第115話
「ぶは!? ……ん!? んんん!? 小僧は!? 勝負は!?」
山の民伝統(?)の殴り合いを終えて数時間後。目を覚ましたヴィジャールじいさんが勢い良く起き上がる。構えながらキョロキョロと周りを見てるよ。
おいおい。あんま無理すんなよ。体宙に浮かせて踏ん張れないようにしてから頭に数十発拳叩き込んで無理矢理気絶させたんだぞ。だからそんなにすぐ動いたら……。
「おうふ……。立ち眩みが……」
はぁ……。そら見ろ。年なんだろ? 無理すんなよじいさん。
「族長。思ったより元気そうだな」
アズがじいさんに歩み寄っていく。やっちまえとか言いつつも心配だったのかな。
「しぶとい爺だな。いっそくたばってもよかったのに」
と思ったら辛辣すぎて笑うんだけど。口が悪く気の荒い山の民といっても、根が真面目なアズの口からくたばれとか聞くとは思わなかったわ。普段からどんだけ不満抱えてんだよ。
「アズ……? 悪いんじゃが今どういう状況なのか……。頭がぐわんぐわんしていまいちよくわからん……。飲みすぎたかの?」
「御使い様にこっぴどくやられたんだよ……。周り、よく見てみ?」
「お、おうん?」
ヴィジャールが辺りを見回すと宴会が開かれていた。俺と族長の喧嘩を見て山の民の方々は興奮しちまって、熱が治まらず宴会の運びになった。じいさんが起きるちょっと前まで酒を勧められて困ったよ。未成年なんだよ。飲めねぇんだよこっちは。
「……すでに騒いでるってこたぁ本当に負けたんだなぁ~。最後の方はまったく思い出せんが」
「まぁ、そういうことだから。あと、御使い様の確認も済ませたよ。あんなもん見せられたら疑う必要もなかったけど一応な。……人前で腹触られるとは思わなかったけど」
いやだって確認するって言うから……。羽の痣同士をくっつけるのが確認方法って知ってたし。へその横にあったら腹触るしかないじゃん? 僕は悪くない僕は悪くない。半ギレされて殴りかかってきたのをいなしたのも僕は悪くない。
「負け……負けかぁ~……。ブワハハ……。生涯初の敗戦。悔しいのぉ……悔しいのぉ……。何より自分が負けた瞬間意識がなかったのが悔しいのぉ~……」
だって意識があれば絶対続けるだろ。あんたの肉体は欠損しない限り動けるからな。なら意識を断つしか終われなかったんだよ。
あ、俺が負けを認めても終わったか。譲る気なんてさらさらなかったけども。
「はぁ……。大分寝ていたようじゃし、ほんの少ししか体を動かしていなかったはずじゃが……。まだ疲れてるようじゃ。もう少し寝る」
「わかった。あとのことはうちがやっとく」
「頼んだ。どいせっと」
ヴィジャールはフラつきながらも立ち上がり、自分の家に戻っていく。あれだけ殴られても自分の足で戻れるって本当丈夫なじいさんだよ。
さて、あれだけ殴っちゃったし、心配だから起きるまで近くにいたが、足取り的にダメージはあるものの後遺症は残らなさそうだし、本人もう休むみたいだからほっといても良いだろ。
フラフラ歩いて空気と化すことによる気配を殺す練習でもしよ。そだ、ついでにロッテも少し投影してみようか。あいつの直感とか気配を殺すコツとか戦闘センスとか得られるし。……リリン以外には初めてだから緊張するな。
……ん? なにやら他とは違うテンションの声が……。聞き耳立ててみるか。
「それにしても御使い様強かったなぁ~」
「まさか族長をあんな短時間でのしちまうなんて」
「……御使い様ならあの化物も狩れるんじゃないか?」
「バカ……! 御使い様はお役目があるだろが! 巫女の確認が取れたらすぐ次の民の元へ行くさ。それに、自分らのことだ。自分らでなんとかしないと殴るぞ! アズが!」
「いやアズがかよ。でもたしかに殴られそうだわ。よし! 御使い様に頼るのは諦めよう! 自分たちのことは自分たちで解決しよう!」
ほほう? 興味深い話が聞こえたな? 落ち着いたら後で詳しく誰かに聞いてみよ。
元の世界の時間で今は深夜だろうか。ずっと明るいから時間感覚が狂いそうだが、さすがリリンの体内時計。全然迷う気がしない。実に正確。……だから余計にコロナをどれだけ待たせてるかもわかっちまうから帰ったときが怖いんだよなぁ~。
「ん?」
時間の概念は薄くとも数時間飲んで騒いだもんだからさすがに全員酔い潰れてるかと思ってたんだが、一人後片付けをしてるな。まぁ察しはつくが。
「あれ? 御使い様は寝てないんだな」
「そちらもな」
片付けをしていたのはアズ。酒の臭いがあまりしないところを考えると、あまり飲んでないんだな。さすがお真面目さん。ちょうど良い。さっき小耳にはさんだ化物について尋ねてみるか。
「アズさんやお一つうかがってよろしいか?」
「別にかまわないし。……あと口だけど、迷ってるならしゃべりやすいので良い」
お気を使わせてどうも。俺もちょっと敬語使うか使うまいか困ってたからありがたい提案ですわ~。
「お言葉に甘えて。で、聞きたいことなんだけど。さっき化物がいるとかいないとか聞いたんだけど」
「……え?」
「いや、俺じゃなく」
化物と聞いて俺をいぶかしげに見つめるんじゃないよ。
「……俺以外に化物とかいないの?」
「……あ、あ~。御使い様には関係ないことだし気にしなくて良いから」
顔を逸らされた。ってことは困ってるが頼るつもりはない。または俺が役に立たないってところか。どちらにせよ、気になるので答えてもらいたいな。そっちにはそっちの都合があるんだろうけど。俺は俺の都合があるんでな。
「話すだけ話してもらえないか? もしも強い生物がいるなら興味がある」
「御使い様も戦うのが好きなのか?」
「いや、少し違う」
嫌い……ではないだろうけど。俺の場合は経験を積みたいだけ。投影を使えばリリンやロッテの経験を得ることはできるだろうが……あまりしたくない。プライドとかチートとかズルとかそういうのじゃなく。単純に経験を写すのは危険だと思うからだ。戦闘経験、知識、思考回路などは人格に影響しやすい。自我が薄れるのは避けたい。となると俺自身で戦うしかないってわけだ。
だから、強い生物がいるならば、そいつに敵意や害意や殺意があるならば、戦いたい気持ちはある。
「……わかった。そいつのところに案内する。その代わり、いくつか条件があるんだけど」
「肉体関係を迫る以外なら大概は受け入れる」
「あぁそりゃよかった! うちもそんなもん求めねぇよ!」
おいおい。大声張り上げるなよ。皆寝てるんだから。俺も悪い冗談言ったのは反省しなくちゃだけども。
ま、とりあえず案内してくれるなら良いか。条件も真面目なアズなら無茶振りはしないはずだし。寄り道するのは心苦しいが今はあっちは深夜。コロナも寝てるだろうから帰っても起こしちまうだけ。この先なにがあるにせよ、朝に帰れば良いだろ。
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