第93話

 俺は甘えていた。自分の弱さに。

 俺は甘えていた。他人あいつらの強さに。

 言い訳をさせてもらうなら……劣等感のせい……かな?

 なにもできなかった過去がある。

 なにをしても自分の痛みしか生まなかった過去がある。

 何度夢見て、何度も試して、ことごとく失敗して。実の父親からも見放された。

 俺は……ダメなヤツ。クズ。ゴミ。親父の侮蔑の言葉だけでなく。俺自身も俺のことをそう思うようになった。

 それでも無様にしがみついて、リリンと出会って。すごいヤツにすごい存在だと言われて、嬉しくて。心から変わろうと思ったんだ。

 ……いや、思い込んでいた。俺は自分が変わったと、思ってた。

 定着した本質は、なかなか変わらなかったよ。

 授業は真面目に受けてきた。辛いパッと見なんの役に立つかもわからない午後の訓練もできるだけ続けた。

 リリンと試合をしてマナの暴発を恐れずに注ぎ込んで、ちょっとは自分を見直した。

 そのあとも、ネスさんを紹介してもらって、人間やめることになって、リリンに俺を作り変えてもらうのが日課になった。

 最近はリリンに頼らず、ロッテと演習試合に参加するようになったけど。相手がそこそこ強くても負けることもなく。白星を重ねてきて。最近良い感じじゃねって、心のどこかで思ってたんだけどさ。

 よく考えたら……。俺、自分で特になにもしてない気がするんだよな。

 全部他人任せ。他人に頼ってるだけ。それは一概に悪いとは思わないけど。違うんだよ。俺がなりたかったモノってさそういうんじゃないんだよ。

 俺が目指したのは人域魔法師。自分の身一つでも戦える彼らに憧れて、なりたいって思ったんだよ。

 召喚魔法師を悪く思ってない。すがることができた場所だし感謝しかない。

 でも俺は……自分でなにかできる。自分でどうにかできる。自分で戦える。そんなヤツになりたかったんだよ。

 人間やめればなれるって聞いて、それに向けて色々やってきたけど。全部リリン任せ。俺は受け身。

 普通なら人間やめるってだけですごい覚悟なのかもしれない。でもさ? 特に自分で何かするわけでもなく他人に身を委ねてるだけって。俺の目指したモノに反した感じだよな。

 結論からして、俺は怠け者だ。怠け者の甘ったれ。努力を他人に任せ、覚悟を決めても他人の敷いてくれたレールを歩いていただけ。

 足りねぇよな。そんなんじゃ足りるわけないよな。

 だから。

 だから俺は……。



 コロナが止めを刺されそうになった時に起こった事。まず始めに、才は思考していた。

(俺のできること……マナをありったけコロナに注ぐことだ。それしかできない。……痛いのは嫌だが背に腹は代えられない。やるしかねぇ……!)


 ――本当にそうだろうか?


 暴発も辞さない覚悟を決める為目を閉じると、心の内から聞こえた気がする。その心の声が才の自暴自棄とも言える思考放棄の大量のマナを注ぐという行為を押し止めた。

(……マナを注いでもリリンみたく確立された能力じゃない。失敗する可能性がある。過度なマナで俺だけじゃなくコロナにも暴発の影響が出るかもしれない。不確定要素が多い。やるなら。試すなら別のことが良い)

 しかし新たに策を練る余裕など存在しない。で、あれば既存の策。

 才が先日から練り、失敗した策とは。夕美斗から得たヒントを元に自分もリリンの能力を使うという事。

 夕美斗はニスニルにマナを送る事でニスニルが能力を使えるようにし、それを自らに纏わせる戦術を編み出した。

 才は契約者の能力を用いて自分で戦う。という部分を参考にし、リリンに侵食された自分なら出来るのではないかと思い至ったのだ。

 リリンが現状の才ならば出来ると思っていた事も同じである。しかし。

(さっきから何度もやろうとしてるができねぇ。きっとまだ足りねぇんだ。もっともっとあいつと深く繋がって自分を作り変えないと話にならねぇ)

 と、才は思っているが、その実既にリリンからの侵食により影を使える段階にまで来ていた。だが抱えた劣等感コンプレックスがあまりにも大き過ぎる。内心「できるわけがない」と自分にストッパーをかけているのだ。また、自分が何もしなくてもマナを送れば契約者達が何とかする。何とかできてしまうという状況も相まって才自身の、特に精神面の成長が滞ってしまっていたのだ。だから勘違いしてしまっている。だから取り返しのつかない事をしてしまう。

(今はあいつもいないし、できるかもわからねぇけど。やってやる。やるしかない。あいつとの繋がりはもう明確に感じれる。ならこっちから繋がって無理矢理俺自身にあいつを引き寄せる。俺にあいつを混ぜる。初めて、俺の意思であいつに近づく……! 人間やめる覚悟はもうできてるぞ!)

 侵食されている感覚を思いだし、リリンと繋がる。そして引っ張る。強く。強く。強く。リリンを自分に引っ張り込み、混ぜる。加速度的に自分を作り変えていく。

(………………………………よし!)

 自分の存在が納得のいく程変わったのを実感し、才は目を開く。これらの思考と行動に費やした時間は瞬き一つ程度。才の時間感覚は走馬灯の如く一時的に加速していた。故に猶予なんてなかったはずなのに。余裕なんてなかったはずなのに、間に合った。

 次に疑問になるのは何故思考の加速が起こったのか。これも難しい話ではない。今この場でリリンに近づかなくとも、ある程度はリリンに近い存在になっている。ならば、リリンの肉体能力も才の体に多からずとも反映されている。先日、授業で体力作りの際。あからさまに体力の増加を実感していたのが良い証拠。そこからさらに時を重ねれば緊急時の思考の加速なぞ造作もない。

 そう。才にはもう既に人間を超越した肉体の潜在能力ポテンシャルはあったのだ。さらに今段階をすっ飛ばして己を変化させた。肉体が変わってもマナの扱いは未だ下手なままだろう。しかし、もう彼にマナの暴発は起こらない。内に内包した莫大なマナに耐えうる肉体を手にいれた。

「……っ!」

 才は力いっぱい踏み出す。一瞬でコロナの元へ到達。普通なら急激に力が発露すれば制御が利かないのを想像するだろうが。才の場合は急成長でもなければ唐突な力の発露でもない。あくまで変化だ。リリンに近い存在に変化いているのだ。マナだけでなく。影の能力だけでなく。リリンは膂力だけでもその辺の生物とは比べ物にならない。そんな力を持っているのに才と触れ合える。腕力で傷つけずに押さえ込むこともできる。これは慣れではなく、意思や思考を脳が読み取り適切な力加減をしている。つまり、どんなに力が強くなろうと、リリンの能力を得ている時点で、制御力も同時に得ている。故にピンポイントでコロナとタスタロの間に入る事ができた。

(すっげぇな。一瞬で数十メートル移動できた。リリンがあんまり速く動くところ見たことないけど、やろうと思えば影なんてなくても十分化物なんだなあいつ……。多少呆れもするが。ま、今は単純に助かる。さて、まだ半分。こっからが本番)

 間に合ったところで攻撃を防がなければ意味がない。肉体で受ける事も考えたが、まだ肉体の防御面を把握できてない以上。自分の体を盾にしてかばうのは得策じゃない。それに、才はさっきまで出来なかった事。影が使えるか試したかった。リリンの影。その絶対性は才もよく知っている。だからこそ、使えるというだけで精神的余裕もできるし、何より大きな戦力になる。故にここで発現出来るかどうかが今後の戦況に大きく関わる。

(つっても。もう緊張する必要はない。もうわかっているからな。俺は、使える)

 手のひらから影を円状に展開。タスタロの止めの一撃を防ぐ。

(不思議だ。変な感覚。さっきまで焦っていたのに。不安だったのに。情けなかったのに。今はものすごく落ち着いてる。力を得たから? 違う。コロナを守れて安堵した? 違う。これは……そう。あいつが混ざったからだろう。あいつは結構表情豊かだと思ってたけど。内心はいっつもこんなに落ち着いていたんだな。騙されてたわ)

 内心苦笑するが、今はまだ戦闘中。すぐに切り替える。

 才はいつものようなちょっと気の抜けた声で言った。

「……割り込み失礼。悪いけど、こっからは俺も混ぜてもらう」



「……あんたが入って仕切り直し。それは構わないが、おかしいな。こっちの生き物は不思議な力があるのは知ってる。でも体は強くないはず。あんた……どうやってあの距離を詰めた?」

「……さてな」

(不思議な力……マナのことか? マナの存在を知らない? それこそおかしいな。全身にマナを帯びているのに。無意識で使ってるのか? まぁ自覚してようがしてなかろうが、強敵なことに変わりはないからどうでも良いけど)

「……っ!」

「おっと」

「あぶっ」

 話している間に背後に回っていたシャロメの攻撃を回避。そのままコロナを抱えて距離を取ろうとする。

「まだ話してる途中だろ? どこ行くんだ?」

 シャロメの動きに合わせタスタロが先回り。先程距離を詰めた時程の速度も距離も出せていないので軽々追いつかれてしまった。

(たった一回。結構な力入れて踏み込んだだけで足の筋肉がブチブチ言ってるな。あの踏み込みは二度は無理そう。一度距離取って立て直したいんだが。どうすっかな~。……って、普通にやるしかねぇわな)

 ずっと思考を加速していたが、さらに倍率を上げ、五感も研ぎ澄ましていく。タスタロの動きは完全に捉えきれている。威力までは肌で触れなければ測れないが、そんなリスクを犯すつもりもない。才は不器用ながらもタスタロの打撃をかわし、影で防いでいく。

(……今の俺じゃリリンみたく自在に動かすのは無理か。だが円状に半径1mくらいは広げられる。盾としては十分だ。影は物理で突破するのはほぼ不可能。ロッテは全身に絡みついた影をマナを放出して解いたらしいが、こいつらはマナを知らない。つまり影を突破するのは不可能。一対一なら割りとなんとかなる。むしろ分がある? いやまぁ。一対一じゃないんだけどさ)

「今度……こそ!」

 タスタロの攻撃が足止めになり、シャロメも混ざってくる。手数が増えると影が使え、動きが見えても自身で戦う経験がほぼない才だと少々厳しい。一つ幸運だったのは授業で多少の対人訓練はしていた事だ。あれがなければタスタロ一人すら相手に出来なかった。体力作りも、リリンの存在の上乗せがあるとはいえ素のままよりもずっと強い肉体に変化している。

(なんの役に立つんだこれって思いながら授業受けてたけど。なんだかんだ全部役に立ってるな。あの先生すげぇわ。偉大偉大。今度から内心文句言うのも控えよ)

 充に感謝しつつも回避と防御は怠らない。苦しいながらも今のところは無傷でやり過ごしている。

「くっそ。あたんねぇなぁ! もう!」

「文句言ってないで手足動かして……!」

 時間が進むにつれ相手の攻撃も効率的にさばけるようになっていく。この対応力の高さはさすがリリンの力と言えよう。

 少しずつ余裕も生まれて来たところで、才も距離を取る為、少しだけ反撃に転じる。

「フンッ! ……なっ!?」

 シャロメが鈍器を振りかぶったタイミングに合わせ体を寄せて背中でぶつかるようにして無理矢理止める。長物故に振るために必要な距離をなくしたのだ。

 シャロメも一瞬驚きはしたものの、似たような経験は前にもある。すぐに気持ちを立て直して才の後頭部めがけて頭突きを入れようとする。喧嘩慣れは伊達ではない。

「っと。あぶな」

 背後からの頭突きにも関わらず、半歩距離を取って回避。つくづく人間離れしてしまっている。

「悪い。ちょっと痛いか……も!」

「ガッ!?」

 空いた隙間を利用して身を捻り、後ろ回し蹴りを放つ。見事にかかとあごをとらえて跳ね上げる。女相手でも容赦しない。それが天良寺才という男である。ほぼほぼ外道。

「シャロメ!?」

(ものは試しとやってみたけど……。成功するとは思わなかったな。回し蹴り。儲け儲け。兄貴のほうも妹が蹴られて狼狽えてるし。今のうちだな)

 まさかの反撃が通るとは思わず、ちょっと驚くが今は戦闘中。シャロメとタスタロが怯んでいる間に少し強めに踏み出し二人から離れる事に成功。

「……ふぅ。やっと一息つけるな。コロナ。結構派手に動いてたけど……大丈――」

「むふ~♪」

「……大丈夫そうだな」

 先程受けた膝蹴りで鼻血を噴き出していたので才の制服は血まみれだが、かわしている間ずっと強く抱き締められていたのでとてつもなく上機嫌のコロナ。ダメージもかなり回復し、痛みに至っては忘却の彼方へ飛んでしまっている。

(ご機嫌丸出しの面しちゃってまぁ。たくましいこって)

 一度。先の頑張りを讃えてポンポンと頭を撫でてやり、次いで真面目な顔を作ってコロナに話しかける。

「さっきあの二人の攻めを俺一人でなんとかできた。お前を抱えながらな」

「むふ~♪ にゃーにゃー♪」

「聞けよ。……で、逆に俺に攻撃手段はないからお前に任せたい……んだが」

「にゃーにゃー♪ にゃーにゃー♪」

「……ちゃんとできたら明日一日ずっと抱っこしてやる」

「……っ!? ん! フンスフンス!」

 自分を餌にしてやっと作戦を聞かせる事が出来た。作戦と言っても単純な役割分担。しかし適切ではある。むしろこれ以外に出来る事がない。

「い……った……」

「大丈夫か……?」

 蹴り飛ばされ、床に転がっていたシャロメを心配して駆け寄っていたタスタロ。軽い脳震盪を起こし、シャロメはまだ立ち上がれない。

「大丈夫……ってか心配してる暇あるならあっち殴りに行ってほしかった」

「良いのもらってたからつい、な。お前がまともに食らうの見るのも久しぶりだし」

「それは……ある。最近まともなヤツと喧嘩した覚えあんまないし。鈍ってんね」

「鈍ってんのか」

「鈍り関係なくあれはかわせなかったけど」

「おーい。兄妹仲良くおしゃべりしてないでガンガン攻めろ~。天良寺くんたち待ってるよ~」

「あ」

「いけね、仕事中だった」

 憐名の呼びかけでハッとなる。しゃべっている間にシャロメも回復し、立ち上がり鈍器を手に取る。

(ま、心配する気持ちもわかる。僕もさっきまで現実受け止められなくてフリーズしてたし)

(天良寺くんにいったい何があったのかわからないけど。相手の戦力が増えたのは確か。しかも超強力な。どうしよ。計算めっちゃ狂った。あの二人で押しきれると思ってたのに。……ペシナーラを喚んだほうが良いかな? いや、もう少し情報がほしいかも。天良寺くんが不確定要素過ぎる。ここで最後のカードは切りたくない)

 慎重に事を運んだつもりなのだろうが、これは愚策。才は自身を把握しつつあるがまだ手探り状態。さっきまでの焦りも考えれば今のこの状況は土壇場に破れかぶれ、一か八かの賭けでたまたま上手くハマったと、普段の憐名であれば気づく。

 そう、今度は憐名が焦っているのだ。だからここで一歩引いてしまった。ここで一気に最大戦力でごり押せば勝てたかもしれないのに。しかしそんな事。ただの結果論である。

「んじゃ、行くぜ」

 わざわざ一言述べてからタスタロは突っ込んで行く。最初と同じようにシャロメはタスタロと別れ、二方向から攻めるようだ。

「コロナ。もう一度確認するが、お前は攻撃に専念。俺は防御。良いな?」

「ん!」

「よし!」

 力強いコロナの返事を聞き才も安心。意識をシャロメとタスタロに向け集中力を上げ、思考を加速させる。

「ラァ!」

「ん!!!」

「ぐほっ!?」

 タスタロは走る勢いを利用し前方宙返りしながら蹴りを放つも、回転しきる前にコロナの籠手が背中を撃ち抜く。意識外からの強烈な一撃に肺の中の空気が漏れる。

(しまった。迂闊だった。今はあのガキ一人じゃないからシャロメも注意する必要がないのか。さっきまでは意識が分散していたから隙間も見つけやすかったが、俺だけに集中してるから俺の目が外れたタイミングを狙うこともできるってわけね。お陰でもろに背中に食らっちまったぞ。それになにより、威力上がってねぇか……?)

 タスタロの感覚は正しい。才の意図した事ではないが、コロナの籠手の威力は上がっている。今まであったストッパーが無い状態であれば送れるマナが増えるのだから必然だ。さらに、コロナの鎧の能力の特性上。使用したマナの量に応じて具現化が進み実体化されていき、より可視出来るようになる。

(嬉しい発見。軽々受け止められたからまともに入ってもダメージがあるか心配だったが、杞憂で良かった。これなら勝ち目は十分にあんだろ)

 才も、より見えるようになった籠手とその威力を見逃していない。であれば次は自らの意思で威力を高める事も可能。

(つっても俺が把握して、扱い切れるマナ自体はそこまで増えてない……気がする。変わったことはあくまで俺自身が大量のマナを使っても壊れないってだけだ。下手くそなのは変わってない。調子に乗って過剰にコロナにマナを送ったらコロナのほうが危ない。……そうだな俺が把握しきれる量の最大値がどんなもんか試してみるか。それでコロナに影響がなければ最高だな)

 やや危険な賭けだが、才は今制御しきれる量のマナを注いでみる。

「……っ」

 思いがけない量のマナを送られて目を見開き驚くコロナ。才は扱える量はあまり増えていないと思っているが、実は今送ったマナの量は以前の1.8倍。倍近くのマナだ。コロナが驚くのも無理はない。同時に、驚く程度で済んでいる辺り、コロナの受け止められる器の大きさもかなりの物と言える。

(思ったより多くマナを送っちまったみたいだけど。大丈夫そうだな)

「うっし。それじゃ」

「……また背後取った。けど気づいてんね? 知ってる」

 タスタロが吹っ飛ばされている間も狼狽えずに背後に回っていたシャロメ。タスタロの方が場慣れしているし、総合的な戦力は上だが、味方がやられても自分の仕事をこなそうとする分。シャロメのが冷静さは上。しかし、冷静に、そして慎重に取った行動も今の才には筒抜け。

(後ろが見えてるわけじゃないんだがな。なんつーかそれでもわかるんだよ。五感が研ぎ澄まされてるってすげぇな。あとマナを知覚できてるから気配も結構クッキリしてる)

 世の中には音だけで物の形や大きさを把握できる人間もいる。反響する音も聞き分ける事ができるが故の芸当。コウモリの超音波やソナーがわかりやすい例だろう。

 才の場合はさらに臭いやマナも含めた複合された相手の位置を示す情報を脳が処理。意識できる分まで省略している。でなければ情報量の多さに思考が追いつかないからだ。リリンの便利な体。ここでも映える。

「もうちょっと油断してくれても良かったんだけど。仕方ない。コロナ。ヤれ」

「ん!」

(背後取っても意味ないことはわかってた。それでも後ろにいられたら嫌がる。そして反撃するか逃げるかする。本能的に。この場合逃げても相手には利がない。なら反撃に出るはず。そこをつく。この攻撃を耐え、今度はこっちが――)

「……あがっ!?」

 コロナは送られたマナを全て使い籠手を具現化。その場の空間が歪んで形がおぼろ気に、辛うじて形がわかる程度だったのに、現在ではハッキリと籠手の形が浮き上がるまで実体を持った。

 まだ透けてはいるが、歪みと多少の透過。その威力の差は計り知れない。籠手の手のひらでシャロメは押し潰される。

「う……ぐぅ……っ!」

(な、な、なにこの馬鹿力……!? さっきはアタシの一撃であっさり本体が体勢崩してたのに。明らかに力が増してるっ。体、動かせない。新手だけじゃなくガキの戦力も上がるなんて想定外過ぎる! たった一発蹴られただけで満身創痍だったのに。なんで強くなる!? う……っ。このままじゃ潰れ……る……。意識が……もう。……も、もう死……)

 圧力でミシミシと全身が軋み、痛みを通り越して意識が薄れていく。完全に意識が途切れたのを確認すると、コロナは籠手を納めた。

「まず一人目。よくやった。ちゃんと殺さず加減もできて偉いぞ」

「むふ~♪」

 誉めてやると鼻息を荒くして喜ぶ。勇ましい姿や優れた能力を見せつつも、根本は子供のまま。才に甘えている時こそがコロナの本来の姿。

「にゃーにゃー♪」

「はいはいわかったわかった。わかったから頭ぐりぐり押しつけんな。まだ一人残ってんだから甘えんのはあとに……」

「そうだぜ俺を忘れんなよ」

「っ!?」

 気が緩んだタイミングを見計らい、吹っ飛ばされた場所から一息に距離を縮めたタスタロ。さすがにいきなり距離を詰められれば反応が送れる。

「ジャラア!」

「ぐっ!」

 才は手のひらからしか影を出せない為に防御が間に合わず、脇腹に膝蹴りが直撃。

「は……っ。が……っ!」

 痛覚を完全に遮断出来るまでは体が変化しておらず、悶絶。まともに呼吸が出来ない。

「うがぁぁぁぁぁぁああ!」

 才の苦悶の表情を見てコロナ激昂。籠手でタスタロの捕獲にかかる。だが軽やかなステップで回避。コロナの籠手はかすりもしない。

「よっと。危ない危ない。ははは! すげぇ威力なのは身を持ってわからされたが、くっきり見える分かわしやすくなった。どんなに強かろうが当たらなきゃ意味ねぇんだぜクソガキ!」

「させ、ねぇ……から!」

「っと」

 再び距離を詰め、今度はコロナに手を伸ばすが才は影を出して阻止。未だ影の能力の情報は防御が異常に堅い事しかわかっていない。タスタロは影に触れずまた距離を取る。

「ふぅ~……」

 シャロメがヤられて内心怒っているが、同時に思考が完全に戦闘モードにシフト。動きが桁違いに速くなり、洗練されていく。

 逆上するのは容易い。むしろその怒りを抑えて敵に向き直る方が難しいだろう。タスタロは怒り狂い、暴れたい衝動を抑え才とコロナに向き直っている。感情任せにならない理由は単純。そんなんじゃ妹の敵は取れないからだ。

「正直ガキと思ってなめてた。なめてたし、こっちは体鈍ってたし、味方も呼べなかったし。色んなことが重なっての苦戦なんだろうなぁ~とか思うわ。油断してたのはこっちが悪い。シャロメは結構マジだったみたいだから余計悪いことしちまったと思ってるわ。うん。俺が悪い。俺が悪いんだが」

 ひとしきり話しきると、改めて構え直す。

「それとこれとは別ってことで。お前ら死ぬ手前くらいまではボコボコにさせてもらうわ」

(さっきの動きを見るに本気を出されると俺じゃ反応しきれないっぽい。不意打ちだったからってのもあるから確定でないにしろ。ダメージが結構あるな。痛み自体はすぐに引いてきたが傷が治ったわけじゃない。脇腹の筋肉の損傷で体がさっきより動かしづらい。二対一になったとはいえ、ちょっと不味い……かも?)

「じゃ、いくぜ――」

「はイハいヤる気出しタトこで、お楽シみ始まルトコデ、悪イケど交代」

 いつの間にかタスタロの背後に一人の女性が立っていた。独特のアクセントとイントネーションをつけたしゃべり方をするボロ布一枚しか着ていない女性、ペシナーラだ。

「あ、姉貴!? な、なんでここに!?」

 ペシナーラにはこの件を秘密にしていたので驚くのも無理はない。逆にペシナーラと憐名は二人に秘密にしていた。何故ならシャロメもタスタロもペシナーラがいると萎縮してしまうから。イカれた頭と軽く自らを凌駕する力を保有していれば、身内とはいえ恐怖の対象でしかない。同時に喚び出せば足手まといになりかねないのだ。

「私ガここニイル時点デ察しナよ愚弟♪」

 笑顔でタスタロの肩を掴み、押し退けて前に出る。まるで邪魔だから下がれと言っているかのよう。

「あ、姉貴……。シャロメがやられたんだよ。俺がなめてたからフォローに回れなくて……」

「見レバわかルンだケど。デ?」

「だからケジメっていうか。俺の手で。やりたい」

「そウ。で?」

「いや、だから……」

「邪魔ダカらシャロメ連れテ帰れヨ。邪魔だカラ。邪魔。邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔じゃまジャマじゃマジャマジャま邪魔邪まジャ魔――」

「っ。わ、わかった。わかったから。言う通りにする。落ち着けよ姉貴」

「そ。ナら良イ」

 目を見開いて邪魔と連呼されれば引き下がるしかない。そもそもペシナーラのが強く、ワガママなのだ。タスタロの意見なんて始めから通る道理はない。タスタロはシャロメを回収し帰っていった。

「待たセたカナ? 見苦しイトころも見せタね恥ずカシい。アハハははハハハは!」

「……」

 独特の雰囲気に気圧され黙り込む才。しかしそれ以上に気になる事があった。

(さっきの二人もかなりマナを帯びてたと思うんだが……。いやこっちでは憐名のマナしか使えないから憐名のマナ量が多いところに注目すべきではあるんだがな。とりあえず憐名のことは置いといて、この女の帯びてるマナだよ。さっきの二人の数倍あるんだけどどうなってんだろ……)

 過剰にマナを送った場合。才の起こした暴発同様の事が起きる。タスタロもシャロメもマナを無意識ながら膂力などに変換する能力を持っている事もあり、相当量のマナを送られても支障はない程の器を持っている。しかし、ペシナーラはその桁が違う。先の二人の十倍は軽く受け止めれる器を持っている。

(ま、さすがにそこまでのマナを僕が持ってないからペシナーラの力を最大限は引き出せないんだけどね。それでも十分強いけど)

 ペシナーラを喚んだ段階で冷静さを取り戻した憐名。今から冷静になったところで意味はないが。

(ペシナーラが命令とか指示とか聞くわけないからねぇ~。あとは適当にマナ送って勝手に暴れてもらうだけ。作戦ミスって天良寺くんの奥の手出す猶予与えちゃったみたいだけど。天良寺くんの力も無限じゃないはず。あの子の能力も燃費悪そうだし、先にガス欠起こすか、普通にペシナーラに力負けするはず)

「それじゃあ天良寺くん。最終ラウンドってことで。がんば♪ 死なないでね~」

「良い笑顔で不吉なこと言ってんじゃねぇよ」

「フンス!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る