第125話
バトルパート
天良寺才
VS
アヴルス・スクアゥロン
「……!?」
(姿が消えた……いや、すでにこれは……!)
普通の会話をしていたはずだった。たとえこれから殺し合うとはいえまだ会話をしていた。
気を張っていたわけでもないが、油断していたわけではない。ちゃんと意識はアヴルスに向いていた。だが、最後の一文字は才の背後から聞こえていた。
「フ……ッ」
アヴルスはすでに槍を才の心臓目掛け突きを放っている。
(ダメだ……! 振り向く時間すら惜しい……!)
「お!?」
才は自分の感覚を信じ、しゃがみこむことで回避。振り向かずにかわしたことにアヴルスも驚きの声を上げる。
「……んのっ!」
才はしゃがんだまま振り向かずにアヴルスに向かって足を突き出す。
「ほっと」
「うお!?」
不意をついたつもりだったが、アヴルスは才の足の側面を膝を左右に軽く動かすだけで軌道を逸らしかわす。
(なんて体さばき……。夕美斗も大概人間離れした体術だったけど、このアヴルスって男はさらに膂力と経験が上乗せされてる。最初の踏み込みなんて俺の目じゃ追いきれなかったし。厄介過ぎるぞ)
(振り向かずにかわした上にこちらを見ずに蹴りを当てに来た。子供と思っていたがさすがは御使い。たった数秒のやり取りでも潜在能力は測り知れんか)
お互い一度のやり取りで完全に余計な思考を捨てる。相手の力量や思考を読む事に終止し始めた。
「ぜあっ!」
才の蹴りをいなした事で微妙に才の体勢が崩れているのを確認しアヴルスは突き出した槍を手元に引かずそのまま才に叩きつける。
「くっそ……!」
才は地面を腕力と残った片足で弾き、体を捻って辛うじてアヴルスの攻撃を避けた。
だが無理矢理体を動かしている為にまだ体勢は整わない。アヴルスは流れるような足運びで才の側面。それも避けた方へ先回りのおまけつき。アヴルス下から槍を切り上げる。
「フッ!」
(さぁ、これはかわせるか?)
(……出し惜しみもできねぇなこれは)
才は影を展開。腹部へ向かっていた槍を防ぐ。
(手応えが……無ぇ!?)
衝撃を無にする影は経験を積んでいる者程困惑が大きくなる。隙が生まれた。才は横に転がりながら跳ねて距離を取る。
「ふぅ……」
一息つく。しかし気はまったく緩まない。緩められない。今のところ完全に上を行かれているのだから。一つ一つの行動で上を行かれているのだから。
「……」
にも関わらずアヴルスは沈黙を保ち才に注意しつつも長考に入る。
(確かに入ったが……得体の知れない何かに阻まれた。あれが切り札か? 他にも隠している力があるかもしれないが……。ひとまずあの能力はかなり不味そうだな。俺も少し工夫しないといけないか。走るときには便利だしよくやるんだが……。槍でやるのは苦手なんだよなぁ~。でも今のを無制限にできるとしたら俺に打つ手がないし、せめて早目に通用するかだけは確認しとくか)
「っ!?」
(また消えた! だけど、今回はわかるぞ)
才は目だけでなくマナを探ってみた。一瞬過ぎてわかりづらかったが、アヴルスが消える時足から高出力のマナを放出していた。その余韻を感じていたのでまさかと思い最初から探知に専念したら案の定だった。さらに放出する方向から予測。背後に回られると同時に才はアヴルスの方へ振り向いている。
(読まれた……? いや、動きを把握されたか)
動きを読まれても冷静なアヴルス。影の与えた精神的衝撃に比べればその他全て些細。故にもうアヴルスを動揺させる事はできないだろう。隙は力ずくで作るしかなくなった。
「フッ!」
気づかれていようと構わず槍を突き出す。先程と同じだが、違う点が三つ。
一つは才が振り向いている事。すでに影を展開し防御の準備をすませている事。そしめ何よりも一番の違いは、槍に施されたアヴルスの秘策。
(こ、これは……!? ダメだ! 影じゃ防げない!)
「ぐっ……あ……っ!」
影に触れる寸前気づくも時すでに遅し。アヴルスのマナを纏った骨槍は才の影を弾き飛ばし、多少軌道はズラされたものの才の肩の肉を切っ先で捉えた。
「手応えありだぜ? 若き御使い」
「い……っ」
アヴルスはニヤリと笑い、手元を捻って肩肉をえぐる。マナを放出したのは一瞬であるがダメージで痛覚遮断などの神経の操作が上手くできず才は痛みに苦悶の表情を浮かべる。
だがやられっぱなしでいるわけがない。才は影で骨槍に絡め取ろうと試みる。
「……! カッ!」
「ぁ……ぅ……」
今度は骨槍を中心にマナを放出。未だ肩に刺さったまま放出された為、普通の人間ならばショック死するレベルの痛みが才を襲う。でも死ぬ事はない。優れ過ぎた肉体が、常軌を逸した理性が、現実から意識を逸らすことを許さない。
(痛ぇ……! めちゃくちゃ痛い! なのに意識が遠退かない。逃げる事を体が許してくれない。……ハハ。だが今はありがたいわ。意識を失っちゃここ男から学ぶことができない。こんなに強い相手と
本来。才、もといリリンの体はマナを知覚し、探知できる代わりにマナを敏感に感じ取り過ぎるデメリットがある。故に大量のマナや高密度のマナは彼女達の天敵と言えよう。
しかし、全盛期全力のリリンを傷つける。そんな事は希にしか起きない。だからリリンの体は順応しようとしなかった。付け加えると、リリンの場合は影を無力化された時点で敗北だと、体が分かってしまっている。元々痛みで怯む事もないのでマナでのダメージを受けた場合の耐性を上げる選択肢はなかった。そんな事をしなくても彼女の戦闘に支障はなかった。
才の体も例に漏れず。マナに敏感であり、過度なマナはダメージになり、痛覚を刺激する。
だがそれも、今までの話。
――才の肉体は、変化する。
(雰囲気が変わった……? さっきまで痛みに震えていたのに止まっている……。これは……マズい気がする。一度距離を取るべき……か)
攻勢に出ていたはずのアヴルスだが、自らの違和感を信じ距離を取った。
身を退いたアヴルスに、才は静かに問いかける。
「……どうした? 俺の影をものともしなくて、て、手傷も負わせてたのに。離れていいのか?」
「……むしろこっちが聞きてぇな。ほんの一瞬で何か変わってないか?」
「ノーコメント」
アヴルスの直感は正しい。才はこの一瞬で更なる変化を自らに施した。
それは、マナでの知覚を感覚ではなく痛覚同様に情報化する事。ダメージは負ったという情報のみで体の感覚を捨てた。でなければ才はマナでダメージを負う度に怯み、隙を生んでしまう。つまりマナを使える相手には完全に弱い。
許されない。体が許容しない。明確な弱点となるならば適応しようと体は自ら変化する。
その結果がマナの知覚を情報に切り替える事。才はもう。痛みという痛み全て感じる事はない。物理的だろうと、マナのダメージだろうと。一般的に存在する痛覚は不要と判断し捨てた。人間の常識を、普通を、捨て去った。代わりに、より生存力が高まるからだ。
実に合理的な判断。しかし最も大事な、そして原始的な生き残るという本能は失わない。理性の超過がありつつも絶対に失わない本能。むしろこの本能こそが、これから先幾度となく才を更なる高みへ誘うだろう。
(強くなるために人の他人から力を借りなくても良くなったか。あいつらとの繋がりを使わなくても、俺はすでに俺だけで強くなれるみたいだな。やっと、ちゃんと自覚できたわ。本当に俺はもう人間じゃないっぽい)
そこに悲観はなく。そこに感動はなく。かといって現実感がないわけでもなく。ただの現状として受け止めている。
リリンの影響か、はたまた元来持つ才の精神性か。どちらだろうと大差ない。
今ある事実は一つ。元々強敵だったが、たった数分で才はアヴルスにとって更なる脅威となったという事。
(あ、一つ訂正。今のはあくまでちょっとした変化。痛みを感じるのではなく知れるようになっただけ。他人事のように。強くなったとはちょっと違う気がする。ただ戦いやすくなっただけ。自分を動かすことに滞りが減っただけ。……あぁ、そうだ。強くなるのはこれから。この男との戦いでこそ、俺は成長できる気がする。強くなれる気がする)
曖昧な言い回しだが、才には確信がある。この異界にいる少ない時間の全ては彼の糧となった。そしてアヴルスを殺す事が集大成になると。
「さぁ続きを始めようぜ。今からはもうあんたも退屈な余裕のある戦いはさせないと約束する」
「むしろこっちとしては楽に殺されてくれた方がありがたかったんだけどねぇ~」
アヴルスは相手の力を正確に測る能力があるわけじゃない。経験と直感のみで判断している。
自らの感覚を信じるならば、才の言葉には偽りがない。
(ハッタリであってほしかったけどな。せっかくすぐに弱点を見つけたと思ったのに。……もしかしてそれがいけなかったか? いやもう考えても仕方ないな……。やっちまったもんは諦める。今やるべきことをしよう。まず、どれ程変わったか見せてもらうか)
「フッ!」
息を短く吐き、アヴルスは
「っ!」
「!!?」
(嘘だろ……? 俺はさっきより速く動いたんだぜ? なのに今度はあっさりと――槍の側面を蹴って逸らしやがった)
才は完全にアヴルスの動きを把握。回し蹴りで骨槍を迎撃した。
(二度も見りゃタイミングも計れる。これもこの体だからこその学習能力だが。もうそれにも慣れた。全然驚きがない。これは当然のことと認識できている)
続けて才は蹴りの勢いに乗せて地についた足を浮かし、蹴りを放つ。二段蹴りだ。
「がっ!」
才の蹴りは見事アヴルスの頭部を捉え、宙に浮いている為に衝撃を殺す事も出来ずアヴルスは吹っ飛ばされ地面を転がる。
「ぁ……ぐ……!」
(な、なんだこの威力!? 俺以上に細身でなんちゅう馬鹿力だあの子供……!)
「今のは手応えあったな。ちゃんと守れそうで良かったわ。約束しただろ? もう退屈はさせねぇって」
「……そ……そう……いや、そうだ……ったな……」
舌が回らない。景色は揺らぎ足に力が入らない。たった一撃でアヴルスは大きなダメージを負ってしまった。
(ハッタリであってほしかったが。やはり俺の勘は正しかった。だからさっきより速度を上げたが足りなかった……! 成人前の子供の見た目にどこか油断があった。もっと気を張り詰めなければいけなかった。何故なら、あれは神に選ばれた生物だから)
「ん……くっ……」
唇を噛み締め、無理矢理立ち上がる。足腰は未だ震えているが、問題ない。殺し合いではこんなもの常である。
(もう油断は欠片もない。あれは俺の戦った誰よりも強い。ここからは一瞬たりとも目を離さな――)
才の方へ目を向けるが、そこに姿はない。気配は感じていたにも関わらず。瞬間的に見失った。
「ガハッ!?」
直後背後から襲う衝撃。目を向けると才の肘鉄が背中に食い込んでいる。
(い、いつの間に回り込んで……!?)
油断していたわけではない。意識もちゃんと向けていた。気配は感じていた。なのに前へ目を向けた瞬間すでに後ろを取られ攻撃されていた。
(な、なんだ!? 何をされた!? いったいどうやって……)
「……」
才の微かに上がる口の端を見て、察した。
(お、俺と同じ事をしたのか!?)
厳密には異なる。
アヴルスはマナでの身体強化及び放出による勢いを足運びの技術で制御している。
しかし才は影でまずルートを作り、マナで勢いをつけて引っ張っている。平面のバンジーと言えば分かりやすいだろうか。単なる身体強化の踏み込みでは直線的な移動しかできない故に、こういった工夫をした。
(ま、付け焼き刃で慣れてないから動いてるときにはできないけどな。今みたいな不意打ち程度にしか使えない……。でも、効果はあったぞ)
才はアヴルスが怯んだところにさらに追撃をかけようとする。だがそう易々と許すはずもない。
「ぬぅ!」
「あぶっ!」
アヴルスは骨槍を振り、上から背後に向かって切っ先を向ける。接近していた才は距離を取らざるを得ない。
「フッ!」
距離ができる事で槍の間合いになる。肘がめり込んだ背中が痛むが、痛みだけなら耐えれば良い。アヴルスは振り返りながら槍を振るう。そこに痛みによる鈍りはない。
(さっきはマナを放出しなかったが今度は見誤らねぇ。兆候が見えた瞬間弾いてそのまま肉をえぐる……!)
とっさに避けた為、才は十分な距離が取れていない。このまま食らえば肩に先が刺さる程度では済まない。胸の肉をえぐられ、骨を砕き、心臓まで届くかもしれない。
才もそれはわかっている。わかっているから……問題はない。
「……っ!?」
何度驚かされるのか。才は手のひらに影を展開し受け止めた。
(マナで弾くのがわかってるならこっちもマナの強度で対抗するまで。俺のマナは
受け止めるだけでなく、影を広げ武器に絡みつく。アヴルスも何度も弾こうとするがビクともしない。
(あんたは一瞬一瞬でしかマナを放出できないみついだからな。ならこっちはそっちの最大出力を以上を維持すれば良いだけ。よし、これで武器は奪ったぞ。今度はこっちの番――)
「フ……ッ!」
「ぶふっ!?」
また一転。アヴルスの拳が才の腹部へ突き刺さる。
武器を奪われたと判断すると即見限り打撃に移った。しかもマナを込めて威力をかさまししている。無防備だった才の腹部は内部から破壊され、筋肉は断裂。内臓もいくつか損傷してしまった。
(姿勢が変えられない……! 背筋だけで無理矢理直そうとするとラグができちまう。そんな隙見せたら確実に致命傷を負う。いや死ぬかはわからないけど、少なくとも動きは取れなくされる。かといって……)
「……っ! フッ!」
才の影が緩むのを感じ、アヴルスはマナで弾き飛ばし骨槍を取り戻す。
続けざまにめり込ませた拳を一瞬開き服を掴む。逃げることを許さないつもりだ。骨槍を逆手に持ち、才へ切っ先を向ける。
「終わりだ。御使い。貴様は俺の知る中で最も強かったよ」
最後に言葉をかけ、骨槍を振り下ろす。
「ぐ……ぅ……っ!」
「!?」
才はアヴルスの肘と手首を掴み、横へ回転する。マナを用いて勢いをつけた回転力は、アヴルスの腕を巻き込み肘から先を砕き千切る。
「んぐぁ!!!」
鋭い激痛と鈍い激痛が同時に走り百戦錬磨のアヴルスも堪らず悲鳴を上げる。
「……っ」
後ろへたたらを踏むアヴルスを逃すまいと才は影を伸ばしてひっつけ、自分の方へ勢い良く引き寄せる。
「うぐ!」
腕が千切れる痛みなど初体験に決まっている。アヴルスは最早痛みと出血で何もできない。なされるがままだ。
「ぅ……ぉ……!」
身を曲げたまま引き寄せたアヴルスの顔面を掴む。そして地面に叩きつける。
「あが……っ!」
勢い余って指が頬に、頭蓋にズブリと入る。眼球が飛び出しかけ、出血で見えるもの全てが揺らぎ、思考は失われ、意識も遠退き、アヴルスはもう絶命寸前。
放っておいても、もう死ぬのは目に見えている。だがそんな曖昧ではダメだ。殺す時は自らの手で。でなければ意味がない。
才は影で頭部と胸部を覆う。そして静かに声をかけた。
「……感謝するよ。あんたのお陰で俺は成長できたし、得難い経験もできる。それから……なんだ。あんたは俺が見た中でそこそこ強かったよ」
単調な声でパッとしない台詞を最後に送り、影で頭と胸部を握り潰す。
この日。才は初めて人を殺した。
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