもこう……諦めを抱くよね。なにか一つは。

 これは良くない癖なのだろうか? それとも世を渡るための処世術しょせいじゅつというものなのだろうか。

 ……ま、どうでもいいか。



 さて、カナラも席を外したことだし。コロナと会話を試みよう。

 いやまぁ俺が一方的に話すだけだから会話と呼べるか微妙だけど。細かいとこは置いとこう。

「コロナ。ちょっとこっち来い」

「ん」

 呼ぶととてとて歩いて俺の膝の上に座る。

 あ、うん。お前ならそう来るよね。でも違うんだ。できれば前に座ってほしいんだわ。膝上じゃなく。

「コロナ。下りてそこに座りなさい」

「や」

 はい即答。はい否定。

 この俺とくっついたらそう離れてやらんぞという固い意思。なんて真っ直ぐな子なんでしょうか。バカ野郎。

「ほら、そっち行けそっち」

「……やっ」

 呼んだのそっちじゃねぇかって目を向けてから否定するんじゃない。なんか俺が間違ってるんじゃないかって思っちゃうだろ。

 いやまぁ会話するにあたって物理的距離感って関係ある? 別に前に座ってようが膝に座ってようが関係ないんじゃない? って気持ちには完全になっちゃったけども。たった二度の否定で。

 だってこいつとはいつもこの距離だし。言っても中々聞かないし。最悪口がありゃ話せるし的な。

 あ、これも諦め思考の一貫かな。なるほど自分に納得。よしそういうことなら自分に正直になって諦めよう。お前はもうそこでいい。

 下りろ嫌だの押し問答で時間取られるのも嫌だしな。

「はぁ……コロナよ。別に仲良くしろとは言わない。でもカナラを目の敵にするのはやめろ」

「……」

「こっち向け」

「ふんぐぅ……っ」

 頭を持ってこっちに向かせようとするが、抵抗がすごい。

「お、お前。カナラのなにがそんなに気に入らないんだよ……」

 故意でないにしろ。コロナを二週間カナラの匂いが染み付くくらい密着したから嫉妬……っていうのはわかる。

 だけど……ねぇ? それはリリンとかでも言えることだし。

 あ~いや。あいつの場合はちょっと違うか。

 濃厚接触キスとかはちょくちょくしてるけどそもそも匂いが少ないからなリリンって。ないわけじゃないけど超薄い。

 それに比べてカナラは真逆。超匂いが強い。

 興奮したときなんか鼻の奥にへばりつくような甘ったるい匂いをぷんぷんさせるからなぁ~……。ついでにフェロモンもムンムン。比喩ではなく。本当に分泌が激しい。

 だからちょっと近くにいるだけでもカナラの匂いはするし、接触すればすぐに匂いは移る。

 つまりはコロナからすると。自分のお気に入りに他の女がマーキングしてるみたいな感じになるのか。それで毛嫌いしてんのか。

 これ、ただの俺の推測だけど……。なんか的を得てそうだなぁ~……。

 だってコロナのヤツ。カナラが近くにいるとよく鼻ふんふんしてるし。匂いは気にしてそうなんだもの。

 他の可能性は……カナラの態度とか? 俺への好意があからさまだし。取られる恐れがあると感じてる?

 もしそうならコロナよ。勘違いするんじゃないぞ。俺はお前のモノじゃない。お前もカナラも俺のモノなのだぁー。

 ……さすがに言葉が悪いな。心の内でも自重しよ。

 が、今は自分のことは棚上げにしてコロナをたしなめなくては。

 なぜならカナラとも長い付き合いになるからよ。お互い死ななければ。

「コロナ。お前、最近わがままが過ぎるぞ。カナラのなにが気に入らないのかは知らないが。あいつは特になにもしてない……はずだし」

「……」

「あんまりいじめてやるなよ。あいつもお前みたく寂しい思いしてたみたいだから」

「……っ」

 お? 今の言葉は少し効いたっぽいかな。

 コロナとの出会いは夢の中。苦痛に悶えるこいつと繋がったのが初めてだったな。

 苦しくて。寂しくて。辛い思いをしていたのはよーく知ってる。

 そう。こいつは孤独を感じていた。だからこそ。孤独を味わっていたカナラに共感できると思ったわけで。

 案の定。寂しい思いをしていたって言葉に反応した。

 こいつも忘れたわけじゃない。ほんの数ヵ月前のことだし。長年苦しんだことだから。

 故に。俺はそこを突こう。

「あのとき。お前良い子にするって言ったろ? ……ほとんどできてるとは言えない状態だけど」

「……」

 自覚してるようだな。目を逸らしやがって。

 いつもならともかく。今回ばかりは逃がしてやらんぞ。

「別に全部が全部ダメってわけじゃない。ただ、もう少し寛容にしてやってくれ。あいつも別に悪いヤツじゃないから」

 むしろ悪いのは俺だしな。カナラは悪い男に騙される都合の良い女ポジだもの。

 ついでに言えば。今は幼女コロナの情に訴えて行動抑制しようとしてる。

 はは。我ながら最低。でもやめない。人間だもの。

「な? ちょっとで良いからカナラのこと認めてやってくれ」

「……………………ん」

「よし」

 間はあったが返事があったので頭を撫でてやる。

 するとギューッと力を込めてへばりつい……抱きついてくる。

 はいはい。そのくらいは良いですよ~。

 これで大人しくなってくれるなら安いもんだよ。

 おかえりなさい。平和な日常。

 って、さすがにそれは大げさすぎるか。



「ほんなら坊。おやすみ」

「……あぁ」

 床につく時間になり、さぁ寝ようと布団に入ると、当然のようにコロナ。そしてカナラが同じ布団に入ってくる。

 ついさっきコロナに言い聞かせたってのにお前はなにしてくれちゃってるんだろうね。

 いや、話自体は聞いてたんだ。

 なんでも俺の添い寝がないと安眠できないとかなんとか。そんな一肌恋しい寂しい女の話は聞いた。聞きました。

 そうしちまったのは俺だし文句言いづらい。

 だけど。だけどだよ。

 せめて今日は空気読んでほしかったなぁ~って。思っちゃうよね。

「……………………(怒)」

 ありがとうよコロナ。俺の服を皮膚ごと握り締めて眉間に地割れを作るに止めてくれて。

 お陰で今日は俺と安眠できそうだよ。ははっ。

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