第129話
リリンへの観察が始まる数分前。才とリリンがネスを訪ねてすぐの頃。リリアンはネスの住む屋敷まで来ていた。
(少し時間は空いたけど。やはりここからお姉様の気配がする。でも前と何か違う……? あの兄が違和感があると言っていたけど、私も感じる。あぁ……お姉様に何が起こってるというの? 確かめないと。確かめないと……)
ここ数週間。リリアンはリリンの庭や城にある部屋の前など関わりのある場所を訪れている。リリンの血族には珍しく、情を抱いているのでそれ自体は問題ないのだが、時間を重ねていくと彼女の不安感と焦燥感が煽られていき、いてもたってもいられなくなってしまっている。軽い暴走を起こす程に。
現に彼女は二週間前にリリンの存在が混ざった才の気配を感じ取り、屋敷へ訪れるも、ハジエロ達に足止めを食らって結局逃してしまっている。
そう。彼女達は才をリリンと勘違いしているのだ。幸か不幸か現在も才の気配のみを感じている。リリンの気配は希薄すぎてわからないのだ。
前回確かめられなかったのが余程のストレスになったのだろう。才が帰った瞬間ハジエロとルィーズ。その他ネスが隠し持っていた生物達も軒並み殺され、肉片と化している。
だがもう邪魔者はいない。前回殺し尽くしたから。
(今回こそは確かめる。確かめなくちゃ気が済まない)
「――お待ちになっていただけますでしょうか?」
屋敷へ押し入ろうとすると、一人の女性が現れ、阻んだ。
「貴様は……お姉様の?」
「侍女兼奴隷兼所有物のディアンナと申します」
疑問符を浮かべたリリアンに対し、侍女は頭を垂れながら自己紹介をする。
そう、この女性ディアンナはかつて致命傷を負い、絶命しかけていたリリンの侍女。
彼女は助かるはずもなかった。あの時リリンに才が拐われたと伝える役目を果たし死ぬはずだった。
だが、今こうして生きている。色褪せた金髪に鳶色の瞳。元々日のない世界故白い肌はさらに病弱と疑う程白く姿を変えて。
「貴様……その姿。その臭い。その気配。混ざっているのか?」
「ご明察にございます」
絶命しかけた時。リリンは彼女に血を与えた。それもかなりの量。リリンの血は即座にディアンナの細胞を侵食し尽くし、別の生き物に変えたのだ。人畜生でも選血者でもない。別の何かへ変わったのだ。
「私はリリン様の血をいただくことにより少しだけお近づきになることを許されました。かといって畜生は畜生。特別何が変わるわけでもございません」
「……ふん。お姉様がなさったことなら言うことはない。……それよりも、貴様は、今、何をしている?」
「リリアン様が屋敷へ入ろうとなさいましたので、止めました」
軽く威圧するも毅然とした態度で返すディアンナに対しフラストレーションが溜まるが、まだ耐えるリリアン。理由は単にリリンの所有物だから。その一点のみ。
「……何故?」
「ここへは家主またはリリン様の許可がなくては入ってはならない決まりにごさいます」
「……そこをどけ汚らわしい
「申し訳ございません。ここを通すわけには行きません。第一私はリリン様の所有物なので貴女の言うことを聞く必要がございません」
「調子に乗るなよド畜生! いくらお姉様のモノとは言え大言が過ぎる! 退かないなら殺す!」
徐々にいきり立つリリアンに対して、やはりまったく動じないディアンナ。彼女に死の恐怖はない。あるのはリリンへの忠誠心のみ。
「……元々力ずくのつもりだったのでしょう? どうぞご自由になさってくださいリリアン様。私も少しだけお相手できますので暇潰しになれば幸いです」
「気安く名前を呼ぶなド畜生! 貴様のような畜生風情が私に向かって口を開けるのもその目に入れるのもおこがましい! 今発言を許してるのはお姉様のモノでお姉様について何かを知っているはずだからだ! 今お姉様に何が起きている!? この違和感はなんだ!? 早く話せ! 胸騒ぎが止まらないんだよ! 体の中に何百匹もの羽虫が羽ばたいてるようで気持ちが悪い! お姉様! お姉様ァ!!! ああああああああ! 例えお叱りを受けても構いません! 木にされても構いません! どうかお姿を見せてください! ご無事であると! 証明なさってください! でなければ私は……私は……!!!」
頭をかきむしり髪と爪と血が舞う。即座に回復しては撒き散らす。最早ディアンナがリリンのモノだとか自分がリリンに何をされるかとかどうでもよくなってしまった。
情のない生き物が情を持ってしまった歪みは、少しの揺さぶりでも大きく震え崩れてしまう。
「お姉様の庭を破壊尽くして貴女様をいぶり出さなくてはなりません!!!」
(痛いのは嫌。お叱りを受けるのは嫌。無視されるのは嫌。木にされ永久に怠惰で無為な時間を過ごすのは嫌。……でも。……でも! お姉様がどうにかなってしまうのは一番嫌! 確かめなくちゃ確かめなくちゃ確かめなくちゃ! この違和感の正体を突き止めなくちゃ! でなきゃ私はそれこそ永遠に安堵できない……!)
「ああああああああああああああ!!!!!」
「……」
ついには頬肉を引きちぎり、頭蓋に指を差し込んでは破片を掴み取り投げ捨て始める。
発狂。その言葉が似合う様相に、さすがに少し眉を寄せる。それと同時に、ディアンナは一つの確信を得る。
(やはり私の判断は間違っていなかった)
ここでリリアンを止めなくては弱ったリリンを見ることになる。そしてリリアンはさらに発狂することだろう。あの強かったリリンが、畜生によって侵されたのだから。
彼女が最も崇拝しているのはリリンの絶対的強さ。であれば今のリリンを見たならば……想像に難くない。
(だから、誰かが止めなくてはなりません。あの畜生が……あの男がこの方に殺されないよう。せめて時間だけは稼がなくてはなりません)
ディアンナはナイフを取り出し戦闘態勢に入る。
(リリン様が最も大事になさっているモノを守る。リリン様の安寧をこのゴミ以下の命で代えられるなら上々。幾度となく失うはずだった
「どけぇええええええええええ! ド畜生ォォォォオオオオオオ!!!」
「なりませんのでこれより暇潰しにお付き合いいまします。……願わくば事が済むまで」
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