第118話

 頭の中かき回されたら死ぬよな。もう抜き取っても良いだろ。

「うへ」

 影のお陰で俺の手には頭の中身がついてるわけじゃないんだが……。周りには盛大には飛び散ってる。死体の頭の穴からは血とか脳みそ垂れてるし、足元にも欠片が散乱してるわ。さすがにこれはグロい。そしてきしょい。後片付けするであろう山の民の皆さんには頑張ってほしいね。俺は帰らないとなので……。

 時間は深夜二時。コロナも寝ているだろうし、ネスさんのところで時間を潰すとするか。そんで朝一に帰ろう。

「お~い。俺は一旦帰るから。また集落に顔を出す。次いつ来るかはチェーリがわかるから、あとはあの飲んだくれ巫女に聞いてくれ。ここの片付けとかも快く手伝ってくれるぞ。たぶん」

 野蛮野蛮とか言いながらも飲みに付き合わされたチェーリなんだが、最後は自分もはしゃぎながら酔いつぶれた。別にかまいやしないけど遊びに来てたわけじゃないし、あの巫女にも諸々押し付けてくれるわ。最後くらいまともな仕事してくれってことで。

「え、あ、あぁ……」

 まだ余韻があるのか、呆けてるな。まぁ良いや。もう危険な場所でもないし。ほっといても問題ないだろ。

 そんじゃ、ゲートを開いてネスさんのところへ向かおう。……今回はロッテも投影したしな。



「……」

 才が去った後。しばらくアズはモグラの怪物の残骸を眺めていた。

(うちらの部族が全滅か移動の危機だったのに、あっさり殺しちまいやがった……)

「はぁ~……」

 小さな少女の見た大きな世界の片鱗は余りにも刺激的で、見ていただけなのに体の火照りが全然治まらない。

「あ~なんだろうなこれ! すごすぎて頭がついてこねぇよ! あーもう! とにかくすごいな!」

(……うちも空神様なんて信じてなかったけど。この目で御使い様の力。神様に選ばれた力を見ちまったんだ。信じるしかないよなぁ~……)

 生真面目とはいえ腕っぷしが物を言う部族である山の民の血が流れているアズ。理解を超える力への憧れは彼女をどう変えていくのか。それは機会があればいずれ語ろう。



「ほうほう。今回もまた人間やめてきたねぇ~」

「……その言い方やめてもらえません? 自覚してるんで」

 ネスさんのところへ押しかけ、診察をしてもらう。つっても触診とかあるわけじゃないし、本当にこの人ただ見るだけで色々わかっちまうから楽ではあるんだが……。やっぱ恐ろしいよな。しかも特に違和感を感じないんだよ。視られて、測られて、探られてるのに。違和感がない。リリンの投影がまだ少ないせいかもだけど。人外の感覚器官があるのに感知できないってさ……。俺よりもあんたのがよっぽど化物じゃん。俺以上に人間やめてる人に人間やめたとか言われたくねぇよ。

「え、自覚してるなら良いじゃん。事実でもあるし」

「たとえ事実でも言われたくないってことあるでしょう? ブスを自覚してるブスが他人にブスって言われて傷つかないわけ」

「あ~……! なるほど……!」

 例えは悪いけどわかりやすかったようで。妙に納得顔。そこで納得されると悪い例えを出した俺の良心が痛むんですが? ちょっとは糾弾してくれ。

「ごめんね坊や。私が悪かったよ」

 謝んな。余計気分悪くなるわ。

「はぁ……。それで、どうなんです?」

「どうって?」

「影響」

「影響?」

「……投影を使ったんですけど。その影響ってありますかね?」

「そりゃああるね。九割方人間じゃないよもう」

「え、もうそんなレベル? ……じゃなくて。なんかこう悪影響とか。危険なこととか」

「あ~ね。うん。ないよ。人格は坊やのままだし。上手くベースを残したまま体をいじってるよ。彼女ロゥテシアの力も上手く取り込んでる。異常なマナのお陰かな? 一度に大きく変わろうとしなきゃ問題ないっぽいね。断定はまだしたくないけど。ひとまず不安に思うことはないかな?」

「そうですか」

 そりゃ上々。リリンもそのうち目を覚ますだろうし、俺もどんどん強くなれる。

 ……なんか強くなるためなら手段を選ばない悪役みたいなことしてる気がするけど。いや事実手段選ばすやっちまってるけど。ま、まぁほら。世界征服とかそういうの狙ってるわけじゃないし、許してもらえないかな? そもそも今のところ誰にも責められてなかったわ。許す許される以前でした。つか俺の現状を知ってる人間がいねぇわ。ミケたちがちょっと感づいてる可能性はあるが……。まだ違和感程度だろうなぁ~。

「用件は終わったね? もう帰る? それともバラされてみる?」

「バラされるのは嫌ですけど。もう少し置いてはほしいです」

「ん? 理由を聞いても?」

「今リリンとロッテともう一人契約者がいて、そいつがガキなんで起こすのが忍びないんですわ」

「へ~。興味あるね。あの熱い場所にいた子? でしょ?」

「えぇまぁ」

「中身子供なんだ? へ~。ほ~。ふ~ん」

 やっべ。コロナに興味が向いちまった。多少嘘を混ぜるべきだったか? ……いや、この人に下手な嘘は通じないだろうな。諦めよう。

「で、少しここにいても良いですかね?」

「事情はわかったもちろん断る!」

 断るんかい。この人のことだからあっさり了承してくれるかと思ったけど、当てが思いっきり外れたわ。

「なんでダメなんですかね?」

「ん~。ちょっとね。これから大事な用があるの。部外者にはいてほしくないくらい大事なことね」

「は、はぁ~……」

 誰がなにしてようが自室で勝手に色々やってそうなこの人が他人を遠ざけたいって……。どんな用件だ?

 まぁ、家主がダメつってんだからなにがあろうとも居座れないけどさ。俺は勝手に当てにしてそれが外れたからと言って図々しく文句言うようなクズではないつもりなんで。おとなしく帰りますよ。

「じゃあまた来週……」

「いや、異界の用事が終わってからで良いよ。こっちもちょっと立て込んじゃうから」

「そ、そうっすか。じゃあ再来週にまた来ます」

 軽いあいさつをしてゲートを開く。

 さて、コロナに気づかれないように静かに行かなきゃ。起きたら絶対大変なことになるだろうからな。せめて気づかれるにしても先に風呂に入りたい。このまま抱きつかれたら土とか血の汚れがコロナの服についちまう。そしたら一緒に風呂ってことにもなりうるからな……。本当気を付けないと。



 才が帰った後。しばらくしてからネスは屋敷の外へ出る。

 外は肉片が転がり、大量の血痕が残されていた。ネスは一つ一つ肉片を集めながら語りかける。

「時間稼ぎありがとね子供達。もう創り直してはあげられないけど。せめて感謝を込めて弔おう」

 肉片の正体はハジエロとルィーズ。ネスの創った実験動物だ。彼らはネスの命でとある者から才を守る為に戦い、そして変わり果てた姿となったのだ。彼らの犠牲のお陰で才は無傷で済んだ。

 だが、これで問題が解決したわけではない。あくまで時間稼ぎなのだから。

(何をしているか詳細は知らないけど、あの成長速度ならあと一回……いや二回程経てくれたら大丈夫だろう。次は来ないよう言いくるめたけど、問題は翌々週。間の一回視ない分不安だけど。そこは坊やを信じよう。次会うときまでにまったんであろうとも選血者を超えていておくれ)

 ネスは肉片を集めながら未来の才へ期待を抱く。二週間後にはリリアンを超えた力を得ていると。

「あ、彼女もまたここに来るかな? 坊やが来るのは再来週って伝えとこうかな?」

 誰かに向けた独り言。そこには悲観も憎悪も憤怒もなく。本当にただ浮かんだ言葉を発しただけ。凄惨な場に似つかわしくない、奪われた者とは思えない平坦な声音。長い時をかけあらゆる経験をした彼女はどこかで感情を落としてきてしまったのかもしれない。

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