第63話

バトルパート


     リリン

      VS

     ???



 巨体とは思えぬ速度で突進する鎧をリリンは影で受け止める。しかしいつものように動きが止まらない。ギリギリと音を立てつつ少しずつ近づいていく。

「フム?」

(大量のマナを常時帯びている為か影で止めきれん。……いや、まだ別の要因がありそうだな)

 物理的な力であればリリンの影で防げぬモノはない。であれば空間を歪める程度には強いマナが必要になる。つまり鎧はマナを用いたナニかをしている事になるのだが。

(影で触れた感じからして違和感があるのだがな……。よくわからん)

 聡明なリリンでさえも鎧の能力を把握しきれない。見た目よりもずっと複雑な作りをしているようだ。

「……ッ!」

「……ぬぅ」

 鎧は熱を帯びると力が増していく。リリンの影をものともせずに駆けていく。

(り、リリンの影が通用してねぇ……。いや、マナが足りねぇんだ。もう少しなら送っても問題ないはず)

「んぁ……! い、いきなり送るな……。驚くだろうが……。が、良いタイミングではある」

 才からマナを受け取るとリリンは影の範囲を増やし拘束力を増す。鎧も負けじと熱を上げ、比例して馬力も増す。力は拮抗し、お互い身動きがとれない状態になった。……誰もがそう思った時。

「………………ッッッ!!!」

「!?」

 鎧は一瞬熱波を発すると一時的だが影を弾き飛ばした。ロッテがかつてやった方法に酷似しているが、今回は単純にマナだけ。咆哮という小細工はない。

「……ッッッッッ!」

 二度目の熱波で自らの速度を爆発的に上げてリリンに詰め寄り拳を振り上げる。

(不味いな。防御は間に合わん)

「……ぐっ! がは……っ!」

 振り上げられた拳がリリンに叩き込まれる。たった一撃で服は焼け焦げ、肌も所々焼き爛れてしまった。

「ッ! ッ! ッ!」

「ぐぁ……! げはっ! あぐっ」

 鎧は熱波を何度も発し、その数だけ拳を叩き込む。影で防御しても影ごと叩き潰される。いくら力を制限されているとはいえここまで圧倒的だと認めるしかない。

(あれはリリンと同格だ……。じゃなきゃ制限されてるリリンを圧倒できるわけねぇ……)

 軽く絶望をする才。その間にもリリンは何度も熱と拳を叩き込まれる。一撃一撃の攻撃の度、苦痛に歪む声が。飛び散り即座に蒸発させられる血が。より絶望感を煽る。

「ぅ……ぁ……」

(フム。喉が潰されたか。圧力と、熱波を吸った為に粘膜が焼けたようだな。やれやれ……。こちらの痛みは遮断できるから良いのだがな)

「ぃ……っ! ぁ……っ!」

(こ、こっちが問題だな。マナでの知覚は別物だ。遮断できん。あ~痛い。ものすごく痛い。ド畜生が。我とてこれ程の痛みは新鮮な感覚だが、最早ただ苦痛なだけだぞ。しかし、ここまで好き勝手されたらある程度わかった事も出てきたがな)

 影を挟んでいたとはいえ、直接何度も触れる事で鎧の構造を多少読み取ったリリン。流石ただではやられない。

(この鎧……。ほぼマナだな。元の材質は金属だったろうが、変質している。何かしらの方法で存在が曖昧になっているようだな。それより問題は学習能力の方。原理がわからん。中身が思考しているのか、鎧にかかっているわかったところで変わらんが)

「ぅぐ……!」

(さて、と。いつまでもやられてるわけにはイカンな。が、こいつ相手に正攻法は無理そうだ。となれば)

 リリンは影を使い自分の体を引っ張り、鎧の連打からエスケープ。しかし、既に全身の六割の筋肉を断裂。脳以外の内臓を損傷。骨折多数。手足に至っては肘から先、膝から先は全滅。立つ事も拳での打撃も物理的に不可能な状態だ。

「……ッ!」

 逃がさないとばかりに鎧は追撃をかける。

(早々逃がしてはくれんよな。だが一瞬あれば準備など事足りる。既に逃げる必要はなくなっているぞ)

 丈夫なはずの訓練場の床を破壊する鎧の拳。拳の下にリリンの姿はない。

「そら」

 今度はリリンの攻撃。背後から蹴りを入れて鎧を転ばせる。全身ズタボロのはずのリリン。何故動けるのか。

「な、なんじゃあれ……」

「儂にもてんでわからない。わからないが、異常な気配と異様な姿なのはわかる」

 リリンは自らの体を影でコーティング。無理矢理筋肉と骨の役割を影でこなしている。これによって何とか身体機能を維持。

(くぅ~……! マナでのダメージを負った体を無理に動かすのは辛いなぁ! 神経もやられてる所為か痛覚遮断も半端にしか作用していないな。回復するまでは攻勢に出ず回復に専念した方が良さそうだな)

「……ッ! ……ッッッ!」

 起き上がった鎧は再びリリンに襲いかかる。ダメージをまったく感じさせない動きだ。というよりダメージがないのだろう。リリンの打撃を二度受けても傷一つついていない。

「……くっ!」

 苦痛に顔を歪めながらも回避に専念するリリン。影の中では肉体が治癒し始めているが、まだ時間がかかりそうだ。

「マナを寄越せ!」

「お、おう」

 治癒を早めるべく才にマナの供給を指示。これにより内臓の半分は修復。内臓が回復した事により肉体への負担は軽減され回避にも余裕ができる。リリンは徐々に肉体を回復させていく。

(フム。体のほとんどは戻ったか。これで攻勢に出れる……のだが。いかんせんマナが足りん。ダメージを与えられる気がせんな。才も成長してはいるのだが、現段階でこれ以上はマナの供給は望めんな。また手足の血管が破裂させてしまう)

「ふん!」

「……ッ!」

「フムフム」

(弾く程度はできるか。だがまたあの熱波でマナを増やされては防げんな。影ごとまた体を粉砕されてしまう。その前に手を打たんとな)

 リリンの影は超高密度のマナの塊。それをリリンは手の中でさらに圧縮していく。

(フム。圧縮する事自体は可能か。だが慣れない故に時間がかかるな。仕方ないが)

 幸い鎧の攻撃は速いがロゥテシア程ではない。リリンは回避し続け、時間をかけ肉体を完全に回復。手の中の影も納得がいく程度には圧縮できた。あとはこれを――ただぶちこむだけ。

「……ッッッッッ!!!」

「弾け飛べ」

 鎧の振り下ろされる拳に合わせ影を解放。圧縮された高密度のマナが鎧の腕を飲み込み破壊する。

「あん?」

 思わずガラの悪い声が漏れるリリン。だがそれも仕方ない。確かに今破壊した。破壊したはずなのに。一瞬で腕が元通りになっているのだ。不可思議な現象にさしものリリンもついていけない。

「と、呆けてる場合でもないな」

 何度倒そうが、腕を吹き飛ばそうが即座に反撃に転じる鎧。さらに攻撃はリリンの影を押し潰すくらい強力。不死身であり怪力無双。倒す術がリリンには見つからない。

(腕は確かに吹き飛ばした。もぎ取ってやった。だが刹那の間にもう生やしていた。回復とかそういう次元じゃない。奪った腕もヤツに生えた時には消えていたしな。カラクリはあるはずだ。そのカラクリがわかるまで、何度でもその腕ぶち壊してくれる……!)

 リリンは何度も圧縮した影を鎧に放つ。その都度腕や足や胴体は一度壊れるも一瞬で元に戻る。それでもリリンは攻撃の手を緩めない。

「……ッ!」

「うお!?」

 鎧もただやられているわけではない。圧縮には時間がかかる。つまりその間は鎧の攻撃が来る。

(動きを先読みされた。ヤツめ。脳みそがあるかもわからんのに学習しているな)

 現在わかっている事は鎧の破壊力は制限されたリリンの影を凌ぐ程強い。破壊しても回復という次元を超えて元の姿に戻る事。わからない事は学習能力の出所と倒し方。

(ん? 回復の次元? ……あぁそうか。我は間違っていた)

 頭の中で情報をまとめる事でリリンは一つ気づく。

(あれはほぼマナだ。であれば回復とかそういう域で考えるべきじゃない。あれは物質ではない。もっと曖昧なモノだ。破壊される度マナに還元し鎧の形に再構成しているだけだ。だからあれを破壊するには方法は二つしかない)

 鎧を倒す方法。その一。マナの枯渇。あの鎧はマナで構成されマナで動いている。恐らく核となる存在が燃料となっているのだ。つまり核となってる存在のマナがなくなれば鎧も姿を維持できなくなる。

(が、それは不可能。我と同等であれば星一つ埋め尽くす力がある。それが全て燃料になっているのであれば。絶える事はないな。先にこちらが潰れる)

 鎧を倒す方法。その二。核そのものを破壊する事。リリンは何度も攻撃を行っていたが、鎧は首元だけは必ず守っていた。つまりその付近に核がある。そこに圧縮した影を当てれば或いは核を破壊できるかもしれない。

(それも無理だな。恐らくその核が才と繋がっていたヤツ。殺しては元も子もない。という事はこれは……)

「詰んだな」

 半永久的に完全な姿を保ち戦い続け、尚且つ核となる部分に手を出せないのであればリリンにはどうする事もできない。リリンができる事はもうあと一つしか残っていない。

「才! 我では止められん! あとはお前がなんとかしろ!」

「……は!?」

 すっとんきょうな声を出す才だが。現状がわからない程バカでもない。

(さっきからリリンの影がほとんど通じていない。かといってあの熱波じゃロッテも手出しできない。残るは俺……なんだが。俺が一番役立たずな気がするんだが……)

「ぅぐ!」

 リリンの行動を学習していく鎧。攻撃がまたリリンに当たり始める。制限の所為で手札の限られるリリンではこの鎧の相手は荷が重い。じり貧も良いところだ。

(このままじゃ死なないにしても無駄にリリンを苦しませるだけ。あいつが気を引いてくれてるうちに何かやらねぇと。俺のできること……俺のできることってなんだ? 俺ができること……)

 才はふと、鎧の方を見る。何かあと少しで思い付きそうになったからだ。

(鎧は最初俺に向かって来ていた。きっとあの中にはあいつもいる。繋がりがあるのは……俺だけ。俺だけができること……って、それだよな。それしかねぇよな?)

「……っ! げはぁっ!」

 才が考えてる間もリリンは戦い続ける。勝機のない戦いだとしても。才を襲わせるわけにはいかないからだ。自分でしか時間稼ぎすらできないからだ。

(あ~クソ! 足踏みしてる場合じゃない。やってみるしかない)

「ロッテ。何が起こるかわからんが、俺のこと頼んだぞ」

「無論。最初からそのつもりだ」

(頼もしいな。じゃあちょっくら試させてもらう)

 才はロッテの背中にしがみつき、いつ気を失っても良いように構える。これからやる事はその可能性があるのだ。

「んんんんん!!?」

 強く密着され狼狽えるロッテ。しかし才にロッテを構う余裕はない。

(繋がりはあるはず。深く繋がってるはず。今は隠れてるだけでなきゃおかしいものだ。探せば見つかるはず)

 才はリリンと繋がる感覚を思い出す。そしてその感覚に近いモノを自分の中から探す。それがきっと彼女との繋がりだから。深く潜るようなイメージで。別の何かとの繋がりを探していく。

(……あった)

 見つけた。あとは手繰り寄せるだけ。

(繋がったからって事態が好転するかはわからない。だが、あいつとは意思の疎通ができていた。ならせめて動きを止めて大人しくさせるくらいは――)


 ――アァアアアァァァァアァアアアァァア


「うわぁぁあぁぁああぁぁあ!!?」

「ど、どうした!? 何があった!?」

 繋がった瞬間流れ込んだ感情の奔流。寂しい怖いもどかしい会いたい繋がりたい話したい届かない嫌苦しい悲しい狂おしい。あらゆる感情が一気に才へ流れ込む。どれも純度の高い感情。いつもみたく繋がっても意識は持っていかれなかったが、才は発狂寸前まで追い込まれる。

(ち、違う。これは俺の感情じゃない。俺のじゃない。大丈夫。大丈夫。俺のじゃないから大丈夫)

 ガタガタと震えながらも歯を食い縛り、無理矢理自分を落ち着かせる。この感情の波に飲まれれば心が死ぬ事が直感的にわかってしまったからだ。

「おい!? 才!?」

 心配そうに何度も呼ぶロッテの頭を震える手で撫でる。歯を食い縛ってる為声は出せないが、大丈夫だという意味を込めて撫でる。

(気持ち悪い……。だが繋がれた。なんであんな風になってるかはわからんが、あとは呼び掛けるだけだ。応えてくれよ)

 才は再び声をかけ始める。今度は感情の波に押し潰されないよう覚悟を決めて。



 ――アァアアアァァァァアァアアアァァア


 おい。


 ――アァアアアァァァァアァアアアァァア


 おいって。


 ――アァアアアァァァァアァアアアァァア


 うるせぇよ!


 ――アァ……


 おい。


 ――……


 返事はしろ。


 ――…………イタ


 何が。


 ――ン


 俺のことか。


 ――ウン。トドカナカッタ。ノ


 何が。


 ――アナタニトドカナカッタノ


 よくわからんが……。それであんなになってたのか。


 ――ウン。コワカッタ。チカイノニトドカナカッタカラコワカッタ。ア、アァァ……


 わかった。わかったから! もういるだろ。だからもう泣くな叫ぶな落ち着け?


 ――……ウン


 はぁ……。なぁ。あんだけ泣いたら疲れたろ? もう寝ちまえよ。


 ――ナク。ワカラナイ。ツカレタハスコシワカル。カモ


 あ、そ。とりあえず寝ろ。


 ――デモ


 不安なのか? 安心して良い。目が覚めたらたぶん。会えるだろうから。


 ――ホントウ?


 たぶんだよたぶん。でもまぁ。なんとかなるだろ。


 ――ワカッタ。ネル。オキタラ。アエルカラ。アイタイカラ……ネル……


 おやすみ。またあとでな。


 ――…………ウン……………………



「………………」

「フム? 止まったか。ふぅ……」

 鎧は止まり、倒れ、姿が消えていく。ひとまず戦いは終わりを告げ、リリンは影をしまい一息つく。

「ゴフッ」

 影をしまった所為で固定していた折れた肋骨がズレて内臓に刺さる。うっかりである。すぐさま手を腹に突っ込み無理矢理引き抜く。

「何やってんだお前……」

 呆れ声でロッテの背中に乗り近づく才。ある程度近づくとリリンの格好に気づき目を伏せる。

「……? どうした?」

「どうしたじゃねぇ……。ほぼ裸じゃねぇか……! 影出せ影。おっぱいを隠しなさい」

「おう。うっかりしていた。お前は女の裸を見るのが嫌いだったな」

(別に嫌いではないけども。倫理的観点だよクソ)

 リリンは影で服を再現。やはりというべきかドレス。慣れているから落ち着くのだろう。

「さて、落ち着いたところで。あれだが」

 リリンは鎧のいた場所に親指を向ける。そこには白銀色の髪をした少女が倒れていた。

「どうする?」

「どうするもこうするもないだろ……。とりあえず医務室に連れていく。ロッテ」

「あぁ」

 ロッテに指示し少女に近づく。傍までいくとロッテから降りる。

「おっとと」

 足元がフラつく。肉体的ダメージはないが、短い時間とはいえ精神に多大な負担をかけたのだ。無理もない。

「大丈夫か?」

「心配すんな。問題ないから」

 ロッテの心配を軽く流してうつ伏せの少女をひっくり返す。

「うっ」

(こ、こっちも服着てねぇのかよ。しかも背はちっこそうなのにやたら胸デカイな……。目のやり場に困る……。顔も整ってるし余計に気になっちまう……)

「すぅ……すぅ……」

「……」

(意外と穏やかな寝顔してる。夢のあれが本当ならこいつは長い間苦痛にさらされてたんだよな……)

「はぁ……仕方ない……」

 才は少女に上着を被せ、ゆっくり抱えあげる。体重は軽いので疲労している体でも難なく持ち上げられた。

(いっそ起こして自分で歩かせようかとも一瞬考えたが。今までどれくらい苦しんでたか知らないけど短い時間じゃないだろうしな。寝かせといてやろう)

 才は少女が起きないよう優しく運ぶ。この先彼女に何が起こるかはわからない。でも今この一時だけでも安らかに眠らせよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る