第92話
バトルパート
天良寺才&コロナ
VS
徒咎根憐名&???
「ん」
「はいはい。ちゃんと持っとくよ」
コロナはまず才にぬいぐるみを預ける。授業のとき何度か燃えそうになったり破けそうになったので預けた方が安全と学習したのだ。
「んーんー!」
「え? な、なんだ? や、やめろって!」
手に持つだけでは不満だったようで、服の中に突っ込もうとする。預けるなら匂い付けも同時に行おうと思ったが故の行動である。
「むふ~♪」
「……」
才の抵抗虚しく、ぬいぐるみは服に突っ込まれて頭が襟元が出て随分と可愛らしい格好に。観覧にいる生徒達もクスクスと笑っている。防音だが声が聞こえてくるようだ。
(恥ずかしい……。恥ずかしいが、コロナのモチベを少しでも下げないようにするほうが重要だ……。ここは我慢。我慢)
「フンス!」
自分に言い聞かせるようにして心を落ち着け、憐名の方へ目を向ける。コロナも既に臨戦態勢。準備万端。
「かんわいいなぁもう! 僕を萌え死にさせる気なの天良寺くん!?」
「そんなつもりは毛頭ねぇけど。死んでくれるならそれに越したことはないな」
(むしろ是非とも逝け。逝っちまえ)
「死なないけどね。もっと可愛い姿にするつもりだもん。じゃ、準備も整ったようだし。いかせてもらおうかな」
「……!?」
憐名は複数のゲートを開き、あらゆる獣を呼び出した。四足歩行の動物達のサイズは大きくともライオン程度だが、数は十頭以上。一年では異常な数である。
「まずは小手調べ」
(小手調べの数じゃねぇぞ。どんだけ縁があるんだあいつ!?)
獣達はいきり立ってコロナへ襲いかかる。
「コロナ!」
「んっ」
コロナは不可視の籠手で襲撃を防ぐ。
「ぎゃう!?」
前方からしか突進されなかったのが功を奏し、獣達は全て頭から勢いよくぶつかり昏倒。初撃は難なく回避する事に成功。
(へぇ~……。今の防ぐんだ。風? 圧縮した空気? いや、何か固い物にぶつかったような音がした。……見えない壁? もう少し見たいな)
憐名は新たに同じ数の獣を喚び出す。この時点で契約者は二十体以上。あまりの数に才は戦慄を覚える。
(嘘だろ……? あの数をあっさり投じるって頭おかしいぞ……。しかもあいつの言うことが本当ならまだこれは――)
小手調べ。この言葉に偽りはなく。今喚び出しているのは憐名の保有戦力の末端も末端。条件が厳しすぎて契約しつつも喚び出せない者もいるが、それらを差し引いても大した戦力ではない。
「さて、と。たしかになめたらダメみたいだねそれ。見えない壁? 盾? どちらにせよすごい防御力だよ。だから~」
獣達を散開させ八方から襲ってみる事にした。今からは小手調べではなく物量による明確な情報収集。
(シャロメたちを喚ぶ前にちょっとでも能力を把握しとかないとね。あの子たち脳筋だから見えない能力は分が悪いし)
普段のふざけた態度からは想像もできない冷静な判断と的確な行動。そして何より駒の数。憐名は才に取って間違いなく強敵だ。特に……。
(コロナじゃ相性が悪すぎる……!)
リリンならば影による広範囲の絶対防御がある。ロゥテシアならば物理的な破壊力と速度、柔軟性、それらを巧みに扱う長く生きた経験がある。まず間違いなくこの程度では苦もしない。
しかしコロナはどうか。コロナの能力は見えない籠手による防御。これだけでも強力な能力と言えよう。だが範囲がかなり限定される。八方から攻められたら二方向しか対応できない。具現化を強くすれば範囲は広がり、自由度も増すのだが。
(それだと不可視じゃなくなる。腕の具現化を強くすればそのぶん強力な盾になるし攻撃にも転じれる。でも見えちまう。能力がバレる)
現段階に置いてはまだ憐名は能力を把握しきれてない。並みの相手ならば同じ行動を取って戦力を減らしてくれたかもしれないが、憐名は別。二手目で正確な行動を取ってきた。これに対応すれば能力はほぼバレてしまう。そしたら勝率は皆無になると言って良い。
(だからってなにもしなきゃコロナは戦闘不能。選択肢なんてありゃしねぇ……!)
「クソ……! コロナ! やれ!」
「……っ!」
才はマナを送り籠手の具現化を強くした。
「んあぁ!」
コロナは籠手を振り回し獣を薙ぎ払う。初撃も二撃目も無傷で回避。これだけを見れば才達に軍配が上がっているように見える。しかし現実は憐名の圧倒的優位。
(空間が歪んだと思ったらあの子たちが吹っ飛ばされた。あの能力は段階によって見えるようになる代わりに力が増すみたい。力が増して射程範囲も伸びただろうけど。多方向からの攻撃は不可視では対処できないことも露呈させちゃったね)
「あは♪」
思わず笑みがこぼれる。見えなければ多方向から襲えば見えるようにできる。その分威力が増そうと、如何に範囲が広かろうと、見えてしまえば問題ない。さらなる物量か速度で隙間を縫ってしまえば良い。この時点でもう憐名はある程度勝ち筋は掴んでいる。
(おっと。いけないいけない。思わず決めにいくところだった。まだ序盤も序盤。能力も正確に把握したわけじゃない。もう少し情報を集めないと)
「次、いくよ」
憐名は新たに二十体の契約者を喚び、コロナに差し向ける。今度は対空性の有無を確かめるべく、鳥獣による空からの攻撃まで加えてきた。
(不味い。コロナの籠手は不可視なら二ヶ所同時に発現できるが微可視じゃ片手しか出せない……! 俺のマナじゃ両手はまだ無理だ! ど、どうする!?)
憐名にとってはまだ情報収集の段階だが既に追い詰められている才。
(なんとか耐えてくれよ!)
必死に頭を回すが良い案など浮かぶはずもなく。今出来る事はあらん限りのマナを送る事のみ。あとはコロナに任せるしかない。
(不甲斐ねぇ……! コロナにマナだけ渡してあとは全部任せるんじゃリリンやロッテとやってるのと変わらない。しかもあいつはまだ子供。あいつらとはわけが違……)
「あう!」
絶望感に襲われる才を嘲笑うかのようにコロナはまず空の鳥獣を処理。続いて不可視の籠手で一方向は阻む事ができた。残った戦力はというと。
「ふん! がう! んにゃあ!!!」
「がふっ!」
「きゃいん!」
「ぐぎゃう!」
ある者は駄々っ子パンチで脳震盪。ある者は裏拳で歯を折られ。またある者はぶん投げられる。籠手と体を別物として分け、対応していく。今まで見せなかったコロナのセンスが光る。
「はは……。やるなあいつ……」
(意外と腕力あるんだな……。ひっぺがそうとしても離れないわけだわ。それに反射神経も運動神経もやたら良くないか? これならもう少し自分でやってほしいもんだよ)
無傷で苦難と思われた場面を突破するコロナを見て苦笑いを浮かべる才。だが今は戦闘中。すぐに気を引き締める。
(今のはコロナのお陰でなんとかなったが、憐名の様子を見るにまだまだ余力がある。このままじゃ物量だけで押しきられちまう。俺もコロナがなんとかできてる間に色々考えてやれることやらねぇと。あいつだけに負担はかけられねぇ)
普段ならばリリンやロッテが全て対応できてしまう為才はマナの供給以外何もする必要がないのだが、今回の相方はコロナ。才にとっては庇護の対象。それが才へマナの供給のみという行動を躊躇わせる。自分も何かしなくてはと思わせる。今この時が彼にとって、明確な成長の時なのかもしれない。
(あ~……。落ちたときの顔と持ち直したときの顔のギャップ……良い。……そそる。もっと見たい。君の色んな表情が見たい。乱れた君はデザートに決めてるけど、今は今の君を楽しませてもらおうかな?)
そんな決意も憐名には己が欲を掻き立てるスパイス。憐名は新たに数十体の契約者を喚び出す。
「じゃ、次いくよ?」
「……気持ち悪」
(本当どんだけ契約してるんだよ……。マナもなんで持つんだ? あれだけの数を使っておいて)
このカラクリは単純。喚び出すだけならば大したマナは消費しない。さらに憐名は今まで喚んだ契約者にマナを供給していないのだ。彼らは身体能力のみでコロナを襲っている。マナを用いた能力を使っていない。故に憐名は消耗しない。消耗せずにコロナ攻略に必要な情報を集めている。数の有利を存分に発揮している。
(気引き締めてもすぐ折れそう……。でも)
「フンス! フンス!」
(コロナがやる気なのに俺が折れるわけにはいかないよな。……てか負けたら貞操の危機だし。そうだよ。いちいち萎えてる暇なんてねぇ。勝ち以外は許されねぇ)
「……はは」
(本当、ちょっと前までは勝ちにこだわることなんてなかった。貞操の危機を抜きにして。リリンとの、A組のあいつとの試合からだよな。あのときはリリンに負けてほしくなくて。あいつの負ける姿を見たくなくて必死こいて体犠牲にして勝ち取ったけど。今日は。今日こそは俺もマナ以外で勝利に貢献。してぇな。……諦めてたが。もう一度試してみよう)
密かに新たな目標を決める才。夕美斗との会話で掴んだヒント。すぐに諦めてしまった勝つ為の秘策になるはずだったモノ。今一度挑戦する決意を固める。
(だけど今じゃない。今はまだできないし、コロナも少し余裕がありそうだ。だったらコロナにはいけるところまでいってもらう。俺はいざというときコレを使えるよう準備を進めるぞ)
「驚いた。全部やられちゃったよ」
「くふー! くふー! くふー! むふー!」
幾度もの物量任せの襲撃を経て、コロナは疲労困憊になるも全て退けた。その数実に六百四十七体。この時点で一年生どころか歴代最多の契約者数を誇る。普通ならば押しきられようものだが、リリンとの戦闘よりも限られた力でコロナは制したのだ。
「すごいすごい! 初手で考えを改めたつもりだったけど全然足りなかった! 数だけでやれるんじゃないかなって思ってたけど、そんなことなかったよ。工夫とセンスでこっちの雑兵全部やられちゃった」
パチパチとお気楽な拍手を送る憐名。この様子で才は一つ確信する。
(こいつ。まだまだ余力がある。マナも。契約者も)
才もマナを消費し、底にはまだまだつかないにしろ使用による精神力の磨耗はある。才は特にマナを使う行為にまだ慣れきってもなければ過去のトラウマもある。リリンにありったけを送ったこともあるが、何度も同じ覚悟を決められる程彼も強くない。ただの人間が手足の末端だけでも吹き飛ぶ痛みに進んでいけるわけがない。その事もあり、才はコロナが六百もの戦力を退ける間に進めていた準備を整えきれていない。
(こんだけ時間があっても全然できねぇ。マナが足りないのか……? いや違う。俺が普段から垂れ流してるマナでもアレは可能なはず。単純に俺が扱いきれてないんだ)
「さてと、前哨戦は終わりにしようかな。てかもう情報のためだけに出せる戦力ないし。なによりも、もう待ちくたびれてるだろうからね」
ここからが本番だという宣言。コロナは疲れつつも闘志は衰えていないが、対照的に才は不安感を覚える。希望的観測を抱くくらいには。
(いや、よく考えればあれだけの数の契約者だぞ? これに加えて強いヤツと縁なんてあるわけ……。余力があったとしてもまた数で攻めてくるんじゃないか?)
そんなもの叶うはずがない。数を保有してる=質の高いモノはないという答えにはならない。憐名は倒れた契約者達を送還し、今回の試合に用意した最大戦力の一人、シャロメとその兄――タスタロを喚び出す。
シャロメは大きな鈍器を二本携え、対照的にタスタロは武器を持っていない。ボロボロの服とヘッドバンドをしているだけ。目が隠れるくらい下げていて見えているかも怪しい。
「やっと出番か……。長いっ(怒)」
「ハハハ! そう言うな。
「まだまだ子供だし汚ぇ大人になりたくなければお利口さんな大人にもなりたくない」
「ハハハ! ワガママ極まりすぎて兄はお前の将来が心配だよ」
「話の腰折って悪いんだけど。他の面子は?」
本来ならば数十人のタスタロの仲間が来る予定だったのだが、顔を出したのはシャロメとタスタロの二人きりなのをいぶかしむ。憐名の少しだけ冷たくなった目を見てタスタロは気まずそうに理由を語り出す。
「あ~……悪いがちょっとトラブルがあってな。主に姉貴がテンション上がりすぎて別組織に殴り込みかけてその後処理をしてる」
「……ペシナーラってばなにしてくれてんの」
ガックリと肩を落とす憐名。無理もない。精鋭数十人のつもりがたった二人しか来れなかったのだ。当てが外れたにも程がある。
「ま、仕方ないか」
悲観するのも一瞬の事。何故ならコロナは疲弊し、能力も大体把握できた。更に喚び出した二人は憐名の契約者の中でも聞き分けがよく、戦闘力も高い部類。勝つには十二分に足りると踏んでいる。
「仕事は仕事だからちゃんとやってね」
「おうよ。既に相手はグロッキーだが。こっちも喧嘩のプロ。相手のコンディションはガン無視できるくらいは場数踏んでる。任せな」
「アタシはやる気削がれたんだけど。はぁ……強いヤツと戦いたかった」
「じゃあ姉貴にでも頼むか?」
「あれは強いヤツじゃなくて強すぎる生物。求めてるのと違う」
「気持ちはわかるがこの場にいないとはいえ言いたい放題だな」
「兄貴相手だと口が軽くなる。妹の愛嬌と思って」
「それは兄貴冥利に尽きる」
「はいはい。おしゃべりはそこまで。相手の能力について説明するよ」
「……むぅ? フン!」
憐名は軽くコロナの能力について説明をする。コロナはその隙をついて籠手で攻撃を仕掛ける。
「なるほど」
「!?」
タスタロは籠手を軽々受け止め、風圧で服がなびく。コロナの方は渾身の不意打ちを防がれ、驚いて硬直してしまう。
「憐名の情報は正しいな。ちょっと見えるデカイ拳とは言い得て妙。うんうん。面白い能力だな。だが扱いきれていないのも見てとれる。実体化しきれてないのがその証拠。本来の力を出せればもっと具体的な形を取れるだろうし、俺も受け止めるっつー選択肢は選べなかった。マナが足りないのか単純に慣れかはわからないが、残念と言うべきか幸運と言うべきか。現状、俺らの敵じゃないことは確認できた」
聞いた情報と肌で触れ感じた感覚から冷静な分析を開始する。正確な分析に才は冷や汗をかく。
(憐名が情報を集めてたとはいえ初見で受け止めるかよ……。しかもその一撃だけでコロナの能力も完全に近い形で把握した。その上で敵じゃないと判断された。不味い。不味い不味い! ブラフじゃないのは余裕で受け止めたことからわかる。これじゃ本当に勝ち目がない……!)
(あ~……。ダメだよそんなにすぐ焦っちゃ。さっき持ち直して覚悟決めてたのに柔すぎるよ。でもヘタレたところも結構クる。やば。よだれ溢れそう)
焦燥感を面に出す才に興奮を覚える憐名。同時に表情から隠し玉はないと結論付けた。
「じゃお二人さん。やっておしまいなさい♪」
「あいよ~」
「……チッ」
「なんで今舌打ちした?」
「偉そうな物言いにムカついた」
「それはごめん」
「……チッ」
「なんで舌打ちした?」
「なんとなく」
「……シャロメってタスタロがいるときやんちゃになるよね? お兄さん大好きっ子なのかな?」
「否定はしない」
「わお♪」
「じゃれ合いはそれくらいにしておけ妹よ。仕事の時間だ」
「了解」
「お待たせ天良寺くん。第二ラウンド開始だよ」
ひとしきり話終わるとシャロメとタスタロは二手に分かれコロナに接近する。
「かふ~……」
不意打ちは挟みつつも、長い会話のお陰で多少回復したコロナ。冷静に不可視の籠手で防御に入る。
「ダ……ッ!」
「シャアッ!」
「ふぐっ!」
シャロメは鈍器、タスタロは蹴りによる二ヶ所からの同時攻撃。コロナは冷静に対応するも、二人の膂力はロッテやリリンに及ばぬにしろ相当に高く、実体化しきれてない籠手では押されてしまう。見えないという利点はあるものの、そのぶんの力のなさが悔やまれる。
「ふがっ!」
「おっと」
タスタロへ反撃をするもあっさりと受け止められる。相手の質はともかく喧嘩の場数は踏んでいるタスタロの勘をかいくぐってダメージを与えるのは難しい。そもそも当たったとして、決定打になるかも怪しいところ。
「うぐぅ~……」
「余所見」
するな。を省きシャロメは腰を捻り一回転しながら横凪ぎに両の鈍器を叩きつける。
「ぁう!?」
シャロメの腕力はタスタロ以上。加えて溜めと遠心力が足された一撃は不可視の籠手では耐えきれず、コロナは体勢を崩してしまう。
「悪いな」
「あぶっ」
「コロナ!?」
その隙を見逃す程優しくない。タスタロは防御をすり抜けコロナに接近。膝蹴りを顔面に叩き込む。コロナは鼻血を噴き出しながらゴロゴロと転がっていく。
「お、おい! 大丈夫か!?」
普段ローテンション気味の才ですら心配で大声を張り上げる。しかし、これは当然と言える。鼻血とはいえ出血で転がった軌跡が浮かび、ピクピクと痙攣を起こしてる。
「にゃーにゃー……。ぅぎゅ……」
涙声で才を呼び、立ち上がろうとするも膝が揺れて上手く立てない。才にはたった一撃でコロナはもう戦闘不能手前まで追い込まれたように見える。
「にゃーにゃー……にゃーにゃー……。んっ」
何度も才を呼ぶが決して目は向けない。助けを求めない。コロナは幼い頭ながらにもわかっている。今自分は戦いに身を置いてる事を。なんと立派な姿か。なんと誇り高い姿か。
(それに比べて俺はなにもしてやれてない……。なにもできてない……。クソ! ちょっとはマシになったと思ったのに。俺はまだ落ちこぼれの無能のままかよ……)
「ハハハ! まだ子供なのにタフだな! 今のは頭砕くつもりだったんだが……。少しショックだ」
「最近取引ばっかで体動かしてないからじゃない? 鈍ったんでしょたぶん」
「うえ、泣きそう……。帰ったら筋トレしようかな」
「付き合うわ」
「ありがとよ。じゃ、さっさと済ませちまおうか」
内心悔しがる才だが、今悔やむ暇などない。タスタロとシャロメはコロナを仕留めにかかろうとしているのだから。もう悔やみ、焦り、できない秘策の準備する猶予なんてない。
(もう……ダメだ……勝てない。やめちまおうか……。これ以上続けてもコロナが傷つくだけ。まだ今なら無事とは言えなくとも五体満足で終われる……)
「コロナ……もう……」
「フン……スッ!」
「っ!?」
ビチャビチャと鼻血を床に噴き散らしながら気合を入れるコロナ。まだ彼女の闘志は衰えていない。
コロナの最も恐れてる事は痛みに非ず。死に非ず。唯一才を失う事。自分が倒れたら憐名に才が奪われる。その事実がコロナにとって最も忌避したい事。故に甘えん坊なはずのコロナは泣き叫ばない。今すぐにでも才に抱きしめられたい願望を抑え、敵を見据えるのだ。
(……あいつがまだやる気なのに俺が諦めるわけにはいかないよな。だがどうする? 俺になにができる? 俺のできることって……なんだ?)
「良い気合だなガキんちょ! その覚悟に敬意を表し手加減はしねぇからな!」
「子供相手に気は引けるけど、ね……!」
猶予がないのはわかっていてもまた考え込んでしまう才。……だが今回ばかりはそれで良い。
「……は?」
「……ッ!?」
才の目にタスタロとシャロメの驚きの表情が瞳に映る。驚愕したのは二人に留まらず、その場の全員が同じ感情を抱いてる事だろう。何故ならば――。
「……割り込み失礼。悪いけど、こっからは俺も混ぜてもらう」
タスタロとシャロメの止めの一撃は黒い影のようなもので防がれていたのだ。その能力は学園内でも大きく知れ渡ったあの力によって防がれたのだ。
「案外もっとヤバイ状態になるかなって思ってたんだが……。うん。杞憂だったわ。良かったよ。土壇場の思いつきが上手くいって」
ほんの一瞬前までの才とは別人のよう。一体何があったのかは本人にしかわからない。
「ここから先は、コロナに指一本触れさせねぇ。俺が全部お前らの攻めを阻んでやるよ」
その言葉には重みがある。覚悟という名の重みがある。痛みも傷も省みずリリンにマナを送り込んだあの時とは比べられないくらい強い覚悟がそこにはある。
「あ~。えっと。まぁ……なんだ? 第三ラウンド? 始めようか」
天良寺才。己が肉体を闘争の場に投じる。先程よりもうっすら白くなった肌と、黄金色に輝く瞳を携えて。
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