第86話

 午前の授業が終わり現在昼食。またも演習で格上から指名が入ったことを話すと、伊鶴が爆笑する。

「あっははははは! まーた上のクラスから絡まれてやーんの! ざまぁ! ざんまぁ~!」

「騒ぐな!」

「あだっ!?」

 いつも通りギャーギャー騒ぐ伊鶴を力ずくで黙らせる多美。この暴走機関車を黙らせる貴重な存在だな。

 ……それにしても、常々思うが、伊鶴こいつの俺への煽り酷くないか? 上のクラスから目の敵にされるのは、たまたま最初にリリンが相手圧倒しちゃって。それがたまたまA組のヤツの目に入って指名されて、そのすぐ後にまたその倒しちゃったA組の知り合いに因縁つけられて。今度はよくわからん変態に興味持たれて……あれ? 俺の非って一度もなくないか? 全部俺がなにかしたわけじゃなく、偶然が巡り巡ってって感じなんだが? え、なにこの不運。泣きそう。

「僕からしたら羨ましいけどね。演習試合のマッチングは基本ランダムだろ? 指名は自由だけどE組ってだけで他のクラスからは相手されるわけないならこっちからしても無駄だし。その点才はわざわざ強い人とやれる機会がちょこちょこあって運が良いよ」

「私もマイクくんに同意だな。今は特にスタイルも固まってきたことだし。色々な相手で試していきたい。強い相手にもどれ程通用するか気になる」

「……俺からしたら今すぐにでも立場代わってほしいけどな。なにせ負けたら……」

「え? 負けたら何かあるんですか?」

 おっと、つい口を滑らせてしまった。……まぁ話しても良いか。同情して協力してくれるかもだし。今は切羽詰まってるし、できるだけ手は打っときたい。

「え~っとな。実は――」

 負けたとき俺がなにをされるか……貞操の危機があると説明すると、一部を除きみるみる複雑な表情になっていく面々。まぁ、そらそんな顔になるわな。

「そ、それはなんて言うか……」

「言葉に困るな……」

「強く生きてください……」

「あ~……その……。なんかあったら相談くらいのるから……」

「ぷふ……ぶふふっ。……あーっはっはっはっはっは! なんでそんなことになってんの!? さっちゃんには面白いことしか起きないの!? マジ意味不! がふっ!?」

 またしても一人だけ大爆笑。もちろん再び多美にシバかれてる。ざまぁ。

「たた……。ってかさっちゃんよ~。リリンちゃんとかいるんだから負けないっしょ。なんで今回に限ってそんなナーバスになってるわけ?」

「流れでコロナだけしか件の演習にでないから」

「「「は……?」」」

 全員の声が一致。まぁそうなるよな。俺は一応コロナのポテンシャルは知ってるが、他のヤツらはあの戦闘を見てないわけだし。俺でさえあのときの実力をコロナが発揮できるか不安なんだもん。周りは余計に疑問だわな。

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょーちょちょ、ちょっと待ってやさっちゃん。え? マイエンジェルがやるって? 一人で?」

「あぁ」

 別にお前の天使じゃねぇけどな。どっちかっていうとうちの子だわ。

「ま、ま~たまたぁ~。さすがに冗談でしょ? こんな愛らしい非力な幼女が血生臭い闘争の世界に入るなんて……! 認められんなぁ!?」

「血生臭くはないと思いますよ……?」

「八千葉ちゃんが言うと説得力ないけどね~。だってこの前相手の契約者をグロテスクに……」

「あ、あれはセッコがやったのであって……」

「八千葉さんどうこうは置いといても血生臭い事には変わりないな。不本意ながら」

「だね~」

「脱線してるぞ……。とにかく。コロナがやるのはもうほぼほぼ確定なんだよ……。だから困ってる」

「嘘だ! 嘘だと言えこのペド野郎!」

 なぜかコロナにご執心な伊鶴が必死に撤回を求めてくる。お前がいくら言ってもなにも変わらねぇからな。

「……コロナ。お前今度俺のために戦ってくれるんだよなぁ~?」

「フンス! フンス!」

 フガフガ言いながら横で飯を食らうコロナ。おうおう気合い入れちゃってまぁ。ちなみに今食べてるのはカレー。いつもはクリーミーなのを食べることが多いんだが、今日はスパイシーな気分らしい。スパイシーつっても甘口だけど。

「かわゆ……。じゃない! いや可愛いけど! え、マジでさっちゃんこの子にやらせんの?」

「何度も言わせんな……。んで、コロナがやるのは前提として、だよ。なんか色々とやらなくちゃなあ~ってなってる」

「例えば?」

「まずは……やっぱ戦力分析だろうな。その後勝ち筋を探してく」

「それが妥当でしょうね」

「……んで、さすがに今回ばかりは俺もヤバイと思っててだな」

「まぁ、だろうね」

「それで……」

 う~ん……。いざとなると言いづらいな……。でもここで詰まってても仕方ないし。腹くくろ。

「それで、お前らにもろもろ手伝ってほしいなと……」

 沈黙。全員が硬直し、コロナの食事の音と周りの雑音以外聞こえなくなる。……なにも固まらなくても良いじゃんか。

「さ、さっちゃんが頼みごと……。なんだかんだ自分だけで色々やってたさっちゃんが……?」

「まさかこんな日が来るとは思わなかった……。やっと僕の友情が報われた……!」

 やっと硬直が解けたかと思うと、伊鶴は驚愕し最早恐怖の表情。ミケは感涙にむせぶ。そんなにか? そんなに俺が頼みごとをするのは珍しいか? いやまぁした覚えもないけどさ。

「二人は大袈裟だが私も驚いた。才君ならなんでも一人で解決しそうなイメージだったから」

「ですです。人付き合い以外完璧なイメージでしたからとっても意外」

「八千葉ちゃん……それなにげに罵倒してない?」

 好き放題つらつらと……。悪態の一つもつきたいところだが我慢しよう。……今俺は頭を下げる側。……今俺は頭を下げる側。自分に言い聞かせないとポロッとなんか出ちゃうだ。耐えろよ俺。

「……で、どうなんだ?」

「もちろん僕は協力するよ兄弟ブラザー! なにをどう協力したら良いかはわからないけど関係ない! 才の頼みならなんでも聞くさ!」

 おおう。さすが胸板だけじゃなく友情にも厚い。というか暑い。だが今回だけは許す。お前みたいな兄弟を持った覚えはないが今日だけは口を出さないで置いてやるわ。

「う、う~ん。さっちゃんが頼んでくるなんて珍しいし……。なによりマイエンジェルコロナちゃんになにかあったらいけないし。手を貸そうじゃないか! もしかしたらなにかのきっかけでなついてくれるかもだし……ふへへ」

 動機が不純だがまぁ良い。お前に限ってはコロナを出汁に利用しつくしてやる。さぁコロナよ、媚びろ。

「?」

 アイコンタクトを送るも疑問符を浮かべるだけ。うん。お前に要求するには高度過ぎたな。すまん。プリンでも食ってろ。

「むふ~♪」

「私も手伝おう。才君の新たな契約者の実力も気になるし」

「断る理由もありませんし。私も新しい発見があるかもしれませんから参加させてもらいます」

「私もできることがあるならやるよ。気軽に言って」

「助かる」

 良かった。なんとか協力を取りつけることはできた。これでコロナの今の実力を測ることはできるだろ。……戦闘力0だけは勘弁してくれよ?

 そういえば、リリンは誰かを参考にしろとも言ってたっけな。うん。丁度いつもの面子全員が協力してくれるし、そっちのほうも気に留めておくか。

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