第91話

「ん~……。ん~……」

「……なにしてる?」

「うん……。今日のメイクどうしようかと思って……」

「……」

(心底どうでも良い……。んなことだけで喚び出すなよ。よりにもよって仕事の日に……)

 メイク中の憐名に喚び出されたシャロメ。今日は演習試合の日。喚び出されたということは戦闘開始だと思ってしまうのは必然。なのになぜか契約者は身だしなみを整えてる最中。一体何故自分が喚ばれたのかわからないシャロメである。

「シャロメ~。チークどうしよ? ちょっと濃い目の使ったほうが良いかな? あとアイシャドー入れたさもあって~。ほら僕っていつもナチュラルメイクじゃん? たまには気合いの入ったところ見せたいな~とか思うわけで」

「……知らないし。こっちの化粧どころか自分とこのもよくわからないんだから聞くな」

「つれないこと言わないで。わからないからこそ良いっていうか? 絶対天良寺くんメイクとか細かいところ見ないから、感心のなさそうな人の意見聞きたいんだよね」

(感心ないってわかってんならチーク? とかアイシャドー? とかやる前に聞くなよ。わかんねぇよ。……てか、まさかこんなことのために喚んだのか? チッ。このゲボ野郎。つまらねぇ用事で喚びやがって。取引相手じゃなきゃぶち殺してるぞ)

 内心かなりイラつくが、必死で堪えるシャロメ。憐名はシャロメの様子を気に留める事なくメイクに悩み続ける。

「あぁん! どうしよ! 結構時間ギリなんだけど全然決まんない!」

「……昨日のうちに決めとけよ。当日悩みやがって」

「昨日からどうしようか考えてたんだけどね~。でもいざとなると迷っちゃって。てへ♪」

(てへ♪ じゃねぇよ。気色悪い)

「可愛い子ぶってる暇あんならさっさと終わらせろ」

「そんなこと言ってもさ~あ~……。今日は記念すべき天良寺くんと愛し合う日なんだもん。いつもと同じメイクは嫌なんだって」

「一方的なのを合うと言っても良いのか……? それに決まったわけでもないだろ」

「え? 勝てば手に入るんだよ? 勝つ自信ないの?」

「なわけあるか」

(誰が相手だろうと負ける気でいくか。特に今回は兄貴も動くしな。負ける要素がない)

 シャロメはこちらで言えば十五才前後といったところ。まだ狭い世界で生きていると言っても差し支えない程には子供。しかし、汚い大人を殴り殺すなんてのは物心ついたころにはしていた。さらに、兄達と幾度も修羅場を生き残った自負がある。兄や姉の力への信頼もある。今回はシャロメの姉、ペシナーラは動かないとシャロメは思い込んでいるが、仮に知っていたら勝利への自信は確固たるモノになっている。加えて相手は戦闘経験の少ないガキとその契約者が相手。シャロメは完全になめきっている。

「ん~♪ さすが頼もしいね。でも油断はダメだよ? 今までの傾向と口約束から僕みたいなやり方はしないと思うけど。やられちゃったら詰みだから」

「お前と同じ……あぁ、あれのことか。ん? 相手方に姉貴より強い契約者がいるって言いたいのか?」

「まぁね」

「笑えない」

「冗談にしては?」

「……姉貴より強い生き物なんて知らない」

「人じゃなくて生き物ってところがもうジワる。ペシナーラはたしかに強い。僕も思う。でも世界はずっと広いんだよシャロメ。あ、やっぱこっちのが……」

「……いっそいつもので良いだろ。勝ったあと、ヤる前に違う顔にすりゃ良いじゃん」

「ん~。それが良いかもね。普段と夜とじゃ違うメイクによるギャップ萌えもありっちゃありか。時間もないしそうするよ。ありがとシャロメ」

「礼はいらない。寄越すなら媚薬にしろ」

「あとでまたメイク付き合ってね♪」

「……嫌だよ」

「え~。つ~れ~な~い~。良いじゃんちょっとはサービスしてよ」

「今無駄に喚び出されたのに帰らなかっただけマシ」

「あ、今は帰って良いよ。出番はちょっと先にするつもりだから。まずは別の子で小手調べ」

「……は?」

「だからいつも通りのメイクでいくってなっちゃったから今別に用はないんだよね」

(本格的になんで喚び出されたんだよアタシは……。あ~本当こいつ苦手だ。つか嫌いだ。できることならさっさと縁切りたい……。勝手にそんなことしたら絶対私刑リンチだから無理だけど)

 憐名に振り回されっぱなしのシャロメ。憐名は淡白な彼女を気に入っているので、余計にただただ不憫である。



「あ! やっほ~♪ 天良寺くん。一週間振り」

 演習場に向かってる途中。憐名と鉢合わせる。今一番見たくない顔なんだがな~。なんで嫌でもこのあと会わなきゃいけないヤツと心の準備整えるわずかな時間に会わなければならないのか。本当に運が悪い。

「会いたかったよマイダーリン♪」

「誰がダーリンだ」

「どうせ近いうちにそうなるんだから。先取りしちゃってもよくない?」

「良いわけあるか」

 自分の勝利を疑わない発言。羨ましいこって。俺はそんな楽観的になれねぇよ。

「んふっ♪ 苦々しい顔も素敵。今すぐにでもしゃぶりつくしてあげたい」

「うーっ! うーっ!」

 憐名が卑しい笑みを浮かべると、抱えていたコロナが威嚇をする。最近は自分で歩かせたり色々やらせてはいるんだが、今日は特別。これから戦うということで今だけは甘えさせている。でも憐名と会ったことで少々不機嫌になったようだな。ちゃんと相手を敵と認識するのは偉いぞ。もっとやれ。

「あはは。嫌われちゃってるみたい。でも仕方ないね? 恋敵だもん」

 その発言は控えてほしい類いだぞ。コロナは娘や妹ポジだ。でなきゃ色々大問題な容姿だろうが。

「それにしても。今日はさらに二人も恋敵さんがいるようで?」

 隣を歩いていたリリンとロッテに目を向ける。今のロッテは人型だから良いがリリンはやめろ。ちんちくりんのスットンキョーボディなんだから見た目的にはコロナよりヤバイだろうが。……いや、ロリ巨乳のコロナのがヤバイのか? どうしようよくわからなくなってきた。誰か俺に世間様の一般的な感覚を教えてほしい。

「恋敵……? 主は何をわけのわからん事を言ってるんだ? 先日から思っていたが、やはり頭が壊れているのか?」

 おおう。あの優しいロッテが厳しい言葉を投げかけている。お前も憐名を敵視……してるわけでもなさそうだな。本気で不思議そうな顔をしてるもん。なにか思うところかあるのは変わらないみたいだが……。なんだろ?

「ん~。美人に辛辣なことを言われるのも悪くないかも。でも屈服させるほうが僕は好き」

「屈服……? 頭が狂ってるとしても、妄言としても、聞き逃せないぞ。儂が仰向けで腹を見せるのはこの世で二人だけだ」

 殺気立つロッテ。群れの長だったから誇り高いのは知ってるが、ちょっと今手を出されると洒落にならないから落ち着いてほしい。

「クハッ。いきり立つなよ。これはコロナの獲物だろう? 横取りしてしまって良いのか?」

「……そうだな。ここは気を治めよう」

 意外というかなんというか。リリンがロッテを抑えてくれた。俺が言っても止まるとは思うが、獲物の横取りとかロッテの誇り高さを逆手に取った止め方はできなかったから不満を持たせたまんまになっちまってたろうからな。助かった。

「あら。やめちゃうんだ。小競り合いは認められてるけど、試合前の不意討ちならさすがに不戦勝とかになると思ってたから残念」

 そんな腹黒い計算して煽ったのかよ。油断ならないヤツ。まぁ、そこ差し引いても油断しちゃいけない変態ヤツだがな。

「でも一応お礼言っとくね。助けてくれてありがとう恋敵さん。久しぶりに見るね。今日は貴女も試合に出るのかな?」

「礼は不要だし試合にも出ん。今ここで貴様を殺したら面白い物が見れなくなりそうだからなぁ~。今回は完全に客のつもりだよ」

「言質取れて嬉しい。正直な話、貴女達二人に出てこられたら勝算は無かったんだけど。良かった。その子一人なら負けることは無さそう♪」

「……」

 最初から自信満々だったのって……まさかブラフ? コロナの様子を見てコロナのみ出させるように仕向け。さらに今確証を得るためにリリンから言質取って。その前には不戦勝までねじ込もうとするあたり大分頭のキレるヤツなのか? こいつって。うっわ手のひらの上で転がされてる感じがして気に入らねぇ~。ちょっと不安よりもムカつきのが大きくなってきたぞ。

「……なめるなよ」

「ん? 舐めるよ? 僕が勝った暁には全身舐めまわすよ?」

「そういう意味じゃねぇ!」

 間に合ってるしな! リリンに前舐められたことあんだよこちとら! ……正直悪くなかったと思ってる自分が憎い。が! 他の誰かに舐めさせるつもりはない! あ、この言い方だとリリンに操立ててるみたいだけど違いますんで。そこんところ間違えないように。……言い訳じゃねぇよ? 誰にしてるんだって話だが。

「コロナをなめるなって話だよ。お前が思ってるよりもずっと強いよ。こいつは」

「フンスフンス!」

 敵意を向けつつも誉められて嬉しそうなコロナ。鼻息荒くするのは良いけどたぶん今締まりのない顔してるよお前。良いのか? 全然威嚇になってないぞ。

「あはは。良いの? なめられてたほうが相手の油断誘えたのに」

「……油断の有無は関係ないからな」

「今一瞬不自然な間あったね。気が回ってなかったんだ。か~わいい~♪」

「うるせぇ」

 どうせコロナの能力的にすぐにバレて警戒される。大差ない。大差ないから悔しくないもん!

「でも良いこと二つも聞けて幸運ラッキー。一番の幸運は君と会えたことだけどね♪」

 ウィンクされるが、ピクリとも反応しない。可愛いとは思うし様にはなってるんだが。やっぱり生理的に受け付けないナニかがあるな。

「おっと。もう時間がないや。またあとでね。今日から君は僕の性奴隷になるから覚悟しといてね♪」

 最初は付き合ってだったと思うんだが性奴隷になっちゃってるよ。まぁどちらにしても。

「断る。普段ならいざ知らず。今日は是が非でも勝つ」

「ん!」

 人間やめるのに躊躇はあまりなかったが、おもちゃ扱いはごめんだ。最悪マナ暴発させてでも勝利を掴む。

「あはは。その威勢が長く続くことを祈ってるね。堕ちたときの快感が増すから」

 憐名は犬の契約者を喚び、背中に座って先に向かっていった。俺たちも行こう。今からコロナのデビュー戦にな。



『一年B組徒咎根憐名。一年E組天良寺才。これより実戦演習を始めてください』

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