第73話

「……乾いた、な? もういいぞ。こっち来い」

「っ! にゃーにゃー♪」

「あぶなっ!?」

 髪を乾かし終わると待ちわびたと言わんばかりに抱きついてくる。一応ちゃんとできたからご褒美だたんと味わえ。ただ、今はちゃんと服は着てるから良いけど抱きつくの自体はかまわないが、跳びつくのはやめてほしい。割りと真面目に危険。ちなみにだがコロナの寝巻きはいわゆるネグリジェ。胸が大きいからシャツや前開きのボタン留めじゃないのは久茂井先輩の気遣いかはたまた趣味なのか。まぁ、どっちでも良いか。全裸じゃなきゃなんでもいい。

「さて、と。少し早いが風呂も済ませたし。寝るか」

「にゃーにゃー♪ にゃーにゃー♪」

「……お前はベッドな。俺は布団で寝る」

「…………」

 ビクッと体を震わせ固まる。すまんな上機嫌なところ水を指して。だが許せ。これも俺のためなんだ。本当は同じ部屋に誰かいる状態で寝るのも嫌なんだよ。つまり普段から妥協してるわけなんだよ。だからお前も妥協して同じ部屋別の寝具で納得してくれ。

「ほら、寝るぞ。離れろ」

「……」

 最早拒絶の声もなしか。カタカタ震えてへばりつきやがって。切羽詰まりすぎだろ。自分で言うのもなんだが俺のこと好きすぎかよお前。

「コロナ。離れろって……」

「……」

「コロナ~」

「……」

「……おいって」

「……」

 絶対に離れないという石のように固い意志を感じるぜ……。そんなところに全力を出さないでくれよ。もっとなんか頑張れるところがきっとあるから。それまでそのやる気しまっといてください。

「はぁ……。お前いい加減に……」

「なぁ才よ」

 見兼ねたのかロッテが話しかけてくる。ちなみに今日は珍しく人型で寝巻きを着ている。犬の着ぐるみパジャマだ。……可愛いな。大人っぽい見た目に着ぐるみとかギャップが半端ない。露出も激しくないしとっても好感が持てるぞロッテ。やはりお前はこの部屋の良心だ。

「なんだ? なんかひっぺがす良い案でも思いついたか?」

「ひっぺがす……方ではないが。提案はある」

「ほう。聞こう」

「一緒に寝れば良いんじゃないか?」

「……」

 ……良心に裏切られた。お前だけは俺の味方だと思ってたのに……!

「先々を考えれば、儂もコロナに躾を施すのは賛成ではあるんだ。しかしまだ初日。風呂は一応才から離れて行えたし、添い寝くらいは許容しても良いのではないか? なにも焦って全部いきなりするのも可哀想だろう。どうせ明日は留守番なり預けるなりするのだろう?」

 ぐぬぅ~。一理ある。今週はとりあえず様子見として留守番をさせるつもり。ロッテが世話してくれるはずだからな。となると、俺成分を今のうちに補充させとけばストレスの緩和に繋がっておとなしく留守番できるかな?

「……わかった。寝るのは一緒で良い。だけど明日からはちゃんとこの部屋で留守番するんだぞ?」

「……っ!? ん!」

 納得したのか元気よく返事をするコロナ。本当に納得したんだろうな? 明日になってまたやーやー言わないことを切に祈るぞ。

「ふぁ~……。儂もなんだが今日は疲れた……。子供の面倒を見るのは大変なんだな……。リリン。ベッドを借りるぞ」

「あぁ。構わん。どうせ我は寝ない」

「そ、そうか。寝なくて良いとは便利な体をしているな。羨ましい限りだ。ではありがたく使わせてもらおう」

「……ん?」

 コロナがチラリとベッドに入るロッテを見る。すぐにまた俺に抱きつき直すが、なにがしたかったんだ? ……あれかな? 俺に取り成したからロッテの好感度上がった的な。良いぞ良いぞ。もしそうならもっともっとガンガンコロナの好感度を上げるのだロッテ。そして俺離れを成功させるのだ! まぁこのあたりのことはまた明日で良いか。俺も疲れた。寝よう。

「コロナ。一緒に寝るのは良いが、また俺の頭抱えたりするんじゃないぞ? 息苦しくて死ぬから」

「ん~♪」

 ……なんかフラグが立った気がするけど。コロナも別に頭の悪い子じゃない。言ってることは理解しているしな。きっと大丈夫だろう。



「すぅ……すぅ……」

「……っ! ……っ!」

 フラグ回収お疲れさまでしたっ! いつの間にかコロナが俺の胸に埋めていたはずなのに俺がコロナの胸に埋まってるよ! しかもガッチリホールドされていて抜け出せない……! く、苦しい! 死ぬ!

「んー……! んー……っ!」

 コロナの背中をタップし、起こしにかかる。早く起きろ。逆に意識が遠のいてきたから!

「んぶぅ~……。にゃーにゃー?」

 お? 起きたようだ。よしよし。そのまま一旦離れて……。

「……にゃーにゃー♪」

 なぁんでさらに強くホールドするかねお前!? バカ野郎! 俺を窒息死させるつもりか!? おっぱいに埋まって窒息死は少なくとも俺にとってはロマンじゃねぇんだよ! 離れろよぉ!

「ふごっ」

 腕を伸ばし鼻に指を引っ掛け引き離そうとする。が、へばりついているときのコロナの腕力と執念は常人の遥か上の次元にある。簡単に言うとなかなか離れてくれない。お、お前なんで鼻に指突っ込まれても動じないんだよ。痛くねぇのか? こうなったらもっと奥に指を突っ込んでくれる!

「ふがっ?」

「……ぷはっ! はぁ……はぁ……」

 ずっぽり奥まで入れるとやっと目を覚まし、現状を理解し解放してくれた。俺のほうもコロナの鼻から指をキュポッと引き抜く。あ~あ。中指と薬指が鼻水まみれだわ。つかよく指入ったなそのちっちゃい鼻に。鼻が柔軟ってなかなかにシュールだぞ。

「にゃーにゃー……」

 寝ぼけ眼でよじよじ俺の体を登り、定位置へ。そしてまた寝息を立て始める。鼻に指突っ込んでたことは気にしてないのね。第二関節まで入ってたのに鼻の奥に違和感とかないのかよ。

「すぅ……すぅ……」

 無いようだな。ま、まぁ俺とは違う星の生物だしな。きっと感覚も違うんだろうよ。さて、と。目を覚ましたことだし。コーヒーでもいれるか。……の前に手を拭きたいな。この鼻水がついた指を。立ち上がるためにはコロナを抱え直さなきゃいけない。が、抱え直すのには手を使う。うん。そういうことだ。このままだとコロナで拭くことになる。ある意味では筋が通ってるんだが……。気分的に嫌なのでティッシュを所望。えっと普段は布団の横とかに置いてるんだが……。なぜかベッドの近くにあるな。コロナの寝相のせいか? ベッドで寝てるロッテに取ってもらうか。

「ロッテ~。起きてるか?」

「……ぅん? うん……」

 モゾモゾと丸まった掛け布団が動き、ひょこっと顔を出す。うん。目がとろんっとしてて明らかに寝起きの面してる。

「気持ちよく寝てたところ悪いな。ちょっとティッシュ取ってくれね? 手を拭きたいんだがこんな状態で……」

 コロナにへばりつかれてると抱えないと体勢を変えるのが、な。ちょっと辛い。だからティッシュで手を拭かせてほしい。さぁロッテ。とっこーい。

「手……。あぁ、うん……。わかった……」

 ずるずると布団から這い出て、ゴトッと音を立てながらベッドから落ちる。……大丈夫か? 知らなかったけど意外と寝起き悪いのなお前。

「っておいおい」

 よちよち歩きでロッテがこっちに来る。ティッシュはスルーで。お前わかったって言ってたよな? 全然わかってないじゃん。ったく……。無理すんな……って。

「……れろ」

 なにやってんの!? いやマジでなにやってんの? なんでお前鼻水まみれの指なめはじめてんの!? ま、待てよ。ロッテは犬……。そう、犬だ。犬なら汚れを舐めとる。まして鼻水となれば……。うん。行動自体にはなるほど。理解できる部分はあるな。だ、だけど……これは。

「れろ……れろれろ……」

 う~ん……。エロい。犬のように舐めてるからか少し下品で。しかし寝起きの無垢な顔。さらにさもそうするのが当然とばかりな自然な動き。それを美女がやってる。どころかそれを美女にやられてるわけだ。変な気分になってきた。でも同時に罪悪感がすごいな。だってこれ……鼻水舐めさせてるわけだからね? そう思ったらエロい気持ちよりも申し訳ない気持ちのが大きくてしゃーないわ……。

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