第134話

バトルパート


     天良寺才

      VS

     瑪頭飢めずき



「ぬぅあはっ!」

 瑪頭飢は笑みを浮かべながら跳び上がり、金棒を才へ振り下ろす。

(巨体の割に身軽だな。少なくともさっきの犬よりは速い)

 才は冷静に分析しつつまずはかわす。あの状態ならば地面を叩く事になる。その一撃の威力で相手の戦力の確認をする。

「!?」

 金棒が地面を叩くと亀裂が走り地割れが起こる。数m離れた才の足元まで大地は一瞬で荒れてしまう。

(なんつうバカ力!? う、受けようとしなくて良かった……! 受けてたらまず間違いなく体バラバラだったぞあれ。……リリアンより膂力はあるなたぶん)

 油断していたわけではないが、今の一瞬でさらに気を引き絞める。

「おうおう猿がか貴様は!? 動きの軽いヤツじゃがな!? ぬぅあはは! 猛る猛る! 」

 瑪頭飢は瑪頭飢で才の動きに感服する。さらに人間離れした身体能力は久しく戦いを味わっていない鬼には魅力的過ぎたようで、身震いして悦ぶ。悦びが増すと瑪頭飢の威圧感も増していく。

「チッ」

(あんまやる気出すなよ。こっちも加減が難しくなるだろ)

 今はまだ生かす戦いをするつもりの才ではあるが、すでに手加減を捨て殺しにかかる選択肢も視野に入れてる。余裕を見せられる相手じゃないと察し始めているからだ。

「どんどん行くがぞ小僧!」

「い……!?」

 瑪頭飢は一歩で至近距離まで近づき金棒を振り回す。一回振る毎に何も触れてないのに破裂音がなる。

 いや、正確には一つだけ触れているものがある。空気だ。瑪頭飢は一振り一振りが音の速さを超えている。

(速っ!? 跳んだときより脚力増したぞ! しかも軽々と金棒の先が音速超えてやがる。あぁもううるせぇな! 空気の壁ポンポン叩くな! そんで表情からしても向こうもまだまだ様子見の可能性高いしよ。音速超えるなんて軽いってかそうですか。めんどくいな。やっぱこれいのちをだいじにってことでぶち殺したほうが良いかも……。つっても速すぎてかわすので精一杯なのがなんとも……な。今だって単純に力任せに振り回してるだけだから筋肉で予測して避けてるだけだし。もっと知能の高い生物だったらフェイント一つでこっちはお陀仏だし。不幸中の幸いって言えば聞こえは良いけど、結局今詰まってるし。誰か助けてってレベルで困ってるんだけど。助けて)

「逃げんなが! 貴様からも来るがよ小僧!」

(うっせぇ! 今考えてんだよ! こっちだって反撃したいわ! くそ! 口動かす余裕もないわ!)

 お互いイラつきながらも動きは止めない。むしろ瑪頭飢の方は速くなっていき才はさらに余裕を失っていく。

「逃げんなが言うとるがが!」

「しまっ!?」

 やがて避けきれなくなった才。金棒が横薙ぎに迫る。

「く……っ!」

「あん?」

 金棒は才の体を軽々ぶっ飛ばす。才の体は宙へ浮き数m。地面を転がり数m。合計で10m以上飛ばされる。

 瑪頭飢はこれまた一歩で距離を詰め、自分の顎に触れながら疑問符を浮かべる。手応えに違和感を覚えたらしい。

「……思わず気ぃ込めたがか、死んどらんな? そん黒いもんがは盾がか?」

「まぁ、な。そんな感じ……」

 瑪頭飢が指差したのは才の影。金棒を受ける時辛うじて展開が間に合い直撃は防げた。にも関わらず才の体はふっ飛んだ。これの意味するところは間違いなく……。

(嫌な予感がしてたんだよな……。確信持てなかったが影に触れた瞬間至ったぞ。あの金棒。マナを蓄えてやがる……。お陰で影で防ぎきれなかったわ)

 物理的衝撃を無効化する影も一瞬でも大量のマナをぶつけられれば弾かれる。瑪頭飢は直感的に防がれると感じ、マナを放出し影を一部弾いて才にダメージを与えた。さらにこの金棒はマナを蓄える性質を持っていた為にその分弾かれた影も多くなってしまっていた。よって才へのダメージも大きくなり、上半身の左側の骨全てにヒビが入ってしまっている。

「ほう! 奇怪な妖術使いよるが! こりゃ加減いらんようがや! こっから戦のつもりでいぐがよ。小僧ももう受け身はやめるが!」

 才を圧倒しているのにも関わらず瑪頭飢の興奮は増していく。悦びが増していく。それに応じて威圧感も増し、マナも溢れだした。

 彼女に不満があるとすれば防戦一方だという事。もし才が攻勢に転じたならば、彼女の昂りは絶頂に至るだろう。

(初めてだぞ。……いやこの体になって日が浅いわけだから大体が初めてになるんだけどな。とりあえず。影を力任せに使うのは初めてってことな。今までは形とか全部イメージ通りになるよう制御重視だった。慣れるために。でも、こいつには無理だ。強すぎる。勉強とか慣れとかそんなレベルじゃない)

 傷を負う事で才も吹っ切れる。ここからは才に取っても戦いの質が変わる。

「ぬぅあはっ!」

 幾度目かの瑪頭飢の攻撃。才は――避けない。

「うお!?」

「止めた……ぞ!」

 金棒へ向かって力任せに放出された影はかつてリリンがコロナの鎧を破壊した威力に匹敵。金棒の威力を殺す。

 あれはリリンの工夫によって産み出された威力だが、今回のはただ金棒を押し止める事ができるマナの量を計算してただ放出しただけ。才の無尽蔵のマナだならこその力業。

「っ!」

「うぎっ!  げふっ!」

 止められた事に驚いた瑪頭飢に隙が生まれ、才の蹴りが顎に入る。さらに右拳を顔面に叩き込み今度は瑪頭飢が地面に転がる

「やっと一発入ったな。あ、二発か。派手に転がってくれてちょっとは左側やられた分の溜飲下がったわ」

「……ふん!」

 派手に飛び起きる瑪頭飢。殴られたダメージはそれ程でもない様子。むしろさっきよりもより上機嫌だ。

「やっと? やっとはこっちが言う事がや! やっと一発ずつ入れたがよ! ようやく戦いらしゅなったが!」

 瑪頭飢は叫んだ後、またしても真っ直ぐ突っ込んで行く。まったく工夫のないワンパターンな戦法に才も呆れ顔。

(ゴリラと思ったが猪かよ。どんなに速くても同じことされたら慣れるわ。こちとら成長期なもんで!)

「うぉお!?」

 才は瑪頭飢が金棒を振り上げた瞬間影を伸ばし出鼻をくじく。

「ふぐぅ! おぉぉおっ! ぬが!? なんぞがよこりゃ!? 動かんぞ!?」

(あの金棒は確かに厄介。だが金棒を経由しなきゃこいつのマナじゃ俺の影は弾けない。どれだけ速かろうが腕力があろうが物理的な強さじゃ影は防げないんだよ悪いな)

 さすがは成長期。即座に攻略の糸口を見つける。才はそのまま影を使い自分の体を瑪頭飢へ引き寄せる。

「ほぐぁ!」

 顔面への膝蹴りが入り、瑪頭飢は顔をしかめながら鼻血を噴く。

「んのぉ! 嘗めんなが!」

「うお!?」

 瑪頭飢は空いた手を伸ばし才を捕まえようとする。

「っ!」

「ぬが!? こっちもがか!」

 咄嗟に才は影を伸ばし両手を塞ぎ拘束。さらに地面まで伸ばしていき位置を固定。完全に動きを封じる。

「……ちょっと、性格悪いことさせてもらうわ」

「あ? ぐが!」

 影でお互いの位置を固定し、才は宙へ浮いたまま顔面を蹴り続ける。

 瑪頭飢はなんとか逃れようとするものの物理的な強さは意味もなく。首から上が鮮血に染まっていく。ただ才は違和感を一つ感じていた。

(これだけ蹴ってまったく腫れ上がらない……。肉体強度がかなり高いな。出血量ほどダメージないかも)

「ふが! げぶ!」

 あまり効かないと気づきつつも攻撃を止めない。せめて気を失うまでと蹴り続ける。

「ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁあ! 虚仮にしおってこんクソガキがぁ!!!」

「……な!?」

 気を失うどころか咆哮を上げマナを放出。影の拘束を解いても勢いは止まらず。才も吹き飛ばされてしまう。

(ブチギレてマナの放出量を底上げしたのか……。ヤバイな。元々潜在的なマナの量は威圧感のデカさで検討はついてたけど……。いきなりあの量を出してよく暴発しないな……。マナの量どころか潜在能力ポテンシャル自体がくっそ高い)

 きっちり受け身を取りつつ分析する才。そしてマナを放出しながらゆっくりと近づく瑪頭飢。

「詰まらんが……詰まらんが……。片方だけじゃ詰まらんが……。斬って……斬られて……。殴って……殴られ……。殺して……殺されるが戦の花がぞ……。一方的じゃ詰まらんが……。一方的に殴るのも殴られるのも詰まらんが……!」

 ――し合う。という事に価値を見出だす瑪頭飢にとって圧倒とは悪徳。痛みを感じるのは構わないが一方的な蹂躙は退屈なだけ。久し振りの好敵手かと思いきや根性のない戦術を取った。少なくとも瑪頭飢にとってはそう映っている。

「二度とそんな小細工使わせんがよ。貴様とは腕っぷしでケリつけるが!」

 だから瑪頭飢は憤怒に至る。タガが外れ内に秘めたマナが溢れ出る。

 もちろんそんな状態は長くは続かない。いずれ命ごと出し尽くすだろう。

「行くぞ小僧ぉ! 今度こそ命の殺り取りがぁあ!!!」

 それでも構わないと。瑪頭飢は踏み出した。ここに至りあえて速度は出さない。普通の人間の速度で走る。

 地面を踏み鳴らし自分と殴り合えと威圧しながら近づいていくも、馬鹿正直に才が付き合うわけもなく。迎撃の準備に入る。

(付き合ってられるか! どうなるかわからないが俺も後先考えるのはやめる! 金棒を止めるとき影の制御をほぼ捨てたが規模は抑えてた。だが今度は広範囲に全力で影を広げる! 出ないとあんなマナの塊止められる気がしない……!)

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!」

「――落ち着きや」

「ぶへ!?」

「……は?」

 マナの塊と塊がぶつかろうとした時。瑪頭飢は足を引っかけられ転んでしまう。

 瑪頭飢を止めたのは煙を纏い、美しい着物を着た般若のような仮面をつけた小柄な女性。彼女のつける仮面には穴がついており、そこからは角が伸びていた。

 彼女の出現により、突如として戦いは終わる。

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