第180話

「このシチュエーションはちょっとロマンチックだね。そう思わないかい?」

「まぁ……そうっすね」

 ホテルから出て連れてこられたのは夜の浜辺。男と女が二人きりで星の光が反射する海を眺めるってだけならたしかにロマンチック。

 でも一緒にいる相手が相手だからなぁ~……。舞い上がれないよね~。

「それで? これからなにするんすか?」

 わけもわからず連れてこられたが、そろそろ目的を教えてほしい。

 ……さすがに人気がないとはいえ外で襲うとかないよな? 性的な意味での。

「ん~? そりゃあもちろんユーにプレゼントがあるからさ」

「……?」

 アレクサンドラ少し距離を取ってからこっちに向き直る。

 ……うわ。顔がすんごいマジだ。さっきまで伊鶴と一緒になって騒いでた女とは思えないぞ。

「君は見ただけである程度人域魔法をモノにしていたよな? まるでマナの流れでもわかってるみたいだ」

「……!」

「真偽はどうでも良いんだけどね。結果が物語ってるし。君は見ただけで把握できるってさ」

 ……本当この人の勘ってロッテ並みじゃないのか?

 いやロッテは動物の感覚。つまりは人間よりも鋭敏な感性を持ってるし、マナの流れを知覚している。感じることができる情報から答えを割り出している面が大きい。

 だけどこの人は違う。本当にただの勘。理屈とかをすっ飛ばして答えを出し、それが当たっちまってる。

 事、直感に限ってはロッテやリリンよりも恐ろしいわ。

「そう身構えるなよ。取って喰いやしないから。……いや、訂正。構えてはほしいかな」

「……なぜ?」

「話の流れでわかるだろう? あえてミーの口から言わせるようってか? 意地悪な男はモテないぜボーイ?」

 ほっとけ。

 俺だってそりゃあ気づいてはいるっての。その可能性自体には。

 ただちょっと……。都合が良すぎて確認したかっただけ。

 なにせ、また見せてくれるって言うんだからな。前置きして予告してまでさ。

「今度はお遊びじゃなく。ちゃんと本気で使ってやるよ。お遊びの方も突然だったからか見切れなかったみたいだけどね。もしちゃんと見る事ができてたら既に使ってるはずだもん」

「……」

 もう驚かんぞ。どれだけ鋭かろうともう驚かない。この生き物はリリン同様考えたら負けなタイプだからな!

「さて、前置きはこのくらいにしとこうか? ユーのビューティフォーガールズを待たせるのも忍びねぇからな」

「……待ってるかどうかは置いとくとしても。用件を済ませて早く帰りたい気持ちはありますね」

「ハッハッハー! こんな美人と二人きりなのに帰りたいとか。言うねぇ~」

 あんたじゃなければちょっとはそっちの意味で緊張したっつーの。文句なら鏡に向かって言え。

「ま、良いさ。そういう態度を取られるのは嫌いじゃないしね。んじゃ、ご希望通り始めよう。目ん玉かっぴらいてよーく見ときな?」

「……っ」

 垂れ流しだったマナの流れがガラッと変わる。右腕と両足に集中し始めたな。

 影ほどじゃないが大量のマナが三ヶ所を中心に集まって、余ったマナは球を象るように体を纏い始めた。

 空間が歪み始めて、あれならどんなに速く動いても空気の壁にぶつかることはないだろう。

「こっからは絶対に目を離すなよ? どんなに怖くても絶対に」

 念押しして数秒後。一瞬だけ三ヶ所に集めたマナが凝縮された。

 マナは脳と神経を一時的に遮断して完全な脱力を筋肉に強制した。

 力の抜けた体が崩れ落ち、そして――。

「っ!?」

 消えた。そう錯覚するくらいの速度で肉薄される。

 脱力に電力加速っつー人域魔法を加えて振り幅を広げて。しかも空間も歪み空気抵抗が消えた状態がさらなる速さを生み出した。

 電力加速だけじゃなく身体強化やマナを運動エネルギーに変換して上乗せもしてる。たった一瞬で様々なことをやってやがる。

 それにこの空間の歪みってのがまた曲者っぽい。

 マナを知覚できるからこそこの歪みで気配が辿りづらくなってる。だから見失ったと錯覚したってことだな。

 あぁ……。たった一瞬。近づくという一つの目的のための動作でこんなにも興奮を覚えるとは思わなかった。

 しかもまだアレクサンドラのご指導は終わってない。

「すぅー……っ!」

 思考を加速させることで聞き取ることができたのは酸素を取り込む音。視認できた再び遮断される神経の伝達。アレクサンドラは肩から先の神経を閉じ、次の動作へ移るようだな。


 ――避けるなよ?


 そう目で言われた気がした。

 あぁ、わかってるさ。絶対に目を離さねぇよ。こんなに面白いもん頭蓋割られたって見逃せねぇ……!

「……っ」

「……!」

 大振りのパンチ。

 それだけだ。アレクサンドラがやったのはそれだけだが、組み込まれたプロセスはやっぱり心踊るもの。

 足にやったことを腕にもやっているが、それだけじゃない。拳が打ち出された瞬間。同時に同じ方向へ高密度のマナを放出しやがった。

 脱力からの電気を流したときに生じる筋肉の緊張も取り入れた振り幅。マナによる身体能力の向上。運動エネルギーのかさ増し。そしてマナの放出。

 全てが噛み合い打ち出された拳が俺の顔面の真横に通り、その余波はまるで爆撃でもされたみたいな轟音と一緒に大量の砂が舞い上がる。

 当たれば影を展開しても頭が吹っ飛んでいたと思う。

 腕による物理的な防御をしたところでマッチを折るみたいに簡単にぶち砕かれただろう。

 そしてなにより恐ろしいのが、この一連の動きを予告してもらって思考の加速を最初にしてなきゃ認識することなんてできなかったということ。

 仮に、俺とこの人が戦ったらまず間違いなく一撃で殺される。不死身であっても勝てないと細胞に叩き込まれるだろうよ。

「……どうだったボーイ? 勉強になったかい?」

「……そりゃもう」

「ハハ。初めて楽しそうな顔をしたな? 今が一番表情だよ」

 そらどうも。

 でも嬉しいだけじゃなかったよ。

 なにせ人間やめて化物になっても、人間のまま化物みたいな強さを見せつけられたんだからな。

 ……魔帝か。遥か遠い遠い違う次元の人間。この高みに至ったこの人は何を思って生きてるんだろうな。

「さて、やる事もやったし! 戻って飲み直すぜ! 付き合えボーイ!」

 用事済ませたら帰らせてくれるんじゃなかったのかよ……。

 はぁ……。どんなに強くても、この人はなにも考えてないような気がしてきたわ。

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