第117話

バトルパート


     天良寺才

      VS

     山の怪物



「……っ!? ボゲェェェェェエ!」

 化物が寝床に戻った直後。嘔気に襲われ腹の物を吐き出す。

 出てきたのはぐねぐね激しく蠢く黒い物体。これが腹の中を刺激していたのだ。

 黒い物体が地面につくと、徐々に縮まり、消えていく。中から現れたのはもちろん才とアズだ。

「フム。上手くいったな。一番の山場を乗り越えた気分だわ」

「そ、それは良いけどうちは本当に逃げるからな? 危なくなってもうちじゃどうしようもないから助けは期待するなよ?」

「わかったわかった」

(はよ行けっつの)

 才に急かされアズはそそくさと物陰に隠れようとする。

「ギィィィィィィィィィィィイ!」

 化物は鳴き声を上げながらアズの方を標的にし突進する。

「……おい。お前の相手はこっちだって。ナンパは後にしろよ」

 だが易々と許されるわけがない。才は怪物の鼻っ柱を掴み地面に頭を叩きつける。

「ピギィ!?」

(フム。体長は20mくらいか。この重さ……かなり筋肉があるな。まだ正確に基準を覚えたわけじゃないが……。俺の体重と今の手応えを考えるに……30t近くはあるか? それに毛深いな。全身かなりの剛毛。物理的なダメージへの耐性が高そう。俺、攻撃手段物理的なものしかないんだけど……どうしよ。……あとは、鼻が前に出っ張っていて俺たちを飲み込んだことを考えると大口。今目を見たが退化しているな。音と臭いに敏感らしいし、この見た目からしてもまるでデカいモグラだな。口がデカいモグラ。なるほど。なんとなくアズを狙った理由がわかってきたわ)

 一瞬にして化物を分析。巨大な大口のモグラと断定する。

 何故このモグラは才ではなくアズを襲ったのか。理由は至極単純。才はリリンの影響で体臭が薄まっている。逆に山の民の文化に風呂はない。汚れを落とすことがあってもほとんど濡れた布で体を拭く程度。生態的にも汗腺は才の世界の人間よりも多くある。体臭に大きな差が出てしまうのは必然。さらにアズは逃げる際に音を立てていたので標的にされてしまったのだ。

 だが、もう心配する事はないだろう。小さな体で巨体を軽々叩きつける事ができる獲物がいるのだから。

「ギィィイ! ギィィィィィィイ!」

「おっと」

 怒りの声を上げながら頭を上げ、才に襲いかかる。大きな腕に携えた大きな爪が才が寸前まで立っていた地面をえぐった。

(一瞬で足場悪くしやがって。仮に力はそのままでも暗がりでも見える目じゃなきゃ苦戦してたな)

 鉱山の中なので灯りなんてあるわけもない。山の民は視力が非常に良いので必要ともしていないが、才も同様。理由なんて最早説明するまでもない。

(つくづく便利だよ。おリリンの体は)

「ギィィィィィィィイ!」

 完全に標的を才に定めたモグラは力任せに両腕を振るう。だが物理攻撃ならば才に通じない。影を展開しことごとくを防ぐ。

(も、森の巫女の言ってる意味が少しわかった……。なんだあの黒いの……。化物の爪がまったく威力を発揮できていない。……族長のときに使ってたら腕も足も傷つかなかっただろうな。まぁ、すぐに治ったし。手加減されたんだなあの爺。憐れ)

 物陰から様子を見るアズ。一人勝手に族長を憐れむ。

「ギィィィィィィィィィィイ! ギィィィイ! ギィィィィィィィィィィィイ!!!」

 手応えを感じることができないモグラは怒り狂う。

「はぁ~……期待外れかなこれ……ん?」

 浅はかな獣の行動に一瞬落胆するが、直後モグラは変化見せる。毛が逆立ち、筋肉が隆起して一回り大きくなったのだ。これだけならばただ怒った獣と片付けられるだろうが、才が抱いた感想は異なる。

「前言撤回……このモグラ。めちゃくちゃヤバイ生物だわ……」

 才の目には肉体的なモノだけでなく、他の変化も見えていた。事もあろうにモグラはマナを放出しだしたのだ。しかも量が多く密度も中々。才の未熟な影では完全に耐える事はできなくなった。それくらいは質の良いマナを放出している。

 意図してではないが、モグラは才に対する最高の強化を自らに施した。それでも、才は落ち着いている。

(強くなってくれるならありがたいわ。しかも俺にとって最悪のベクトルで。つまり、そのぶん俺はこの戦いで成長できるってこと。ま、なめてたらこっちが殺されかねないけども……。それでもやり用はあるっちゃある。いきなりあんなバカみたいにマナを出したらすぐにガス欠を起こす。マナは生命力そのもの。肉体への影響は多大。つまりこっからは、どう上手くやり過ごすかが課題ってわけだな。うっし。ちゃんと頭使って対策考えなきゃいけない相手で良かったよ害獣モグラ)

「改めて、悪いな。お前の生活荒らして。そんで感謝するわ。強敵みたいで。さぁ来いよ。ガス欠起こす前に」

「ギィィィィィィィィイ!」

 言葉なんて通じるはずもないが、才の意思に応えるようにモグラは才に向かって爪を振るう。

(さて、どれくらいの威力か見てみ……。っ!?)

 背筋に悪寒走る。だが一瞬遅い。才は影での防御から回避にシフトするも足にかすってしまう。

「い……っつ!」

 グルグルと回転しながら吹き飛ぶ。とっさに影を出したものの脛から先が千切れかかってしまった。

(マナでのダメージだから足めちゃくちゃ痛ぇ……! やっべぇ~油断しすぎた。リリンの能力でも万能じゃないのはあいつ自身が見せてくれてたのに。しかも俺のつたない借り物の影じゃ少し強いマナでの攻撃は防げないってわかってたのに……。つい試そうとかなめたこと考えた結果がこれだよ。あ~これが噂の慢心ですかそうですか。次から気を付けさせていただきま――)

「ギィィィィィィイ!」

「ぐ……ぁ……!」

 ダメージで怯んだところを追撃。巨体で力任せに突っ込まれて押し潰される。影で直撃は防いだが、それでも高密度のマナを帯びた肉体でののしかかり。完全に無効化する事は叶わず、両腕。肋骨を数本。もう片方の足。体のいたるところにある骨にヒビが入る。

(か、完全に折れたわけじゃないが……。本当にヤバイ。たった一回の盆ミスで本格的にヤバイ状況にしちまった……!)

 戦闘経験の浅さが招いたおごりと窮地。如何にリリンの影響で冷静な思考と強靭な肉体。そして影という最高峰の能力を得たとしてもベースは人間。肝心なところで悪い部分が顔を出してしまった。

(クソ。後悔してる場合じゃないぞ。このままジッとしててもゆっくり押し潰されるのを待つだけっ。影を挟んでいてもどんどん背中がめり込んでいく。固い鉱物が背中の肉に食い込んできてる。マナでの傷じゃないならすぐに治るが、この状況だとどんなダメージでも負ったらマズイ。千切れかけてる足に回す治癒力を他に割いたらそれこそジリ貧。マジでどうしよう……。詰みかけてる……っ!)

「ギィ……」

 小さな体のはずなのに一向に潰れないからとモグラは一度離れ改めて勢いをつけてのしかかろうとする。その際空間ができ、逃げる隙ができた。

(だからって回復は間に合わないぞ!? こんな足じゃまともに距離も取れない。腕でも使って跳ねるとしてもあんなデカい体だと避けきれないっ。もう手がない……!)

「ギィィィィィィィィィィィィイ!」

 勢いよく巨体を才がめり込む地面に叩きつける。軽いクレーターと浅い地割れができる程の威力をマナを帯びて。こんなもの食らっては無事では済まない。

(う……そ……。し、死んだ? 化物みたいに強い御使い様をあんなあっさり……。族長を子供みたいにあしらった御使い様が勝てないんじゃどうやったって……)

「はぁ~……閃きってのは大事だな。思い出しただけとも言えるけど」

「え?」

 無事では済まなかった。もしも食らっていたとしたらだが。

 才はいつの間にか壁まで移動し張りついていた。

「無事で良かったけど……。い、いったいどうやって……」

 アズの疑問は当然の事。そして種は実に単純。影の特性は物理的な干渉を受けないが、影は物理的な干渉が可能。衝撃を無にできるが拘束などができる。

 才はこれを利用した。影での防御はモグラのマナにより効力がない。だから自分に使った。影をできるだけ伸ばし、伸ばした先に自分を引っ張ったのだ。巨体から逃れる為には相当の距離伸ばさなければならなかったが、思考の加速で集中する時間を稼いでなんとか回避を成功させた。

「ふぅ……とりあえず、一息つけた」

 全身の骨に入っていたヒビは既に治癒。片足も肉と皮はほとんど繋がり、骨ももう少しで完全に修復される。

「もう、油断なんて二度としねぇ。一度痛い目に合うと心底そう思うわ」

 傲りを完全に捨てた才に最早つけいる隙などあるはずもない。だがモグラは気づく事ができない。

「ギィィィィィィィィイ! ギィィィィィィィィイ!」

 逃げられてイラつきを露にする。そして地面に爪を突き立て掘り進んでいき、姿を隠した。

 地鳴りを起こしながら移動する。そして飛び出た場所は……。

「ギィィィィィィィィィィィィィィイ!!!」

「もちろんここだよな~!」

 モグラは才の張りついている壁から姿を現す。だが才は影を使い移動している。

(さて、マナの放出も治まってきた。あのくらいならなんとか)

 今度はモグラに影を伸ばし、自分の身をモグラに引き寄せる。背中に乗り、影で固定する。そして背中に触れ、触れた手のひらにマナを込めていく。

「落ちろ」

「ギギィ!?」

 溜め込んだマナを一気に影にし、放出。

「ギ、ギュ……ッ!」

 モグラは地面にその巨体を沈められ、さらに放出した影はそのままモグラの自由を奪い地に張りつけた。

「ギィ! ギギィ!」

 マナを放出しながらもがくも、既に燃え尽きる前の蝋燭。すぐにマナは枯渇し動かなくなった。

 だが、才は影を解かず縛りつけたままモグラの上を移動する。ここで下手に影を納め、暴れられたらたまったものではないからだ。

「……」

 頭まで行くと、才は右腕に力を込め、そして――退化している目に突き刺した。

「ギュイイイイイイイイイ!!?!?」

 悲鳴を上げるモグラ。暴れようとするも影がそれを許さない。

 やがて再び大人しくなると、残酷な行為をしている当人は冷淡な口調でモグラに語りかけ始めた。

「……お前の敗因は逃げなかったことだよ。臆病なクセに、俺の力を測れなかったことだよ。憐れなこったな。自分より強いと気付かずに襲いかかるなんて。ま、俺には好都合だったけど。そのお陰で俺は成長できたから。本当、お前は役に立ってくれた。感謝するわ。ありがとな。俺の身勝手に付き合ってもらっちゃって。それじゃ、そろそろ。あんまり今のままだと辛いだろうし、終わりにしてやるよ。さよなら」

 突き刺した手から影をデタラメに解き放つ。頭の中をかき回し、モグラは脳を口や鼻や耳から撒き散らしながら、断末魔を上げる事も許されず、息絶えた。

(初めて意識して生き物を殺したな……。気分は……意外にも良くも悪くもない。平坦フラットだわ。もう少し嫌悪感とかあると思ったけど。これもあいつのお陰なんかねぇ~)

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