第150話
「じゃあ、よ」
「な、何? ……ひゃっ!?」
グッと体を引き寄せて顔をこっちに向かせる。少し怯えたような顔しちゃって。そそるなぁ~おい。誘ってんのか?
「な、なんなん? あ、あんま意地悪が過ぎると怒るよ?」
おどおどしながらも頑張って脅そうとしてる。だから誘ってんのかお前は。
……ダメだな。手を出すまで理性ぶっ壊れてるわけじゃないけど。それ以外全部やりたくなってる。こいつ相手だとなんか俺もおかしくなるな。まぁだからといって? わかっててもやめるつもり皆無だけど。
「わからないなら……もう一度触らせてやろうか?」
できるだけイケボを意識して耳に息を吹きかけるようにしてささやく。さすがにこれは痛々しいな。でも――。
「……あ、あ、あ、あ」
目ん玉ぐるぐる回して効果覿面。何千年もあったら男の裸くらい見る機会あると思うんだがな。どーしてここまで耐性ないんだお前。
「……ごめん、なさい。わかっとるから。だから、そんな意地悪せんで? お願いやから……。坊の言う事も信じるから……。許してやぁ~……」
ギブアップ宣言……ってところか。わかりゃ良いんだよわかりゃ。意固地になってブスブス言って。別にお前がブスって言われてようが自分で思ってようが俺には関係ないけど。俺の意見と価値観まで踏み込まなきゃそれでいんだよ。
よし。許してやろう。これ以上は本当にただのいじめになるしな。
「俺にとってお前は魅力のある女だって信じるか?」
「……信じ……る。信じるから。もう許して……?」
「……」
だから誘ってんのか? 少し振り向きながら
「ぼ、坊?」
「ん? あぁ~うん。わかってくれたら良い」
ふぅ~危ない危ない。僕、男になってしまうところだったよ。一線はまだ越えないって決めるからな。ここで自分を曲げるわけにもいかない。
「よ、良かった……。えっと……そういえば何しとったんやっけ――」
「おん? なぁんかあっちから音が……。おーい。誰か入っとんかぁ~? 」
「……!? せ、せやった……! 誰か来とんのやった……!」
……忘れてたのかよ。本当どんだけパニクってたの?
「お~い。って」
「っ! こ、こっち来る……っ!」
岩の上から少しだけ目を頭出して向こうをうかがう煙魔。そして俺は岩を背もたれ代わりにしてるわけで。
「おお~」
目の前に美味しそうな果実が二つ。絶景かな絶景かな。その位置から振り向いて様子うかがおうとしたらまぁこうなるわな。
「ど、どないしよどないしよ……!? 仮面つけてへんし坊はいるし……! どうしたらええのん……!?」
焦る煙魔の動きに合わせてぽよぽよ揺れてる。目が良くなって心底良かったと思う。結構湯煙濃いけど全貌くっきりです。
てかまだテンパってるんだな。俺に胸見せつけて……っていうか押し付ける寸前ってことに気づいてない。
ふっ。俺が紳士で良かったな。ちゃんと当たらないようにしゃがんでいるから当たることはない。……目線は外してないけどな。ほら当たらないようにするにはちゃんと場所を把握しないとだし? な? な? そういうことにしといて。
このまま煙魔の反応と乳を楽しむのも良いんだけど。……いや良かねぇな。煙魔と混浴とか後が怖い。知ったら絶対刀振り回しそうなのもいるからな。バレるリスクは避けなくちゃいけない。
ってことで助け船を出そう。主に俺のために。……お、今のは見事な揺れ。サービス良いな。
「……落ち着いた声意識して仮面ないからこっちにいるって言えば?」
「あ、せ、せやな……! それええわ……! それでいこ……! すぅ~……フゥ~……んんっ! ――わ、私よぉ~私ぃ~。何か用ぅ~?」
若干上ずってるけどほとんど違和感はない。桃色の煙も出して存在感を増しているな。テンパってるとは思えない機転だぞ。さすが年の功。
「あ、姉御でしたか! そんなところでなにを?」
「あぁ~……さっき手滑らせて仮面どっかいってしもてなぁ~。おっちょこちょいで嫌やわ~。この前角なくしてしもたばかりやから慣れてないんよねぇ~。困ったもんやわ」
ん~。ちょ~っと口数多いんじゃないかそれは? わざとっぽく聞こえなくもないぞ?
まぁ向こうがどう思うか次第だけど。
「はぁ~そら大変ですな」
心配は杞憂だったようだな。声からは疑ってる様子もないし。近寄ってくる様子もない。とりあえずは安心かな。
「そうなんよ。せやから私はここでゆっくりしとるから――」
「そんじゃ姉御の仮面探してきますわ! 待っててくださいや!」
「え、あ、ちょっ!」
「お任せを~っ!」
バシャバシャ音を立てて遠ざかっていく。ただ探すってことは場合によっては時間かかるってことだよな。しばらくここで待機かな?
「お、お風呂で走ったらあかんよぉ~……」
煙魔も同じ考えらしく。声から元気が消える。
「……はぁ~。どないしよ……。自分で探す言うた方が良かったんかなぁ~……」
「言っても仕方ないだろ。どうせ押し切られて任す羽目になってただろうし」
「そう……かなぁ~?」
なんだかんだ好かれてるからなぁ~。困ってるつったらあの人たち喜んで手を貸すよ。
この自称ブス。自覚がない愛され者。
「それよりも」
「ん~?」
「いつまで見せつけてんの? 誘ってる?」
「え……。……っ!?」
言われて気づいたのかバッと離れる。勢いよく動いた割りにはバシャッて音がしなかったな。器用なヤツ。
「み、見せつけてたちゃうから……! 向こう見ようとしてそれで……」
「……ふしだら」
「ふ……っ。ふ、ふしだらちゃうからぁ~……! 意地悪やめて言うたやんかぁ~……もう~」
「すまんすまん。可愛くてつい」
「かわっ! ……せやからやめてよぉ~。ほんまあかんの……。耐えられへんから……」
自分抱き締めて今さら胸隠して背を向けちゃって。そういう反応しちゃうからいじめたくなるんだよなぁ~。言ってわかるならやってないだろうし。我慢できたら苦労しないって話だけど。
「坊、ほんまイケズな子やわ……」
「俺もそう思う」
自分にこんな小学生男子みたいな一面があることに意外だよ。言い訳して良いのなら煙魔が可愛いのがいけません。
……我ながらクソな言い分で笑う。
「……坊」
「ん?」
「あ、あんな? べ、別に嫌なわけちゃうんよ? そ、その女扱いされる言うか。か、か、か、か、か、か、可愛い言われるんも……。凄い嬉しいんよ? ただ慣れてへんのよ……ほんまに……」
何千年とブス扱いされて自分でもそう思ってたらそらぁな。
「せやから何度も口にしてからかうんはやめて? ほ、本当の事でも……その……困るから……」
「ふむ……」
ここまで丁寧にお願いされたらこれ以上は本当にダメだな。引き際ってことで。
「わかったわかった。今はもう言わない」
「今は……?」
「今は」
「今は……」
「今は」
「……今はかぁ~」
天を仰ぐ煙魔。気づいているようだな。今はやめてやるが機を見てまたお前のあ~いう顔楽しませてもらうとするわ。
ま、仮面つけてるときに可愛い顔しやがってとも言えねぇし外してる時に限るけどな。
……あれ? いつもつけてるからつまり言えないのでは?
「……なぁ、坊。もう一つ良い?」
「ん? 内容による」
「む、難しい事ちゃうから……。聞きたい事あるだけやから……」
「質問? まぁ答えられることなら答えるが」
今さら聞きたいことってなんだ? 好みのタイプですか? それともサイズ?
「その……よくこういう事するん?」
「こういうこととは」
「せやから……。裸で抱き合ったり……とか? 女遊びみたいな……事……」
「してねぇよ。俺は純潔だ。……キスはしたことあるけども。それも最初の時は奪われたってのが正しいし。お前で二人目だからそこまで経験あるってわけじゃない」
まったく失礼なヤツだ。女たらしだと疑っての質問だなそれ。お前だから許すけどもだな。……むしろ咎められるとしたら俺のほうだし。唇奪ってごめんなさい。美味しかったです。ごちそうでした。
「キス……?」
「口付け」
「あ、あ~……。せ、
何度見たろうこの思い出し赤面。
今のは不可抗力だ。許せ。
「と、とにかく坊がそないに手当たり次第手を出すような子じゃないってわかったし。もうええわ。……おおきにな」
「あぁ」
お礼言われるようなことじゃないけどな。こんなので今までの行い許されるんなら安くね? 普通殴られても文句言えないよね。ケツにアレつけちゃってたら。寛容過ぎるわお前。
「姉御ぉ! 見つけました~!」
「いや見つけたのお前じゃ……別にいいけど……。うちらもう上がりますから。姐さんはゆったりしてください」
「ほ、ほんま~? おおきにな。私ももうすぐ上がるから着替えんとこ置いといてくれるぅ~?」
「わかりました! そいじゃうちらはこれで!」
話の切りが良いところで出ていってくれたな。それに思ったより早く見つかったようで何より。
「じゃ、じゃあ私も上がるわ。札かけとくからしばらくゆっくりしとってもええよ」
「わかった」
二人の気配が遠ざかったところで、煙魔も立ち上がる。よく見たら尻も良い形してるな。感触的にそこそこ肉があるのはわかってたけど形も良いとは。こいつ……逸材過ぎないか?
「ま、またな」
「ん。また」
煙魔も出ていき今度こそ大きなお風呂で俺一人。男子入浴中の札も煙魔が確実にかけてるだろうしもう安心してゆっくりできるな。
「……ふむ」
にしても甘い匂いだなぁ~。ちょっと煙魔が浸かるだけでここまで香るとは。あいつは入浴剤かなにかなんだろうか。
色々設定詰め込みすぎだぞ。自重しろ。リリンで間に合ってるからそういうの。
ま、別に害があるわけじゃないからかまわないけども。
「……はぁ~」
脱衣所で一人ため息をつく煙魔。裸のまま頭にこびりついた才のとあれやこれやを反芻しているところだ。
(坊の肌……綺麗やったなぁ~……。触れた感じはよう覚えとらんけど……。それに……あ、アレに初めて触ってしもうた。しかもお尻で……。見た事はあっても初めて……)
「……」
(も、もう少しちゃんと意識するべきやったな。二度と触る機会ないかもやったし)
一体ナニに後悔しているのかはあえて記さない。
(なによりも……。あんな誉められたの初めてやったなぁ~……。ほんまに坊変わった趣味やわ……。最初は嘘とか
唇に触れて初めての時を思い出す。
唇を奪われたあの時にはもう才が自分を醜いと思っていない事はわかっていた。
ただ才が初めてで。他に煙魔を女として見る事がなかったから。反射的に疑ってしまっただけで。
(でも……もう疑う事でけへんよね……。唇奪われて……私で反応したアレ押し付けられて……。疑う余地がまずないよ……)
「~~~~~//////」
壁に頭をぶつけ始める煙魔。本気でやったら壁の方が持たないので加減はしている。
(あ~あかん。もうこれも疑いようないわ……。私……坊の事……)
「好き……かも……」
あんな事やそんな事をされて。いじめられて。それでもこういった感情を抱いてしまうのは煙魔にとって初めてだからだろう。
やはり何事も初めてというのは劇的なのだ。
「……」
(だから何って……話やけどね。帰り道見つかったら坊はいなくなるんやから……)
「はぁ~……あぁ~……」
(初恋やのになぁ~。失恋って決まっとるなんて運ないわ~。というか初めての
「ふふっ」
(でも……せやな……。良い経験出来たって事で許してあげよ。あ、これが惚れた弱味ってやつやんな。これも初めての経験)
開き直る事で逆に冷静になってきた煙魔。
体を拭いて着替えを済まし、脱衣所を出て札に手をつける。
(……でも、せやな。帰すその日まで。もう少し良い夢見させてもらおうかな? ちょっとくらいなら
札をかけながら微笑み、心の中で呟く。
きっと、今しているこの表情こそが彼女の最も美しい瞬間だろう。
好きな人を諦める儚さと切なさを含んだ微笑みが一番美しいという悲しさ。誰も見る事が叶わない虚しさ。
それでも今この時が一番美しい。
……もしも、今を超える瞬間が訪れるとするならば。愛する者と望む関係を築いた時だろう。
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