第103話
「改めまして。御使い様。私はこの森の民を束ねる族長のゴーレに御座います。知らぬとはいえこのような無礼を……」
ある意味壮観。ある意味シュールだな。目の前で美男美女が平伏してるのは……。この族長らしいゴーレという男も随分貫禄があるんだがあくまで雰囲気の話。見た目だけで言えば
にしても、事態が急転しすぎだな……。呆気なく投影後の試運転が終わってしまった。この様子からしてハイネの信者なんだろう。となればハイネのお使いはなんとかこなせそうだな。最初はどうなるかと思ったけど、今週のお勤めは無事に終わりそう。
あ、拘束してた女は解放してすぐに長の横に平伏し直したよ。震えているのは痛いからなのか御使いに手を出してしまったからなのか。どっちなんだろ? もし前者なら悪いな。手加減はしたんだよ? 本当本当。
「して、御使い様。不躾ながら尋ねたいことが御座います」
「え? はぁ。どうぞ」
なんだろ? 出身地とかかな? 明らかに違う人種だしな。この世界が異界に既知だと良いけど。既知だとして寛容なら尚良い。
「何故この巫女チェーリに御使い様の証をお見せにならなかったのでしょう? 先にその証が刻まれた手を見せてくだされば……」
全然違った。俺自身のことよりもそっちが重要なのね。なるほどね。で、話には出てたけどやっぱこの女が巫女なのか。俺の持ってる巫女像に比べてまぁヤンチャだこと。
「俺もせっかく人の気配を感じたから会話できれば良いとは思ってたんだけど……」
「……? けど……?」
「一番最初のあいさつが遠距離からの矢だったもので」
「……は?」
「……」
信じられないといった表情。もしかして異邦人への身元確認的なことをするのが決まりだったり? となるとこの女の行動はこの人たちにとっては規律違反ってことかな? じゃないとこんな顔しないよね。それも巫女が違反とかね。信じたくないわな。でも事実なんだぜ? 受け止めて。
「何発か射たれたあと逃げたから後を追いかけて、追いついたと思ったら振り返り様に石を投げられるは殴られそうになるわで……」
「……」
「……」
ゆっくりと族長さんの目が巫女さんのほうへ向き始める。同時に巫女さんは族長の反対側を見始めたよ。さっきよりもすごい汗をかきながら。気まずいんだな。お気持ち察します。でも自分でやったことだから反省しやがれ♪
「で、あとはご存じの通り。囲まれて~……という感じだったんで。そもそも見せる隙がなかったと言いますか?」
「……」
「……」
わ~族長さん血管浮き出すぎ。破裂するんじゃないの? 大丈夫? 巫女さんもなんかその場に水溜まりができそうなくらい汗かいちゃって。脱水症状には気を付けてな。
さて、族長さんがなにかを堪えていらっしゃるようなので、俺も気を遣ってやるとしますかね。我慢は良くないし。存分に発散すると良い。まずは背を向けてっと。
「……族長。良しと言われるまで背を向けております故。どうぞ思いの丈を吐き出してください。背を向けている間『良し』以外の言葉はこの耳には入りませんので。お構いなく」
「……御心遣い感謝します――こんの馬鹿娘ェ! よりにもよって相手が何者か確認せず矢を射るとはどういう事か説明してもらおうか!? 巫女ともあろう者が規律を破るなど言語道断だぞ!」
やっぱそういうルールがあったっぽいな。この女よくもやってくれやがったな? なんでやったか説明しろオラ。投影の塩梅を確かめたかったとはいえそれはそれこれはこれだ。襲われて試す口実はできたが、襲われて良い理由にはなってねぇからな。
「ちょ、父様! 御使い様の前でお説教始めるなんて正気!? 無礼! 無礼では!?」
「その御使い様の御厚意でこの行為が許されているんだよ! どうやらお察しくださっているようだからな! あれほどの力をお持ちであるにも関わらず無礼を働いてもまだ我々が生かされているのも彼のお方が慈悲深き心をお持ちだからと知れこの恥知らず! さぁ説明しろ! 何故に矢を放ったのかをな!?」
慈悲深いとか言われて照れるな~。ただ単に人殺したことないから躊躇しちゃうだけですよ。リリンやロッテならたぶん襲われた時点で慈悲も躊躇いも捨ててたろうな。運が良かったなあんたら。それはそれとして俺が襲われた理由は話せコラ。
「だってなんか見たことない格好だったしどの人種とも異なる顔立ちだったしなんか只者じゃない雰囲気だったし危険かと思ったんですよ! 事実デタラメな力だったし!?」
まぁ筋は通ってるというか……理には適ってるとは思うけど……。だからってルール違反はどうかと思うよ? 俺じゃなかったら取り返しのつかないことになってたかもだし。知らない=敵とは限らない。確認は大事。思いきりも大事かもしれないけど確認はもっと大事。
「それは相手が御使い様だったからな! お強いに決まってるだろ馬鹿者! 何故遠くから確認もせず矢を射ったのか話せと言ってるんだ!」
「近寄って話しかけたら奇襲になりませんから? 遠くから安全に仕留めようかと……」
いやまぁそれも正しいっちゃ正しいけども……。そもそもだな……。
「……そもそも奇襲をするなと言ってるんだよ。相手が何者か確認せず仕掛けるのは愚か者のすることだ愚か者め! 貴様の勝手な行為の所為で御使い様の、果ては空神様の怒りに触れるかもしれなかったのだ! わかっているのか!?」
それそれ。前提がなんか食い違ってるよねこの二人。片や規律。片や合理的に不確定要素の排除。たまたま俺が御使いって役目があったから結果的に族長が正しいってなってるけど。敵対する何者かならこの巫女さんが正しいことになる。ちょっと違うだけで変わってしまう正義。難しいお話だな~。
「け、結果的にそうなる可能性はあったかもなぁ~……とは今は思います。今は……。で、でもですよ父様。御使い様ならばあの程度の事で目くじらを立てることもありませんでしょう。攻撃されたとも捉えていらっしゃらないのでは?」
いやそれはねぇよ。ガッツリ襲われたって認識してるわ。なめんなよ? ちょっとあんたにも弁解の余地あるかなって思ったけど今ので消え去ったわ。やっちまってはいるんだから言い逃れしようとすんじゃねぇ加害者ぶっ飛ばすぞ。もうぶん殴ったけども。
「……神に矢を放つのが過ちなのだよ。その行為だけで見捨てられても不思議ではないというのに貴様は……まったく反省した様子を見せないな……。なんで貴様のような娘が巫女に選ばれたんだ……」
「父様。予てより私も疑問で御座いました。何故選ばれたのでしょう?」
「知らん。それこそ神のみぞ知る。それよりも貴様は反省をしろ……。はぁ……今はもうこれ以上は言うまい。御使い様をいつまでも待たせるわけにもいかない」
俺はまだ構わないんだけどね。
「ですよね。やっと気づきになられましたか」
お前は余計なことを口にするのをやめろ。状況が悪くなるだけだぞ。
「……後程改めて己を省みてもらうとする」
言わんこっちゃない。
「…………………………はい」
なんだその間は。さてはお前ぇ反省する気皆無だな? 反省はしろよ。
「こんの……。ふぅ……。御使い様『良し』に御座います」
「もう良いんですか?」
ちょっと面白かったからもう少し続けてても良かったんだけど。本人が言うのならば良いのだろう。
「はい。今はもう十分です。今は」
今はめっちゃ強調するね? あとでこってり絞るんですねわかる。とことんやっちまってください。
「じゃあまぁ。そっちの話は終わったみたいなんで。こっちの話に入りますわ」
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