第60話
六月から午後の授業はハードになった。しかしそれには理由がある。二種のメニューを一日毎に変えてやっている。だから体力作りのほうがやったらキツくなってんだよな。で、今日はもう一つの方をやるんが。これもまたある意味キツい。何故かって? そりゃ終末以外に実戦形式で戦うからだよ。各クラス用に割り当てられた室内練習場でな。ルールは簡単。どんなに軽くても自分か契約者に三回攻撃が当たったらアウト。戦闘不能とみなし待機。最後の一人になるまで続けるというもの。判定は小咲野先生な。契約者が混じった分普段より負担が減るわけでもなく、むしろ広範囲に影響を及ぼす能力を持ったヤツらばかりだから逃げるのがしんどい。だが一番の問題は……。
「死ねぇ! フハハハハハハハ!」
「あっぶな!? 本当に殺す気かあのおバカ!」
「た、多美さん! まずは伊鶴さんを止めましょう!」
「私も加勢するぞ! 流石に彼女を野放しにしてたら危険すぎる!」
「才! 僕たちも行こう! ミス伊鶴は真っ先に潰すべきだ!」
「わ、わかった。紳士がまず女子潰すとか言って良いのか疑問に思うが意見自体には同意だ」
バトルロイヤルってことな! ふざけんな! こんな駆け引き上等の形式にしやがって。いつ誰が味方になるか敵になるかもわからず安全エリアもないから動き回って危険から逃げなくちゃいけない。ただそれでも共通認識として伊鶴を真っ先に仕留めることは決まってる。だってあいつ見境なく爆破してくんだもん。あいつを処理しなきゃ駆け引きもクソもない。
「セッコ! 目眩ましを!」
「ニスニルは補助を!」
八千葉と夕美斗がそれぞれの契約者に指示を出し、砂と風で作られた砂塵で視界を塞ぎにかかる。しかし学園内では使えるマナは俺たちに依存する。ってなると……。
「あんまぁぁぁぁあい!」
「クケェ!」
絶対的なマナ量の伊鶴に分がありすぎる。爆破一つで砂も風も吹き飛ばした。話によればニスニルは大規模の爆破も封殺できるらしいが、今の夕美斗のマナじゃ小規模でも難しいみたいだな。さぁてこれで小細工が通じないのがわかったぞぉ。
「おらぁ!」
伊鶴は砂塵を吹き飛ばした直後続けざまに大量の炎弾を飛ばしてくる。おいおいなんだその弾幕。この量は回避しきれないぞ。
「クテラ!」
「ジゼル!」
今度は多美とミケ。多美が氷の壁で夕美斗と八千葉たちを。ミケが炎の壁で俺たちを守る。
「だから甘いぜ己らぁ!」
一瞬攻撃が止む。その間ミケがピクリと何かに反応。危機を察知して人域魔法を使い、伊鶴の様子を視たんだな。
「ジゼル! 共有するよ!」
「あぁ! って、あぁ!? あんのおバカあたしゃ爆発させるのは苦手だってのに……!」
ん~。今の言葉で大体わかったぞぉ。伊鶴のヤツ。指の本数増やして威力上げてきやがったんだな。しかもかなり。
「のわぁ!?」
「くぉ……っ!?」
「ぎゃぁぁぁぁぁあ!!?」
ミケとジゼルは炎弾にのタイミングに合わせて一瞬爆発させることで威力を相殺し、こちらには被害は出なかった。向こうはそうはいかず氷の壁ごと爆発で吹っ飛ばされてる。
「和宮内。宍戸司。漆羽瀬。一ヒットだ」
先生がダメージをカウントする。あの三人はあと二ヒットでアウト。戦闘不能か。こう見るとまとめて五人相手して、圧倒し、ヒット奪うってめちゃめちゃすごいなあいつ。たまに尊敬しそうになるわ。
「フハハハハハハ! 勝てん! 勝てんぜ己らぁあ! この伊鶴とハウちゃんとまともにやり合おうなどとつけあがりおって! 二千年早いわ! フハハハハハハハハハハ!」
……あの調子こいたバカ丸出しな言動さえなければなぁ~。本当に尊敬できそうなんだけどなぁ~。あれもまたあいつの長所ではあるんだろうけどさ。俺には無理。あーいうタイプを尊敬するのは無理。諦め。
「ムッかつくなぁ! もう! 絶対真っ先にアウトまで持っていってやるからね! 覚悟してなよ伊鶴!」
「やれるものならやってみるがいいぞタミー! 受けて立ってやろう!」
「本当伊鶴の上から目線腹立つ……っ!」
普段は嗜めるほうだもんな。最早本能レベルであいつのおふざけに対する抑止力になってるもんね。調子乗られたら頭に来るよね。付き合い短い俺でもムカつくもん。生理的に。俺に関しては好みの問題も多分にあるだろうけど。
「う~ん……。なぁ少し良いか?」
「なんだ?」
多美と伊鶴がやり合い始め注意がそれた隙にロッテが話しかけてくる。ロッテは試合を見たことないのでこいつらの能力を知らないから今まで様子見に徹していたんだが。このタイミングで尋ねるからには何か策でも思いついたんかね? ちなみに今は人型。
「あの炎のやつ。一番多く、一番速いのはさっきのか?」
「ん? さぁ? わからん。ミケ。どうなんだ?」
「僕の知る限りではあれが最多最速だよ。威力が上がると範囲は広がるけど連謝速度は落ちるんだよ」
「理解した。じゃあ儂だげでなんとかなるな」
おおう。ロッテが頼もしいことを言ってくれる。ロッテは物理に特化したヤツだからもう何するかわかっちゃうぞ俺。お前想像するだけでもめちゃめちゃなことしようとしてるな?
「あ~もう! ちょっとマナの制御出来るようになっただけでその手数ってどうなってんの!? チートだチート!」
「我が最強じゃあ! 雑兵は失せるが良いぞ!」
「誰が雑兵だこのちんちくりん!」
「ち、ち、ち、ちんちくりんちゃうわ!」
マナの量で大きく劣っている為か多美が押され始めたな。今は氷の壁を何枚も作って炎弾を防ぐのに精一杯のようだな。だが多美の挑発? のお陰で完全に伊鶴の注意は多美に絞られている。俺含めて隙をうかがっている状態だ。
「さて、そろそろ向かうとするか」
「ロッテ。他の援護いるか?」
「正直邪魔になるな。儂は群れを治めてはいたが狩りなどは一人でやっていたからな。生来単騎のがやりやすい気質のようだ」
「わかった。……ミケ。頼みたいことがあるんだが。良いか?」
「言わなくてもわかるよ。向こうの二人に手を出さないように伝えよう」
ジゼルの炎を夕美斗たちの視界に入れ、こちらに視線を誘導。ミケは待機するようにハンドサインを送っているんだが……それ、伝わるのか?
「……」
ビッビッと八千葉がハンドサインで返事してる。本当地味な見た目とは裏腹にあいつもあいつで何でもできるよな……。俺あいつなら素直に尊敬できるよ。芸達者だけど基本真面目なところが良いよね。
「うし。お膳立ては済んだぞ。行ってこい」
「承知した」
ロッテはまず横に移動し俺たちから距離を取る。流れ弾の心配をしてのことだな。このあとのことを考えたら正しい行動だ。ちゃんと後先考えて偉いぞ。
「……っ! ハウちゃん!」
「クキャアアアア!」
「ちょ!? どわぁ!?」
「ギャウ!」
ロッテの動きに気づいた伊鶴は今日一番の爆発で無理矢理多美とクテラを下がらせる。
「宍戸司。これで二ヒット。次でアウトだ」
ちゃっかりカウントも稼いでやがる。抜け目ないな。だがお前の快進撃もここまでだ。何故ならお前を襲うのはうちのロッテなんだからな。やっちまえロッテ! ボコボコにしたれ! 俺が許す!
「食らえぃ!」
「クケケケケケケケケッ!」
ハウラウランの炎弾による弾幕がロッテを襲う。ロッテはおもむろに立ち上がり、炎弾に向かって歩き出す。
「うぞ!?」
伊鶴が驚くのも無理はないな。だって俺も想像通りのことをされてるのにも関わらず実際に目にしてビックリしてるもん。ロッテがやっていることは実に簡単。歩きながら前に進む。来る弾全部避ける。以上。
「うん。速いし多い。だが儂には当たらんぞ」
「ぬぬぅ……。は、ハウちゃん!」
伊鶴は一段炎弾の威力を上げる。でもそれ逆効果だぜ?
「ほっ。よっ」
ロッテは大きくなった炎弾を半身にしつつ斜めに体を倒す独特の姿勢でかわす。手もぶらりと力を抜いて下げているし、全てに力みがないな。なんかこう脱力って感じ。
「こ、こうなったら……。最大威力いくか!?」
「は!? ちょ、バカかあいつ!?」
「に、ニスニル! 頼む!」
「わかってるわ。他の子達も早くこちらへ」
ニスニルの誘導でロッテ以外が夕美斗の元へ避難。ニスニルが爆発に備え真空の壁を作る。
「……ぅ」
夕美斗は少々辛そうにしているが、伊鶴の最大威力となると無理をせざるを得ないか。俺も一度しか見たことないけど、あんなもんまともには食らいたくないな。向けられるだけでも嫌だわ。
「良いぞ。遠慮することはない。撃ってこい」
「じゃあお言葉に甘えまして! やったれハウちゃん!」
「グパ」
ハウラウランが口を開け、直後巻き起こる大爆発。咄嗟に八千葉に対爆姿勢? ってやつを取らされたお陰でなんともなかったが。あとで聞かされたがこれやらないととんでもないことになるらしい。どんなことになるかは教えてくれなかった。
「ふぅ……。跡形もなく消し飛んだか……」
爆発が収まるとあんなこと言ってやがるよ。う~ん。教えたほうが良いだろうか?
「ってアカン!? 消し飛ばしたらアカンよ!? どうしよう! さっちゃんゴメン!」
「え? いや別に」
消し飛んでねぇし。ロッテは今お前の後ろにいるぞ? 爆発が起こる前に回り込んでいたんだな。こいつ本気出したら人間の目に映らない速度で動くから、ぶっちゃけ最初から背後とか取れたんだよな。つまりさっきからナメプしてたわけだ。伊鶴ざまぁ。
「……ふっ」
「あたっ!?」
「クケ!?」
ロッテは呆れたような顔を浮かべて伊鶴とハウラウランの頭に軽くチョップする。優しいな。バチンッとビンタでもかましてよかったのに。……いやダメだ。死ぬ。ハウラウランはわからんが伊鶴は絶対死ぬ。ロッテのビンタとか受けられるわけねぇ。
「さて、このまま決めてしまうかな」
おうおう決めちまえ。そして安全にバトルロイヤルさせてくれ。伊鶴さえいなきゃもっと健全な戦いにな――。
「……あ、れ」
急に目眩が……。な、なんで……? 何かに引っ張られるみたいに意識が……遠退く……。
「さ、才!? き、急にどうした!?」
あれ? いつの間にか近くにいたミケの声が遠くに聞こえるぞ……。お前いつ移動したんだよ……。あ、でもよく見たら近くにいる……? あれ? 今……俺……どうなって…………。
……。
…………。
………………。
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