第71話

「ぜぇ……ぜぇ……!」

 午後の授業。本日は体力作りのほう。俺は最初のウォーミングアップのランニングの時点ですでに限界がきはじめてる。先日はあまり疲れなかったのになぜ今日はこんなにも疲弊しているのか。リリンからの侵食が途切れたとかじゃない。ただ単純に。

「~♪」

 コロナを抱えながら走ってるからだ。クソ。落ちないように俺から強めに抱き抱えてるせいか上機嫌だ。不機嫌になられるよりかは百倍良いけど腹立つなおい。こっちはお前のせいで瀕死だバカ野郎。

「にゃーにゃー♪」

「……」

 あぁもう。可愛い顔してこっち見んじゃない。一瞬怒りがどっかいっちゃったじゃないか。怒る必要性はないけど、消えたら消えたで釈然としないんだよ。こちとらひねくれ者なんで!

「はっはっは! レディを抱きながら走るなんて憧れるね~」

「いつもと違って走りにくいだろうがそのぶん良い訓練だろう。頑張ってくれ」

 ミケと夕美斗の体力バカツートップはいつも通りのメニューなので軽々こなす。俺よりむしろあいつらに新しい重りつけたほうが良いだろ絶対。俺のは意図せずだけども。

「ちんたら走ってんじゃねぇ! このクソ虫がぁ!」

 昼食時の悟りはどこへやら。復活を遂げた伊鶴が背後から煽ってくる。わざわざ俺の後ろ走ってないで先に行けよ。うっとうしいな。

「おらおら! いつものペースより遅いぞ! たるんでるぞ! 女にうつつ抜かしやがるからそうなるんだよダボがぁ!」

「う、うるせぇ、な! 騒いでる元気あるなら前走れ前……!」

「黙れ新兵! 貴様のような虫以下のゴミは上官の言うことだけ聞いてれば良いのだ!」

 誰が新兵。誰が上官だ。こちとら反論すらキツいんだから変な設定加えんな。

「つまりは教官の言うことは絶対だな。賀古治はペースを上げろ。前二人に追いつかなければ追加メニューだ」

「うそん!?」

 思わぬ助け船。小咲野先生が伊鶴にペースアップを指示。すでに一周半差つけられてるのにこれに追いつけとか鬼畜だな。伊鶴ざまぁ。

「クソぉ! 覚えてろよさっちゃん! いつかこの恨みは何倍にもして返してやるからな!」

 いやなんで俺だよ。返すなら先生にやれや。いちいち俺を巻き込むんじゃない。

「まったく。伊鶴ってば本当おバカなんだから……。あれに絡まれまくってるあんたも大変だね」

 今度はいつも通り堅実にメニューをこなす多美が話しかけてくる。失礼だけど見た目に反して真面目だよなぁお前。ちなみに八千葉は多美の後ろを必死についていってる。最初に比べたらこいつも大分体力はついたっぽいけど。走りながら雑談できるほどではないようだ。必死の形相で呼吸に集中してる。

「あれはあれであんたのこと気に入ってるみたいだし。根気よく付き合ってやってよ。あんな性格だからあいつ友達少ないしさ」

 え、断るんだけど。あいつに気に入られてるってのも納得できないししたくない。関わりたくない。

「……返事できないとはいえ露骨に嫌そうな顔するね。ま、なんだかんだあんたって付き合い良さそうだから心配してないけどね」

 買い被るな。俺は陰キャのコミュ障だよ。あとめんどくさがり屋。可能なら人との関わりは最小限が良いです。

「じゃ、私も先行かせてもらうわ。こんなときじゃないとあんたより前なんて走れないし~」

 言いたいこと言って俺を抜かしていく。友達思いの良いヤツだなぁ~。

「……」

 ついでに体力の限界がきて後ろから俺の服をつかんで走る八千葉のことも気にしてほしかったかな! 走りにくさ倍増だよ! つーかなんで掴むの!? やめてよ嫌がらせですか!?

「せ、背中……、空いて、ますし……。背負……って、もらって……。良……い……ですか……? ペース……配分、間違え……てし、まって……も、もう、限界……」

 ダメに決まってんだろ。寝言は寝て言え。疲れたんならペース落とすなり休むなりしてろよ! わざわざ俺が背負うこたぁないだろ! そんなことしても俺がキツくなるだけだし、さらにそんな不正したらあの先生から新たなメニューくらうだけだぞ。お前が。

「背負わねぇし、良いから離せ……! 走りづらいわ……!」

「あ……っ」

 片手でコロナを抱え直し、ペシペシ俺の服を掴んでいた八千葉の手を叩いてなんとか離れる。キツいが二度と捕まらないようにペースを上げよう。ここまでグロッキーならそこまで速く走らなくても引き離せるだろ。

「あ、ま、待ってぇ~……!」

 待つわけねぇだろ! ってこらついてくんな! そっちがペースを上げたら俺も上げないとだろうが!

 結局。八千葉に追い回され最終的にコロナを抱えたままいつもと同じくらいの速度で走っちまった。今はコロナを潰さないように仰向けに寝て休ませてもらってる。八千葉も目の前のことに囚われすぎて無理したようで、今はぶっ倒れて夕美斗に介抱されてるわ。そんなんなるまで追いかけてこなきゃ良かったのに……。アホめ。

「にゃーにゃー?」

 心配そうに見つめてくるが、八割お前のせいってこと理解できてるんだろうか……? してねぇだろうなぁ……。



「づ、づがれだ……」

 午後の授業は一貫して体力作りだった。コロナを抱えてるから先生が気をつかってくれたみたいなんだよな。筋トレとランニングをしこたまやらされました。畜生。あ、腹筋の時だけは足にひっつかせて重り代わりにしてたんで逆に楽だったよ。……最初は。楽ってのが伝わったんだろうね。先生足を持ち上げてやれって言いやがったんだ。つまり足でコロナを持ち上げつつ腹筋をやらされました。あらゆる筋肉ぶっちぎれるかと思ったっての。

「にゃーにゃー?」

「いてっ」

 うつ伏せに寝る俺の背中に乗り、またしてもへばりつく。本当お前それ好きな。飽きろよ。せめて今だけで良い飽きてくれ。筋肉痛でいくら軽くても体重かけられたら痛いんだよ。かといってどかす体力も残ってないし。まず剥がれないだろうし。あ~詰み。

「大丈夫か?」

 心配そうに顔を覗き込む犬モードのロッテ。あぁ~我が癒し。もっと近う寄れ。と、言いたいところだが残念ながら口は回らない。ので、足の甲をかいてやる。

「うひゃひ!?」

 うむ。さすがロッテ。足の先まで見事な毛の手触り。サラサラ気持ちいい。

「い、いつまでそんなところを触ってるんだ!? くすぐったいだろ!」

「あ」

 あ~……俺の唯一の癒しがぁ~。ロッテよ。俺だって本当は頭を撫でたいさ。だけど体勢的に無理なんだよ。亀の甲羅のようになってるこの幼女をどかさん限り俺に自由はない。

「コロナ~……。もうどいてくれ~……」

「や~あ~」

 俺の真似をしてるのか間延びした声で答える。やめなさい。俺の真似をしたってろくな大人になれないぞ。俺もまだ子供だけど。

「背中痛いんだよぉ~……どいてぇ~……」

「やぁ~あぁ~」

 語尾の言い方を忠実に再現すんじゃねぇ。そんな器用なことのできる聡い子なら俺の意思も汲んでくれて良いのではないだろうか。

 うぅ~……。飯時まで休みたいんだがなぁ~……。この状態じゃ仮眠もとれない。ここは助け船を。

「ろ、ロッテ。コロナひっぺがしてくれ。最悪鳴き叫ばれても防音だし被害は最小限で済む」

「被害という言い方がすごく引っ掛かるのだが? しかもその最小限の被害って才と儂とリリンだよな? 儂被害者確定?」

「言っとくが我は聴覚を一時的に遮断できるから被害とやらが騒音ならば我は対象外だ好きにやれ」

「え、なにそれずっこい」

 本当本当。ずっこい。相変わらず便利な体しやがってからにこのロリババア。あとロッテの言い方可愛いな。撫で回してやろうかこの雌犬。

「頼むよロッテ。今日は本当に疲れてるんだ」

「ぐぬぅ~……。才がそこまで言うから手助けもやぶさかではないが……。そんなに注意するほどうるさいのか?」

「この至近距離だと鼓膜くらいは覚悟したほうが良いかもな」

「却下。悪いが我慢してくれ」

「え~……」

 ロッテにまで見捨てられてしまった。俺はもうこの世の全てを信じられない。ねよのう。コロナは諦めてもう痛いのも苦しいのも無視。今は少しでも仮眠をとりたい。ってわけでおやすみ。

「にゃーにゃー♪ はむはむ♪」

 ……おいこら。人の後頭部を唇ではむはむするんじゃない。くすぐったいだろ。クソぅ……。こんなんじゃ眠ることも許されずただ体を良いようにもてあそばれるだけじゃないか。俺はなぜこんな惨めな思いをしないといけないんだ……! 許さねぇ。俺は世界を許さねぇ! 復讐してやる! 俺以外の全てに報復してやる……!

 ……バカなこと考えてないで寝よう。コロナは諦めると決めたしな。好きにさせておこう。……今だけはな。いずれちゃんとしつけます。

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