第124話

 期待はずれとはこのことか……!

 案内された渓谷の前にいたヤツらは確かに昨日ヤったのよりも強い個体ではあった。でも誤差だ誤差。ほとんど対処方法変わらなかったぞ。影で縛ってそれでおしまい。むしろデカいのが多くて数が少ないぶんこっちのが楽だったわ。かぁ~やる気出したぶん不完全燃焼だよバカ。イタズラに期待感煽るのやめてください。

「凄まじい力ですね。さすがは御使い様です」

「うちらの出番なかったしな」

「……そらどうも」

 お世辞をありがとうございます~。高密度のマナを垂れ流してるあんたに言われても大して嬉しくもないね。つかそこの武闘派巫女二人は俺に丸投げしねぇで手貸しても良かったよな? 生真面目なはずのアズまで今回なにもしなかったからな。意外だったわ。

 ……てーかさ。

「俺がやらなくてもあんたが戦えば良かったんじゃないか?」

 マナの密度も量もこっちの世界で感じた中じゃ二番目に強いんだよなこの水の民さん。

 モグラも俺の影を一時的に吹っ飛ばすくらい強力なマナを放出していたが短時間でガス欠を起こしてた。それに比べてこの人、基礎代謝であのモグラがキレたとき並のマナを出してる。仮に戦ったら……勝てる光景が浮かばないな。真面目に敵に回したくない。

「あいにくと殺傷能力はございません。頭に水を被せて溺れさすことも考えましたが、相手の大きさによっては覆いきれません。覆えたとしても維持が難しいのです。故に我らに戦闘は不向き。この流動する体を用いて情報を集めるのが限界なのです」

「へぇ~」

 ただ単純に扱い方がわかってないって気もするけども。水ならほら。高出力で細く放射したら切れ味抜群のカッターになったりは有名な話だし。恐らく文明レベルのせいかそのあたりに頭が回らないんだろう。てか知らないんだろう。たぶん使い方を覚えたら、その気になるだけで俺の体あっさりバラバラにするくらいは強いぞこいつ。

 ま、余計なことは言わないでおこう。水の体の時点でほぼ物理は無効されるわけだしな。第一教えてやる義理もない。面倒事押しつけられてるわけだしな! 俺はそこまで親切じゃない。

「そういうことならまぁ……。引き続き俺たち……いや、俺がやるしかないな」

 俺の言葉を聞いて顔を逸らしたのが約二名。ここで戦うのそんな嫌か。そら足場も悪ければ熱いし最悪の環境だけども。心は痛まないのか! 痛まないよな! 俺、人間扱いされてないからよぉ!

「そうですね。任せることしかできなくて心苦しい限りです。では、洞穴の近くまで参りましょう」

 あいよ~。せめて、洞穴にいるっていう束の民から学べることがあるのを祈るよ。じゃないとやってらんねぇよこんなこと。



 洞穴が見えるところまで行くと、一度岩陰に隠れて様子をうかがうことにした。

 渓谷ということもあって、洞穴までの細道は日が入らず、暑くなかった。でも洞穴の入り口付近は日が入ってて、さらに家まであるな。あそこに見張りがいるってわけね。

 ……でも小さい家だな。一人用って感じのこじんまりとした木造の家。これはつまり?

「なぁ、巫女を見張ってるのって……もしかして一人か?」

「はい」

 予想外。大事な人質? だからもっと大人数かと思ってた。

「一人って……。いくら猛獣どもが谷を守ってるからってなめすぎじゃねぇか?」

「そうでもありません」

「というと?」

「あそこに住んでいるのはそれほどまでに強い。とだけ。あとは自らの目で見ていただいた方が確実かと」

 確かに。俺ならある程度はこの目で見れば測れるからな。あ、百聞は一見にしかずを体現できるわ。ついに諺まで実践できるようになってしまった。

「さて、と。となれば早速喧嘩売りに行こうかと思うんだが……」

「何か気がかりでも?」

「……いや、どうしようか考えたんだが。真正面から行くしかないなと思って。あ~それと、とりあえずは俺一人で行くわ。んで、お前らは退路の確保と手負いにした場合逃げるかもだから逃げられないための見張り。あとはいざというときの伏兵として待機しといてくれ」

「わ、わかった」

「おまかせします」

 素直に応じる二人。砂漠で丸投げしたこと多少は気にしてるんだろうな。ま、それに関係なくそこそこ合理的な指示だし。反論の必要がなかったのもあるだろうがな。

「んじゃ、いってくる」

 鬼が出るか蛇が出るか。強い相手だと良いが、あんまり期待はしないでおこう。裏切られたときの反動が大きすぎるからな。もう水の民基準の強いは信用しないぞ。



「外が騒がしいと思ったら。なんぞ奇っ怪なのが現れたな」

 洞穴の近くまで歩み寄ると、すぐに家から誰か出てきた。気配でも悟られたか? 今別に隠してたわけじゃなかったが、とりあえずそこそこは勘が鋭そうだな。

 さてまずは品定めといこう。親切にも薄着だから体格はわかりやすくて良いな。見た目は俺たちに近い。人間って感じ。顔立ちは彫りが深いけど……日系と白人のハーフみたいだな。髪は黒でややハネてる。寝癖か? 背は高めで細身だが、めちゃくちゃ締まった体だな。凝縮された筋肉。シルエットよりかは力はあるだろうな。それと武器は槍か。なんか動物の骨っぽいので作った歪な形をしてる。

「観察は済んだか?」

「そちらも終わったかな?」

 俺が視ている間、向こうもこちらを視ていたところから戦闘経験値もありそうだ。さっきは期待しないとか言ったけど、ちょっとこれはしても良さそうな雰囲気あるぞ。

「ここに誰かか来る場合用件は二つしかねぇんだ。一つは補給。もう一つは奪還。荷物があるようには見えねぇし何より初見だ。後者なんだろ?」

「まぁ、そうだな」

「じゃあ早速始めようか。一民草の俺にゃあどうでも良いことだが、仕事なんでな。補給意外で立ち寄ったヤツは漏れ無く殺すことになってる。だから、お前も殺させてもらうわ。子供を手にかけるのは気が進まないが食わされてる身だし贅沢言えんわな。まぁそういうことだし? そっちも遠慮せず来なよ。――俺を殺しによ」

 最後の一言に威圧感を感じた。飄々としているようで芯がありそうな男だ。その男が殺しに来いと言ってるってのはなんだかな……。暗に甘えた考えは持つなって言われてる気分。相手が殺す気なら自分も殺す気になれ的な?

 殺し……殺人か。ふむ……。生き物はもう何度も殺してるし特に心動くこともなかったんだが、人型相手だとどうなんだろうな、俺。ほとんど人間をやめてるらしいが、一応抵抗感は残ってる……気がする。まだ人間のつもりだし。ただ、同時に殺すことが合理的ともわかってる。息があるうちは反撃の余地があるということだから。

 それに、だ。これから先こういう場面って……あるよな。魔法師になれば戦場に行くこともあると思う。魔法師になれなくても、リリンといれば危険な場所に一緒に行くかもしれない。

 今はゲームばかりだけど、元々戦うことが好きなヤツだから。それに付き合うって考えたら……な。遅かれ早かれそういう事態にはなってただろう。

 現に今、リリンを目覚めさすための対価として、異界とはいえ人間との殺し合いが起ころうとしてるしな。

 ……あ、今ふと気づいた。もしかしてハイネのヤツ。これを見越していたのかな?

 こっちの世界で俺はまず、現地人に襲われた。影や投影と、手に入れたばかりの力を加減して使うことを強いられた。お陰で感覚も大分掴むことができた。

 次に俺は影を使わず対人戦闘を行った。影が使えない場面もあるだろうという想定で、そしてすぐ後に俺の影を一時的にでも吹き飛ばす相手が現れた。もし、影を使わない想定での経験がなければうろたえていたかもしれない。

 砂漠では生物たちを大量に殺した。元々あまり抵抗感はなかったし、面倒だったけど。殺す経験は大量に積めた。

 そして今。俺は大概の人間が絶対に躊躇するであろう人殺しをする機会を得たかもしれない。

 いずれ俺は別の場所で、誰かを殺さなくてはならないかもしれない。だが躊躇えば俺が危険に晒されるだろう。だがもしも、経験していたら。初めてでなければ、躊躇いこそすれ少なくとも油断は生まれないかもしれない。

 ハイネはあらゆるモノが視えるらしい。異界の光景までもな。そして、あいつは俺に与えようとしていた。それが投影なわけだが。もしかしたらこの色々な経験もあいつの差し金かもしれない。考えすぎかもだけどな。

 ……でもせっかくの機会だから。あいつの意図してか否かは知らないが、それが必要だというのならやってやろう。

 俺はここで、殺人処女捨てるすことにしよう。

「覚悟は決めたか?」

「待ってくれてたのか? 親切だな」

「まぁ、子供相手ならそれくらいは、な。だが決めたならもう良いだろ」

 男は歩み寄りながら骨の槍を構える。

「俺の名はアヴルス・スクアゥロン。噂によると束の民最強の戦士らしい」

 噂て。他人事か。とりあえず名乗られたからには俺も名乗るべきかな?

「えっと俺は才。噂によると御使いってやつらしい」

「……なるほど。巫女に会いに来たわけか。王様の思惑にそって動き出したってことなんかねぇ~? ま、それも俺がお前に勝てたら、か。ってことは様子見はしちゃいけない――な……っ!」

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