第116話

「あいつが現れたのは詳しくは覚えてない。生まれたばかりの赤ん坊が幼児に至らないくらいかな?」

 化物とやらの説明を受けながら化物のところに向かってるんだが……時間の概念がないとはいえ独特の表現だな……。ようは最近ってことだろその表現。だったらもう最近って言ってくれたら良いわめんどくさい。

「あいつは山の中にでっかい空洞を作ってそこで寝てる。腹が減ると地鳴りを起こしながら山のあちこちを掘って移動して鉱夫たちを襲って腹を満たしてる。たまに山の民と森の民の集落の間で狩りをすることもあるみたいだけど。希だな。決まった狩り場を好むみたいだし、襲われたのは少人数で行動してるときばかりだし。あと、族長みたいな強そうな気配があったりすると近づかない」

 ほ~ん。そりゃまたずいぶんと狡猾な生物だな。

 ん? 強そうな気配があると近づかないってそれって……。

「前に一度狩ろうとして戦えるヤツ全員で巣を襲撃しようとしても逃げた後。後程少人数で確認したらまた戻ってた。だから臆病なのは間違いない」

 ねぇ? 本格的に俺ってエンカウントできんのかな? ヴィジャールじいさんにすらただ者ではないとか言われたんだけど? え~、ここまできて無駄足とか嫌なんだけど。今のうちに気配殺す練習しよ。あと投影ももう少しやっとこ。

「あとわかるのは……あ、ヤツはデカイ。族長十人とか二十人ぶんくらいあるくらいデカイ。そのぶん力も強いし、うちらの集落じゃ族長以外はまともに相手できないから、少人数で襲われることもあって被害が耐えない。ヤツを狩るための武器を作るためにも石は掘らねぇとだし。かといって石ばっか掘ってたら飯が足りなくなるし……。本当。マズいことになってる。このままの状況が続けばそのうち山を捨てなくちゃいけない」

 なるほど。じいさんがいると化物は逃げるし、大勢で行っても現れない。作業をしたら襲われるし、大人数で作業をしたら食料問題が出てくる、ね。早めに対応しないといけないが対応する術がないってことだわな。大変だな。

 ま、あんま俺には関係ないけど。だって俺は戦闘経験積みたいだけなので。エンカウントさえできりゃ良いんです。あとはまぁ山の民にとっては害獣みたいだし、ついでに狩るよ。利己的に命を奪うのが動物ってものだからな。

「現状はそれなりに理解した。で? ヤツの他の特徴は? デカくて、力強くて、臆病なのはわかった。他には? なにかわかるか?」

「えっと……鼻が良いな。耳も良い」

 あの、動物の基本なんですがそれは……。一生懸命なのは伝わってくるけどもう少しなにか……。

「あ、爪がすごい!」

 だから! それ大概の動物にあてはまるんだけど!?

「あぁ……もう良いや。大体わかった。で、最後に一つ」

「なんだ?」

「条件って?」

 山に入る前になんか条件があるって言ってたが、まだ聞いてない。怪物についてはもう特に情報は得られないだろうから自分の目で確かめるとして、そっちを聞いておきたい。無理難題じゃないと良いけど。

「……別に大したことじゃない。もしヤツと戦うことになったら、この目で見届けたいってだけ」

「……それだけ?」

 身構えてたけど、拍子抜けだな。思ったよりも簡単な要望で助かった。……あとは前提次第だが。

「それで、かまわないかな?」

「まぁ、巻き添え覚悟なら……」

「当然。自分の身は自分で守る。うちのことは気にせずに戦ってくれて良い」

「じゃあ良い」

 相手の強さ次第だけど周り気にして戦えるほど俺も器用じゃないし。経験も積んでない。だから守りながらなら困ったけど、足手まといにならないなら全然問題ないわ。なにかあっても自己責任ってことでよろしく。

「良かった。さて、それじゃあとはヤツの寝床に――」


 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!


「「!?」」

 話も終わってあとは目的地に向かうだけというときになって、地鳴りが起こる。

「そんな! ヤツが起きた! どこだ!? どこに移動して」

「いやそんなのわかりきってるだろ? 今皆寝静まってる中、山に入ってるのって誰?」

「そ、それはっ」

 俺たちだけだろ? 当然ながら。つまりこれから襲われるのは……。

「や、しまっ!?」

「マジかよ……」


 ――バクン


 地面が割れ、そこから現れたナニかに俺たちは飲み込まれてしまった。

 いや本当手間が省けた。良かった良かった。もし気配消してなかったら逃げられたかもだし。ちゃんと会うことができて良かったよ。



「……? あ、あれ? 今どうなって……。真っ暗でなにも……うぁう!? ちょ! 誰だ!? どこを触ってる!?」

「狭いんだからあんまり騒ぐなよ。静かにしないとすぐ息もできなくなるぞ」

「み、御使い様? 触ってんのはあんたか!? 神の使いがなにしてんだ! は~な~れ~ろ~!」

 いててて。人の顔を蹴るんじゃない。あ、こら。ケツこっちに向けんなバカ。できたらとっくに離れてるっての。できないからこその現状だろがい。

「俺もそうしたいけど無理」

「なんで!?」

 はぁ……まだ混乱してんのかね? いちいち説明しなくても多少は察しがつくと思うけど……。仕方ないか。基本脳筋の部族らしいし。軽く説明はしてやろう。……これ以上暴れられても困るし。

「だって今。腹の中だし」

「は、腹の中!? 今腹の中にいんのか!? え、じゃ、じゃあなんで無事なんだ……? それに腹の中なのに特に濡れてもないし。臭いも……」

「そりゃあ……」

 影で球体作ってその中にいるわけだからな。密閉空間だし濡れることはない。ただ空気も遮断してるから長時間いたら酸欠で死ぬ。だから黙ってほしいんだが……。ま、影を見せたこともなければ説明もしてないし色々口が動いちまうのもわかるし、困った困った。

「とりあえず今は静かに寝床につくのを待て。そしたら無理矢理吐き出させる」

「お、おう……? そんなことできるのか?」

 言われた通り音量ボリュームは下げてくれたが、同時に不安そうな声になったな。影のことを知らないから当然か。

 ……正直、俺も上手くいくかはわからない。影の形を変えられるようになったのも先週からだし。隙間のない球体つくるのも初めてだし。俺の感覚からして所々ぐにゃぐにゃしててかなり不格好なんだよな今やってるやつ。こっからさらに形を変えるとなるとちょっとな~。不安ですわ。

 まぁできるかどうかは置いといて。やらなきゃ死ぬだけだしやるしかない。となると段取りは決めておくかな。

「とりあえず腹の主が寝床についたら吐き出させるように試みる。吐き出されたらお前はどっか適当に身を隠せ。あとは俺がなんとかする」

「……わ、わかった。言われた通りにする」

 声色から緊張感が伝わる。緊張してるってことは俺の言葉を真に受けてるってこと。普通こういう言い方したら真に受けてんなよバカだな~ってなるんだけど、今回に限りちゃんと聞き分けよくて助かったわ。あとは動きが止まるのを待ってる間こいつのケツに側頭部が押しつけられてるのを我慢するだけ。布地が薄いからケツの感触がかなりダイレクトに伝わってて幸せ~。とか思う余裕ないわ。だってお腹の中だからね。こんな状況でなければ素直に嬉しいよ。クソ。

「お?」

 静かになった。よし、んじゃ始めるか。

 俺を飲み込んだこと後悔させてやるよ。食あたり注意報だボケ。

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