第101話

「ふむ……」

 おっと。リリンの口癖の一つが出てしまった。でもつい口にしてしまう状況なんだよこれがまた。

 現在元の世界の時間で夜八時。ここに来たのが昼食後午後一時前だったから七時間ほど経ったか。なんでそんな正確な時間がわかるかって? それはリリンの体内時計のお陰。まだ完全でないにしてもリリンの便利な肉体機能は俺の中でも働いてくれてる。本当助かってるよ。

 さて、その七時間の間俺がしたこと。まずハイネと会話。次に落下。そして……徒歩。あれからずっと俺は当てもなく森を歩き続けてる。当てがないなら体力温存のためにも待機でも良かったのかもしれないが、疲労感は情報としてしか感じないし、空腹感も同様。どうせ明日には一度帰るしだったら少しでも移動しようと思ったんだが……。

「どーしよこれ」

 人どころか生物の気配もなく夜になっちゃったよ。いや、暗くなってないから夜って感じもしないんだけどな。この世界はリリンのとこと違って夜がないのかもしれないな。近くに恒星たいようが複数あるのかもな。

 それはそれとして、何事もなく歩きっぱで、肉体的疲れはないが精神的にちょっと辛くなってきたな……。ん~……。そだ、ハイネにもらった力でも試しながら歩くか。時間はまだあるし。他にやれることもないし。

 ハイネにもらった存在を投影する能力。これを使えばリリンとのあの訓練なしでも、憐名のときみたいな無理矢理引き寄せることもなくリリンの力を得られる……んだよな。

 強くなることは俺の目的だ。かといって今まで通りのやり方をしてたらリリンが弱体化していく一方。どちらかを諦めるしかなくなるが、この力で二兎を追えるようにはなった。が、あくまでそれはこの力を使えこなせたらだな。あとハイネの言うことが全部真実だったらって前提も必要。こっちはもう賭けだからもうね。考えるのはやめてるんだけど。問題は前者だ。俺が扱えなきゃ結局一兎しか終えない。空いてる時間で少しでも使いこなせるようになるために練習? 実践? しないと。

「すぅ~……はぁ~……」

 必要ないのかもしれないが緊張を解すために深呼吸。うん。特に体に影響なし。もう心を落ち着けるルーティーンみたいなものだな。ちょっと人間離れしたの実感するわ。……もうリリンの力使って戦闘を行ってるから今さらか。

 では始めるとしよう。投影の力があるのは実感はできてる。ハイネの配慮かリリンのお陰かはわからないが、自分の中に新しい何かがあるのはわかる。あと必要なのはリリンとの繋がりかな? この場にいないし物理的距離も何光年離れてるかわかったもんじゃない。で、あるならば縁や契約の繋がりを利用するしかない。

 ……前は手繰るイメージ。無理矢理こっちに引き寄せて俺に混ぜ込むイメージで俺を突発的に変化させた。前からリリンの存在を馴染ませてたから急激な変化にも耐えられたのかもしれないが、今思えばめっちゃ危険だよな。今回はリリンの存在情報をコピーして俺に張りつけるイメージをしよう。全部じゃなくほんの少しだけな。前みたいに一気にやると向こうにも負担がかかっちまうかもだし、何より不慣れな力だからな。慎重にこしたことはないだろ。

 ってことで、どれくらいから始めようか。とりあえず前引き寄せたレベルのコピーはダメだな。あれを基準に百分の一くらいから始めるかな。



 さらに八時間経ち、現在午前四時。あれから俺はずーっとコピペをしつつ歩き続けてます。

 八時間もリリンの飲み込みの速度で能力使ってるとね。慣れるのが早いわ。思ったよりもスムーズに連続して投影をし続けてる。回数で言えば現在三百四十七回。前よりも確実にリリンに近づいている……はずだ。

 なぜ曖昧なのか。そりゃ実感が少ないからです。ずっと投影しかしてなくて自分の変化に気を配ってなかったので。ええ。我ながら間抜けでした。慎重にいこうと思った矢先のこれだよ。やっぱあれだな。ちょっと人間変わっても根本は中々変わらないんだな。前同様ポンコツのままだよ。

 だけど一応投影自体は使えてるはずだ。あとは前との変化を確かめられたらひとまず成功で良いと思う。基本的にネガティブな俺だが、ポジティブを心がけていくと決めたんだ。反省はしつつも前向きにいこう。ほら、丁度良く敵意も向けられてることだし。

「ん?」

 敵意? ってことは生き物か! 良かった。これでもし人ならラッキー。それも巫女を知ってたら上々。

 だがまずは敵意を向けられてるわけだし、なんとかして対話まで持ち込みたいところ。コミュ障とか言ってらんない。頑張っていこう。……ま、まずは人間かどうか確認しないとだけどさ。

 今の俺の五感……いやマナの知覚を含めて六感か。さらに優秀になってしまった脳みそによる予測なども含めて情報を収集しつつ分析を開始。今敵意を向けてるのは……一つ。距離にして350mか? こっちの動物だとしたらかなり遠くから狙えるんだな。人間でも視力がかなり良いか双眼鏡だか望遠鏡だか遠視のための道具がないとキツい距離。つまりまだ判断できない。感覚を信じて無理に予測を立てるなら6:4で人型の生物だな。本当にただの勘だけど。

「……おっと」

 矢が飛んできたので左手の人差し指と中指でキャッチ。よし9:1で人型。どこの世界でもこういう遠距離武器って似たような形になるのな。面白い。

 続けざまに二本三本と矢が飛んでくる。しかも全部頭部。すごいな350mでこの正確性。木々が邪魔だろうに化物かよ。(※それを軽々キャッチするお前が言うか)

「ん~……」

 七本、八本と射られてるが、距離を詰めてくる様子はない。そらそうか。矢を射る時点で遠距離の攻撃がメインだろうし、得体の知れない相手に近づくのは危険。そういった判断をしているのだろう。ってことは知能が高いな? ますます人間らしい。ちょっと希望が出てきた。

「うお?」

 足に二本飛んできたと思ったら避けた先の頭上から一本降ってきた。上手く誘導された。こわ。まぁキャッチしたけどさ。

 ふむふむ。パターンを変えてきたか。おいおいそんなに俺に自分は人間ですって教えてくれるなんて親切すぎか? ちょっと感動するよ。

「あ、おい!」

 最後に四本連射すると気配が遠ざかる。テメェマジふざけんなよここまでぶっぱなしといて逃げるか? いや矢が切れたら逃げるよねそらね。納得はできる納得はできるんだけどさ理屈的にはさ。精神的には納得いかんよね!? ここはバカみたいに距離縮めて特攻仕掛けてくれても良いんじゃないかなって思うな! 俺の都合上そっちのが良かったな!

「はぁ……」

 やめだ。やめ。こんなこと考えるほうがバカみたい。武器が切れたら態勢を整えるのは当然だ。むしろ感心するべきだな。侮らずムキにならず。遠距離からの攻撃に終始し、通用しないとなると逃げる。良い選択だ。間違ってない。

 一つ誤算があるとすれば、攻撃された相手が大人しく逃がすかって話だよな。距離が離れていて手ぶらなのは向こうもわかってるはず。でなければ一方的に仕掛けないし仕掛けることを許されないと認識するはず。反撃がなかったから躊躇わずたま切れまで射る大胆な手にも出れたんだろう。だが相手が悪かったな。今離れていく速度を見るに俺が本気で走れば追いつけるんだよなぁ。それがわかってたらもうやることは決まってる。

「う~っし。それじゃあ」

 今度はこっちのターンってことで一つお願いします。丁度投影後の変化も確かめたかったし、実験に付き合ってくれ。こっちが侵入者だとして仕掛けてきたとしてもそんなのそっちの都合だし。こっちの都合にも付き合えや。

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