第61話
……これは。夢か? でもたしか俺は……寝てなかったはずだぞ? おいおい……。もしかして思ってたよりも深刻な状況になってるんじゃないか?
――……
……どうした?
――イヤ
なにが?
――ン
あ、俺の話か。
――ウン
嫌というか。困ったというか……。急に繋がって困惑してる。
――ワタシ
はい?
――ヤッタノワタシ
……あ~。そうなの。お前が呼んだのね。意図的に引っ張り込めるのか……。
――イヤ?
嫌というか。……今度は少しだけ怒ってる。
――オコル? ワカラナイ。ワカラナイ。デモ。オコル。イヤ
今日はずいぶんと饒舌だな。
――アナタ。オコルノ。イヤ。ダカラ。ワタシモウシナイ。イヤニナラレルノ。イヤ
こいつ……。俺との繋がりで思考力が上がってないか? 学習してるのか、それとも存在の同調や侵食かはわからないが……。
――イヤニナラナイデ
あ~はいはい。急に呼んだりしないなら嫌にならないから。不安そうな感情押しつけてくんな。
――ワカッタ
……お前名前とかある?
――ナマエ? シラナイ。ナマエヲシラナイ
これ、自分の名前を知らないのではなく、名前という概念を知らないのでは。俺と繋がっててもいまいちピンと来てないな……。
――ナマエ。シラナイ
えっと、な? まぁなんだ。とっても大事なモノだよ。大事なモノ。
――ダイジハワカル。ワタシノダイジ。アナタ
それはどうも。その大事な名前がお前にはないんだな。
――ナイ。サビシイ
そっか。じゃあもう変に呼ばないなら。ちゃんと会えた時に名前をやる。
――ホントウ? ダイジ。クレル?
あぁ。
――ワカッタ
約束するよ。
――ヤクソク? ワカラナイ。デモワカッタ。イイコ? シテル
よし。ちゃんと待ってるんだぞ。ま、すぐに会えるだろうよ。じゃないと本当に飲み込まれかねないからな。
――……? ワカッタ。モウヨバナイ。ツナガラナイ。アエルナラシナイ。ツギハアウノ。ミルノ。サワルノ。
良い子だ。お前十分良い子だよ。
――ワタシ。イイコ? ナンダ。イイコダト。アナタ。イイキモチニナル。ワカッタ。イイコハイイコト。コレカラワタシハイイコ。ズットズットイイコ
……。
…………。
………………。
「目を覚ましたか」
ここは……俺の部屋か。医務室じゃないところを見るとリリンが機転を利かせでもしたのかな。ま、たぶん急に倒れたわけだし、医務室だと他の連中がいる可能性もあったからな。すぐに行動を起こしたいし丁度良い。ナイスだぞリリン。が、その前に。
「……」
目をうるうるさせて見つめてくる人型ロッテをなんとかしてやらないとな。
「心配かけたようだなロッテ。もう大丈夫だから」
「……うん」
デカイ図体なのに子供のように不安そうな顔から安心したような面に。これはこれで可愛いとは思うが俺はやっぱり犬が良い。ここは譲れない。
「さて、と」
気を取り直して動くとしますかね。名前のないあいつを待たせるわけにもいかないしな。
「リリン。ネスさんのところにいくぞ。今すぐ」
「急だな。予想はしてたが」
リリンは端末を取り出しメールを送る。相手は学園長らしい。異界へ行くわけだから申請と何か別の頼みもあるらしい。
「フム。これで良いだろう。では行こうか」
メールを送ると即座にゲートを開く。なんとまぁ手際のよろしいこと。つか部屋着のままだけどそれで良いのか……? 誰がいようと部屋で全裸でも気にしないヤツだから服に強いこだわりがないのは知ってるけども。
「才……。気を付けろよ」
またしてもロッテの不安そうなうるうる顔。無言で頭を撫でてやる。ひとしきり撫でると俺たちはネスさんの元へ向かう。
「あははははははははは! あっはははははははははは! はっ! ゲホッ! オッホ! オエ……ッ!」
開口一番。えずくまで大笑いを決めるネスさん。何がそんなに面白いんだあんた。まさか俺寝てる間に落書きでもされたか?
「いや~……二人ともこれまた面白いことになってるね? まだ一ヶ月しか経ってないはずだけど? あれ? 時間感覚間違ってないよね?」
あ、見ただけで色々わかっちゃったやつね。もう驚かねぇよ。つか俺だけじゃなくリリンもなんかあんのか。まぁこいつならなにが起きても問題ないとは思うが。
「さてさてさてさてさて。どっちから解決しようか?」
「我に問題はない。故に何かする必要はないぞ」
「ん~? 本当に~?」
「あぁ」
「リリンちゃんがそれで良いなら構わないけど。いつでも相談しに来てね。それ、ほっとくと……」
「……」
「わかったわかった。だからそんなに睨まないで。でも本当に早めに何とかした方が良いからね」
「わかってる」
……え? 思ったより深刻そうなんだが。リリンに限ってとは思ってたけど。せっかくの機会だしお前も相談~……とか言っても聞くヤツじゃないよな。論破されるのが目に見えてる。俺が言わなくても必要と感じたらやるヤツだからな。俺の心配なんて不要だわな。
「となると坊やの件ね。うん。もう六月だから新しい子に手を出してる頃だよね」
人聞き悪い言い方すんな。つかあれはむしろあっちから繋がってきた感じだったぞ。
「あの世界はもう終わる寸前。いや終わってるのかな? 生き物なんてもういないからね」
そら地面がまず焼けてるからな。あそこで生きていける生物なんておりゅ? おりゃん。
「つまり坊やはあの世界に行くことはできない。行けてもリリンちゃんくらいだろうね。となると契約の為に必須である直接顔を合わせての交渉。意思の疎通は坊や達が生きていられる環境でやらなくてはならない。ここまで話したらわかると思うけど。話さなくてももう手は打たれてる気はするけど。そこんとこどう?」
「あぁ。向こうの知り合いに話をつけてすでに場所は確保してある」
知り合い……学園長へのもう一つの用件か。お前最初から答え出してたんかい。じゃあここに来る必要なかったんじゃ……?
「解決策はある程度目処は立ててある。が、貴様には才を視てもらおうと思ってな。今こいつはどういう状況だ?」
なるほど。俺への侵食がされているのか。またどれほど進行しているか。それを調べる為に来たわけか。そんなに心配してくれて俺は嬉しいよー。
「ん~……。どうと言われても困るね。特に問題はなさそうなのよ。ただ、変な繋がり方してて意識だけ持ってかれたりするだけ」
「……えっと。つまり?」
「現象だけで言えば眠り病みたいな感じかな? あっちに意識引っ張られたらところ構わず体は無防備。泳いでる時なら静かに溺れ死ぬね。お風呂とかでも」
こわ。でも向こうの意思でとなるともう心配はないはず。ちゃんと約束を守ってくれてたらだけど。
「とりあえずやるなら急いだ方が良いよ。今は寝るだけで済んでいてもこの先はわからない。無事でいたいならさっさと元を絶つべきさ」
「うぃっす。わかりました。じゃ、早速戻って取りかかってきますわ」
「紅緒の事だ。既に場所は押さえてるだろうしな」
「また面白い事が起きたらいつでも訪ねてね」
ネスさんに別れを告げ俺たちは元の世界に戻る。本当にすぐ約束果たしてやれそうで良かったよ。
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