第114話

バトルパート


     天良寺才

      VS

    ヴィジャール



「どぅぅぅぅうらぁぁぁぁぁぁあ!」

 先手必勝とばかりにヴィジャールは腕を振り上げ、ラリアットのような構えで突進。大き過ぎる筋肉で鈍足と思いきや、才の予想よりかはかなり速い。

(つっても人間基準なら速い程度だな。かわそうと思えばかわせるが……)

 アズと門番のを見るに、文化的にあまり受け入れられない事は明白。ヴィジャールも殴り合いと言っていた事も相まって信憑性は高い。つまりは交互ボディアンド一発ソウルのようなのが好ましいというわけだ。戦闘においてはダメージを受けるなんて阿呆同然だが、精神的優位も含めれば利に適ってないとも言い難い。なにより、才は確かめたい事があった。

(リリンやロッテならマナ以外……いや、マナも含めた相手の戦闘力を測れる。でも俺は大雑把なマナしかわからない。思ったよりも速かったと感じたのが良い証拠だよ。俺にはまだ測る力が足りない)

 経験や直感。また天性の感覚による測定する能力。距離。サイズ。マナをある程度測れたとしても、身体能力という重要な要素を測れなければ無意味と言って良い。

 だから才は山の民の文化や価値観などを無視したとしても、この戦いにおいて影の使用と動きを読んでの回避を禁じた。より成長する為に。

(マナも込められてなければ纏ってもない。純度の高い物理攻撃。それなら仮に防御しきれなくても回復できるしな。勉強させてもらうぜじいさん……!)

「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」

 ヴィジャールは接近すると腕を叩きつけようとする。

 才は両足スタ位置ンスを広げ腕を上げて防御の体勢を取り備えた。しかし――。


 ――ベキキキキキ……ッ!


 折れた。

 ガードの上から叩きつけたヴィジャールの豪腕は才の細い腕を軽々と砕き、骨が肉を突き破る。

「……っ!?」

「「「うおおおおおおおおおお!!!」」」

 辛うじて吹き飛ばされずに踏み留まるも、たった一撃で片腕を持っていかれて才も驚く。同時に上がる歓声がヴィジャールの力を讃える。

「み、御使い様!?」

「う、嘘だろ!? おい森巫女! 御使い様がやられっちまったぞ!? 大丈夫なのか!?」

「そんなこと聞かれても会って間もないし戦って怪我したところを見るのも初めてだから! こっちでも似たようなことが合ったときは何十人に襲っても無傷だったし……。まさかあんなあっさり……」

「え!? ちょ、なに!? 襲った!? 御使い様襲ったの!?」

「と、とにかく! 御使い様があんな姿になるよは私も予想外なの!」

(おうおう。向こうは向こうで仲良くなってんじゃねぇの。アズはともかく、チェーリのほうは野蛮人とか言ってたのに。ま、アズに直接言ってるわけじゃないし。このまま心の内に秘めてればこじれることはないだろ)

 巫女二人が焦っていることなど意に介さず。才は冷静。マナによるダメージではないので、痛覚を遮断し、ダメージを情報として受け取る事が出来ているからだ。そしてマナによるダメージではないということは。

「お!?」

 直ぐ様回復できる。投影を繰り返した事によりリリンの不死性がより強く反映され、一瞬で腕が元の形に戻る。

「フム……。すごい威力だったな。あんまり何発ももらいたくないかも」

「よく言うわ。全く堪えとらんじゃないか」

 治った腕をブンブン振って調子を確かめる才。それを一度距離を取ったヴィジャールが見て満面の笑みを浮かべる。巫女を含むギャラリーに至っては絶句してしまっている。それはそうだろう。何せいっそ千切ってしまった方が早いレベルの重傷を一瞬で治してしまったのだから。驚くなと言う方が無理な話。

(み、御使い様がとんでもなく強いのはわかってたけど……。あんな回復力まであるなんて……。仮に矢を当てることができても勝ち目なんてなかった……! に、二度と失礼のないようにしよ……。じゃないと本当に殺されちゃう……!)

 冷や汗全開のチェーリ。だがこれもまだ序の口。この後チェーリだけでなく、その場にいる全員をさらに驚かせる事だろう。

 何故ならば、やった事と言えばヴィジャールが一発入れただけ。次は才の番なのだから。

「じゃ、次は俺の番だよな?」

「ずっとワシの番でも良いんじゃが?」

「贅沢言うなよじいさん。若いもんにもちょっとは譲れ」

「ブワハハ! 殴りたいなら殴れ! ワシも殴る! 順番なんぞないわ! なんなら反撃を許さない猛烈な拳を烈火のごとく叩き込んでも構わんぞ?」

「いやそれはやめとくわ。それだと勉強にならない。まぁでも、とりあえず――」

 才は一旦言葉を止め、マナを用いた身体強化で踏み込む。人間レベルで速い相手では人間の反応できる速度を超える才の動きに反応できない。

(は、はっや!?)

「一発いってみるわ」

 顔面に打ち込まれる拳。殴り方なんて大して知らない素人のテレフォンパンチだが、リリンから得た筋力とマナの強化を加えた一撃。大型の獣だろうが文句なく首が吹き飛ぼう。

 しかし相手は異界の人類で、才の腕を一撃で破壊する男。そう安くはない。

「マジか……」

「にん♪」

 鼻血を垂らし、勢いで押され数㎝その場からズレたものの。それ以外特にダメージを負った様子はない。

(うっはぁ~……。結構本気だったんだけど……。とんだ化物だなこのじいさん。丈夫タフ過ぎねぇか? いやこの手応え……妥当か)

 筋肉のサイズだけでも才の常識を逸脱している。そして今感じた手応え。その重さから。筋密度もけた違いと確信を得る。

(十倍? 二十倍? 一発じゃ測りかねるな……。まぁでも一つだけわかった。このじいさん相手なら少しくらい羽目を外して良いだろ)

 才は理解した。今の一撃もかなり本気だった。しかしそれでは足りないと。

 今のはあくまで倒すとかダメージを与えるとか。その程度を基準とした本気だったのだ。ではその上とは? 言わずもがな。殺意を込めた一撃だ。

「ブワハハ! 速い! 重い! 強い! 小僧やはりワシの知る世界を超越した生き物じゃな!?」

「あんたの常識なんて知るか。言いたいことはわかるけども。じいさん。あんたも俺の知る中じゃ丈夫な部類だよ」

「そりゃ光栄じゃの」

「だから……。次からは――」

「隙あり♪」

 会話の途中で先程よりも格段に速度を上げて踏み込み拳を突き出す。

(速度ギアを上げた!? こんの爺。素早いこと隠してやがったな? やってくれる)

 不意をつかれはしたものの、才は思考を加速させて対応策を練る。

(腕を上げて防御……いや間に合わないな。角度的に腕ごと胸骨ぶち砕かれて臓器がめちゃくちゃにされる。……となれば)

「お!?」

 斜め下からヴィジャールの豪腕を殴り上げて軌道を逸らす。いわゆるリィし。

 このような防御方法技術は山の民に取っては初めて目にするモノ。かわすのが美徳とされないからグレーかと才は思っていたのだが、見た目だけで言えば腕を殴って動かした。それもヴィジャールの豪腕をだ。それを貶す者などいようはずもない。

「うおおお!? 御使い様が腕をぶん殴りおった!?」

「顔面殴ったときと同じくズレだぞ!」

「あんな細腕でなんであのドデカイ族長の体を動かせるんだ!?」

 増える才への称賛。その中で一人だけ、静かに才の見せた技術を見て戦慄を覚えていた者がいた。

(族長の攻撃を横から殴ってズラすことで防御に成功している……! さっきはまともに受けてへし折れていたのにやり方を変えたら無傷でやり過ごしている。それにたしかに不意打ちしたのに軽々反応してた。とんでもない筋力に反射神経だ)

「……言っとくが、御使い様は全然本気じゃない」

「……は? はぁ!?」

 チェーリの呟きに思わず二度見。そして――。

「と、思う」

「なんだよ! ビックリしたわ!」

 ――すかされた。

 曖昧な言い方をしたが、チェーリも別にふざけているわけではない。

「御使い様が前に使った……そう正に神の御業と呼ぶべき力がある。しかしそれを使ってない。……もしもアレを使っていたらあのようにはなってない」

「あのようにって……?」

 チェーリが言っているのは影の事。一瞬しか使わなかったが、一度見ればその力の異様さは感じ取れる。だから、八割程の確信を持って口にできる。

「もし御業をお使いになっていたら勝負の体を保てない」

「……っ!?」

(ま、まだそんな力を隠してるのか……? たった三回のやり取りでここまで背筋が凍るほどの力を見せつけておいて? ど、どこまで怪物じみてるんだ御使い様って……)

 チェーリの予想は正しい。冷静に考えて、影の特性を知っているならば必然とも言える。全ての物理を無視してどんな衝撃をも消し去る影は肉体派のヴィジャールには天敵とも言える能力。脳筋物理型では勝負にならない。だからこそ才は使わない。学ぶ為だけに。

「そらそらそら!」

 一転。ヴィジャールが積極的に攻め始める。その都度才は殴って軌道を逸らしていく。コツを掴んできたのか徐々に動きは小さくなり、威力も下げていく。

(フム。相手の力が強いほうが逸らしやすいな。目も慣れてきてなんとなく力加減も見抜けるようになってきた。まだ筋力は見るだけじゃ無理だけど。肌でならなんとなーくはわかるな)

 元々強さはあるが同時に学習能力、成長速度も桁違いなリリンを投影した才は凄まじい速度で強くなっていく。それは本人も実感している。だから求める。さらに強く。さらに強く。この機会にさらに先へと。

(あんたの強さに感謝するよ。じいさん。あんたが強者との戦いを求めるなら、俺はあんたから経験値ってのをもらえるだけもらうわ)

 ヴィジャールの攻勢から才は防戦一方になるが、一発も打撃は入らない。むしろ踏ん張る為に広げていた両足の位置を狭めていく。最終的に普通の幅になってしまった。

(ぬぅ……こっちの拳を当てる前に完全に慣れられてしまった……。なら……)

「ブワッ!」

 ヴィジャールは才に向かってタックルを仕掛ける。押し倒して受け流せないようにするのが目的だ。

「爺のハグはお断り……!」

「ゴブ……ッ!」

 学習の為に色々試みたい気持ちはあれど、生理的な拒絶反応を起こした才は右手と左手の間に蹴りを滑り込ませ、反撃カウンターを決める。如何に強力な首の筋肉で衝撃を吸収できたとしても、接触部分へのダメージはある。鼻骨は折れ、前歯もほとんど折ってしまう。

「あ」

「ニン♪」

 だがヴィジャールも歴戦の男。ただではやられない。才の足を掴み、捕獲成功。

(しまった……)

「逃~がさん♪」

 才は少しだけ驚いてしまい反応が遅れてしまった。その隙を見逃してくれる程甘い相手でもなく。力任せに足を抱き潰す。

「ぬぅらっ!」

「チッ」

 痛みは感じないし回復するものの、足を奪われたのは痛い。何故なら回復するまでには時間がかかるからだ。その間に他の部位を破壊されたらどうなるか、想像に難くない。

「こっからずっとワシの番! 粉々になる覚悟は良いか小僧!」

「いやねぇし。それにさっきからあんたばっか殴ってんだろだから――」

(((!!?!?!?!!?!!?!?)))

 才は身を捻り自らの足を引きちぎる。いくら治るとはいえ常識を逸脱した行為にその場の全員が息を飲む。

 それで終わりではない。今度はヴィジャールの反応が遅れた。つまりは――。

「俺の番」

 才は両手を地につけ、跳び、残った足でヴィジャールの顎を蹴り上げる。

「グブッ!?」

 反応が遅れた所為で力が入っておらず、ヴィジャールの脳が揺れる。

(や、やっちまった……!)

 強靭な肉体故に三半規管を揺らされる経験は浅い。ガクガクと膝が笑い踏ん張りが効かなくなる。景色がグルグルと回っていて才を捉えることもできない。

「ふぅ」

 怯んでる間に足を回収し、すぐに取りつける。完全に失っても回復はするが、繋げた方が格段に早い。お陰でヴィジャールは未だに回復しきれていない。

「じいさん。殴ってこないってことは……まだ俺の番だよな?」

「ん? んん~?」

 才が話しかけてもヴィジャールは応えられない。軽い脳震盪で一時的に耳も聞こえづらくなってしまっているのだ。才はそれを察し、もう質問をやめた。

(とりあえず結構良い勉強になったし。ここで終わっても良いかな。老人をいたぶるのは気が進まないけど)

「おやすみ。じいさん」

 その言葉を聞き取ることもできず。ヴィジャールの意識は途絶えた。

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