第113話

「うちのモンがすまねぇ! うちらぁ別に空神様を敬ってねぇわけじゃねぇんだが……。どうにも現実主義っていうか……。見守ってるだけのお方にあんまり信仰する心は芽生えねぇ質なんで。もちろん族長も巫女のうちも空神様には感謝の心は忘れてねぇんで。どうか、こいつらの無礼を許してくれ。言い聞かせますんでどうか!」

 なんて話のわかる人なんでしょう……! まず話を聞いて身内に非があるとわかると素直に頭を下げて謝罪! いきなり襲いかかって来たどこぞの女とはわけが違うな!

 ただ一つ訂正してほしいことがある。言い聞かせるっていうかもう物理的な制裁を加えてるよね? 喧嘩の後、俺たちの話を聞いてすぐさまぶん殴りに行ったよね? タコ殴りにしたよね? 口よりも手数のが多かったんで言い聞かせるとは言わないと思うんだ?

「とにかく話はわかりましたんで。族長のとこに案内する。ついてきてくだせぇな」

「はーい。お願いしまーす」

 いやはや今回はスムーズにいきそうでなによりなにより。



「よし! 殴り合おう!」

 なんでだよ。意外と話のわかる気の良い人たちと思った俺の感動返して?

 さて、なぜこんなことを言われているのか。……うん。ちょっと俺にもわからない。案内された木製の家にいた、すれ違った誰よりもデカい筋肉を携えたゴリマッチョな爺が俺を見るなり殴り合おうって言われたんだからな。俺の頭の中混乱のるつぼ。一つだけわかるのはこの爺がたぶん族長ってことくらいだわ。

「ぞ、族長。まずは名乗るくらいはすべきじゃねぇか? それかせめて相手の名前を聞いてくれよ」

「うん? 殴り合えば大体のことはわからあな。ブワハハ!」

 わかるわけねぇだろ。

「わかるわけねぇだろ! ボケてんのかこの族長じじい!?」

 あ、巫女さんの台詞と俺の心の声が被った。うんうん。未だあんただけは期待を裏切らないな。すごい頼もしいよ。そのままこの場を取り仕切ってほしい。

「ブワハハ! まだボケ取らんわ! お前の孫が出来るまでは生きるつもりじゃからな! アズよ!」

「いやさすがに無理だろ~……。見れても子供でギリギリだろ~……。普通もう死んでておかしくないんだから……」

 こっちの寿命の基準はわからないが世代単位だと俺たちとそこまで変わらないみたいだな。

「じゃがまぁ良いじゃろ。ワシは山の民を仕切るこの集落最強の男――ヴィジャール。客人。名を聞こう」

 あ、わりと素直に巫女さんの言うこと聞くのね。物分かりが良いなら最初に喧嘩売らないでほしい。ビックリするから。

「まずは私から――」

「いや娘は良い。見ればわかる。森の民じゃろ? 成長をやめたつまらんヤツらに興味などないわ」

「こんの……こっちだってすぐ手を出すような野蛮人なんて」

「ブワハハ! 図星をつかれたからって喚くな喚くな! 野蛮に見えるぞ?」

「このクソ爺……っ」

 そうだそうだ。口が悪くて野蛮に見えるぞ野蛮人。今のところ俺の中ではチェーリとヴィジャールじいさんの野蛮度は同じくらいだぞ。何度もチェーリを心の中で非難してるところからもわかる通り俺は根に持つしお前のこと基本的に嫌いだからな。反省を覚えてから他人のこと言えよ。

「それよりもそこの男」

「ん? 俺……ですか?」

「そう、小僧。お前。いや、小僧なのかも疑わしい。上手く隠しているが纏ってる空気が別の次元にいっておるわ。こんな強い空気を醸し出す生き物を見るのは初めてじゃよブワハハ!」

 生き物呼ばわりかよひっでぇな。子供どころか人扱いしてねぇじゃん。でもまぁあながち間違ってないのがなんともな。リリンを投影してるんだから相手を多少測ることのできる人間なら年齢がわからなくなっても仕方ないか。忘れそうになるけどあいつ二百越えてるからな~。このじいさんよりも年上なんじゃねぇかな。

「ワシら山の民はそこの小娘が言った通り野蛮なんじゃよ。腕っぷしの強さを持つ者こそが同時に上に立つに相応しい器を持っていると信じている。見たこともない神よりも力を信じる現実的実力主義。だから小僧のような強い者を見ると身も心も奮えて敵わん! だから小僧! 殴り合おう!」

 あ~なるほど。話自体はちゃんとできてるしこのじいさん基準ではきちんと筋は通してる。野蛮人ってより戦闘狂バトルジャンキーだなこれ。殴り合いしたすぎてこっちの話を聞かないところはマイナスポイントだが……まぁ。

「こんの爺! この方は御使い様だぞ!? 一応神聖なお方なんだから殴り合いとかできないの!」

 一応て。いやまぁ急遽の臨時だけども。言い方がちょっと失礼ですよー巫女さん。

「なに!? 御使い!? どうりでただならぬ存在感! なおさらぶん殴ってみたくなったわ!」

「やる気を出すんじゃねぇよ!?」

「良いじゃろ別に! 神とその使いが喧嘩売られたくらいで怒るような小さな心の持ち主ならとっくにワシら殺されてるわいな。のぉ小僧改め御使いよ。老い先短いこの爺の願い聞いてくれねぇか!?」

「だから無理だって……」

「良いよ」

「ほら無……理……んんっ!? 良いのか!?」

 俺の思わぬ返事に巫女さんが驚いてる。ごめんな。でもこれには理由があるんだよ。どうせこのじいさん引かねぇと思うんだよなに言っても。だったらさっさと済ませたほうが良いと思うんだ? それに、俺もちょっと体動かしたいんだよね。

「引導渡すことになっても知らねぇけどな」

「ブワハハ! 言うよるわ! こりゃ久方振りに楽しくなりそうじゃのぉ!」

 テンション爆上がりのじいさん。ハハハ。喧嘩の前に高血圧で倒れんなよ?



「お前らあああああああ! 集まれえええええええい! ワシが喧嘩をするぞおおおおおおおおお

!」

「なに!? 族長がやんのか!?」

「何年ぶりだよ族長に喧嘩売ったのが出るなんてよ!」

「さっきはアズの喧嘩も見れたし今日はラッキーだな!」

 外へ出て広場に行くと、ヴィジャールじいさんが大声でギャラリーを集める。連中の反応を見るにじいさんがこの集落で一番の強者なのは間違いないな。巫女さんでもかなり強いと感じていたんだが、それ以上か。興味深い。

「良いかお前ら! ワシの相手はなんと御使い様だとよ! つまりわかるよなぁ!? これから始まるのは我が人生で最高のぶん殴り合いになるだろう!」

「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!」」」

 煽るな煽るな。プレッシャーだろうが。期待されてるような戦いができるとは限らねぇぞ。なにせ今の俺はまだまだ発展途上の探り探り。特に今回は影を使うつもりはないんだ。期待裏切って意外とあっさり負けちゃうかもなんだよ俺は。

「うおおおおおお! やっちゃえ御使い様ぁ!」

「そのわがまま爺をぶっ飛ばしてくれ御使い様ぁ!」

 っておい。なんで巫女の二人がこっちの応援だよ。チェーリはともかくアズのほうまで……。しかも二人とも目付き怖いし。どんだけじいさんに腹立ってんだよ。普段からなにやらかしてんだじいさん。

「ブワハハ! 可愛い娘っ子に応援されて羨ましいのぉ?」

「なに言ってんだじいさん。あんたへの歓声のがデケェだろうが。中には若い子もいるんだろ?」

「まぁの♪」

 ドヤ顔すんな謙遜しろジジイ。ムカつくわ。

「ケッ。その面見たらちょっとやる気出たわ」

「そりゃ良かった。せっかくの好敵手でも適当に流されたらたまったもんじゃないからの!」

 じいさんは身に付けている物を外していき、下半身だけ隠している状態になった。

「武器。使わないのか?」

「そ~んな野暮で勿体ないことできんわい! やはり全て肌で感じんとな!」

「あ、そ。じゃあ準備もできたところで」

「始めようかァ!」

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