第98話

 さて、授業も終わったので今俺はある人のところを訪ねているんだが……。

「ん~ふふふふふふふふ♪ ちょっと見ない間に面白い生物になったねぇ坊や。良いよ良いよ~。すんごいそそる。……ちょっとバラしても良い?」

「良いわけあるか。今日は真面目な話しに来たって言ってんですが。わかってますかね」

 目を見開いて身を捻りながら見てくる相変わらずの珍獣ぶり。こんな発言をする知り合いは今のところ一人しかいない。ネスさんだ。顔を合わせるなりハイテンションでジロジロなめまわすようにたっぷり一時間観察され、やっと落ちついたところ。相変わらずのイカれ具合だが、元気な証拠と前向ポジティブきにとらえておこう。

「怖い顔しないでよ。冗談だよ冗談。一割くらいは」

 九割本気を多いと見るべきか一割本気じゃないのを多いと見るべきか怪しいところだなこの人の場合。

「坊やの変わり様を見ればどんな用件かわかるよもちろん。大分無理矢理リリンちゃんと混ざり込んだもんだね? それで自我を失ってないところを見ると余程坊やの存在は染まりにくいんだろうね。となるとリリンちゃんへの負担も馬鹿にならないわけだ。簡潔に言えば彼女に何か起きたんだろう?」

 見てきたんじゃないかってくらい的確に当ててきやがる。正直このあたりの目の確かさはリリンよりも上だよな。さすが専門家ってところだ。

「ぶっちゃけちゃうとね。坊やが初めてここに来たときにはもう気づいてたんだよ」

「……なにに?」

「リリンちゃんの弱体化」

 これは……素直に驚いた。もう驚くまいとしててもどーしてもこう反射的にビックリする。時々心の準備や心構えって意味あんのかなって思うわ。

「坊やとの繋がりがあるだけで彼女は弱くなっていた。意識せずとも坊やの存在はリリンちゃんをオカしていたんだねヤラしい~」

「そういうの良いんで話続けてもらえます?」

 今あんたのおふざけに付き合ってられるほど余裕があるわけじゃないんで。早く用件済ませて帰りたいんだよ。あんまり遅くなるとコロナが癇癪起こすだろうから。部屋にいるときは甘える時間ってなってるから本来今は甘えタイムなんだよ。見送るときですらめちゃめちゃ不機嫌だったからマジで帰るの怖いんだよ。だったら連れてくればって思うかもだが、よく考えてほしい。この人の前にコロナ置くことの恐怖よ。なにされるかわからないのに連れてこれるわけがないわけだよ。

「……本当に心に余裕がないんだね。わかったよ。で、まぁ普段はリリンちゃんが意識すれば坊やの侵食は抑えられたんだけど。干渉や循環が行われていたから徐々に進んで行き、トドメに急速に侵食を進める何かが起きた。この何かはわからないけどそんなところだね」

 ってことはやっぱり俺が原因か。薄々気づいていたけど確証を得ると堪えるな。だからって落ち込む暇も悔やむ暇も全部状況改善に当てるがな。

「リリンに何が起こってるかはなんとなくわかりました。で、肝心の解決方法はわかりますか?」

「余裕がない割に冷静だね。自分が原因でもあるのに。精神面もかなり影響受けてるみたい。ますますバラしたい」

 一瞬卑しい顔になるも、すぐに自らを律し話を続ける。

「まず。繋がりはもう断てないので契約解除という選択肢は捨てて良い。そもそも繋がりがあっても互いに過度に干渉しなければ侵食は起きないからね。もちろんマナを送る程度でも問題はないからリリンちゃんが復帰した時も安心して良いよ」

 良かった。その線は俺も考えていたが、やって無駄。やらなくても変わらないなら契約は現状維持が良い。あいつと離れるのは俺も嫌だからな。

「で、私がどうこうできる問題でもない。前なら坊やにも隙があったんだけど……。直接肉体をイジるならともかく魔法的な干渉は不可能だね。坊やちょっと強くなりすぎ」

 この人でももう手出しできないレベルになってるのは朗報として、同時に凶報。この人でどうにかできないならもう詰みでは? 今はリリンの状態をより正確に把握できただけで良しとする……か。

「……」

「考え込んでるところ悪いけど。一応当てはあるんだよ?」

「は?」

 あるんなら最初から言え。と、言おうと思ったんだが。なにやら難しい顔をしてる。あんまり勧めたくないとか? そんなニュアンスを感じる面してらっしゃる。

「前にグリモアに三つ。あえてここではアドレスと言っておこうかな? を、記したよね」

「そういえば……」

 色々あって忘れてたけどネスさんに俺と縁のあるヤツは三人とのアドレスを記してもらってたな。ロッテとコロナと、まだもう一つ残ってる。

「その中に私が行かない方が良いと言ったのがあるね? まだ暦的に七月の頭だし行ってないと思うんだけど」

「ええ、まだゲートすら開いてませんよ」

 というか存在を忘れてたし。行ってるわけねぇ。

「そこにいるっていうか、坊やと縁のあるヤツ。アレは相当にヤバイ。正直生きてるアレとは相対したくない。死体だったら喜んでいただきたいところだけどねゲヘ」

「……さいですか。で、それが?」

 ロッテやリリンは平気でもそいつはダメなのか。どんな化物を見たんだか想像できないな。

「ヤバイ生物だけど。私はその生物が鍵だと思ってる。戦闘力はわからないけど存在そのものはリリンちゃんよりも上だしね。関われば何か大きな変化はあると思う」

「変化って言われても……。リリンが元に戻るかが気になるんですけどそのへん触れてなくないです?」

「まぁ鍵になるっていうの私の勘だし。でもよく当たるんだよこれが。だからたぶん大丈夫。ヤバイヤツに会ってこうぜ?」

 最後の言葉でめちゃめちゃ不安になったんだが……。他に当てもないし行ってみるけどさぁ~……。

「とりあえず方針は決まったんでこれで失礼しますわ」

「あ~最後に一つアドバイスね。時間が多く取れる時に行くのを勧める。不足の事態が起きて帰りが遅れて学校も遅れたら嫌でしょ?」

「忠告ありがたく。じゃ、またなにかあったらお願いします」

「あいよ~」

 さて、じゃあ帰るか。

「あ、今度来る時は新しい子も一緒でね~♪」

「……」

 俺コロナのこと一言も話してないはずなんだけどさ。本当にあんた読心術とかない? ねぇ。めちゃめちゃ怖いから不意にそういうこと言うのやめてほしい。リリンの冷静さも持ち合わせてるはずなのに今ちょっとドキッとしたんだからな。よっぽどだぞあんた。

「いや~ごめんごめん。その心読めてるよなって顔が好きでついね」

 ……だから。本当に読めてるか言ってもらえませんか? 不安になるから……!



 ネスの記した最後の世界アドレス――輝空島きくうとう


 その世界は大陸や海が広がっているが、数多くある違いの中で、一つ他の世界と異なる部分をあげるならば、島が浮いていることだろう。

 島が浮いているカラクリは単純だ。たった一つの命。生物が常時能力を発動し浮かせているだけだ。半径数十キロの島を何千年と。

「……」

 空飛ぶ島の最も開けた場所。ほのかに輝く草原に陣取った大きな鳥が一羽。ロゥテシアよりも大きな体はそれだけで威圧感を覚える。

「……そろそろ時が満ちる頃合いか」

「そろそろ? そろそろなにがおきるのですか? ははさま」

「みちればなにかあるのですか?」

 珍しく言葉を発した大鳥に群がる小鳥達。小鳥と言えど全て成人男性程の大きさがある。

「大した事じゃないのよ子供達。もう少しで客が来るというだけ」

「きゃく? ここにあたらしいのがくるのはとってもめずらしいよははさま」

「まえにきたのはひゃくねんはまえってきいたよははさま」

「きゃくよりもははさまのおこえきけるほうがうれしいよははさま」

「あ! ずるい! わたしもははさまとおはなしできてうれしいんだよ。ほんとうだよ?」

「ははさまいつもめをとじてねてるからつまらないよ。たまにはあそんでほしい」

「すまないね子供達。寝ているわけじゃないんだよ。いつも色々なモノを視てるから忙しくてね」

(最近は特に。覗き見もされたから警戒もしていたしね)

 ネスの事だ。ネスも遠くを見通せるがこの大鳥は格が違う。ネスの覗き見に気づいただけでなく威圧していたのだ。だからあの時ネスの様子がおかしかったし、生きている大鳥には関わりたくないと思っている。

(でも、視た先にまさかあんな子がいるなんて。力と器の均衡が全く取れていない憐れな子。そしてどうにも気になる異界の子)

 今度は才の事だ。

(この地へ入れるのは不安があるが、直に会える日もまた楽しみではある。出来ればバランスを取る為の手助けをしたいと思っているし。……良い子であったならば手を貸そう。でもタダでは駄目。丁度良い時期だし役目も与えよう)

 大鳥は才が近々来る事を察知して会った時どうするか思いを馳せる。

 この大鳥の名はハイネ。三番目の才と縁ある者。

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