第64話

 医務室に連れてこられて、少女は目を覚ます。物心ついた頃には白い場所にいたが、その場所は様子が違った。

「目を覚ましたのね? 気分はどう……ってまだ契約をしていなかったわね。言葉はわからないか」

 養護教諭が話しかける。別の世界から来たどころか、生まれてこの方彼女は会話をしたことがない。言葉そのものを知らない。だがそれでも。感情や思考はある。まず最初に彼女が思った事。それは――。


 ――違う。


 目を覚まして目に入ったモノは彼女の求めていたモノじゃない。

「……や」

「え?」

「………………ッ」



「やああああああああああああああ!!!!!」

「うぉう!? ビックリしたぁ!」

 背はちっこくとも一応女ということで医務室の外で待っていたんだが、突然中から悲鳴が聞こえる。おかしいな……。防音仕様のはずだけどな……。って、それどこじゃねぇ。中を確認しないと。

「し、失礼します」

「~~~~~~」

 養護教諭の先生が耳と目を塞いでいる。もちろん俺も。じゃないとこの爆音に耐えられない……!

「やあああ! やあああああああああああああ!!!」

 案の定と言うべきか犯人はやはりあのロリ巨乳だったか。今は患者衣みたいなの着てるからマシだけど。凹凸がやばいよ凹凸が。おっぱいが押し上げてらっしゃる。っとそんなこと考えてる場合じゃない。さっさと止めないと鼓膜がやられる!

「おい! 静かにしろ!」

「やあああああああああああああああ!!!」

「おい!」

「やああああ! やあああ! やあああああああ!!!」

「おいって!」

「やあああああああ!!! やあああああああああああああ!!!」

 イラッ。

「聞いてんのかクソガキ!」

「ちょ!?」

 思わずゲシッとベッドを蹴ってしまった。養護教諭の先生から驚きと非難の目が向けられてるけど知りませーん。

「……」

 ベッドを蹴られたことでやっと俺に気づいたのかピタッと声が止んだ。俺も養護教諭もなんでって面してるわ。本当、なんで?

「あ~。あぁ~……!」

 鳴き止んだと思ったら今度は俺に向かって両手を向ける。……なんか、抱っこをねだる子供みたいだな。ここで拒否してまた鳴かれても洒落にならないのでベッドに腰かける。

「ほら、こっちこい」

「あ、あ~! あ~!」

 ヨタヨタとおぼつかず、ぎこちない動きで必死で俺のところまでたどり着き、ひしっと抱きついてくる。おっぱいやらかいなぁ。ただ真横から抱きついてるから体勢がキツそうだな。あといくら軽くても片腕に体重全力でかけられたら痛い。

「ほら」

「あう」

 俺は抱え直し膝に乗せる。このほうがお互い楽だわ。

「………………ん!」

 少しの間俺の顔を見上げたかと思うと、改めて抱きついてくる。なんだろうおっぱい思いっきり押し付けられてるしお尻にもお肉がのってて膝にもやらかい感触があるんだが。仕草全てが子供というか赤ん坊みたいでまったくエロい気持ちが湧かなくなってきた。個人的には湧かないほうが助かるから全然良いんだけどな。

「ぅ……ぁぅ……」

 しばらくすると急に嗚咽が漏れ始めた。おい、また鳴き出すんじゃないだろうな? この至近距離でやめろよ。鼓膜だけじゃなく内臓すべからくやられるから!

「ぅああああああああ……!」

 ホッ。思ったりよりも静か。鳴くよりも泣くほうが静かなのねお前。それでも赤ん坊の癇癪くらいはうるさいけど。さっきより全然マシだから許す。泣いてる理由はわからんが存分に泣け。

「よーしよし」

「あう……ひっく……あああああ!」

 背中をポンポンと叩いてやると少しだけ落ち着いたようだ。徐々に泣き止んでいく。う~ん。にしても喚いたり抱っこせがんだり泣いたり。本当赤ん坊みたいだな。体の大きい赤ん坊。うん。そう思ったほうがしっくりくるし対応もしやすい。こいつに対してはそう接しよう。



「じゃあ落ち着いた事だし。ちゃんと診ましょうか」

「やあ……!」

 一難去ってまた一難。赤ちゃんが診察を拒否! これまた病院嫌いの子供の如く拒否! しがみつく力がどんどん強くなっていく。足まで腰に回してコアラみたくへばりついてるわ。そんなに嫌か。

「ん~……! ん~ん~……!」

 顔を胸に埋めてグリグリしてくる。おいおい顔そんなにして痛くないのか? 正直俺は鼻がゴリゴリ擦れて痛いからやめてほしい。

「はぁ~。ここまで嫌がられたら仕方ないかな。今日のところはやめておきましょう。目が覚める前に外傷がないのか確認してるしね」

「そうですか。なんか、すんません」

「ただ、カルテと報告書はまとめたいからこの子の名前だけでも教えてもらえる?」

 あ、そういえば約束してたな。名前つけるの。しまったな。まだ考えてない。どうしよう。

「ん~……」

「あう?」

 こいつの容姿は銀の眼と白銀色に輝く髪。イメージは隠せないほどに激しく強い炎。……安直だがまぁ。これで良いか。

「こいつの名前はコロナ。コロナです」

「……んん!」

 より一層強く顔をグリグリ押しつけてくる。だから痛いっての。


 ――ナマエ。ダイジナモノ。モラッタ


「!?」

 今のは……。こいつの……。コロナの感……? か? ゲートを開いてからはあまり聞こえなかったんだがなんで急に……。

「あれ?」

 さらに別の違和感も感じ、ふとグリモアを開いてみる。中を確認すると新たな項目が記されていた。コロナと契約したという内容が加わっている……。おいおいまさかとは思うが名付けただけで契約しちゃったの? まだ契約内容とか決めてないんだけど。

「んんんんん……!」

 ……ま、いっか。なんか嬉しそうだし。

「よし。後日何かあったらまた学園に報告を入れてね。それじゃあもう帰っていいわよ。もう二十二時回ってるし。急いだ方が良いんじゃない?」

 あ、もうそんな時間か。寮につく頃にはさすがに食堂も閉まってる時間だし。……この格好のコロナを連れ回すわけにもいかない。とりあえず部屋に戻ったらリリンのストックしてる食料でもいただくか。



「おう好きに食え」

 既に部屋に戻っていたリリンとロッテは食事を済ませていたらしい。ロッテは躊躇していたようだが、待つことの無意味さをリリンに淡々と述べられ渋々食べたらしい。まぁ、そのほうが良いのは俺も同意。俺らが食ってる間に風呂でも済ませてほしい……んだが今は待ってほしいかもしれない。理由は勘の良いヤツならわかるな? わかるね? わかれ?

「さて、と。おい、降りろ」

「やぁ~」

 ベッドに座らせようとするが離れない。飯準備するのに邪魔だから離れてほしいんだけど。準備つっても冷凍温めるだけだけどさ。

「おーい。離れろ~」

「やっ」

「……ロッテ。ちょっと着替えてきてくんね? それから飯の準備頼む」

「お、おう。わかった。任せてくれ」

 犬状態のロッテは服を持って脱衣所へ。犬から人になる際は全裸のままで服ごと変われるわけじゃない。そんなご都合主義はないのだ。ちなみになぜリリンに頼まないかというと、今割りと真剣な顔でゲームをやってるから。それに下手に頼みごとはしたくないんだよな。あとが怖い。たまーに悪知恵働かせて変な見返り求めるからなこいつ。

「待たせたな。何を食べる?」

 ロッテがラフな服を着て戻ってくる。サマーニットにショートデニムとはまた狙ったような格好しやがって……。胴体の露出はそこまでないがサマーニットを胸が押し上げてるし、足も出しすぎじゃないか? 足が長いせいでそう感じるかもだけど。とにかくセクシャル。しかも本人こちらの文化に疎いから自覚なし。まったく誰だコーデ教えたヤツ。十中八九被服部だろうけどさ。はぁ……。少し目のやり場に困るけど。頼みごとをする身としては文句言うわけにもいかない。今は目をつぶろう。飯も早く済ませて寝たいし。

「そうだな……。パスタとかあるか?」

 麺類ならスルッと入るし。スープがあるものは熱くて食うのに時間がかもしれないから妥当なとこだろ。

「え~……。ペペロンチーノ。カルボナーラ。ボンゴレ。カニトマトクリーム。イカと海老のペスカトーレがあるな」

 おおう。結構種類多い。

「なぁリリン。どれ食って良い?」

 思ったより種類があったし、一応確認は取っとこう。ないとは思うがたまたま適当に選んだのが明日食べる予定だったぁ~みたいのは避けたい。絶対罪悪感がある。

「ボンゴレとペスカトーレ以外なら良いぞ。特に最近は貝の気分でな」

 と、言いつつホタテの干し貝柱とつぶ貝の缶詰をつまんでる。あと鮫軟骨の梅肉和え。だからいちいち渋いなお前。まぁとにかくその二つ以外なら良いとなると……。

「カルボナーラとカニで頼む」

 これなら子供の舌でも比較的食べやすいだろうからな。こいつの味覚もわからんし。無難なほうが良いわな。

「わかった」

 ロッテは一人前ずつレンジに入れて温める。ちゃんと時間とワットも書いてある通りにやってるみたいだ。この短期間でよくもまぁ覚えたものだよ。どうなってんだ異界の生物の知能。なんで知らない世界の文字そんな早く覚えられるの? 脳みそどうなってんだよ。

「そら。できたぞ」

 ご丁寧に皿に移してフォークとコロナ用のスプーンまで用意してくれちゃって。偉いなお前。

「ありがとなロッテ」

「お、おう。……えへへ」

 今は人型だがちゃんと労いのナデナデをしてやる。こういうことは忘れたらあとで痛い目に合いそうなので欠かさない。好意や親切を当然と思ったら終わりだぞ。

「コロナ。飯だぞ。降りろ」

「やぁ!」

 頑なだな……。飯のときくらい離れろよ……。はてさてこれどうしたものか……。

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