第70話

 現在授業中。コロナは俺の膝の上に対面で座りへばりついている。退屈で騒いだりしないか心配だったが杞憂だったようで、おとなしくただただへばりついている。

「~~~~♪」

 強いて言えば、たまーに俺の顔を上目使いで覗いたり、顔を胸に擦りつけたりしてる。あとは……そうだな。

「あうあう」

 そうそう。顔をぺちぺちとか鼻つままれたりとか、耳たぶふにふにとか小さいイタズラもされる。つっても大きな音も立ってないし、痛くもないのでほっといてるが、午前授業中ずっとやられてるとさすがにうざいな。

「やめろ」

「ぶふ~♪」

 注意すると、かまってもらえて嬉しいのかまた顔を埋める。顔くっつけたまま息吐くのもくすぐったいから正直やめてほしい。

「あうあう」

「……」

 そしてまたぺちぺちふにふに。ちょっとイラッとしたので両頬をつまんで左右に引っ張る。

「うい~♪」

 なんでそこで上機嫌な声を出す。左右に引っ張りながら上下に動かして角度をつけてもなすがまま。

「ひゃ~ひゃ~♪ あぶぅ~♪ い~♪」

 しばらく左右から潰したりまた引っ張ったりと好き勝手いじり回してみたが、不機嫌な様子が欠片もない。かまってもらうのがそんなに嬉しいか貴様。クソ。可愛いな。

「可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い天使天使天使天使天使天使天使天使天使そこ代われよクソ」

 コロナの顔で遊んでて気づかなかった。いつの間にか後ろの席にいる伊鶴から怨念が飛ばされている。つかクソってなんだ。お前にクソ呼ばわりされる筋合いはねぇよクソ。

「ひゃーひゃー?」

 おっと、伊鶴バカに気を取られてコロナが疎かになっていた。……ってかコロナにかまってて授業が疎かになっていた。気づけばチラチラと先生に睨まれてたわ。さーせん。真面目に受けます。

「あうっ」

 最後に思いっきり引っ張ってから離し、授業に集中する。

「……ん」

 なにかを察したのかコロナはまたおとなしく顔を埋め始める。が、さっきまでかまってもらえたのが忘れられないらしく、見つめる頻度が多くなってきたな。視線が気になる。

「……はむ」

「!?」

 何を思ったのかいきなり顎を食われた! いや、くわえられた! おいバカ! いきなりとんでもないことやらかしてんじゃねぇ! 危うく叫ぶところだったわ! むしろ声を出さなかった俺を誰か誉めて!

「はむはむ♪ ちゅぱちゅぱ♪」

 味が気に入ったのかしゃぶり始めた。心なしか背中に突き刺さる視線が鋭くなったような……? あと増えたような気がする。まぁ幼女に顎しゃぶられるとか絵面がもうヤバイもんね。甘んじて受け……られるかアホ! 視線うんぬんもあるが、それは関係なく一刻も早くひっぺがさなくては。

「おいバカ……! 離せ」

「あむぅ~……!」

 頭を掴み無理矢理剥がそうとするが、思いの外抵抗が強い! あ、痛っ!? 噛むんじゃない!

「くぅ~……!」

「むふごぉ~……!」

 鼻に人差し指と中指を突っ込み、引っ張る。恐らく豚鼻にしてるのでさしものコロナも不細工になっていることだろう。

「ぶちゃがわええ~……」

 後ろから伊鶴の感想が聞こえる。どうやら可愛いらしい。すごいなお前。ここまでされて尚可愛いのか。どこまでいっても可愛いのか。それはそれとしていい加減諦めて離せ。

「ふごふご♪」

 上機嫌に鳴くんじゃねぇ。あ~もう。ここまでしつこいと俺も頭に血が上ってきたぞおい。

「コロナ……」

「っ!?」

 不機嫌な感情を乗せると慌てて口を離す。そして顔を埋めてビクビクする。初めから素直に離してれば怒られなくて済んだんだぞ。次から気をつけたまえよ。

「……才。顎よだれまみれだよ。拭いたほうが良いんじゃない?」

 隣からティッシュを差し出してくるミケ。たしかにコロナのよだれで顎がベチョベチョだわ。ありがたくそのティッシュ使わせてもらいます。



「……なんだ? なんだそれは」

 午前の授業も無事終わり。今は学食。いざ食べようという時に伊鶴の表情が変わる。

「なにが?」

「しらばっくれるか貴様! 良い度胸だ表出ろ!」

「これからお昼ご飯でしょうが。あとうるさい」

「あだっ」

 例のごとく多美にシバかれる伊鶴。ざまぁ。

「それで、伊鶴さんは何をそんなに怒ってるんだ?」

「フッ。もうろくしたかゆーみん? 君にはあれが見えないのかい?」

「ん、ん~?」

 何を言ってるかわからないという顔をする夕美斗。彼女に限らず俺含め全員がピンっときてない。まぁ伊鶴のことだし呼吸してても難癖つけようと思えばつけてきそうだからどうせろくなことじゃない。むしろほっときたい。

「もったいぶってないではよ言え」

「やれやれ。ゆーみんだけではなくタミーまでもうろくしたか。もう年か」

「はぁ?」

「私が言いたいのはそのおっぱいのことさ!」

 多美に威圧されると冷や汗をたらしながら慌ててコロナを指差す。正確にはコロナの背丈に合わない豊満な胸部を指差す。

「どういうこと!? 私より明らか小さいのにおっぱいだけ私より全然大きいよどういうこと!?」

 いや、知らねぇし。出会ったときからですので私にはわかりかねます。

「まぁ良いよ。おっぱい大きいのはまぁ良いよ。あとで揉ませてね」

 断る。絶対コロナ嫌がるもん。被害が出たとき責任取れるなら好きにしろって思うけどな。

「問題は教室に入ったときから。いや入る前からだろう。そのときから今までずっと天使のおっぱいを堪能してたことに怒ってるんだよ!」

「コロナ~。一通り食ったぞ~。これで良いんだろ? ほれ口開けろ。さっさと食え~」

「あ~ん。むふ~♪」

「ナチュラルにスルーすんなよ! そしてあーんすんなよ! うらやまけしからんな!?」

 うるせぇな。お前なんぞよりもコロナの飯のが大事なんだよ。なにせこいつが終わらないと俺が食えない。

「なんなんだよ! リリンちゃんにロゥテシアちゃんにコロナちゃん! 良い女とばっか契約してイチャイチャしやがって! ハウちゃんに文句あるわけじゃないむしろ愛してるけどここまで見せつけられると不公平と言わざるを得ない!」

 知らんがな。モテない悪友その一みたいなこと言いやがって。たまたまこいつらと縁があったんだから仕方ないだろ。

「つーかお前いつにも増してヒートアップしてんな。普段の五割増しでうざいんだが」

「伊鶴は多趣味だけど特に可愛いものが大好きだからね。もっと言えば自分よりちっちゃい可愛い子が一番好き」

「才君よりもよっぽどロリコン臭漂うのは気のせいでしょうか?」

 八千葉に同意。すごく同意俺もそう思う。俺よりも断然こいつのが社会的に抹殺されるべきだと思う。

「やっちゃんなに言ってんだい。古来より可愛いは正義! 正義を求めるは人として当たり前! それになにより! 同性なら色々合法じゃないか! 裸の付き合いしても問題ないじゃないかぐへへ」

 最後に本音を漏らすんじゃない。あと現在いまは異性は言わずもがな、同性同士でもセクハラは訴えるし裁かれるぞ。

「けぷっ」

「お?」

 伊鶴が騒いでる間にも飯を食わせていたんだが、どうやらそろそろ満腹っぽい。デザートでも食わせて終わりで良いかな。

「ほれ」

「あ~ん。……!? ~~~~~っ」

 な、なんだ!? プリン食わせたらコロナのヤツが膝の上で暴れ始める。両手を握りしめ上下に振るわ、足は美味い物食ったときの何倍もバタバタさせるわ、体はハイテンポのメトロノームさながら左右にブンブン揺れるわ。危ないからやめろって。

「にゃーにゃー! あー! あー!」

 プリンが余程気に入ったのが催促が激しい。一口ごとにあんな暴れられたら大変なのでまず対面に座らせ直す。次に口についてる微量の油やらを拭き取り、抱きつかせる。俺の予想が正しければこれでプリン食わせても暴れず抱きついて頭だの顔だのグリグリするくらいに収まるだろ。暴れられるくらいならへばりつかれたほうが安全だからな。致し方ない。

「あー! あー!」

「はいはい。ほれ」

「むふ~♪」

 嬉しそうに鼻息を漏らすが、やっぱ表情筋はあまり動かないな。まぁ目はキラキラしてるし、抱きつきながら今度は上下に揺れてるし、態度はあからさまだけどな。

「あむ。むふ~♪ あむ。むふふ~♪」

 一口与えるごとに上下に揺れるわ顔胸にグリグリ押しつけるわ忙しいな。まぁ、案の定。暴れてたときよりも動作は小さいから全然良いけどな。さぁどんどん食え。そして俺に飯を食わせてくれ。

 ……っと、こんなことしてたらまた伊鶴に絡まれる……って思ったんだが。なんかおとなしいな。さっきからの様子を考えたら対面になった時点でギャーギャー言われてもおかしくないと思うんだが。どうしたんだ?

「……」

 伊鶴のほうを見ると、悟りを開いたような穏やかな顔をし、合掌している。ま、マジで何事?

「な、なぁ。あいつどうしたんだ?」

「さ、さぁ? 私も初めて見る現象だからなんとも」

 仲の良い多美でさえ初めてだと? つまりこれは未知の現象というわけか……! 人間相手に現象って言葉を使うのに多少抵抗を覚えるな。俺からしたら伊鶴は天災に近いからあながち間違ってない気もするけど。

「私が確認します」

 八千葉が伊鶴に近づき診察。俺たちはただ結果を待つ。

「こ、これは……!?」

「や、八千葉さん。ど、どうなんだ? 伊鶴さんに何が起きたんだ?」

「ご臨終です……」

「そ、そんな……!?」

「いやいやいやいやいやいや」

 八千葉も八千葉だけど夕美斗も夕美斗だわ。ノリが良すぎるだろ。夕美斗に至っては迫真過ぎるし。……まさか本気にしてないよな?

「げ、原因はなんなんだい? いったい彼女になにが……!」

 ミケ、お前まで流れに乗るんじゃない。

「死因は……萌え死です。コロナちゃんのデザートを食べたときのリアクションが可愛すぎて容量過多キャパオーバーしたのでしょう」

 く、くだらねぇ。超くだらねぇ。本当ものすごくどうでも良い死に方だなおい。が、しかし。静かになっていることだし。これはこれで良いな。願わくば。そのまま安らかに眠っていてくれ。

「にゃーにゃー。あー!」

 伊鶴なぞに目もくれずプリンを催促。はいはい。お前はどこまでいっても誰よりもマイペースだな。羨ましいことだよ。

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