第144話
バトルパート
煙魔
VS
黒きモノ
煙魔の実力の程。いまひとつ、測り辛いものがある。
底知れないマナ。神器という得体の知れない武具。七千年生きているという経験値と生物としての格。
どれも破格。一つ一つの強さの要素が一流の遥か先にある。
他の世界でも、彼女と張り合える存在はリリンを除いて、そうはいない。それが煙魔という生物。
だが、それでも彼女への評価は低いと言わざるを得ない。
何故ならば彼女は一つの存在を侵食し、己が一部としているからだ。
彼女が侵食したモノ。
それは獣?
空想上の神獣?
鬼や他の怪物とされる生き物?
違う。
なんなら生き物ですらない。
彼女が侵食したのは――。
――この世界そのものだ。
彼女を測るという事は、最早世界そのものを測るに等しい。
「そうら、崩れるよ」
「……っ」
煙魔の一言で黒きモノの足場が崩れる。黒きモノは影を伸ばす事でその場に留まる。
「それはあんこより甘いわ」
右手に持った小刀を軽く振る。空中に引いた斜線に重なった影はあっさりと断ち斬られる。
「潰れなはれや」
「……っ」
地割れに飲み込まれる黒きモノ。大地は元の形に戻り、飲み込まれた万物は土の一部となろう。
(……こんなんで終わるわけもないよなぁ~。でなきゃメズとセツが殺せん相手な筈もなし)
その通り。万物に当てはまらぬが影の力。物理的な力は意味をなさない。
「……ん?」
煙魔は一歩……いや半歩退いた。
煙魔のいた所に細い、細い、黒い線が伸びる。
(……なんや? あれ)
「…………………………っ!!?」
――ボッ
音が実際に鳴ったわけではない。その光景によるイメージが煙魔の耳を劈いたのだ。
煙魔の目に何が映ったのか。
黒い線は一瞬太くなり、消えた。消えた後に土はなく。大穴が開く。単純にして明快。そして何より……異常。
(地を、抉ったんか? ……違うな。これは……どかしたんか……?)
そう。土と土の僅かな間。隙間と呼ぶにも小さすぎる分子レベルの隙間に影を伸ばし、太くし、無理矢理広げて寄せた。影が行ったのはそれだけ。その証拠に、開けられた穴の土の密度は上がり、鉄のように堅くなっている。
(……成程。こりゃあの娘達には荷が勝ちすぎてる。気の大きさと濃さに加えてあんな芸当。私でもでけへん事して腹立つわ。こんな化け物私でないと相手できひんよこんなん。はぁ~……まったく。なのに……それなのに……どうしてすぐに呼ばんかったのあの娘らは……!)
怒っていは……いない。煙魔は悲しんでいる。
彼女達が自分を頼ってくれなかったから。
それが、すごく悲しい。
煙魔は彼女達が想っていたが故に頼らなかった事を知らない。知らないが、たとえ知っていても悲しんだだろう。
護る事は必要とされている実感を持てるから。
家族に必要とされる事は、孤独な煙魔にとって変えがたい幸せなのだから。
(終わったらお説教……いや、泣き崩れたるわ。あの娘達の目の前でみっともなく泣いたんねん。……今ほんまに泣きそうやし。素で泣きそう)
「……と、泣くにしても後やな」
ゆっくりと黒きモノが穴の中から上がってくるのを感じる。煙魔は後ろへ飛んで距離を取る。
「……っ!?」
距離を取った瞬間大地に同じ穴がいくつも開き始める。今度は消える事なく、全てが煙魔に向かう。
(これは……身一つで避けきるんはしんどい……!)
「すぅー……っ! フゥ~……ッ!」
煙魔は左手に持つ煙管をくわえ、煙を吸い、吐き出す。
煙は煙魔を包み、姿を消し影をかわす。
離れた場所に再び煙は集まり、煙魔は姿を現す。
「ほっ。危ない危ない。油断してるとす~ぐ首掻かれそうでおっかないわ~」
「……」
姿はまだ土の中だが、影がピタリと止まり、まるで思案しているよう。文字通り煙のように姿を消した事で少し困惑しているのだ。
(さぁて……次はどう来はる?)
煙管をくわえ、いつでも逃げられるよう準備をする煙魔。仮面の中では少し緊張した面持ちだ。
「……」
「……」
「…………!?」
(来た……!)
影は再び煙魔に襲いかかる。逸話に出る八又の大蛇が如く巨大な影。速度も先程より上がっている。煙魔の煙には吸って吐く分ラグがある。その隙を与えないつもりだ。
「フゥ~……!」
しかし百戦錬磨の煙魔にそんな安い隙はなく。影が動いた瞬間には合わせて煙を吐いている。
(かわせる……。まだかわせるはず……。なのになんやろ。この胸騒ぎ……)
煙の中へ入り影をかわした……つもりだった。
「!!?」
(嘘やろ!? なんで、入って来とん!?)
影は瞬間的に速度を上げ、煙の中へ割り込んだ。煙魔の眼前に影が迫る。
(すぐに歪めて閉じんと……! ……あ……れ?)
閉じない。消えない。煙を纏ったまま煙魔はどこへも行けない。空間に干渉し、途絶し、その場に固定する黒きモノの影が煙に降れた時。煙魔の煙はただの目眩ましとなってしまったから。
(不味……い……)
「………………っ!!!」
煙は散り、煙魔の姿が露になる。影に飲まれた煙魔の姿が。
「……」
煙魔を捕らえた影は荒れ狂り、音速を超えて大地を幾度も抉る。穴に続いて地形がどんどん変わっていく。
「……っ! ……っ!?」
当然ながら煙魔の肉体は何度も叩きつけられる。着物は破れるも大したダメージがないのは救いだ。さすがの肉体耐久力。
(洒落臭いわ!)
マナを放ち、影を無理矢理弾く。少々脱出に時間をかけたが、驚いた隙をつかれただけに過ぎない。
……確かにダメージはない。だがそれは肉体の話。精神的には少しだけキテしまっている。
(煙を封じられた……厄介やな……。でも謎は解けたわ。日ノ本との繋がりが無さすぎる理由はアレやな? 坊が流れて来れるのにどうも繋がらんと思たら。アレの所為か)
「ぅ……くふ……っ。はぁ……はぁ……」
地面に着地し、呼吸を整える。ダメージがないとはいえ顔は覆われていて呼吸が出来ていなかったのだ。
仮面の下が割れて顎が落ちてしまって口が出てしまっているが、この場には誰もいないので煙魔は気にしない。そんなところに気を回す余裕はない。
(尚更……殺さんとあかんなぁ~。坊を家に帰す為にも。ふふっ。やる気出たわ……)
「……メェエァァァァァァアエエア!」
最低限の影だけ纏い、鳴き声を上げながら黒きモノが穴から出てくる。
「フゥ~……。やっと上って来たようやね。……あらま。あんたはんも随分けったいな面構え。ちょっとだけ親近感湧くわ」
醜い繋がりで仲間意識が芽生えるも、すぐに消し去る。今は殺し合いの最中なのだから。
「メェエァァァァァ――…………」
全身に影を纏い直し、今度は細く影を伸ばす。数千程。
「……嘗めるなや!」
煙魔は小刀を構え、影を斬り裂く。刀を持たずとも剣速と範囲は雪日を超えている。
「……っ」
黒きモノはさらに影を増やし、正面からだけでなく、横からも後ろからも影を伸ばし襲いかかる。
「だから……嘗めるな言う取るやろ?」
煙魔は巧みに体を動かしてかわし、斬り裂いていく。だがそれだけではすぐに限界が来る。その場に留まるのが危険と判断した煙魔は黒きモノの方へ向かう。
雪日のようにマナを放出しながらではなく。最低限の力で走り、影を斬る。何が起こるかわからない。要領が測れない相手に煙魔も慎重さは残す。
「……っ」
「く……っ」
煙魔が近づくに連れて影の激しさが増していく。ただかわすだけでは辛くなってきた。
(ふふっ。なんやちょっと余裕そうやなぁ~? あかんよ油断しちゃ。自分。まだ私の力完全に封じたわけちゃうんやから)
「……すぅ~」
煙魔は煙管をくわえる。煙を吐く準備に入る。黒きモノももう煙魔の能力は把握している。煙の移動を試みた瞬間。再び捕らえるつもりだ。
「フゥ~」
構わず煙魔は煙を吐き出す。
しかし、さっきと違い体を覆わない。小さくまとまったいくつもの煙はあらゆる方向へ散々になる。
「……」
影は一瞬止まるも、すぐにまた煙魔に影を伸ばす。
(その一瞬。命取りと違う? ま、関係あらへんけど)
煙魔の目の前に散った煙の一つが横広がりに留まっている。煙魔は煙の中へ腕を突っ込み横へ薙いだ。
「……っ」
腕が煙から出ると、影は断たれていた。それも離れた場所から。
煙魔は腕だけを煙で別の場所へ移動させたのだ。移動した先は煙魔と黒きモノの間の上空。そこから斬撃を飛ばして影を斬ったのだ。このやり方ならば距離がある分まとめて斬れる。煙魔の余裕が増える。
(ちょっと分が悪くなったところで。術の相性が悪いといって。そんなん些細な事よ。体ごとが無理なら腕だけで良い。腕すら無理ならまた別の事試すわ。自分殺すまで何度も色んな事するよ。だって私――)
「結構しつこいから」
再び煙に腕を突っ込むと、影は煙魔の煙を追い始めさらに煙魔の周りから影は減っていく。
(そら完全に愚策やろ。嘗められてるんかな?)
煙魔が腕を振る度に影は霧散すし、煙魔は黒きモノとの距離を縮める。
試しに何度か本体へ斬撃を飛ばすも、さすがに小刀では断つに至らず、やはり直接斬るしかないという結論付ける。
(この調子ならすぐに懐まで入れる。あとは気で黒いの飛ばしてこれ突き立てるだけや……!)
最早影は一定の距離から近づけない。近づく前に煙魔に斬られる。
そこらにある煙へ伸ばしても少ない影ならば別の角度から斬撃を飛ばしてしまえば捕らえられない。そもそも無数にある煙全てを捕まえようとするのが無謀。
手元の煙も捕らえられようが小さい規模。都度吐き出せば問題ない。むしろ宙に浮かぶ煙が増えるだけ。煙魔の攻撃範囲が増えるだけ。
煙魔の能力が不利だと思われた。しかし現状はどうか? 確かに一瞬で遠くへの移動は出来ない。だが決して不利とは言えない。むしろ押しているのは煙魔の方だ。
「ほうら。もう目と鼻の先や」
全力を封じられても尚光り輝く戦闘力。煙魔にとって一つ二つ能力を封じられようとも些末。特殊な能力に頼りきらない。素で強い。
「破ッ!」
気合いと共にマナを放出し、影を吹き飛ばす。黒きモノの体は露になる。
「メェエァァァァァァエエアアアアア!」
「もう終わりやよ? 静かにしぃ」
煙魔は晒された歪に発達した首へ小刀を突き立てる。
雪日もそうだった。
瑪頭飢もそうだった。
近づいた時こそ、最も追い詰められる時。
「そう……なるんか……っ!」
「メェア……!」
小刀は確かに首へ突き刺さっている。だが、根本まで入っても黒きモノは生きている。
お互いマナを放出し合っているので小刀の攻撃範囲は拡張されず、刀身がそのまま範囲となる。歪に発達したデコボコの首だからこそ。刃は命にまでは届かなかった。
(こ、これは完全に武器を間違えた私の失態――)
「……ごばぁ!?」
至近距離で。マナを放出し合いそれが拮抗していて。小刀も肉に埋まっている今。影を防ぐ術はなく。煙魔の腹部へ雪崩の如く激しくぶつけられた影は容易く煙魔の内臓を潰した。
(あ、あかん! 臓物何個潰された!? 体が、動かせなく……っ!)
リリンと違い、煙魔の脳はそこまで優れているわけではない。痛覚はあるし、状況への適応力も高くない。煙魔はただ力があるだけなのだ。生物としての格は高くとも、リリン程ではないのだ。
だから、内臓が潰されるだけで。もう彼女の肉体機能は停止を始め、すぐに動かなくなってしまう。
「は……ぁ…………っ!」
影は煙魔の手足へ伸び、地面に叩きつけ、張り付ける。すでに呼吸はままならないのに、わずかに残った空気も吐き出してしまう。
「メェエァァァァァァアエエア!」
「ぁぁ……っ! ……がっ!? ……ぶふっ!」
張り付けられて終わるわけもなく。黒きモノは影を滝のように煙魔の体へ叩きつける。マナを放出してある程度は相殺するも、全身の骨も内臓も徐々に潰され尽くされていく。
「………」
一度影の勢いが止まり、黒きモノは煙魔の様子をうかがう。
数秒。たった数秒で煙魔の右腕は肘部分から、左腕は肩から離れ、肋骨は全滅。肺と心臓も半壊。腹部に敷き詰められた臓器の類いも漏れなく破損。鬼の証とも言える角もへし折れた。
だがまだ絶命していない。これで生きている方がおかしいのだが、そこは煙魔の生命力の高さを称賛する他ない。
「…………ぁ」
こんなにズタボロにされては髪留めなど耐えられるわけもなく、背丈ほども長い髪は無造作に広がり、仮面も完全に粉砕され顔が晒されてしまっている。
煙魔最大の秘め事が露になっても、気にできる余裕はない。
潜在能力に差は然程ないはずだった。ブランク。相性。油断。あらゆるモノが重なって煙魔を一瞬で追い詰めた。
……もしもの話をするならば、煙魔の持つ全てを最初から使っていれば、結果は変わっていただろう。
だがそんな話をしても仕方がない。もう既に彼女は虫の息なのだから。
「…………ぅ」
わずかに盛れ出た呻き声に反応し、影が襲いかかる。
(油断……し過ぎた……。数……百年……は長かったんかねぇ~……? こんな鈍ってるとは思わなかったよ……。私……が……死ん……だら……この怪物は……どうするんやろ……? 荒らし……回る……んやろか……? あの……娘達を……襲うんやろか……? そ……れは……あかん……。あか……んよ。……そんな事……絶……対……させへん……。まだ、死ね……へん……!)
思いは時に信じられない力を生み出す。
だが同時に、何を思おうが語ろうが無意味な時もある。
この時ばかりは後者。煙魔の執念は実らない。
ただ、それとは関係なく。煙魔の命の灯火は消えない。何故ならば――。
「ふぃ~……。やっと見つけたわ。ここってたしか……俺が最初に来た場所だよな? お前の煙で一瞬で移動したからわからなかったけど、結構遠いんだな」
「……………………ぼ…………ん……?」
虚ろな目が。折れた角から溢れる血で溺れる目が。微かに男の背をとらえる。同時に煙魔は命拾いしたのだとわかる。
煙魔は、助かったのだ。
――何故ならば、才の影は襲いかかる黒きモノの影全てに絡みつき、煙魔に届く前に阻んだからだ。
「メェアェェェェェェアアアアエアアア!!!」
「うるさっ」
影を使いし二種の生物は今、
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