第74話

「じゃあ俺は行くから……。留守番頼んだぞ」

「ん!」

「あぁ」

「……」

 朝食も終え、コロナを一度部屋に置きにきたは良いんだが……。元気な返事とは裏腹に一向に離れようとしない。返事に行動が伴ってないぞ。ちなみにリリンは部屋に帰って早々ゲームを始め、ロッテはさっきのペロペロを引きずって手で顔を覆い、俺と目を合わせようとしません。ごめんな鼻水舐めさせて。次から気を付けるわ。それはそれとしてコロナを引き取ってほしいんだが。

「コロナ。お前は留守番だろ? 離れなきゃ俺出かけられないんだけど」

「ん!」

 まぁ元気なお返事。でもなんでギュッとしてくるのかな? わざとだろこれ。

「コロナ~。降りてくれ~」

「ん~」

 ギュッ。いやだからギュッじゃねぇよ。離れろつってんだよ。ったく。仕方ない。あまり意味があるとは思えないが力ずくでひっぺがしにかかるか。

「は~な~れ~ろ~……っ!」

「やーあー」

 実力行使に出た瞬間。本性出しやがって。時間がどんどん減ってきてるから駄々こねてないでさっさと離れろ!

「ふんぬ~!」

「ん~……!」

「こん、のぉ~!」

「ふがっ!」

「離せ~……っ!」

「ふごごっ!」

 だ、ダメだ。やはりこいつ鼻に指突っ込んでもまったく動じない……! きょ、強敵だ……。これは俺一人では無理。応援を頼もう。

「ろ、ロッテ……! コロナを剥がすの手伝ってくれ……!」

「……」

「ロッテ?」

「……すまない。儂には無理だ」

「な、なんで?」

「会わせる顔がない……っ!」

 知らねぇよ! 良いから手伝えや! お前の羞恥心とか今些細な問題なんだよ俺にとってはよ!

「ちょ、本当に時間なくなってきたからマジで手伝ってマジで! 恨み言があるなら後で聞いてやるから!」

 このあとも数度の説得によりやっとロッテは動いてくれて、かなりの体力を持ってかれながらもコロナから解放された。まったくその小さな体にどんだけ力蓄えてんだよ……。コロナが本気で組み敷きにかかったら倒される自信あるぞ。

「……ふぅ。じゃ、俺は行くから。ロッテの言うこと聞いて、ロッテからご飯ももらうんだぞ。コロナの世話は頼んだぞロッテ。ついでにリリンもな」

「……ん」

「あ、あぁ。できる限りの努力は……する」

「クハ。我はついでか」

 たりめぇよ。お前もなんだかんだ頼んだことも頼まれてないことも先読みして色々やってくれるのは知ってる。が、俺は気づいてるぞ。お前、コロナに対しては自分の手を使って関わろうとしてないだろ。理由はわからないが、久茂井先輩に連絡取ったりはするけど、コロナと一定以上距離置いてるのわかってんぞ。なんだお前。子供苦手なのか? 同族嫌悪……はないか。まずサイズが違うわ。胸の。

「それじゃいってくるわ」

「いってらっしゃい」

「にゃーにゃー……」

 ……おおう。子供を抱えた美女ロッテ。新妻のごとし。人妻じゃなくて初々しい新妻っていうのがミソね。まだ気まずそうにして顔赤らめてるのがね。さらにぽくしてるもんで。たまらないなにかがあるな。色気出すのは個人的にやめてほしいけども。リリンと違ってロッテは無自覚なのが厄介だなぁ~……。これもコロナ同様矯正していけたら良いけど……。難しいだろうな。



 才が学園に出掛けてから数時間後。現在昼食時。今この時に至るまで、コロナは才の布団の中にくるまって過ごしていた。少しでも才を感じるためであるが、いつまでもそうしてるわけにもいかない。

「コロナ。食事の時間だ。何が食べたい?」

「……」

「冷蔵庫の物ならなんでも食べて良いんだぞ? そら、好きな物を選ぶと良い」

「さも自分の物のように言ってるが、全部我のだけどな」

「あとで買いに行くから今は水を差さないでくれ」

「ほう。それは有り難い。ではあとでリストを送っておくからついでに買っといてくれ」

「……」

 減った分だけでなく、追加補充も任されるロゥテシア。金はリリン持ちなので文句は言えない。が、良い気持ちもしない。

「コロナ。何か食べないと才が心配するぞ」

「……っ」

 才の名前を出すとピクリと反応する。コロナも才を困らすのは不本意ではない。モゾモゾと掛け布団ごと移動し始める。ロゥテシアは仕方ないと肩を少しすくめ、冷蔵庫まで誘導する。

「さ、選べ」

「我はすき焼き風焼きうどんで。生卵も出しといてくれ」

「主には聞いてなかったんだが……。まぁ良い。了解した。コロナはどうする?」

「…………………………ん」

 しばらく悩んだ後、コロナが指差したのは海老とチキンのカレーピラフドリア。パッと見色味が才と食べたカルボナーラに似てるので選んだようだ。

「これだな。わかった。少し待ってろ」

 ロゥテシアは自分の食べる分。ビーフシチューのレトルトも手に取り、それぞれを温める。

「卵はどうする?」

「別の器に割って入れといてくれ」

「割るの失敗しても怒るなよ?」

「怒る」

「……怒るなよ」

 まだ人型での力加減に慣れてないロゥテシア。少し緊張しながらも小さな器に卵を割り入れる。

「ふぅ……」

 なんとか無事に卵着地。殻も入っていないし黄身も割れていない。完璧な卵割り。

「ふ、ふふん……」

 思わず得意気になるロゥテシア。が、それを横目で見られていた。

「な~にをドヤッてるんだ貴様? 得意気な顔しおって」

「べ、別にそんな顔してない……!」

「あ~はいはい。お前がそう思いたいならそうしろ」

「うぬ~……」

 若干顔を赤らめながら温めた食品をテーブルに並べる。

「どっちで食べる?」

「こっち」

 ロゥテシアは箸を出し、焼きうどんと生卵をリリンの横へ置く。

「これで良いな?」

「あぁ、ご苦労」

 リリンは影で手を象り、器用に箸を使って焼きうどんを食べ始める。

「ずるる~」

(……影を使うなら箸いらなくないか?)

 心の内で思うが、口で勝てないのはわかっているので黙殺。触らぬ神に祟りなし。

「さぁ食べよう」

「……」

 渋々掛け布団から這い出て立ち上がる。椅子をよじ登るようにして座る。ロゥテシアはコロナの前にドリアとスプーンを置き、自分も座る。

「いただきます」

 ロゥテシアはコロナの様子を見ながらシチューに手をつける。

「うん。美味い。こちらの世界の食事は香りも味も複雑で楽しいな。別段食事に特別な思いもなかったが、娯楽として楽しむのも頷ける」

 わざとらしくしゃべるのはコロナに気を遣っての事。意思の疎通はできても言葉を話せないので無駄だとしても思った事を口にしているのだ。

「……」

 しかしロゥテシアの気遣い虚しく、コロナはただ目の前の食事を見つめるだけ。明らかに意気消沈している。

 かつて閉じ込められていた時。自分以外の生き物、同族を初めて見た時は興奮したものだが。長い時を経て、才という心の拠り所を得てしまったコロナは好奇心よりも依存のが強くなってしまっている。縁が結ばれてる事もあって、才との触れ合いはコロナの生き甲斐とも呼べるモノになっている。

「どうした? 冷めてしまうぞ」

 過去、何があったから知らないが、ロゥテシアは直感的にコロナが才に深く依存しているのは感じている。が、焦ったところで益はないのもわかってる。だからロゥテシアは慌てないし、やれる事を色々と試みていく。

「自分で食べれないのか?」

「……」

「こちらに来てから食事は才に食べさせもらってるものな。それも仕方ない」

「……」

「そうだな。それなら。どれ、儂が食わせてやるぞ」

「……っ」

 スプーンに手を伸ばそうとすると、コロナは慌てて手にする。

「……自分で食べるか?」

「……」

 コロナは返事をしない。代わりに不器用にスプーンを使ってドリアをすくい、口に運ぶ。

「よし」

 さすが年の功と言うべきか、割りとあっさり自分で食事をさせてしまったロゥテシア。その様子を見て自分の食事を再開する。

「あぶ」

 食べ慣れてない為、こぼしてしまう。口の周りも汚れている。ロゥテシアはティッシュを取ってコロナの口を拭こうとする。

「や……」

 しかしコロナは顔を背けて嫌がる。やはり才以外に触れられるのは抵抗があるらしい。

「じゃあ自分で拭くか? こうやって汚れを拭き取るんだ」

 持っていたティッシュをコロナの前に置き、また数枚別にティッシュを取って自分の口を拭いて見せる。

「……」

 目の前にコロナはティッシュを取って口を拭く。動きはやはり拙い。ロゥテシアはコロナが口を拭いている間に、見本の為に取ったティッシュでこぼした方の処理もする。抜かりはない。

「拭き終わったな。後で片付けるから置いておけ」

「……」

 コロナは返事をせず食事を再開。が、次から汚れたら自分で後処理をする。たった数分であるが、少しずつ成長が見られる。

「そうだ。そういえば昨日、才に頼まれてプリンを買っておいたんだ。それ食べ終わったら食べるか?」

「……っ」

 一瞬目を輝かせるが、すぐにかぶりを振る。

「どうした? 気に入ったんだろ? 食べても良いんだぞ?」

「……っ。……っ」

 再び勧めてみるが、コロナは拒絶する。

「……才が帰ってから一緒に食べるか?」

「……」

 コクりと頷く。好きな物だから好きな人と一緒が良い。ロゥテシアも才を好いているから何となく気持ちはわかる。

「そうか。わかった。じゃあ帰りを待とう」

「……ん」

 小さな返事。些細な事だけど。才以外に返事をした事はかなり大きな前進だろう。彼女が才以外になつく事はないだろうが、自分から他者に頼る事を覚えると良いなとロゥテシアは心の内で思う。

(前途多難だろうがな。ま、気長に付き合っていくさ)

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