第57話
「では! 全員の勝利を祝しまして! 乾杯!」
演習試合翌日。俺たちは外出届けを出してカラオケに来ている。伊鶴の音頭で各々飲み物をあおっていく。
「まっず!?」
このカラオケは料理以外。飲み物やアイスはセルフ式なので自分で飲み物を入れるのだが、伊鶴は色んな飲み物を混ぜまくってなんかきったねぇ緑色になった液体を一気に飲み干し悶絶していた。そらお茶や炭酸を見境なく混ぜたらそうなるわ。
「だ、ダメだ……。今回は失敗だ……アイスで口直ししよう……」
ついでに取ってきていた五段重ねのアイスを口にする。だがなんか渋い顔をしてるな。この店のアイス不味いのか?
「味がわがんね」
どうやら謎の液体に味覚をやられただけらしい。自業自得だな。他の連中も苦笑いしてるわ。
「いや~でも。無事全員勝てて良かったね。才以外は辛い合宿の成果を出せたし、才は休みの間に契約した
「そうだね~。あ、八千葉さん。夕美斗さん。改めて初勝利おめでとう」
「ありがとう。それと私の事は呼び捨てで構わないよ」
「私も。自分ではちょっと難しいですけど。呼ばれるのは大丈夫ですよ」
「そう? じゃあお言葉に甘えさせて次からそうするね。私も呼び捨てで大丈夫だから」
「僕のことは遠慮なくミケと呼んでくれ」
「気が向いたらねー」
ミケが話題を戻そうと試みて他のヤツらもそれに乗る。もちろん俺は空気に徹して和には入らない。めんどくさいし。本来なら自室でゆっくりしてたいのに無理矢理引っ張られて来ただけだし。いるだけで許せ。てか呼び捨てに許可とかいるのね。俺普通に下の名前で呼べって言われたときから呼び捨てだわ。嫌な顔もしてなかったし、今気にしても今さらだろうけど。
「あ、そうだ! ドリンクバーにテンション上がって下がって忘れるところだったけどさ! さっちゃんその人誰!? 新しい契約者ってわんわんでしょ? 実は二人新しく契約してたのか!? 浮気者! 女の敵!」
味覚障害から復活したのか、伊鶴がロッテを指差しいつものテンションで捲し立てる。ジュースで忘れかけるほどどうでも良いのかはたまた謎の液体の破壊力がそれほどなのやら。まぁ、俺でさえも驚いたことではあるし。他の連中は理由を知らないから気になるって顔してるし答えてはおくか。ネスさんのことは話せないから簡素になるけどな。
「こいつはロッテ……ロゥテシアだよ。なんか見た目変えられるんだと。数はごくごく限られてるが」
こういう言い方をすればそういう能力と判断するだろう。思った通り、そう勘違いしてくれたようだ。……一応言っとくが、嘘はついてない。俺の口からは見た目を変える能力があるなんて一言も言ってないからな。思い込む方が悪いのだぁ。
「ほへ~。にしても美人だよね。わんちゃんのときも綺麗だったけどさ」
それは俺も心底ビックリ。人間として生まれたらこんな美女になるってんだもんな。こんなのが部屋にいたら心臓に悪くて悪くて……。
「……」
ふと、チラリと隣に座るロッテを見る。すると鼻をピクピクさせながらクンクンと目の前の注文していた飯の匂いを嗅いでいた。気になるのか?
「……食って良いぞ」
「……! そ、そうか? あ、いや別に腹が空いてるわけじゃないんだが。こちらの物は色も匂いも珍しくてな。うん」
目をキョロキョロさせながらあわてふためく。可愛いけども何故そこまでキョドる。もう片方のヤツ見てみろ。アイス五段どころか三段を五セット作って唐揚げやポテトやラーメンと交互に食ってるぞ。相変わらずそのちっこい体で、まるで大食漢デブみたいな食い方しやがって。おもしれぇ体してんな。
「良いから食ってろ」
「あむっ」
口にポテトを摘まんで突っ込んでやる。顔を赤らめながら複雑な表情をしていたが、きっかけにはなったようでちまちま摘まみ始めた。
「あたっ!?」
リリンのアイスに手を伸ばして無言で手を叩かれてる……。一瞥すらせず黙々と食べるリリンを見て、渋々自分で取りに行った。可愛いやり取りしてんじゃねぇよ可愛いな。可愛いな! 背高いのにいちいちやることが可愛いのマジなんとかしてほしい。変な気分になるから。
「それでは賀古治伊鶴! 歌います!」
宴? は続きカラオケということもあって各々歌い始める。まず伊鶴のヤツがものすっごい古いパンクロックっぽい曲を熱唱。上手いし私服もそれっぽい露出のあるものだから似合ってはいる。……もしリリンとかロッテがその服着てたらおおぅってなるんだろうけど。伊鶴が着ててもなんとも思わねぇのなんでだろな。胸とかちゃんとあるしウエストもくびれあるし足も綺麗なのに。まったく女として見れない不思議。
「ありがとう! ありがとう! じゃあ次は……リリンちゃんどうぞ!」
「ん?」
よりにもよってこいつに振るか……。曲とか知ってんのかよ。いや俺も特に知らないけどさ。
「良いだろう。次の食事が届くまで余裕もあるだろうしな」
……いつの間にか全部食ってやがった。軽く十人前はあったんだがな……。まぁこいつからしたら抑えてた方だろうけど。
「さてさて……何にするか……。ウム。これで良いか」
適当に入力した俺もまったく知らない曲を歌うリリン。やはりというべきがめちゃめちゃ上手くて気持ち悪いレベルでした。なんでもできすぎだお前。
「ふぅ~……。疲れた……」
あれから三時間ほど各々好きな曲を歌い続け、聞き疲れた。こういう場所は初めてだから特に疲れたぞ……。今はリリンのアイスの補充に付き添う形で逃げてきている。
「お前特になにもしていないのに疲れたのか? 難儀な体だな」
「うっせ」
ひたすらアイスを積むリリンにツッコまれる。仕方ないだろ。俺はこういうの苦手なんだよ。しかし逃げていたは良いが、手ぶらで戻るのもあれだな。俺もなんか取っとくか。
「なんかおすすめある?」
「フム。個人的にはパープルクラウンだな。ネットリとした甘さが良い。またはフレッシュオレンジだな。ここのは質が高い」
はぁ~ん。じゃあその二つで良いや。
「ほれ」
「ん」
俺が取ろうとするとすでにリリンが二つ皿に乗せて渡してくれる。気が利くな。
「あれ?」
受け取るとき、改めてリリンを見てみるとちょっと違和感がある。なんかお前……ちょっと背伸びたか?
「どうした?」
「いや……。なんでもない」
きっと気のせいだろう。だってこいつはこう見えてもう二百年は生きてる婆さん。今さら成長期なんてないよな。俺の勘違いだろう。
五月第二週実戦演習後。小咲野充は学園長室に呼ばれていた。
「小咲野先生。お呼び立てして申し訳ありません」
「いえ……。ですが珍しいですね。直接お話がしたいとは。何か緊急の用件でも?」
生徒にはぶっきらぼうな彼も、流石に直属の雇い主には丁寧な態度を取る。大人ならば当然の嗜みだ。
「大したことではないんですが……。一部の生徒が多大な成果を出しているようなので。労おうと思いまして。まぁ、その子達以外は午後の授業をサボっているみたいですけど。先生も容認していらっしゃるとか」
「無理にやらせて身になるのは軍人くらいですよ。子供に無理強いしたところで出せる結果は高が知れてます」
「そうですか。午後の授業に関しては全て先生方にお任せしているのでこれ以上は言いません。しかし管理だけは怠らないようにお願いしますね」
「承知しております。用件は終わりでしょうか?」
「いえ。ここからが本題です」
紅緒は重苦しい空気を作り、充に圧を与えつつ改めて口にする。
「小咲野先生はオーガスタ・エバンズを知っていますか?」
その名を聞いて充はピクリと反応してしまった。それを目敏く確認した紅緒は既知と断定。
(しまったな。もう、誤魔化せないか)
「……えぇ。知っています」
「そうですか。では今後もお願いします」
「……それだけ、ですか?」
「ええ。終わりですよ?」
充は不思議に思い紅緒に尋ねる。紅緒は重い空気を解いて答える。
「小咲野先生はオーガスタ・エバンズの忘れ物か、それに類似した何かを生徒達に施したのでしょう。政府にバレたらただでは済みません。なにせオーガスタ・エバンズは半世紀は前とはいえこの世界の裏切り者なのですから」
「……」
「ですが彼女の研究は大きく魔法を進歩させました。最も世界に貢献した人物です。そんな方が裏切り者扱いという方が違和感があります。彼女の数少ない研究レポートも現代魔法とは大きく異なりますが、とある別の方のお話も聞き、個人的な調査を行った結果。今世界が発信しているものよりもエバンズの研究の方が正しいという結論に至りました。ここから導きだされる事は……言わなくてもお分かりになられますね?」
(なるほど。この人も疑問を抱いている人物の一人か)
「ですので、私は黙認致します。また成果が出たら報告してください」
「わかりました」
用件が終わった充は学園長室を出ていく。残された紅緒は息をつき、先の事を考える。
(この世界は他の世界と異なる部分が大きい。政府は意図的に魔法を遅らせているような節もあるし、まだまだ色々調べないと)
史上最年少の魔帝となった彼女は世界という大きな敵を相手にしようとしている。その理由とは。
(大人の勝手な情報操作で魔法を夢見た子供達の心を踏みにじられて諦めさせられていたとしたら……。許せるわけないよね)
彼女は生粋の教育者。子供に害がある存在を許せない。ただそれだけ。それだけが原動力なのだ。刃羽霧紅緒にとって子供の可能性は何よりも尊い。だからこそ。彼女は戦うと決意していた。
(暴いてみせる。もしそれが下らない理由だったら。徹底的に叩き潰してやる)
しかし、彼女が世界と対立する時はまだずっと未来の話。
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