第160話

「にしても不思議な気分やわ~。あの煙魔はんが男をねぇ~? あんなに手籠めにするん嫌がってはったのに。それにその子は最近迷い込んだんよねぇ~? それがまた驚きやわ~」

 しきりに俺たちを見てくる狐拘とかいう女。

 敵意は感じないけど、俺を見るときはほぼ品定めしてる目だな。なんだよ。俺は美味しくないぞ?

 あ、ちなみに俺は膝枕の体勢のまんまなんだけど。だから見られてる説もあり?

「下卑た目を坊に向けんといて。品が疑われるよ?」

 ……ん? なんか今のカナラの声。冷たいようなトゲがあるような感じが……。いやカナラに限ってそんな。……チラリ。

「……!」

 あ、顔見たら露骨に不機嫌になってる。怖い。

 知り合いかと思ったけど仲悪いのか? 温厚なカナラにしては珍しいな……。一体なにしたんだこのお狐さん。今からでもきっと遅くない。謝ろうぜ?

「これはまた異な事を。下卑た事しとるんわ煙魔はんやろ~? 新しく来た子にそんな事させて~。よっぽど好みなんやろうけどねぇ? はしたないんやな~い~?」

 意地悪な笑みを浮かべる狐拘に対してどんどんカナラの不機嫌ゲージが溜まっていく。これは離れたほうが良いのか大人しくしていたら良いのか迷いどころだ。ふむ。どうしよう?

「すぐに男を取っ替え引っ替えして孕んでは捨ててる自分に言われるのは癪やわ。それに、決め付けはあかんのとちゃう?」

「ふぅん? 決め付け。決め付けねぇ~? 何が決め付けなの?」

「坊を手籠めにした覚えはない言う事や。自分の目で見て坊が嫌がってる思うたん? それとも考えが至らなかったんかねぇ~? もうその体古くなっとるんやない? はよう次の生を受けた方がええと思うんやけど」(※特別意訳:さっさといっぺん死んで来いクソガキ)

 なんか……カナラの口調がどんどん。元々エセ関西弁みたいな雰囲気を感じてたけど少しずつ本格的になってきてない? 言い回しとかもちょっと怖いぞ。これはあの狐拘って狐さんの影響なんだろうか? 怖いから

「まだ変わって間もないから時期尚早ですぅ~。というか煙魔はんはそう言いはるけど。なんやそこの子は怯えてるようにも見えますけど~? 煙魔はんこそなんや勘違いしとりませんかぁ~?」

「え!? ぼ、坊ほんまは嫌やったん? 膝枕……」

 お? 指摘されたら急にいつものカナラになったな。ナイスだぞ狐。このカナラなら俺も話に混ざれる。

「嫌じゃない……ってか俺からやったろこれ」

「あ、そ、そうやったね……。そうやったそうやった。うっかりしとったわ……え、えへへ」

 テンパってたこともあって照れ臭そうにする。うんうん。お前はそういう顔のが可愛いぞ。いつもその顔でいてください。さっきの顔怖いから。

「ふぅ~ん? そこな男子おのこ。そういえばまだお名前聞いとらんかったねぇ~? 聞かせてもらえる?」

 と、そうだった。カナラの気迫にビビってあいさつはされたけど返すのを忘れてた。礼儀を欠くところでしたごめんなさい。いやまぁずっと寝てたわけだから今さらだけどな。

「それは失礼しましたっと」

「あ……あ~……」

 体を起こすと名残惜しそうなカナラの声が。あとでまた相手してやるからそんな声出すんじゃないっての。

「えっと。天良寺才って言います。カナラにはお世話になって――」

「……!? な、何を口走ってるんやこの阿呆が!」

「は?」

 急に声を荒げてどうしたんだ? さっきまで一貫して余裕たっぷりだったくせに。急に月のモノでも来ましたか?

 あれって急に来ることがあるのか知らないけども。

 うちの女連中は便もなければ月のモノもないから余計知る機会がないんだよな。あいつに聞くわけにもいかないし。

 そもそも始まっている年齢の頃には顔合わせることもほとんどなくなってたしな。今会ったらもしかしたらお互い気づかないかもしれないわ。

「は? や、あらへんわ! そ、その名は……」

 あ~なんかカナラって名前は特別なんだっけ? 呼んだら殺される的な。

 でもどうやってその本名知ったんだろうねって疑問が残るんだよな。怖いから聞かないけど。

「ずずぅ~……。狐拘、あんま騒がんといて。耳がキンキンするわ。急に来たんは騒ぐためなん? はぁ~。ほんまけったくそわるい子やわ」

 狐拘とは対照的にお茶をすすりながらいつも通り……ではないけど落ち着き払ってるカナラ。

 ここまでテンションが違うとちょっと狐拘が滑稽に見えるな。

「……あ、あれ? お、怒っとらん……なぁ~?」

「いやいや、最初はなから鶏冠とさかに来とるけど?」

「そういう意味ちゃうわ。妾が言いたいのは……あ~もうええわ。今のでわかったから」

 冷や汗をかいていたようで、懐から布を出して拭う。

「今のが一番驚いたわ。心臓に悪い……。でも、良いひと、見つけたんやねぇ~? あの煙魔はんが。んふふ。けなるい事で」

「……そらどうも」

 今の言葉だけは慈しみっていうの? を感じた。カナラも一言だけ素直に言葉を発した気がする。

 この二人。付き合いが長いみたいだし。仲が悪いわけじゃないんだな。狐拘のほうは言わずもがな、カナラも本当は狐拘を嫌ってるわけじゃ――。

「婚礼の儀には呼んでな♪」

「丁重に断りますぅ。そもそも別に婚姻結ぶつもりはあらへんし」

「え」

 ……やっぱりカナラのほうは嫌ってるのかもしれない。

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