第69話
「静かに入れ」
「す、すみません……」
慌てて教室に入るとすでに小咲野先生がいる。注意されたが遅刻にはならなかったので良かった。あ~朝から疲れた。軽いとはいえ人一人抱えて走るとかキツい。リリンからの侵食で体は多少丈夫になっててもまだ人間の範囲ってことだな。少し安心……なのだが。やはりコロナ抱えてると目立つな。あからさまにヒソヒソ話が始まったよ。午後はともかく午前は他の連中も顔出してるからな。いやまぁ出なかったらさすがに欠席扱いだし。退学まっしぐらだろうけどもな。
「学園長から話は聞いている。今日だけは許すが明日から預託所に行け」
「う、うっす」
預託所。事情があって世話が必要だったり元の世界で待機できない契約者の預ける場所。ようは託児所みたいなもんだったかなたしか。俺も預けたいんだけどコロナを引き剥がせる気がしないんだがしかし。
「やぁ。おはよう。才。昨日は倒れたから心配だったんだけど。また新しいレディを連れているね?」
「人を女取っ替え引っ替えしてるプレイボーイみたく言うな」
席につくと早速ミケにいじられる。心配はありがたいが俺をいじるんじゃねぇ筋肉達磨。
「とぅ! さっちゃんその抱えたお人形みたいな女の子はなんなんだい!?」
我慢できないと言わんばかりに伊鶴まで参戦。クソ。厄介なのが絡んできやがったな。どうせ昼とかに詳細聞いてくるクセに時間のない今聞かなくても良いだろ。席に戻れよ。
「ほらほら。どこで拾ってきたんだいこのスケベ大魔人」
「あん?」
「じょ、冗談だよ。怒んないでよ……」
コロナを指差してのスケベ発言なのでさすがに見過ごせない。リリンは雰囲気からして大人なのはわかるしロッテも言わずもがなだが、コロナは別。身長も知能も言葉もあからさまに稚拙。誤解が生まれるだけで俺には社会的死が待ち受けている。ここはちゃんと注意しとかないとならぬ。
「お前次こいつ絡みでおかしなこと言ったら絞めるからな。物理的に」
「う、うぃっす。了解ッス。じゃ、じゃあとりあえず紹介だけでもしてもらって良いかな~? 良いよね~? それくらい良いよね~?」
威圧が効いたのか恐る恐る尋ねてくる伊鶴。ふ~ん。本気で不機嫌な感じを出せばお調子者の伊鶴でもたじろぐのか。覚えとこう。
……紹介ねぇ。まぁそれくらいなら良いか。
「こいつは昨日契約したコロナ。ほら顔上げろ」
「………………ん」
教室に入ってから顔を肩に、座ってからは胸に埋めていたが、こちらも恐る恐るといった感じで顔を伊鶴に向ける。
「……ぷっは!」
「うわっ!?」
「……!?」
コロナの顔を数秒見ると、天を仰ぎ後ろに倒れる。その際に机に頭をぶつけバウンドし、床に崩れ落ちる。あ、驚きの声を上げたのは隣の長机に座ってる名前も知らないモブです。
コロナも声か伊鶴の奇行かその両方に驚いたのか顔をミケのほうへ向ける。
「お、こんにちは可愛いレディ。僕はマイクっていうんだ。僕は才の親友だから顔を合わせることも多くなると思うからよろしくね」
「……っ。……ん」
「おっと。怖がらせちゃったかな?」
「気にすんな。俺以外にはこれがデフォだ」
紳士的な対応をするミケにも人見知りを発揮し、胸に顔を埋める。その仕草を見た何人かのクラスメイトは顔にときめきが表れてる。たしかに可愛い仕草ではあるんだが……。後々を考えると俺は心配で萌えるどこじゃない。なんかもうオカン目線の俺である。
「さ、さっちゃん……。マジでなんなのその可愛い生き物……。マジでなんなの……」
後頭部を押さえながら立ち上がる伊鶴。やっぱ痛かったのか。わざわざ大袈裟なリアクション取るからそうなるんだぞ。ざまぁみさらせ。
「なんなのって……。だから俺の契約者。さっきも言ったろ。鳥頭かテメェは」
「んなこたぁわかってるわ!」
「っ!?」
「大声出すな……! コロナがビビるだろ……!」
「ごめんね……!」
じゃあ何が聞きてぇんだよおめぇはよ。どうせまた下らないことだろうけどな!
「私が聞きたいのはその天使が……あ~こう。なんていうか……その……」
まとまってから話せや。無意味に絡んで、叫んでコロナビビらせて。なにがしてぇんだよ。この厄介者。
「とにかく! その可愛い天使を私にくださいな!」
脈絡0じゃねぇかなに言ってんだ。顔真っ赤にして鼻息荒くしてこのド変態め。
「まぁ、コロナがお前のとこのが良いってんなら任せても良いけど」
「マジで!?」
あり得ないと思うけどな。だってコロナ伊鶴がしゃべる度にガタガタ震えてるもん。可哀想なくらい見事にビビり腐ってる。
「コロナ~。この歩く騒音がお前を引き取りたいとさ。お前はどうしたい? こいつんとこ行くか?」
「酷い紹介だけど天使に免じて許す! さぁそんなむさ男なんて捨てて私のところにおいで~♪」
お前も大概だな。誰がむさ男だよぶっ飛ばすぞ。さてさて。コロナの判定は……。
「やっ」
ギュッ。即答。俺の勝ち。はいこの件はおしまい。いやはやここまで迷いなく答えられると伊鶴が可哀想に……。
「はぁ~……がんわいい~……」
全然凹んでねぇ。少しは堪えろよ。俺の憐れみを返せ。両手で頬杖ついてうっとりした顔しやがって。ムカつくな。
「時間だ席につけ」
「はーい」
コロナの可愛さを堪能し、スキップしながら自分の席に戻る伊鶴。クソ。結局あいつを喜ばせるだけの時間だったじゃねぇか。納得いかねぇ。
「はぁ~ん。可愛いねぇ~。コロナちゃんマジ天使……。ねぇさっちゃん。やっぱちょーだい? せめてチュッチュッさせて」
「あんたさっき拒否られたばっかでしょうが……。まだ子供みたいなんだからあんまり困らせないようにしなよ」
「可愛いのは同意しますけど。怖がらせるのは良くないですよ? 嫌われちゃいますよ?」
「わ、わかってるけどこの可愛さには抗えないなにががある……!」
「う~ん……。私も許されるなら抱っこしてみたいな……」
「やめとけやめとけ。俺以外が触れようとすると鼓膜がぶっちぎれるほど鳴き叫ぶぞ」
「え、こんなに愛らしいのにものすごい物騒なレディだったの!?」
授業と授業の間の休憩時間。いつもの面子が集まる。皆やっぱりコロナが気になるようだな。まぁ人目を引く容姿だし気持ちはわかる。遠目からも。
「チッ。また新しい契約者。ドベのクセに」
「ふざけた授業に参加して媚売ってるだけのヤツらが調子に乗りやがって」
こんな風に別の注目も集めてるしな。まぁ陰口には慣れてるし。他のヤツらの耳に届いてないところを見ると俺の聴覚が鋭敏になってるんだろうな。リリンの影響がここにも出たか。聞きたくもねぇ陰口が耳に入るのはいただけないな。どうにかしたいもんだ。
「あ、そうだ。チョコスティックあるけどどう? コロナちゃんは甘い物好きかなぁ~?」
「……や~」
気になってはいるようだが拒否。好き嫌い以前に知らない食べ物を受け付けねぇんだよな。お菓子でも釣れなくてさすがの伊鶴も(´・ω・`)こんな面してるわ。仕方ない。俺が一肌脱ぐか。コロナの好みも調べたいし。
「それ寄越せ」
「人に物をねだる態度じゃねぇな? 土下座しろよ」
なんで菓子一つで土下座せにゃならんのじゃ。調子乗んなよ。
「良いから寄越せ。コロナは俺経由じゃないと基本的になんもしないしなんもできねぇんだよ」
「そういうこと。だったら最初からそう言えば良いのに~」
うるせぇ。お前が黙って寄越せばそれで解決だったんだよ。ったく。とりあえずお菓子は入手できたんでコロナに与えたいとは思うんだが……。一度俺が口にしないと食べないんだよな……。めんどくさいが仕方ない。
「ん……ほれ。大丈夫だぞ。食っても良いぞ」
「……ん」
チョコスティックをくわえてそのまま先のほうだけをポリポリ食べると、コロナはやっとお菓子を口にする。ただし俺がくわえたままのを。つまりはあれだ。ポッキーゲーム的な感じになってしまった。
「っと」
「~♪」
慌てて口を離すも時すでに遅し。俺の唾液がついた部分もコロナは食べきってしまう。その様子をちゃんと目にしたのはいつもの面子だけではあるんだが……。
「ヒュー♪ 見せつけるねぇ」
「だ、大胆だな」
「いや~もうこれは事案でしょ」
「い、いえ直接口と口ではないですしギリセーフ……かも?」
「おい死ぬか? このぺド野郎。羨ましいぞボケカス死ね」
言いたい放題だな。いやたしかに至近距離で食べたのもくわえたままだったのも迂闊だったけどそこまで言うか? めちゃめちゃ心外だぞ。まぁ他のクラスメイトに見られなかっただけマシってことで良いけどさ。
「にゃーにゃー。あ~」
「はぅん♪」
あ、おかわりね。はいはいわかりましたよ。今のコロナの催促で機嫌を戻した伊鶴から追加をもらい、手ずから与える。もちろん今度は口渡しじゃねぇからな!
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