第164話

「……」

「……」

 これは思ったよりもヤバイかもしれない。

 俺は思っていたんだ。帰ったら早々に飛びついてくるんだろうなぁ~って。

 だが現実はどうだろう。コロナは無言で虚空を見つめている。

 な、なぜこんなことに……。リリンは特にリアクションもなくいつも通りお菓子を食べながらゲームに勤しんでるというのに。

「な、なぁリリン……あいつどうしたんだ? あ、ただいま」

「お前がいなくなった朝から大体そんな感じだぞ。飯も食わず風呂も入らず。お前の布団の上で足伸ばして座ったまんまか枕を抱えてうつ伏せになって亀みたくなったりな。おかえり」

 ……行動がもう病んでないか? そ、そんなになるまで追い詰めてしまってたのか……。俺が帰ってきても気づかないほどくらい。つか風呂入ってないのかよ。飯は……まぁ食わなくても特にやつれた様子もないしまだ大丈夫なんだろうな。良かった。

 と、とりあえずなんとか反応を引き出そ――。

「菓子を補充してきたぞ――才!? 今までどこに行っていたんだ!?」

 買い出しに行っていたらしいロッテが戻ってきた。

 買い物袋を落として大げさに驚くロッテ(人型)。お前だけだよ普通の反応してくれるの。落ち着くわ~。

「まぁ、色々あったんだよ。好きで消えてたわけじゃない。……とりあえず、ただいま」

「あ、あぁ。おかえり」

 そういえばロッテとも約束が一つあったな。まだ解決できてなかったら果たさなきゃな。当てもできたし。とびっきりの当てがな。

 おっと、それは今は置いとこう。後回し後回し。まずはコロナのケアをしなくては。

「なにがあったかは後で話すよ。今は……な?」

「あ、そうだな。それが一番大事だろう。儂ら……儂にはどうにもならんし。わかった。後は頼む」

「お、おう」

 言い直したのはあれだな? リリンのやつ特になにもしてなかったんだろうな。予想通りだけどさ。

 こいつが子守りなんてするわけがない。

 うっし。じゃあ頑張ってみますかね。

「コロナ」

「……」

「コロナ~?」

「……」

 うん。呼びかけても反応がない。手強い。次の手でいこう。

「よいしょっと」

 正面に座り、コロナの脇を抱えて対面で抱っこしてやる。抱き締めるとコロナの匂いがふわりと……いやふわりじゃねぇな。めっちゃ匂う。臭くはないけど強い匂いだな。風呂入ってないのはマジだなこれ。それでも毎日風呂入ってるカナラの風呂上がりの体臭のが強いから特になんとも思わないけどな。

 ……それにしても。

「……」

 抱っこでも反応がないな……。

 もっと強く抱き締めてみるか。

 痛くない程度に力を入れていく。時折頭も撫でてやる。

「お?」

 しばらくそうしているとゆっくり手が動いて俺の背中に回してくる。コロナからもギューっと力を入れてきた。

「ひっ……ぁぅ……」

 嗚咽を漏らし始め、プルプル震え始める。

 ……一応鼓膜破壊の覚悟はしておこう。

「あぁ……っ! あうぁ……! にゃーにゃー……! あぁぁぁあぁ……!」

 覚悟に反して思ったよりかは静かに泣き始めたな。

「そうだぞ~。俺だぞ~。帰ってきたぞ~。ただいま~」

「にゃーにゃー……っ! にゃーにゃー……っ! にゃ、にゃーにゃー! あぁぁあぁあぁぁぁぁぁあっ! あぁぁあぁぁぁあああ!」

 いつもよりさらに上手く声を発せれないのかやっぱり普通に泣く。声の出し方もわからなくなるくらい寂しかったか。

「……ごめんな」

 どうしようもなかったとはいえ、俺に非はないとはいえ、やっぱ罪悪感は感じる。

 最初は仕方なく慰めてやるかって心持ちだったけど。こんな泣き方されたらな。義務感も生まれるよな。保護者としての。

 一つ目の義務。それは存分に泣かせてやること。泣けることは幸せだからな。発散できてる証拠だよ。

 二つ目の義務は甘えさせてやること。寂しかったかことを忘れるくらいしばらくはたっぷり甘やかしてやるよ。一ヶ月半分。今度こそ、な。

 って、今思うと一日で二人も女を泣かせてその泣いた女を抱いてしまった。

 な~んか最近陰キャにあるまじき行為をしてる気がしてならないわぁ~。

 ま、二人とも望んで抱かれてるし。いっか。



「さて、と」

「ぐずっ。ずびじゅ」

 服を鼻水だらけにされたし。風呂入るかな。

「ロッテ。ちょっと風呂入るわ」

「あぁ。じゃあコロナを預かろう」

「……や」

 ガッチリしがみつき拒否るコロナ。まぁ、でしょうねって感じだわ。ロッテも俺と同じ気持ちなのか同じ表情を浮かべてるよ。

「コロナ。風呂から出たらまた甘えれば……」

「あ~いや。良い。今日くらいは俺が入れる」

「ん? そうか? 主が良いなら構わないが……嫌じゃなかったのか?」

「……俺にも色々あったんだよ」

 絵面がヤバイのは変わらないが、少なくとも意識すれば反応はしなくなったからな。

 リリンを投影したことと、カナラの体を知った今。ロリ巨乳じゃあ俺をその気にさせるのは至難なのだよ。

 ま、そもそもコロナが色っぽい感情を持ち合わせてないしな。俺が幼児の世話と割りきれば特に問題はないだろ。

「コロナ。一緒に入るか?」

「ん!」

「……」

 あらまぁ元気なお返事だこと。返事するときに顔上げて鼻水を俺の顔面に当てなかったらはなまるだったよ。



「……コロナ。お前」

「……」

「へばりついてたら脱がせないんだが?」

「……」

 一緒に風呂入るかと聞いて元気に返事をしたくせに。脱衣所に来ても離れようとしない。

 もう。めんどくさいなぁ。お前。

 さすがにちょっとは離れてくれないとどうしようもないし。気は進まないけど意地の悪いことを言ってみるか。

「風呂入ってなくてお前臭いから早く洗いたい。」

「……!」

 効果あったようで、一瞬(゜д゜;←こんな顔をしてから離れてそそくさと脱ぎ始める。自分でできて偉いぞ。

「んー! んん~!」

 ボタンを外さず無理矢理脱ごうとして頭で引っ掛かって床を転げ回りながら悪戦苦闘してるけどな。なにがしたいんだお前は。

 まぁいいや。今のうちに自分の脱いどこ。



 多少のトラブルはあったものの。風呂にも入ってさっぱりしたところで、端末をチェックしなきゃな。もちろんコロナは未だ装備中。

 二週間も放置してたらミケあたりから連絡来てそうだし。夏休みだから遊ぼうぜ的なのが。

 ではでは久しぶりに開いてっと。

「……げ」

 なんじゃこりゃ。着信とメッセージが両方カンストしてやがる。『999+』なんて表記始めて見たわ。

 え、なに? なんなの? 嫌な予感しかしないんだけど? これ、見なきゃダメ? ダメ。あ、そう。

「……………………………………」

 無駄に良くなった目と頭でとりあえずメッセージ全てに目を通していく。

 なるほど。よし。これはめんどくせぇことになってるな。

 残された二週間の夏休み予定。たった今埋まったみたいです。

 あ~……帰ってきて早々しんどいよぉ~……。

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