第128話

「あ~……。やはり鈍っているな……」

「あ、そう」

 リリンが目覚めてから約一週間。七月最後の実戦演習がある日。まぁ二日の内明日が俺たちの予定だから前日のが正しいか。

 リリンは目を覚ましたものの体を上手く動かせなかったようで、しばらく寝たきり生活だった。昨日まではな。今朝やっとヨタヨタしながらも歩けるようになったよ。ずいぶん時間をかけてるが、回復に向かってることは喜ばしい。

 そして今、リリンは久々にレトロゲーをしている。……あぐらをかいた俺の膝の上に座り、俺の腕の中でな。

 まだ座ることもままならないっていうか、座ってると気づいたら頭をグラグラ揺らし始めて最後には盛大に床にぶつけやがるんだよ。でも一ヶ月もゲームやってなかったからやりたい。ってことで俺が座椅子になってる。……金あるんだから買えよ。

「おおう。ズレるズレる~。しっかり支えろ」

「……はいはい」

 って言ったところで今この場にすぐぽーんっと椅子が現れるわけでもなし。言われるがままなすがまま。リリンを抱え直す。

「……ん」

 ……なんか端から見るとカップル? っぽいよなこの体勢。それもスキンシップ多いのにフランクに会話するような本当に仲の良いタイプの。実際は俺もこいつも恋愛感情だとか愛情だとかには疎い。あるのは性欲くらいの間柄だけどな。あ、いや他にも思ってることはあるけど。普段から尊敬してるとか感謝してるとか思えねぇよ。恥ずかしい。

「ん……ぁ……。どうした? 少し力が強いぞ?」

「別に。ズレないようにしてるだけ」

「……? そうか」

 特段気にする様子もなく。またゲームに向き直る。

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「………………なぁ」

「……ん?」

「キスしたい」

「断る」

 急だな。長い沈黙からのいきなりそれか。そして頼みごともそれっぽいのやめろ。俺たちはそういう関係ではありません。

「何故だ? この前はお前からしたじゃないか」

「誰もいなかったからな」

「気にするとこか? 少なくとも部屋で」

「教育に悪いだろ」

「誰の……あぁ~。あいつか」

 横目でコロナのほう見る。そうそうあいつ。今ちょっと離れたところでロッテとタブレットで動画を見てるあいつ。

 この一週間リリンに付きっきりになってて構えてないんだが、駄々こねずにあ~やって時間を潰してくれてるよ。ロッテともかなり打ち解けてるみたいだし。善きかな善きかな。

 ただ……、リリンに気を遣って大人しくしてる感じなんだよな。他人に気を遣える良い子になってるのは驚いたし、嬉しいけど……。うん。これはこれで心配だな。普段はもっと成長してくれと思うが、急にはダメなんだよ。急に大人になろうとしたらどこか壊れちまうから。だから。

「……コロナ。こっち来い」

「……! ん!」

「おっと!」

 ロッテナイスキャッチ。タブレット放り出してとてとてこっちにきたコロナを見事カバーしたな。焦らず成長してほしいと思ったけど、できれば高い物は大事に扱ってもらえねぇかな? お前が今投げたの型遅れだけど学生にはキツい値段なんだぜ?

「にゃーにゃー?」

 ……まぁ良い。今日は大目に見てやる。

「……っ! むふ~♪」

 ぐいっとコロナを引き寄せ横に座らせる。それから頭を掴んで顔を脇に埋めさせてやるといつもの上機嫌のときにやる鼻息を漏らす。わっかりやすい癖だよな。だからこそ機嫌がすぐわかって楽だよお前。

「……あ~。今日はゆっくりできそうだし、久々に戻ろうかな?」

 と言いながら脱衣所へ向かうロッテ。戻ってくると犬になっていた。

 おおう本当に久々に見た。リリンの世話でずっと人型だったもんな。にしても相変わらず良い毛だるまだ。モフりたい。

「………………」

「お?」

 無言で俺の後ろに回り込み、寝た。

「なんだよ。気が利くな」

 ロッテの嬉しい気遣いに甘えよう。背中でモフを感じるため寄りかかる。

「ぅおう!?」

「おい! 手元がブレる!」

 するとロッテの驚く声とリリンの抗議の声。

「すまん。つい」

「……それはどっちへの謝罪だ?」

「ん? もちろんロッテ」

「え、儂なの? い、いや。なんだ。儂は気にしてないから……」

「そうか」

 ならよかった。ロッテは我が家のお母さん的な存在。お母さん怒らせたら怖いって何かで読んだから、怒ってないなら良かった良かった。

「我にはないんだな」

「え? なんでお前に謝らなくちゃいけないの?」

「本気で不思議そうだな」

 だって手元ブレるとか知ったこっちゃねぇし。じゃあ座んなよって思う。

「……はぁ。とりあえずもう派手に動くなよ」

「はいはい」

 仕方ねぇな。

 にしても、美少女と美幼女と美女(今は犬)に囲まれてまったりしてるとか、我ながら良いご身分だな。ちょっと前まで忙しかった気もするし。でもこの体になってから疲労感がないから特別ゆっくりしたい気持ちにもならないんだが……。

 まぁ、平和なのは良いことってことで。今は存分に謳歌しよう。

 ………………あ。

「……忘れてた。今日はネスさんのところ行くぞ」

 先週は用事あるとかで行けなかったけど。今日は行かなきゃな。一応投影による影響の最後の確認ってことで。あと、リリンもまだ不調だし、診てもらったほうが良いだろ。

「……鬱だな」

 うん。ニュアンス的に病院行きたくねぇガキみたいな感じだけど絶対連れてくからな。弱ってる状態であの人のところ行くのは気が引けるだろうけど。今は俺もいるから別に大丈夫だろ。

「ほれ、さっさとゲーム切り上げろ」

「え~……」

 露骨に嫌そうな声出すな幼女ババア。良いから早くしろ。



「やぁ。久しぶり……って感じもしないね?」

「我と貴様に関しては数年単位で会わんのもザラだからな。ほんと数ヵ月程度欠伸をしていたら過ぎるだろ」

 ネスさんのところへ行くとやはりと言うべきかクネクネしながらの観察タイム。なんであんたわざわざそんな複雑な体の動かし方するんだ? 普通の体勢のが視やすくない?

「にしてもリリンちゃんこれまた複雑な過程ふんじゃってまぁ……。坊やはまぁ良いとして。リリンちゃんをちゃんと視る……いや、 診るのは時間かかるかも。存在そのものに干渉されて……それから戻ろうとしたけど物理的な方からアプローチかけたのかな? そのせいで変な不具合ができちゃったみたい。初めての現象だから改善策を探るの大変だこりゃ」

 あ、俺は良いのね。さりげなく帰って良いよって言われたのでは。ってことはもう帰って良いですか? 最近良い子してたコロナをまた待たせてるんで早く帰ってたくさん甘やかしたいんですが

で帰って良いよね。

「我を放るつもりか?」

「……」

 なぜバレた。いやバレるか。多少調子悪くてもリリンはリリンだもんな。俺の機微程度わかるんだろうよ。……おいジト目を向けるな。わかってるから。お前を置いてったりしねぇよ。さすがに改造バラされるわけにもいかないからな。

 置いてはいかないが、かといって急いでもらいたい気持ちはあるから、急かすくらいはしとこうか。

「とりあえずできるだけ急いでもらうって感じで。お願いしたいんですけど」

「え~。そんなこと言われても~。難しいし~。無理なものは無理っていうか? 出来たらそうしてるからもう黙って待ってろとしか言えないかな」

 それは無理を言って申し訳ありませんでしたな。ただ前半の言い方が腹立つんで申し訳ないって気持ちが半減しましたので心の中では急かすのをやめません。急げ。

「……まぁでも。そうだね。早く済ませたほうがいっか。思ったよりも早く動いてるし。というかすでに始まってるみたいだし。急がないと彼女が持たないか」

「ん?」

「なんの話だ?」

 誰のことを言ってんだろ? リリンのことじゃないよな? もしかして、また俺の知らないところで面倒なこと起こってたりするのかな?

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