第62話

 所変わりクラス用室内訓練場。学園長が俺たちだけのために貸し出してくれたらしい。演習場はかなり丈夫に作られているが、訓練場も同様にかなり無理をしても平気らしい。観覧席と安全エリアがない以外は違いはないとのこと。ここならばいざというときでも対応できそうだ。……いざというときが来ないのが理想だけどな。主に戦闘的な意味で。

「さて、準備も整ったことだし。開いても良いぞ」

「儂も今回は少しだけ本気出しな。」

 いつものドレス(勝負服? らしい)を着たリリンとサイズは小さいが犬の姿のロッテ。人間よりも犬のときのが変換に必要なエネルギーが少ないらしい。だったらわざわざ人間の姿じゃなくて良いよ。ずっと犬でいろ。とか言うとしょぼんっとしちゃうから言わない。

「んじゃ。夢に出るあの娘とご対面といくか」

「……女なのか?」

 いや、知らない。雰囲気で言った。ごめん。



 ――……?


 いつもより光が大きかった。温かな光が大きかった。いつも光に触れたら幸せな一時が過ごせていた。大きいならもっと幸せになれるのだろうか? 彼女は手を伸ばしてみる。実際には伸ばせないけれど。


 ――……


 届かない。いつもより大きいのに。いつも通り手を伸ばしてみても届かない。彼女はより強くイメージする。それでも届かない。


 ――……ッ。…………ッ!


 もどかしくて泣きそうになる。泣いたことなんてないけれど。彼女は強くイメージする。何故ならあの光の向こうには彼がいるから。


 ――……


 届かない。いつもより大きいのに。強くイメージしているのに。強い繋がりを感じるのに。


 ――……ア


 彼女の中でナニかが膨れ上がる。その感情はなんだろう? 彼女は知らない。彼女は何も知らない。


 ――……アァ


 溜まって、膨れて、広がって、そして……。


 ――アァァァアアアアァアァアァァァア


 弾けた。強い感情の発露。大陸を焼き尽くし、星を滅ぼして以来の大きな感情が彼女を襲った。光の向こうの知らない誰かとの一時がまた訪れると思ってからの届かない。ちゃんと繋がれないもどかしさが。そんなちっぽけなキッカケが。彼女にはどんな苦痛より耐え難くなっていた。それくらいにまで大切な時間になっていた。

 彼女を襲った感情の名は渇望。光の向こうの知らない誰かへの繋がりたい、会いたいという願望。



「あ、あっつ!?」

「……っ!」

 ゲートを開いた瞬間肌が焼かれるほどの熱風が襲ってきた。おいおい。ちょっと当たっただけで腕が真っ赤だぞ。ロッテが俺を背負って離れてくれたからなんとかなったけど。まともに受けたらこれ全身大火傷では?

「助かった。ありがとうな。ロッテ」

「……! と、当然だ! 儂は才の契約者。しかも従属を誓ってるからな。むしろ怪我をさせてしまったのが不甲斐ない。もう少し反応が早ければ……」

 背中から降りてからしょぼんとするロッテの頭を撫でてやる。赤くなる程度で済んでるんだからあんま気にすんなっての。

「にしても……。数十メートルは離れてるのにまだ熱いな……」

「同意する。この熱風はこの身では辛いなぁ~……ハッ……ハッ……ハッ」

 お~ロッテが犬の暑いときみたいになってる。あの森だとたぶん体温調節が必要なことがないんだろうな。じゃなきゃロッテほどの存在が気温の変化に対応できていないはずがないし。

「はぁ~……あっつい……。リリンのほうはさすがだな」

 リリンはゲートの付近で微動だにしていない。熱風を直で受けてるわ。相変わらずの化物ぶりにある意味安心。

「……熱い」

 熱いんかい。じゃあ何でそこにいるんだよ。

「リリン。お前もこっちに」

「そうもいくまいよ。この向こうに莫大な量とふざけた密度のマナを感じる。お前程じゃないが我に匹敵しているぞ」

「……は?」

 思わず間抜けな声が出る。悪い冗談にも限度があるぞ? お前が宇宙最強と言われても納得できるけど。お前とガチで同等の存在がすぐそこにいるのなんて信じない。信じたくない。だってお前世界を滅ぼせるんだぜ? そんなヤツと同クラスとかにわかに受け入れられるわけない。

「フム。だが近づいてくる様子はないな……。こちらの状況を窺ってでも――」

 直後リリンの体が巨大な何かに吹っ飛ばされる。一瞬で数十メートル先の壁にぶち当たったぞ。何事!?

「こはっ! ゲホッ!」

 り、リリンが咳き込んでる? お、おいおい変にダメージがある反応するなよ。マジで不安になってきたんだけど。

「や、やってくれるなぁ~デカブツ。良いぞ。申し分ない。我の本気に相応しいぞ。といっても我は本気を出せんがな」

 ……学園内にいるからな。リリンの力は俺のマナに依存している。クソ。もう少し穏便に事が運ぶと思ってたが、見通しが甘すぎた。こんなことなら一時的にでも学園長に契約を解除してもらうべきだった。入学時の誓約さえなければ少なくとも対等に戦えるだろうに……。

「……お出ましか」

 ゲートから飛び出した何か。それはまるで巨人の腕のようだ。……デカイ。人一人なら握り潰せるくらいに。腕は床を掴み無理矢理ゲートを拡張させてこちらに来ようとする。

「……ッ!!!」

 全貌が露になると既視感があった。夢の中で見た一つの視点。焼けた大地にただ立ってる一つの鎧。今目の前にいるこいつが夢のあいつ……ってことだよな。うわ~。こんなにデカイのか。赤ん坊みたいに無知っぽかったけど。身長15mはありそうね? まぁおっきくて立派なお子さんだこと。

「……ッ! ……ッ!!!」

 言葉は発していないがなんか暴れてる。というかキョロキョロして何かを探してるような……。って、俺か? 会いたい言ってたもんな。たぶんあいつは俺を探してる。

「………………ッッッッッ!!!!!!」

 一瞬頭部がこちらへ向き、突っ込んでくる。や、やっぱり俺を探してたんだね! でも待って! その巨体でその速度で突っ込まれたら俺潰れ死んじゃうかな!?

「余所見するなよ」

 金属が叩かれる轟音と共に鎧が吹っ飛ばされる。やったのはもちろんリリン。あいつ珍しく影もなんもなしの素手でぶん殴りやがった。拳、痛くねぇのかな?

「……ッ、……ッ!」

 じたばたと暴れる鎧。倒れたことを認識していないようだ。というか目が見えていない? そういや夢では白と黒と焼けた大地と鎧の三つしかなかった。あいつにはまともな感覚器官がない。あるいは働いてないのかもしれないな。

「さっさと立てよ。どうせ貴様また才に突っ込んでいくんだろう? やらせんよ。どうしてもしたいなら力ずくでやり通せ」

「……」

 言葉は通じてないはずだが、鎧は立ち上がると今度はリリンの方へ向く。今度はなりふり構わずの突進はせずにただ向いてるだけ。まるで様子を見るかのように。あれ? 本当は見えてる?

「……ッ!」

 よくわからんがまたしても突進を仕掛ける鎧。リリンはその場に仁王立ちし迎え撃つ。

「クハハハハ! ロゥテシア。貴様では些か分が悪かろう。才を守る事に終始してるが良い」

「わ、わかった。才。儂から離れるなよ」

「あぁ。てか終わるまで乗ってるわ」

「お、おう。どんとこい」

 俺はいつこっちに攻撃が向けられても良いようにロッテに跨がる。ある意味夢だよね。大きな犬に乗るってさ。ところでリリンのロッテへの指示だが。ようは邪魔するなってことだよな。グルメな戦闘狂め。まともな相手見るとすーぐテンション上げやがって。雑魚演習はロッテに任せてるクセに。

 ……それにしても、これどちらかというと構図逆じゃないか? なんでちっこいほうが威風堂々と仁王立ちして迎え撃つ姿勢でデカイほうが特攻すんの? ……逆というかリリンはドレス着た一応可憐な幼女はわけだし、見た目的には囚われの姫が似合うのでは。相手もなんか捕らえる側みたいなヤツだし。

 あ、ってことで。戦闘開始。です。

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