1年生 6月

第58話

 最近、夢を見る。その夢はいくつもの視点があって、とても不思議なモノだ。

 最初は真っ暗。ただ内側から熱が溢れて、その苦痛に悶える。声も出せず体は動かせず。ただ熱くて熱くて。気が狂いそうになる。

 次に真っ白。何もない。痛みもなければ快楽もなく。体は自由に動かせるはずなのに。動かしても実感がない。本当に自分は生きているのかと疑問を抱く。

 最後は赤。燃え盛る大地。ただただ熱い大地を一人……いや、一つの巨人が歩いている。中身があるかもわからない大きな鎧の巨人が……。何かを探しているかのように歩いている。


 ――クライ


 最後には言葉ではないけれど。意思が伝わってくる。


 ――コワイ


 これだけ暗かったら当然だ。


 ――クルシイ


 身動きが取れないんだ。狂いそうになるだろう。


 ――サビシイ


 暗い場所でも真っ白な場所でもいつも独りならそうだろうな。


 ――ツライ


 そんなものを何年も強いられているみたいだな。俺だったら耐えられるかわからない。


 ――ダレ?


 さぁな。お前の知らない誰かだよ。俺は。


 ――アナタハダレ?


 言ってもわからないぞ。だって俺たちは出会ってないんだから。


 ――アイタイ


 難しい要望だな。俺はお前の居場所を知らない。


 ――ミタイ


 会えば見れるな。


 ――キキタイ


 会えば話せるな。


 ――フレタイ


 会えば触れられるな。


 ――アイタイ


 俺にはどうしようもないぞ。


 ――アイタイ


 応えてやりたいけど。


 ――アイニイク


 お前は俺の場所を知っているのか?


 ――アイニキテ


 だから俺はお前の居場所を知らない。悪いな。


 ――アイタイ


 俺もいい加減お前に興味あるからできることなら会ってみたい。


 ――タスケテ


 助けてやりたいって気持ちはなくはない。しつこいくらいこんなもん見せられたら俺でも同情する。でもどうしようもないんだ。無力で悪いな。


 ――アイタイ


 ……ごめんな。


 ――……マタネ


 あぁ、もしまた夢の中で繋がれたら。少しくらいは相手してやるよ。


 ――ウン


 ――マタネ


 ――マタ……


 ――……


 ――…………


 ――………………



 「暑い」

 目を覚ますとエアコンが効いた部屋なのに妙に暑い。夢のせいか? ……にしては一部分が特に暑いな。足の辺りが。

「すー……すー……」

 ロッテが俺の足の上で寝てる。犬の姿で。どうりで暑いわけだわ。こんなモフモフのデカ犬が乗ってたらそら暑い。

「おーい。ロッテ~。どいてくれ~」

「んぅ……。おふっ……」

 乗っかられてる足の指を動かして腹を刺激してやる。くすぐったいのか声が漏れてる。しかし起きる様子はない。

「おーい」

「ぐひゃうい!?」

 少し強めにグリッとえぐるようにしてやるとさすがにビックリして跳び起きる。よし。やっと解放されたぞ。

「な、なんだ!? 何事だ!?」

「おはよう」

「お? お、おう。おはよう。才」

 寝起きも相まって何をされたかわかってないようだが、とりあえず撫でてもらおうと頭を差し出してくる。俺もロッテ触るの好きだから要望に応えてやる。

「えへへ~」

 頭を撫でると子供みたいな声出して喜ぶよなお前。可愛いから指摘してやらないけど。

 ここ最近ロッテは犬の姿でいることが多い。理由は二つ。まず俺が犬の姿のが気持ちが楽だから。リリンでも大分心臓に悪いのにさらに美人が部屋に増えられたら敵わん。もう一つは単純に撫でてもらえる頻度が極端に減った。というかないから。せっかく人の姿になっても前より触れ合いがないなら意味ねぇじゃんってことで自主的に犬の姿。まぁ、試合は今は主にロッテ担当だから週末と、それから食事の時は一緒に食べやすいから人の姿だな。いつでも人になれるように今は服を入れた鞄を首に提げてるよ。

「フム。飽きたな。次は何をするか……」

 相変わらずリリンは一晩中レトロゲー。まぁ寝なくて良いらしいからかまわねぇけどさ。ただベッドにお前の匂い染み付けて俺が使えなくなったのは許さねぇからな。絶対。洗ってもなんか気分的に落ち着かないし。結局布団でしか寝れねぇんだぞ!

「はぁ~……」

 とか思ったところでどうにもならない。とりあえずコーヒーでも入れよう。

「お前らコーヒー飲む?」

「いただく」

「我はココアで。砂糖は大さじ二杯で頼む」

 ……甘くねぇかそれ? 朝から……ってそうか。お前寝てねぇわ。それに俺が飲むわけじゃないし、お前は病気とは無縁だろうから良いか。



「ふぅ~……」

 コーヒーを飲んで人心地。俺はブラック。ロッテは人の姿になり、砂糖と牛乳を入れて苦味を抑えて飲んでいる。……そしてリリンは甘々のココアでクリスピードーナツを流し込んでやがる。だから甘くねぇか? これから朝食だし。

「ところでなんだが。お前随分と寝苦しそうにしてたな? ロゥテシアがそんなに重かったか?」

「ブッ!」

 ロッテが吹いた。そして超不安そうな顔で見つめてくる。別に足に乗っかられたくらいじゃ特に重いとか思わないから安心しろって。……暑かったけど。あと掃除しとけよそれ。

「ロッテがどうこうってわけじゃねぇよ。……ただ最近変な夢を見ててな」

「ほう?」

 本当に不思議な夢で何度も見てるし。いっそリリンに相談してみるのも良いか。なんだかんだ答えか最低でもヒントをくれるからなこいつ。知らないことでも答えに近いもの寄越すから地の頭が良いんだろうな。便利なヤツだよ。というわけで夢の話をしてみる。

「フム。わからん」

 わかんねぇのかよ。期待損。

「が、一つ思うところはある」

 あるんかい。じゃあわからんとか言うな。

「お前、グリモアに縁ある者がいる世界の繋がりを明確化され刻まれたろう? それのどれかが関わってるのかもしれん」

 なるほど。縁があるから夢という形で繋がった的な? なんとベタな。だけど繋がりが深ければ思考まで同化できるらしいし、現実味はあるな。まだ会ったことない相手でもリリンみたく存在力があれば無理矢理俺の中に割り込んでくることもできるだろう。あ~こわいこわい。

「とりあえず改めてネスの名付けた世界の名とお前の見た夢を照らし合わせてみたらどうだ?」

「お、おう」

 名前見たところでわかるかどうか……。まずは確認してからだな。


 ――焼熱大陸しょうねつたいりく


 あ、絶対これだ。100%これ間違いない。普通に答えがあったわ。

「どうやら当たりのようだな」

 俺の表情を見てリリンは思考を読み取る。熟年夫婦の妻か己は。単純に洞察力がすごいんだろうけども。

「才の夢の足掛かりが見つかったのは良いんだが……。名前からしてすぐに手を出すのは危険そうだな」

 ロッテが雑巾で掃除を終えて会話に戻ってくる。まったく滞ることなく掃除終えるとか、たった数週間なのに手慣れてるなお前。陰で練習でもしてんの?

「だろうな。夢の景色からして我はともかくお前ら二人はまず焼き死ぬ。少なくともこちらから行くのは自殺行為と言わざるを得ない」

 地面が焼けてるもんな。俺は気温にも耐えられないし、つか一呼吸で肺が焼けて死ぬし。ロッテは毛が燃えて禿げる。そんなこと俺が許さん。ロッテの綺麗な毛並みが傷ついたら泣いちゃうぞ。……さりげなく自分は余裕ってあたりはさすがだよ化物め。

「とりあえず……今は保留だな」

 場所がわかっても行ったら死ぬとか詰んでるからな。あ~夢の中の君。会いに行けなくてごめんな~。もう諦めちまおうぜ?

「しかあるまい。ネスならどうにかできるかもしれんからそれまではお預けだな」

「その時は儂は留守番をしている。あの世界は儂には辛いので」

 あ、そ。鼻を押さえるお前可愛かったから見たかったけど仕方ないな。今も鼻摘まんでるけど違う。犬のほうが見たいの。人間でも可愛いけど犬が良い。

 ……そういえばなんだが。あの人、チラッと焼熱大陸を指差しながら六月なら手を出してもいいとか言ってた気がするな……。夢を見始めたのは五月後半だが今は六月の頭。まったく……。あの人は予言者か何かかよ……。恐ろしいな。

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