第111話
「ちわーっす。誰かいませんか~?」
普段と違い静かな預託所に佐子の声だけが響く。少しするとトテトテと少し急ぎ足の睦歩が顔を出した。
「はいは~い。どちら様ですか……ってあれ? 久茂井さんとコロナちゃんと……本当にどちら様?」
コロナはもちろん佐子とも顔見知りらしい。睦歩も数年勤めているし、佐子も最上級生なので顔を合わせる機会もあっただろうが、当然初めて訪ねるロゥテシアと面識なぞあるわけもない。
「儂はロゥテシア。そうだな……コロナの世話係みたいなものだ。いずれ他の機会にも顔を合わせることもあるかもしれんのでな。覚えてくれると助かる」
「あ、ご丁寧にどうも。この預託所でコロナちゃん担当の瓶津知睦歩です」
ペコリとお辞儀をしながら挨拶をする睦歩。その挨拶に含まれていた言葉に佐子が反応した。
「お? 睦歩先生が担当だったんだ」
「うん。そうだよ。それで、今日はどういった? 休日なのにコロナちゃんが天良寺くんから離れたり久茂井さんが一緒だったり色々気になることがたくさんなのだけど」
「いや~。諸々お話しするとなるとちょっと時間ほしいんで。忙しいところ申し訳ないとは思いつつも時間取ってもらって良いですかね?」
――説明中
「あっはっはっはっはっは!w ちょ!w 先生マジか!?www コロナちゃんにアレ踊らせようとしてんの!?w 超クレイジー過ぎるわ!www」
お互い説明を終えると佐子が大爆笑。先程瀕死になっていたのにテンションを上げて良いのかと若干ロゥテシアは心配する。
「え~? そんなに笑うほど?」
「いやだってさ。アレって魔法なしでやるとなったらほぼプロの領域じゃん? OPならなおさら」
「大丈夫! 練習してるのはエンディングだから!」
「いやそれもかなり無謀だよ普通の子供なら。見たい気持ちはあるけども。……ロゥテシアさんや。コロナちゃんの運動神経ってどんなもんなの?」
「ん? そうだな……」
大まかにしか現在している話の内容を把握していないのでやや反応が遅れるも、一拍程の間で改めて答える。
「人間基準であればかなり良いはすだ。筋力だけなら才が無理矢理引き剥がそうとしても首から下は微動だにしないしな」
「表現が面白いけどなんとなーく目に浮かぶねその光景。超萌える。……生で見たい」
「おーい。戻っておいで~」
妄想の世界に旅立とうとする佐子を慣れた様子で引き戻す。そして話の続きに入る。
「まとめると、天良寺くんはおでかけしてるからその間に隠れて練習しようってことでしょ?」
「まぁ、そうなると思いますわ。となるとまずは動画を後輩んとこの端末に送っとこうかな。タブレットは使える?」
「あぁ。基本的な操作は儂もコロナもできる」
「あらコロナちゃんタブレット操作できちゃうの? えらい子さんだねぇ~(*´ω`*)」
「……」
我慢の効かなくなってきた佐子を華麗に
「幼女のガン無視もたまらん……! とりあえずOPとEDのノンテロップと……それから本編も送ろうかな。今アレ意外にも三年続いてて150話超えてるからちょっと手を出すのは面倒だと思うけど。良い意味でとらえるなら暇潰しには持ってこいってことで」
悶えつつもきっちり必要な事に目星をつけるあたり根は優秀。ゲームや服飾その他才能にも恵まれている佐子だが、おかしな性癖と魔法の才能のなさが実に惜しい存在だ。
「じゃあコロナちゃんはお家で自主連とアニメ鑑賞かな? これは私も休み返上して練習するパターンかな???」
「いや先生完全常勤じゃん。休みなんてほぼなく泊まり込みで勤めてるじゃん」
睦歩は預託所に住んでいる。専用の寝室もあるしそこに私物を置いている。たまに学外に出る事はあるが、夜にはここに戻ってくる。誰か来れば今回のように応対もする。故に完全常勤。
これだけ聞けばブラックな職場に思えるだろうが、本人の希望でそうしているし、なにより学園長である紅緒は休んでくれとたまに頭を下げに来るレベル。ようは彼女はワーカホリックなのだ。
「まぁでも今日も休みみたいなものだから。データまとめたり来週の予定確認したりはするけど……。他にやることも特にないんだよね。晩酌くらい?」
「晩酌て……。なに飲んでるんですか?」
「コニャック」
「しっぶいw チョコとかつまんで?」
「ううん。ストレート。ひたすら飲んでる」
「それ、死ぬぜ?」
「でもそんなに量は多くないから。一日最低一瓶だよ」
「いや、十分多いですよ? 死ぬぜ?」
睦歩の飲んでいるコニャックという酒の度数は四十度。それを一瓶(1000ml)となると普通の人なら泥酔。毎日飲んでいたら普通は即体を壊すだろう。佐子は博識なのでそれを理解した上で注意している。表情もやや真面目。
「ん~。私あんまり酔わないから、それくらいしないと中々寝つけないんだよね」
「……本当体には気を付けてくだせぇや」
やめるつもりはまったくないという雰囲気を察し、これ以上の注意をやめる。
「むしろ久茂井さんなんでチョコがおつまみになるとかコニャックとか知ってるの? ダメだよ飲んじゃ。まだ未成年なんだから」
「アニメの知識ですよ。世の中にはキャラの名前が食べ物だったり飲み物だったりするモノもあるんですよ~。第一今のご時世未成年でお酒手に入れる方法なんてほぼないですから。私は特にね。ご心配なく」
特に学園内ではあらゆる物が購入できる。契約者次第では酒も手に入るのだが、佐子の契約者は飲酒しないので自分は入手手段がないと表現している。
「って、ごめんなさい。話が脱線しちゃってたね」
「おっとっと。つい話が盛り上がっちゃって。コロナちゃんもロゥテシアさんもごめんね?」
「いや、気にしなくて良い。楽しそうでなにより」
「……」
ロゥテシアは大人(?)の余裕を見せ、コロナは才がいないのでぽけぇ~っとしていたので問題は特にない。だが同時に用件も済んでいるので長居する理由もない。
「じゃあ私たちは失礼しますね~」
「世話になった」
「はいは~い。また気軽に遊びに来てくださいね。コロナちゃんもまた来週ね」
「………………ん」
((お返事したぁ~!))
「がんわいい……! ブハッ!」
帰り際でもブレない佐子。睦歩にティッシュをもらい鼻に詰めて去っていく。
「……すごい存在感だったなぁ~。現役時代でもあんな感じの人にはあったことないかも……」
思わぬ客が帰った後。独り言を漏らす睦歩。この独り言はロゥテシアに対してのモノ。現役当時あらゆる世界の調査に出ては現地の脅威的戦闘力を保有する生物との戦闘も経験している。故に相手の力量を測る事は多少できる。しかし、ロゥテシアの持つ戦力は睦歩が測れる域を大きく逸脱していた。引退したとはいえ元プロ。応対している間は上手く誤魔化していたが、気が抜けると急に震えが止まらなくなる。
「あ~ダメだ! なんかちょっと
気持ちを切り替え手当たり次第メールを送る睦歩。酒豪の彼女に捕まった人間のその後の末路は言うまでもない。
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