第102話

バトルパート


     天良寺才

      VS

     森の民



 矢を射ち切り才から逃げる一人の現地人。濃い目の金色の髪に緑の服を着た美少女――チェーリ。長い耳が特徴的。エルフ。と、表現したらわかりやすいだろうか。厳密には文化など異なる種族だが、姿形を想像するならばエルフと言って差し支えないだろう。

(不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い! なんだあの人間は!? おかしな服装なだけじゃなく、私の矢を素手で掴むなんて化物か!? それに向こうもこっちに気づいている。村に戻って皆に知らせなくては。あーもう! あんな化物と知ってたら矢なんて射なかったのに!)

 走りながら後悔の念を抱くが、時既に遅し。侵入者として敵意を抱くまでならば野性動物と才も判断したかもしれないが、武器を使った時点で人間に近いモノと判断された。つまり、確実に標的にされている。

(だけどあそこまで離れてたし、武器も持ってる様子はなかった。さらに距離を離せば見失って一度諦め……)

「えっ!?」

 うさぎのように発達した耳が背後からの音を捉える。ものすごい速度で木々をかわし、草をかき分けて追いかけてくる何者かの音を。しかも、徐々にだが距離が詰められている。

(う、嘘でしょ!? ここは私たち部族の森。入り組んだ木々は慣れ親しんだ私たちだからこそ迷わずに速度を落とさず全力で駆けれるのに。なんで追いついてくるの!?)

 答えは単純に才の身体能力のが格段に上だから。さらに才の脳は自動的に最適ルートを導きだしている。慣れという暗記以上の即興の計算が上回ってるに過ぎない。

(本当便利だなぁ~。この体。あいつ起きたら感謝の気持ちを込めてちょっとくらいは礼しなきゃって思うくらいだよ。……ま、性的な話になったら容赦なくぶん殴るけど。病み上がりだからって知るか。俺は誘惑に弱いんだから困るんだよ。って、まだ性的な礼を求められるとは限らなかったな。ついあいつのことだから俺になにかってなるとそれしか思い当たらなくて困る。金で解決できることはお国様から大金もらってるから自分で何とかするしなあいつ)

 余計な事を考える余裕も見せつつ。才はどんどん距離を詰めていく。

「くっ!」

 100m辺りまで近づいたところでチェーリは逃げるのをやめ、逆に才に向かって踏み出した。

(このままじゃ村に誘導するだけになっちゃう! せめて足止めしなくちゃ。もし戦闘音を皆が聞きつけたならば村の場所は知られないし、誰にも気づかれなければ私が死ぬだけ。犠牲は最小限で済む……!)

 そんな覚悟をしていることなど知らず、才はどうしようかと考える。

(取っ捕まえて拘束して情報を聞き出す……。つもりだったけど。なーんかやる気出されちゃってるな……。ま、それならそれで予定通り力を試すだけか。今ので肉体のほうの感覚は大体掴めた。あとは影をどこまで扱えるようになったかだな)

 もう距離はほんの数メートル。手の届く距離まで近づいたならばそれが戦闘開始の合図。

「フッ!」

「ん?」

 チェーリは道中拾っていた石を数個まとめて才に向かって投げる。才はかかとで急ブレーキをかけつつ背中を反らせ回避。

「っ!? こんのぉ!」

「おっと」

 真下に来た才に向かって弓を横薙ぎに払う。しかし才は軽々受け止める。

(中々の腕力。少なくとも俺たちよりはずっと強い筋肉を持った種族って感じだな。いや、もう俺人間ほぼやめてるから「たち」って言わないほうが良いのかもしれないが……。つーかそれよりも問題ができちまったなこりゃ。あ~、どうすっかなこれ)

「ぅあっ!? はぁ……ッ!」

 才の拳がチェーリの腹部に食い込む。大分加減しているが、それでも今の才の膂力は軽々チェーリの腹筋を貫き、内臓へ衝撃ダメージを与える。

(息が……できな……っ)

 地面に転がりピクピク痙攣しながら悶絶するチェーリ。その様子をゆっくり近づき眺める才。端から見ると女性をイビってるド鬼畜生にしか見えない。

(影、使うまでもなかった……。どうしよ。試せない……。これは思ったよりも俺が強くなってしまったのか。はたまたこの女が弱かったのか……。いや、あの弓の技量や足の速さからして相当なはず。石も目眩ましとかその程度のために投げてたはずだが軽く投げても130㎞は出てた。明らかに俺の知ってる人類を遥かに超えた能力を持ってる。ってなるとそんなヤツを軽々悶絶させちゃうくらいには俺が強くなったんだな。まるでチート使ってる気分だな。……いや、チートの権化リリンの話からして俺はそのリリンよりもマナの密度や量は多かったらしいし。そもそもがチートな存在だったのかもしれない。実は肉体が追いついてきただけでそこまで変わってない説浮上。俺、元々チーターだった? どっちにしろ複雑だな……)

「は…………はぁ……っ。ぁ……あ……ひっ」

 必死で体を動かそうとするも痛すぎてまともに動けない。痛みで意識が朦朧とするというのはある話だが、今彼女が感じているのは「一部分が痛すぎて逆に意識がハッキリする」というもの。つまり、気絶という逃げ道が許されていない。ただひたすらに痛みを感じている状態。

「あ~……えっと。大丈夫か?」

 あまりにも痛そうにしているのでさすがに罪悪感を覚える才。ほんの数分前に殺されそうになった相手だが、余裕を持って対処してしまい危機感を覚えなかったので罪悪感のが勝ってしまっている。

(女だろうと容赦しないし平気でぶん殴れるけど。それはそれなりに敵視してたり殴っても平気な相手だからだし。不死身リリンとか。ここまで痛がられると男でも俺ちょっと申し訳なく思うだろうなぁきっと。まぁとりあえず貴重な情報源を手に入れたし。回復を待とう)

「ん?」

 チェーリに気をとられている間に才に近づく影が複数。罪悪感のせいで少し探知が疎かになってしまっていて気づかなかった。

(こりゃまた面倒な……。いや、前向きに前向きに。全員敵意を向けているところを見るに恐らくこの女の身内だろう。となれば必ず仕掛けてくる。正確な数はわからないが十から二十くらいか? さすがに身体能力のみで相手にはできねぇ。つまり影の出番だ。今度こそ試させてもらう)

「……あ?」

 てっきり矢が飛んでくると思い身構えていたのだが、半数は距離を詰めるが残りは数百メートルの距離で待機。二手に分かれたようだ。

(あ~救出と援護ってことか。それはちょっと困るかもな……)

 救出後戦闘を続行してくれれば良いのだが、撤退されるのは才にとって喜ばしくない。折角手に入れた情報源を失うわけにもいかないからだ。逃げたら追いかければ良いのだが、数が多いと囮と本命の区別がつかない。途中で自害や撒くのが上手いのに当たるとまた森をさ迷う羽目になる。

(となれば……)

「悪いな。ちょっと動かすぞ」

「な……にを……」

 才はチェーリを抱え近くの木へ。チェーリの背中を木へ預けさせ、さらに才はチェーリへ背を向ける。

(これで背後から救出を試みれば木が一方向塞いでるからタイムラグができる。対処もしやすくなるだろ)

 付け加えると矢が飛んでくる方向も制限しているので防御もしやすくなっている。周りの森の民達も才の意図に気づく。

「あの侵入者……。頭が回る。森での戦いに慣れているのか?」

「それは重要じゃないだろう。問題はチェーリを解放する気がないということだ」

「空神の巫女と知っての行為ならば許すわけにもいかない。チェーリを救出しつつ排除しなくては……」

 森の民達はさらに近づき、才を取り囲み隙をうかがう。才を中心に10mと200mの二重包囲網だ。

(……へぇ~。なるほどな)

 才が感心したのは森の民達の服。そして待機姿勢。

 森の民達の髪は全て金色。周りの木の幹も実は近い色をしている。さらに葉の色と服の色も近い。そして待機姿勢。違和感が出ないように色味が合うよう逆さまになったり足を引っかけて横にへばりついたり色々工夫している。つまり高度な擬態を目的とした格好と態勢をしているのだ。

(すごい集中力を感じる。仲間が捕まってるから慎重になってるな。同時に交渉する気も皆無。嘘ついて油断させて救出してから逃げるなり排除なり試みるってのはないのね。嘘が悪徳の部族だな。勘だけど)

 才の勘は正しい。彼らは嘘をつかない。誠実と規律。そして身内の命を守る事を旨に生きている部族なのだ。だから才を殺すつもりでいるのに中々手は出さない。チェーリという家族が捕まっているから。

(ん~……。このままじゃ進展しないな……。影を試せない。相手の神経を逆撫でしたくなかったけど、相手も対話を望んでないし。全員戦闘不能にしてから無理矢理お話に持ち込むとするか。ちょっと挑発してみよう)

「おい。上手く隠れてるつもりだろうが全員場所はわかってる。離れたヤツらもな」

「「「……!?」」」 

 驚いた空気は感じるが、まだ全員動く様子はない。あぶり出すためのブラフを疑っている。

「反応はほぼなし……ね。じゃ、これなら?」

 才は近くにあった小石を蹴り上げ、キャッチ。そして即座に投げる。

「っ!?」

 森の民の一人の頬をかすめ、血が流れる。民達の動揺が大きくなった。

「ダメだバレてる! もうやるしかないぞ!」

(バカ! 焦りおって!)

 頬をかすめた当人が声を上げ、弓を引く。おさらしき人物はまだブラフと疑って様子を見ようと思っていたが、嘘をついていたわけじゃない。手を出させる為に揺さぶりはしていたものの、本当に見えていた。弓を引いてしまった事が彼らにとって幸か不幸かは定かではないが、少なくとも状況は動いた。

「チッ! 仕方ない。皆の者! 射れ!」

 長の指示によりその場に集まった森の民達は一斉に矢を放つ。移動しながら連続で放たれる数十もの矢が才を襲う。

(まだ……必要ないかな)

「いっ!?」

「ぅわ!」

「うぎゃあっ!!?」

 才は体を回転させながら時に軽く触れて軌道を逸らし、時に手に取り投げ返し、全ての矢をさばいていく。たまたま近くに矢を返された者は足を止めて怯んでしまう。

(ん~……。やってみたは良いものの。石とかよりもノーコンが際立つな。全部当たらないようにするつもりだったけど、威嚇になったのは数本。素直に影で防御したほうが相手はビビったかも)

 この多勢ですら今の才では軽い実験台。良い言い方をすれば勉強相手といったところ。

(もう少し骨があれば気兼ねなく影を使えるんだが……。曲なりにもリリンの力だもんな。丁度良い相手が都合良くなんて贅沢な話あるわけもないか)

「ぅ……この……化物め……っ」

「お?」

 背後から立ち上がる気配。ダメージが回復したチェーリだ。痛がり様からもうしばらくは動けないと思っていたが、才の予想よりも回復力があったか、それとも精神力で無理矢理体を動かしているのか。どちらにせよチェーリが動ける事は才にとって芳しくない。

(下手に動かれると流れだまが当たるかもしれないし。なにより逃げられたら俺の相手をする理由が一つ減る。今の体さばきを見せたことでまた一つ撤退する理由にもなり得るし。もう少しおとなしくしててほしいな。……もう一発ぶん殴っとくか)

「悪く思うな……よ!?」

「……っ!」

 才が振り返ろうとするとチェーリが背中から抱きつき、足でガッチリ固定しつつ裸締めの体勢に。手負いだからと油断していたらこれだ。才もまだまだ人間らしい抜けてる部分が多分に残っている様子である。

(まったく。自分が嫌になるわ~。元々嫌いだけど。にしてもいくら物足りないからって油断しすぎだぞ俺。これに懲りて次からは集中切らさないように心がけてくれよ。……つかこの女着やせするな。一刻も早く離れてくれ。戦闘中なのに変な気分になる)

「み、皆! 私は良いからこの化物を……!」

「しかしお前は巫女……」

「巫女ならばまた選べば良いでしょう!? この化物を放置してたら村が滅びかねない! 私の命一つで村が救えるなら安いっ! さぁ早く!」

 才の緊張感のない心の声なぞ届くはずもなく。各々覚悟を決めていく。才からすれば過度に襲うことなんてするつもりもないし、そもそも反撃こそすれ自分からは手を出してないし。っていうか恐らく森の民達が崇めているであろう神様の使いとして来てるわけで。もう、温度差の激しさに居心地の悪さを覚え始めている。

(勝手に話が進められているが……。とりあえずこいつひっぺがすか)

「……高尚なことたれるのは良いけ、どっ!」

「あがっ!?」

 まだ力が入ってなかったのか甘い締め方で出来た隙間を利用し頭突きを鼻にかます。そして力が緩んだ腕を掴み力任せの一本背負い。

「かっは……!」

 腹部に続いての肺への衝撃で酸欠が加速する。それでも才は追撃をやめない。右手で腕を捻り上げ、足で後ろから肩を踏みつけ、いつでも肩から手首にかけて関節を外せる体勢にして拘束。よどみのない鮮やかな動きに森の民達は呆気に取られてしまい、一瞬動きが止まる。

(動きを封じたはずが逆に捕まった!? 何をされたかわからない。それに息もできない。こ、こんな技もあるなんてつくづく怪物……っ)

 森の民達は焦り、弓を放つ。チェーリに当たるのももう構っていない。先程彼女が言っていた通り一人の犠牲で目の前の化物を仕留められるならばと一斉にチェーリを拘束することで動けなくなった才を狙い射つ。

(で、でも、これでこの怪物も終わり。さっきまでかわしていたってことは当たれば効く証拠。私を捕まえたことで動けなくなった今なら殺せる!)

「……やっと。使う口実ができたわ」

 才は左手で影を展開。背後以外から飛んでくる矢を球状に広がった影が全て阻む。前よりも広い範囲でさらに円形だけでなく球状という立体的な形も取れるようになっている。まだ些細な変化ではあるが、投影はキチンと機能している事が確認できた。

(一回だけだが試運転としては上々。このあとの戦況次第じゃまだまだ試させてくれるだろう。外側の包囲をしてる連中も今のところ待機してるだけだしな)

「さて、これで終わりじゃないよな?」

 尋ねながら才は影をしまう。その際に手のひらが長の目に入る。

(あ、あれは!? まさか空神様の!)

 長は慌てて武器を全て投げ捨て平伏す。

「お、長。突然何を……」

「お前達も早く武器を捨てろ! 御使い様の御前だぞ!」

「「「!!?」」」

 長の発した言葉で諸々を察した民達は武器を捨て才の前に集まり平伏し始める。チェーリも痛みによる汗ではなく、緊張と後悔による冷や汗が噴き出し始める。

(え、なに急に……。逆にちょっと怖いんだけど)

 急激な態度の変化に戸惑いつつも、一応話が出来そうにはなったので、才は言葉をかけてみる。

「えっと……とりあえず……」

(((ゴクリ……)))

「続き。します?」

 全員頭を垂れたままカタカタ震え始める。

(ですよね。なんかすんません)

 その様子で察した才は内心謝る。

 あまりにも唐突に始まった現地人との戦闘だが、終わるときもこれまた唐突であった。

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