8月 後編

第165話

 目の前に広がる青い海。青い空。たゆたう白い雲。

 遠くで聞こえる波の音。船にかき分けられる海の音が合わさりより高揚感を刺激する。

 あ~頬を撫でる潮風が心地良い。

 そう。俺たちは今豪華客船に乗っている。

「コロナ~。良い景色だぞ~。見てみろよ。ほら顔あげて」

「はぷはぷ」

「鎖骨を噛むな」

 花より団子ならぬ海より鎖骨。斬新だなテメェ。

 別に俺も元々景色で感動どうこうしないタイプだけどさ。

「ねぇお母さん。あの子だっこされてるよ~? ぼくとあんまり年変わらなさそうなのに」

「そうね~……っていうかなんでゴスロリ着てるのかしら……。あのお兄さんの趣味?」

「……」

 服がこれしかないんだよ! えぇえぇ先輩にもらってから服を買ってないよ。その点は俺も悪いけどさ。基本的にコロナの服はこの手のしかない。

 くそう……。あの人の趣味なのになんで俺が変な目で見られなくちゃいけないんだ。解せぬ。

 ……着いたら新しい服買いに行こ。

「にゃーにゃー」

「あん?」

「はむ」

「顎噛むな」

「じゅううううう~」

「吸うな。そういう意味じゃねぇ」

 口を離せつってんだよ。ほら、周りがすげぇ目で見てくるだろうが。

 別に羞恥心とかそういうのは感じないけど、スタッフにチクられたらめんどくさいんだよ。事情聞くために引き剥がされかねないぞ~。

「だっこはしててやるから。噛むな。吸うな」

「……んえ~」

「なめるな」

「……」

 まったく。どうにかしてだっこ以上のことをしようとしてやがるな? 珍しく思案顔浮かべやがってよ。良いじゃねぇかだっこでさぁ。満足しろとは言わないけど妥協してくれ。

「くはは。まだやってるのか? 貴様らも飽きんな」

「……お前が言うか。ビュッフェに入り浸ってたくせに」

 昼飯から現在の午後三時までざっと三時間半食い続けてたリリンが合流する。コロナと違ってカジュアルなまさに夏って格好で助かるよ。最近はドレス着るほうが少ないし当然っちゃ当然だわな。

「もう満腹なのか?」

「いんや。着くまでいようと思ったのだがな。追い出された」

「なんで?」

「食い過ぎだそうだ。もう来るなと言われた」

「……」

 なにしてんだよ……。てか客船で出禁になるとかなかなかだな……。

「まぁもうすぐ着く頃だし。ちょうど良いだろ」

「冷蔵庫を空にしてやろうかと思ってたんだがな。実に残念だ」

 やめてやれ。迷惑なことこの上ないわ。

「はぁ~……そういやロッテは? お前に付き添ってたよな?」

 っていうか俺とコロナも同席してたときからバカみたいに食っててそれをロッテが止めてた。恐らくだけどずぅ~っとロッテがたしなめてたんだろうな。無駄だったみたいだけど。

 そのロッテの姿は今はない。なにしてんだあいつ?

「あ~あいつか。向こうで求婚されてるぞ」

「……え!? はい!? 求婚!?」

「んっ!」

「いてっ。ごめんて」

 思わず大声を上げてしまいコロナにはたかれる。これは普通にごめん。

 でもわかってほしい。俺はそれくらい驚いたんだ。だって求婚て。ナンパじゃなくて求婚って。どんな流れ? そんなすっ飛ばして関係進めようとする大胆な男今のご時世にいることにビックリだよ? 時代錯誤にもほどだよ。

「とりあえず心配だから探してくるわ」

「ん? 行くのか? では我も行こう。暇だしな」

 だったら最初から助けてやって引っ張ってこいや。二度手間じゃねぇか。



「麗しの君! どうか私の愛に応えてほしい!」

「いや、だから……。儂はお前を知らんし……お前も儂を知らんだろうが……」

「たしかに知らない……。しかし君からにじみ出ている内面の美しさは隠せていない! なにより愛の前には些細なこと! 二人でさらなる愛を育もうじゃないか!」

「……」

 うっわ~なんだあの人。めっちゃ痛い。顔立ちからしてヨーロッパ系かな? 温厚なロッテにあんな渋い顔させるって逆にすげぇな。尊敬するわ。

「くはは! まだこっちもまだやっているな! モテモテで羨ましいことだ!」

 笑ってやるなよ。お前だって遠巻きに見られてるじゃねぇか。全員が全員目を奪われてうっとりしてるぞ~。

 前は体格のせいで人間離れした美しさに磨きかかってたけど、今は小柄に収まってるから少し身近に感じれる分美少女力が上がってる。お陰でお前もいつ声をかけられるかわからんぞー。一蹴するだろうけど。

「にしても……どうすっかな」

 本人に断られてもプロポーズを続けている男をどうあしらったものか。

「ん~……困った」

「ん~。にゃーにゃー♪」

 コロナのほっぺすりすり。それなら許す。

「ふむ。我に妙案があるが。どうする?」

「嫌な予感しかないけど聞くだけ聞こうか」

「――というものなんだが」

「それは本当に妙な案だな」

 バカだろって意味で。

「もう時間が迫ってきてるんだけど。その上でそんなことのたまうってお前ふざけてんのか」

「効果的ではありそうだが? なにより面白い」

 効果一割面白さ九割じゃねぇかバカ。

 ってそれ俺が一番ダメージでかそうなんだけど。俺への配慮はないんだろうか?

「はぁ……何が気に食わんのだ?」

「しいられなくても言える全部」

「じゃあ他に案があるのか? 手強そうだぞ?」

「だからって……」

 そんな奇抜で見え見えなことしなくても……。似たようなことで良いじゃん。

「正攻法が通じる相手か~? 我にはそうは見えんがなぁ~?」

「……」

 くそぅ。あの様子を見ちゃあ説得力しかない。やるか? やるしかないのか?

「さぁ? どうする?」

「……………………わかった」

「よし。では始めようか。茶番を」

 普通の茶番のが五百倍マシだなぁ~。ほとんど公開処刑だよくそったれ。

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