第188話

「本当にすまない……」

「もういいから」

 ボールを破壊したのを未だ引きずるロッテ。もう良いつってんだけどな。真面目だから気にしちまうんだろう。

 ロッテは他のヤツらと違ってちゃんと反省してくれるのが良いよな。それだけで俺はお前を甘やかしたい気持ちになってるよ。

「そうだぞロゥテシアちゃん。気にしてもしゃーないしゃーない。良い時間にもなったし昼飯でも食って気持ち切り替えようぜ?」

「……」

 伊鶴に背中を叩かれて嫌そうな顔してる。反省しつつも意外と堪えてないのかもしれない。

「それで? どこで食うよ」

「一度ホテルに戻るか、近くで食べるか」

「デリバリーもあるしね」

「我は最悪量が食えれば構わん」

「あぐあぐ」

「腹減ってるからって噛むんじゃねぇ」

 飯の相談をしてるってのに肩肉に食らいつかれる。今は不機嫌だし暴れられるよかだっこするほうがマシだけど。だからってなにしても良いってわけじゃねぇからな。

「フッフッフ。ランチに迷っているね? そんなボーイアンドガールにおすすめの場所があるよ!」

 声を上げたのはアレクサンドラ。ここに住んでるはずなのに一番はしゃいでる大人。人生楽しそうで羨ましいわ~。

「ほうほう? それはいったいどこなんだいサンディ?」

「この島の浜辺にはいくつかレトロなジャパニーズ海の家風の店があるのさ! 結構評判が良いみたいだけどミーは行った事なくてね。せっかくだから皆で行こうじゃないか!」

「へぇ! このご時世でまだ残ってるとは」

「むしろ観光地だからこそだろうな。本州にはもうないはずだ」

「時代の流れだね~」

「はぐはぐっ」

「……どうでも良いけど早く行かねぇか?」

 コロナの甘噛みの力がどんどん上がってきてんだよ。空腹とストレスでコロナは限界だ。俺の肩ももうそろそろ食いちぎられそうで限界だ。



「じゃあ僕は二人を迎えに行ってくるから!」

 と言って多美と八千葉のところへ向かうミケ。

「では私達は先に行って席を取るか」

「オーケー。残念ながら会計以外はアナログで予約すらできないからね。急いで行かないと」

「そりゃあやべぇ! ゆみちゃんさっちゃん! 行くぞ! 競争じゃあ!!!」

 勝手に決めて勝手に走り出す伊鶴。一人でやってろ。

「あ、ま、ず、ズルいぞ!?」

「こうでもしないと勝てないだろぉ!? 戦略じゃあい!」

 え、夕美斗まで走っていった。しかも慌てて。

 お前こういうの乗らないと思ってたのに。ちょっと裏切られた気分。

「ん~! 若さだね~! 青春だね~! 良いぞ良いぞー! グレイト!」

「そうですねー」

「……」

「なに?」

 なんでアレクサンドラさんは期待を込めた目で俺を見てるんだろうか。

「言っとくけど俺は行かないんで」

 あれを追いかけなければ若くないとか言われようと構わねぇし。年齢なんて飾りだよ飾り。リリンを見ろ。ババアとは思えんぞ。

「Oh……so bad」

 肩をすくめて眉を寄せてしみじみと言い放ちやがった。

 ……そこまで言うほどか? 発音もだけどしみじみ言うと結構心にクるからやめてほしいわそれ。

 あ、代理人を立てるのはどうだろう? それなら

「ロッテ。お前追いかけてみるか?」

「いや、やめておく。あの程度ならば置き去りにして勝負にならん。流石に遊びに来ているのに圧倒してやるのは気が引ける」

「あ、そう」

 大人だな。そこの金髪も見習ってほしいくらいに。

「よし! ミーが行く! ゴートゥーヘェェェェェエル!」

 ……見習ってほしいな。



 一方その頃。

 走り出した若者二人は熱くなり過ぎてしまいとうとう人域魔法を使い始めていた。

「うお!? なんだあれ!?」

「は、はっや!? 人間か!? いや魔法師か!?」

「生の魔法とか初めて見た!」

 幸いにも周りは驚きつつも見世物感覚で楽しんでいる。

 本来ならば砂浜で時速30㎞で移動する物体とか迷惑通り越して危険物扱いだが、魔法を用いた戦闘などは世界的なイベントとして公開されている世の中。故に見る機会は少ない。

 いや、正確にはちょっと火を出すなどの簡単な事ならできる人間も少なくはない。

 しかし、自らの肉体で人間の域を超えた事を実行するのは才能と特別な訓練が必要。

 つまりこの二人は既に一般人の目から見れば人域魔法師に見えるほどに成長している。

「なーっはっは! これならば追いつけまぁ~い!」

「くっ! まだまだ……!」

 身体能力は夕美斗のが断然上。普通に走ればすぐに追い付けるだろう。

 だが伊鶴のがマナの絶対量が遥かに多い。魔法を使った場合短期的ならば夕美斗でも追い付く事は困難。

 しかしそれも。邪魔が入らなければの話。

「ワンダフゥー! まだまだ拙いけどやっぱ筋が良いじゃないかキューティーガールズ!」

「「「!!?」」」

 夕美斗と伊鶴だけではない。その場の全員が声がした方へ目を向ける。

 そう。

 

「まさか空気圧縮!? こ、こんなところで!?」

「サンディ大人気なっ!?」

 アレクサンドラが使っているのは人域魔法の最高峰の一つである空気圧縮。

 その名の通り空気を圧縮する人域魔法だが、人間の足場になる程まで圧縮するのは難易度が高い。しかも一歩一歩踏み抜く位置を計算し都度先に圧縮して足場を作っているのだ。

 このテクニックは異界探索チームならば使えなくてはならない必須の魔法。魔帝であるアレクサンドラであれば出来て当然だ。

 ただ、この魔法を使える人間は確実にプロであり、エリートである。目に出来る機会なんてモニター越しでさえ希な代物。つまり、ギャラリーが沸かないはずがない。

「うお!? すげぇ! 空! 空走ってる!」

「ガチの人がいるぞ!? しかもすんげぇ美女!」

「って、あれサンディちゃんじゃん! サンディちゃあん!」

「ハッハー! 今から子供二人に臨時の授業を行うからギャラリーは離れてな! でなきゃ巻き添え食らっちまうぜぇ!?」

「「……っ」」

 ゾクッと伊鶴と夕美斗の背筋に悪寒が走る。

 何故ならばアレクサンドラが一度浜辺に降り、砂に手を触れて再び駆け上がる。

 その手には魔法によって即席で作った砂の玉が大量に握られている。

「レッツパーティ」

 いつも笑顔のアレクサンドラ。この時だけは悪魔の笑みに見えただろう。

 少なくとも、伊鶴と夕美斗の二人には。

(い、嫌な予感しかしねぇ!)

(い、嫌な予感しかしない!)

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