第152話

「実は……」

「じ、実は……?」

「お前がなんで化粧してるのか気になってたんだ……」

「………………あ、あ~」

 やや溜めたせいで数秒ポカンとしてたけど、すぐに納得していただけたようで。

 あ、溜めたのはわざとです。

「で、なんで化粧してんの?」

「た、ただの気分よ気分。深い意味なんてないなら気にせんといて」

 いやそんなわたわたしながら言われても説得力……。やっぱあれだろうか? こじらせてるんだろうか?

「そ、それはそれとして……どう? いつもと違うの……」

 さっき気にするなと言ってませんでしたかねぇ? 感想求めてくんなよ。

「……」

 おいやめろ。そんな期待を込めた目で見てくんな。気の利いたことなんて俺には言えねぇから。

「……」

 ……まったく。わかったよ。言えば良いんだろ言えば。たぶん期待してるような答えはないだろうけど。俺に求めたお前が悪いってことで甘んじて受け止めろよな。

「まぁ……綺麗ではある」

「ほ、ほんま? ならやって良かっ――」

「でも化粧してない顔のが好き。目の開き方とかも意識してないときのが好みだな。化粧品の臭いも嫌いだし」

 たしかに素材が良いから化粧しても綺麗だ。でも俺の好みではないんだよな。普段のほうが断然好きだわ。そもそもケバいのとか嫌いだしな。

 あと臭いも……な。ちょっと変態チックな言い方になるけど。体から良い匂いしてるのに化粧品が邪魔してる。せっかくの煙魔の香りが台無しなんだよな。

 ってことで化粧して魅力三割減って感じ。それが俺の感想。

 さて、普通女って自分が好きでやってる化粧やら服装やら否定されるとキレると思うんだが煙魔はどうかな?

「今すぐ落としてくる。ちょっと一人で食べてて」

 ドタドタと部屋を出ていく煙魔。せわしないな。

 つか煙使って移動したら良いのに。焦りすぎだぞ。

 でも怒ってる様子はなかったな。むしろちょっと嬉しそうな顔してたか? よくわからないな。今日のあいつ。

 とりあえず。一人で食ってて良いつってたし。先に済ませちまうかな。

「……ずずぅ~。あ、これ。うま」

 たしかにこのお吸い物良いお味でございます。何でつくってんだろ? 具もなんか貝の殻にやらかい身が詰められてるけど。なんの貝だこれ? あとで聞いてみよっかな?

「ずずぅ~……あぁ~……うんめぇ~……」

 しみじみ美味い。……おかわりあるかな?



「た、ただいま~」

「ん。おかえり」

 すっかり化粧を落としてやや気まずそうな顔して戻ってきたな。俺の好みは置いといて気合いの入りようがうかがえたからな。それをすっぴんのが好みつったらすぐ落としに行ったし、ちょっとわかりやすかったな。そら気まずいわな。

「ふぅ……」

 おっと~? 髪がちょっと濡れてて色っぽいな? どんだけ急いで顔洗って来たんだか。

「も、もう済ませたんやね。あんま時間かけたつもりなかったけど」

 そうだな。まさかあんな結構な化粧をものの五分そこらで落としてくるとは思わなかったわ。どんだけゴシゴシしてたんだろ? ちょっと気になるな。

 あ、女の化粧落とし見たいってのももしかしたらデリカシーに欠けるのかな? 一応気を付けとこう。

「私もはよあがらんとな。長居しても悪いし」

「別に。ゆっくりしてれば?」

 あ、この言い方だと食事に限ってないな。別に良いけど。煙魔がいないと他に暇潰してくれる相手いないし。

「ほ、ほう? じゃあ甘えよかな?」

 ……仮面つけてないと表情丸分かりだな。あからさまに頬赤くして口角上がってるわ。

 普段仮面で表情読み取られないからそのへん抜けてんだなこいつ。分かりやすいのは助かるからあえて教えてやらない。

「あ~……えっと。何か美味しいおばんざいあった?」

 一人静かに食事をするのが気まずいのか話しかけてきたな。俺も退屈しなくて済むし付き合うよ。特別困る質問でもないし。というか。

「おばんざいってなに?」

「あ、おかずよおかず。おかずの事やよ。好きなおかずあった?」

 あ~ね。方言かなんかか。

 えっとお気に入りのおかずな。それはもう決まってる。

「おかずっていうかお吸い物が美味かったな」

「あ~これね。確かに良く出来てるねぇ~」

 お前が作ったんだろ。まぁ作った本人でも納得の味って受け取っておくがな。

「何でつくってるんだこれ。この貝っぽいの」

「こっちに持ってきて大分見てくれ変わってもうてるけど、はまぐりのしんじょうよ。この一つに五、六個分の蛤で作ったしんじょう詰めとるの。お出汁もここからかなり出てはるねぇ~」

「ほぉ~ん。すごい美味かったんだけど。おかわりある?」

「ん~……。一人一杯までやね。貝はその日に使う分しか取らへんから。ごめんな?」

「そうか。それは残念」

 食材もそうだけど、作った張本人が今ここで飯食ってるしな。急遽作らせるわけにもいかないわ。

「……そないに気に入った?」

「ん? あぁ。おかわりあるか聞くくらいには」

「……じゃ、じゃあ。……その。……私のいる? 口付けてもうてるけど」

「今さら口付いてるとか気にするわけないんだが……良いのか?」

「そ、そやね。も、もうその……。と、とにかく! 私はええから……」

「じゃあもらおうかな」

「ほな……ど、どうぞ」

 おずおずとお吸い物を寄越してくれる。器についた口紅も指で取るのも忘れてない。

「……ふむ」

 そういうことをされると俺にもスイッチが入っちまうな。今回は過度にならないようにするけどな。このお吸い物に免じて。

「……ずずぅ~」

「!?」

 俺がしたのはただお吸い物をすすっただけだ。

 ただし、器に指を這わせて紅が付いてた場所を探してな。わざわざ煙魔が口を付けた場所から飲んでやったわ。

 そのことに煙魔も気づいてるだろう。気遣い屋だから。こっちに寄越すとき口紅を拭いただけじゃなくさりげなく反転させてたし。だから指を這わせなくてもなんとなくどこに口付けたかはわかってたんだが、あえてわかりやすくってな。

「~~~~~っ//////」

 効果覿面こうかてきめん。手で顔隠してわっかりやすく恥ずかしがってるわ。隠しても耳まで真っ赤でバレバレだぞぉ~。

「ずずぅ~」

 にしても美味いなぁ~。

 お吸い物に限らず、今日の飯は総じていつもより美味かった。いや、いつも美味しいけどね? ただ一段と美味かったんだよ。

 煙魔の手作りだからっていう精神的な部分ではなく。単純に味が良い。

 ……もしかして、煙魔が一番料理が上手いのではないだろうか。言ったら毎回作ってくれるかな?

「……あ、あ~。私ももう一口いただきたい……かも?」

「ず……」

 なんと見事な棒読み。なんの意図があってかは知らないが……とりあえず乗ってやるか。

「まだ少し残ってるけど。いるか?」

「ほ、ほう? ほんならいただこうかな?」

「ほらよ」

「お、おおきに」

 わざわざ口を付けたところを向けて渡してやる。すると――。

「……………………」

 めっっっっっっっちゃ口付けたところ凝視してる。本当にわかりやすいヤツだな? もうこのあとの行動八割方わかるぞおい。

「んっ!」

 意を決したように一気にあおる。でしょうね! それしかないよね! それで? そのあとはどうする?

「………………~~~~~~~っっっ!」

 しばらく目を閉じてなにかを噛み締めているような表情をしたあと。羞恥心が一気に爆発。なりふり構わずその場でゴロゴロのたうち回り始めた。

 おい。自分でやっといてなんだその体たらくは。恥ずかしいなら最初からやるんじゃないよ。

「ふん! ふん! ふんんんんんっ!!!」

 今度は床に頭突きし始めた。壊れていないところを見るにまだ冷静ではあるんだろうけど、行動そのものが奇怪だぞ。落ち着け?

「ふぅ……ふぅ……」

 ひとしきり暴れたら落ち着いたのか。顔を畳に押しつけながら息を整えている。

 一応礼儀として? 感想だけは聞いとこうか。

「……味。どうだった?」

「……大変…………美味しゅうございました……」

「あ、そう」

 それはなによりだったな。のたうち回った甲斐があって良かったよ。

 ただ、そうだな。一つ言いたいことがあるとすれば。

「できないことに挑戦すんなよ。せめて目処立ててからにしとけって」

 超がつくほどの年上に言うことじゃないけどなこれ。言われなくてもわかってるだろうけど言わずにはいられなかったわ。

「……………………はい」

 こういうときに素直に返事してくれるお前のそういうところ好きだぞ。言ったらまたのたうち回るだろうから口はつぐむけどな。

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