第99話

 時間に余裕があるときのが良いと言う進言をいただいたので、土曜の午前に演習を希望し、昼を食ってから行ってみることにしたんだが……。案の定足止めを食らっている。誰のって? そらあいつしかいかい。

「コロナ~離れろ~」

「やっ」

 リリンのこともあってコロナをおろそかにしていた……ってわけでもないんだが。時々こうしてやたら甘えてくることがある。外ではやらないし最近減ってきた駄々なんだけど。よりにもよって今このときに発動してしまった。

「出かけ先で何があるかわからないから一人で行くつもりなんだって……。遅くても明日には帰るから留守番しててくれ」

「っ。やっ!」

 明日返るというワードに過剰に反応。失敗だったかな? いやでも嘘言ったら後も怖いし、鳴き叫びだしたらロッテが可哀想だしな。あ、いっそ鳴かしたほうが良いか? うるさくてリリン起きるかも。

「んむぅ~……!」

 ……アホなこと考えてないでこのしっかりきっちりばっちりこびりついた……じゃない、へばりついたコロナをひっぺがさないと。

「コロナ。お前がそうやってくっついてたらそれだけ帰り遅くなるんだが?」

「……っ」

 ピクリと反応した。発する言葉はたどたどしい……っていうかほぼ擬音なコロナだけど。ちゃんとこっちのしゃべる言葉の意味が伝わるのは助かるよな。こいつ自身も物分かりは悪くないし。普通に説得したら案外聞いてくれるかもだし。ちょっとやってみるか。……いや少しだけズルい手は使おう。ただしイケメンに限る的な感じのやつ。

「帰ったらたくさん甘えて良いから。な? 良い子にしてろ。……ほら、行く前に抱っこしてやるから。離せ」

「……ん」

 渋々離れるコロナを抱き抱えてやる。ギューッと強く抱き締めてやると顔面を肩と鎖骨あたりに擦りつけてくる。うん。鼻骨がグリグリして痛い。それもうちょっとどうにかならないか? せめて肩の肉部分だけにやってくれ。顔離したときいつも鼻真っ赤だしお前も痛いんじゃないの?

「……そろそろ下ろすぞ」

「……………………………………ん」

 素直に離れるコロナ。返事までの間が長かったことには目をつぶってやる。

 さて、もう一匹にも似たようなことしとくか。最近人型でいることが多いからあんまり撫でたりもしてないし。リリンのことも任せきりだから労ってやらないとな。

「ロッテ。ちょっと良いか?」

「どうした? 何か忘れ物でも――」

 リリンから離れるわけにもいかないので最近はずっと部屋で食事をしているロッテに近づき、後ろから抱き締める。さすがに正面から行く勇気はありませんでした。ロッテ、人型のとき胸デカいからな……。コロナもデカいけど、コロナと違って色気が半端ないから正面は無理。ヘタレと言われようと無理。あとロッテも正面からいったらどうなるかわからないしな。今でさえ硬直しちゃってるし。さて、このおぼこい行き遅れメス犬にトドメを刺してやるかね。

「いつもありがとうな。コロナとリリンの世話。本当感謝してる。これからまた任せることになるけど。俺が戻ってくるまで頼んだぞ」

「……」

 あ~……ちょっとやり過ぎたか。ロッテが固まって動かなくなってる。こういうときイケメンなら一発で意識戻す方法とか知ってそうだけど。俺はベースが陰キャなので気の利いたことはできない。うん! 慣れないことはするもんじゃないな! 次からはもっと考えて素直に喜べることをしてやろう。

「じゃ、いってくるわ」

 ゲートを開いて俺は新たな地へ向かう。さぁ鬼が出るか蛇が出るか。ご対面といこうか。



「…………し、幸せすぎて心臓に悪い。……馬鹿ぁ」

 首から上を真っ赤に染めて言葉を口にしたのは才がゲートをくぐった後であった。

「むぅ~」

 その言葉を聞いていたのは唇を尖らせたコロナだけ。自分だって抱っこされたのに嫉妬丸出しである。



 俺はネスさんに抗議したい。ものすごく抗議したい。いやまぁ、あの人がビビるくらいだからね? ある程度は覚悟してたよ。覚悟してたけどもだよ。もう少し注意してほしかったかな。念入りに覚悟決めとけ~みたいな。……だってさ。

「……」

 ゲートくぐった先に本来のサイズのロッテよりデカい鳥がいるんだぜ? しかもマナの量がけた違い過ぎて底がわからないし、空間が歪んで輪郭がボヤけてて正確なサイズがわからない。ただロッテよりデカいことしかわからねぇ。今のところ殺意や敵意は感じないが……そもそもそんなものなくても生き物を殺せる輩だとしたら……はは。詰んだ。

まみえる日を心待ちにしていた。憐れな者よ」

「っ!」

 大きな鳥が動き出した。声を聞くと不思議と心が落ち着く。だがそういう能力で油断させている可能性もある。俺に対して警戒して搦め手が必要とは思えないが、それでも向こうから見れば侵入者。互いに油断できる間ではないだろうから気は抜けない。

「警戒しなくても宜しい。私はなれが来るのを知っていた」

「……」

 嘘……じゃない……よな。明らかに俺よりも格上だし。それに。

「ははさま。きゃく? それがきゃく?」

「ふしぎないきものだね。にほんあしでたってるのにはねがないしけもうすいね」

「弟妹達よ。下界にはこういった姿の生物が多くを占めてるんだよ。いつか弟妹達も下りる機会はあったからいずれは見れたはずだ」

「へー! じゃあめずらしくはないんだ」

 囲まれた。最低サイズでも人間の大人くらいはある怪鳥が数百羽。ダメだな。逃げることもできない。構えるだけ無駄ってことか。よし。諦めよう。

「突然の訪問……いや侵入? 申し訳ないと、思ってはいる」

「……繕うのが苦手なら普段の話し方で構わない。私は全て知っているから礼儀は無意味になる」

 あ、そ。じゃあお言葉に甘えまして。

「俺は責任を取るために手段。方法。力。なんでも良いから手がかりを求めてこの地へ来たんだけど……」

「ちだって! おもしろいね!」

「でもしかたないね? さいしょがここならしかたないね?」

「だめだよ。ははさまがおはなししてるんだがら。じゃましたらこまっちゃうんだよ」

「え~っと……。話を続けて良いか?」

「というよりも少し省略しよう。求めるのは巨いなる者の目覚め。違うか?」

 なんでも知ってるってのは結構ガチなわけか。まぁ説明の手間が省けて助かる。

「それで、あるのか?」

「ある」

「……っ!?」

 え、一発で解決!? あっさり!? 二週間の苦悩と罪悪感を返してほしい! いやまて早まるな。まだ教えてもらえるとは聞いてない。安心するにはまだ早い。

「案ずることはない。汝を初めて視た時から決めていた事。力は与えよう。求める力を」

 ……話がスムーズ過ぎるな。怖いぞ。下手に踏み込みたくない。が、この機会を逃すつもりもない。美味すぎると思っててもいくしかない。

「ありがたい。もらっても良いか?」

「もちろんタダじゃない」

 だよね~。裏がありますよねぇ。えぇえぇ良いですよなんでもやりますよ。さっさと言えよ。

「下界に下りて巫女達に会ってきてほしい。私の御使いとして」

「……会ってくる、だけか?」

「是、だ」

 まだなんか裏がありそうだが……。まぁ良い。死ねとかわかりやすい難題じゃないだけマシととらえておこう。

「わかった。あんたの御使いってのをやる。それでリリンが戻るんだよな?」

「正確には違う。もうあの者は元には戻らないだろう」

「ちょ、それは困る……」

「慌てるな。姿は恐らく戻らない。強く影響を受けてしまっているようだからだ。しかし、力は別。汝への過干渉。汝からの過干渉がなければ直に戻るだろう。力が戻れば目も覚ますはず。眠ることで己が劣化と力の消失を抑えているようだからな」

「そ、そうか。なら良いや」

 ふぅ……。一瞬焦ったが、力が戻って目を覚ますなら問題ない。あとは俺が役目をこなすだけだな。

「さて、御使いとなるならばまずはこれを与えなくては――フゥ~……」

 大鳥は羽根を一枚むしり、息を吹きこちらへ飛ばしてくる。なんなんだろ。

「手を。どちらでもいい」

「あ、あぁ……。っ!?」

 言われた通り片手――左手を出す。すると羽根は徐々に小さくなり手の平の上に落ち、そのまま俺の体に入っていった。手のひらに羽の模様が浮かび上がる。

「それは御使いの証。体に害はない。それに、汝にとっても必要なモノである」

「と、いうと?」

「前金……というのだろう? 先に力を譲渡した」

「そ、それはありがたい」

 先にくれるなんて気前が良いな。不安はあるが同時に安心。これでリリンが目を覚ます時間が短くなったってことだろ? あくまで俺が役目をこなす前か後の違いだが、少しでも短縮できるのは嬉しい。

「喜ぶのも良いが、話は終わっていない」

 おっと、そうだった。まだ御使いについてと役目と力について聞いてなかったな。ある意味こっからが本番ってわけか。

「さて、では諸々の詳細に入ろう」

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