第55話

「え~っと。ゆーみん汗かいたからシャワー浴びてから来るってさ。さっちゃんの番までには戻るって」

 へ~。そらあんだけ激しく動けば汗だくになるわな。無理せずゆっくりしとけば良いのに。俺の試合見たところでだろ。

「なんて返信する? 始まったらすぐ終わっちゃうからはよとでも返したほうが良いかな? リリンちゃん相手にできるのなんてA組とはいえそうそういないだろうし」

「……好きにしろよ。ただ今回リリンは留守番してるぞ」

「え? そうなのかい? じゃああの薄紫のウルフドッグみたいなレディが戦うんだ」

「ふ~ん。あの子の強さはよく知ってるし。むしろ新しい契約者の方が確かに気になるね」

「どんな能力があるんですか? あ、直接見るまでのお楽しみのが良いですかね?」

「まず俺もよく知らないから質問に答えられない」

「え」

 声に出したのは伊鶴だけだが、全員が同じ顔をしている。驚く→心配って感じでな。しょうがないじゃん。戦うところはリリンとの一戦だけだし。こっち来てからはずっと部屋にいるっぽいし。二週間の休養と休暇のハシゴで学校ダルくて帰ったらすぐ休むことも多くて色々把握する時間取ってなかったんだから。わかっていることといえば……。犬だけどネギが食える、ので、大概食えるだろう。あと撫でられるのが好き。くらいだな。うん。ほぼほぼ無知だな!

「だ、大丈夫なのかい? ここでもし負けたら」

「伊鶴がうるさくなるね。間違いなく」

「ですね」

「あたぼうよ! 負けたらボウズだからな! 頭を丸刈りーた!」

 身振り手振りでバリカンで髪を刈る動きをする伊鶴。音つきで。妙に上手いバリカンの音真似だなぁ~ってよく見たら八千葉が後ろで口押さえて音出してる。い、意外と器用だなお前。

「まぁ、どうにかなんだろ。あいつ能力制限なしのリリンとまともにやりあってたし」

「あ、なんだただの化物か。心配して損した」

「ヴィー……。それなら心配ないですね。やり損です」

 伊鶴は言い方失礼だし。八千葉は勝手に音真似し出しといて損とか言い始めるし。なんだお前ら。自由か。

「あの契約者そんな強いんだね。私らはなんだかんだ一週間一緒にいたし手の内はわかってたけど。あんたらは本当に未知だから今からどう勝つか楽しみだわ」

「彼女と同じくらいとしたら安心して見てられるよ。全勝して明日は祝勝会にしよう!」

 八千葉と夕美斗には気を遣っといて俺にはガンガンにプレッシャーかけるのなんですかいじめですか? さすがに一言文句を……って、もう準備しろって連絡が来やがった。クソ。仕方ないから今回は見逃してやる。いつか報復してやるからな覚えてろよ。



「やぁ。今日はよろしく」

 演習場に入るとすでに相手側は準備していた。やや赤みがかったクセ毛の女。前髪をヘアピンで二、六、二くらいの割合で留めてる。こだわってんのかな?

「私当日用事が合って直に見れてないんだけどさ。君ってジュリ……。ジュリアナ・フローラに勝ったんだよね?」

 なんだあの女の知り合い……って当たり前か。同じA組だもんな。クラスメイト知らないほうがどうかしてる。……俺クラスメイトほとんど把握してなかった。

「で? どうなのかな?」

「あ? あぁ。まぁ、記録上は……」

「曖昧な答えだね。……もしかして君さ」

 おう。早速俺がコミュ障ってことがバレて……。

「なんか不正でも働いたんじゃないのかな?」

 違った。全然違った。ってか不正てなんじゃい。衆人環視の中。しかもプロの目が光ってるのに何をどう不正をしろと。

「あ、もちろん荒唐無稽な言いがかりなのはわかってるんだけどさ」

 わかってんなら口にすんなよ。俺だから良かったけどそれで傷つく人もいるんだぞ。言葉は選んでいこう。

「でもやっぱ納得は出来ないよね。だってジュリはA組の中でも天才なんだからさ。E組に負けるのが信じられないんだよ」

 うん。俺もリリンがいなきゃボコボコだったと思う。良い相方に恵まれました。ただ性関係の行動は慎んでほしいけどな。全裸でも平気なタイプだからたまに風呂上がり急いでゲームやろうって時全裸のままやるからなあいつ。マジざけんな。体の水気取ってれば良いってわけじゃないんだぞ。

「それかあれね。君もケガで入院してたらしいね?」

「ん? うん。そうだな」

 マナの過剰放出によるラビリンスの欠損により派生した血管の破裂ね。今は感覚も掴めてきたし加減できるようになってきたから二度となりません。めちゃめちゃ痛いからそもそもなりたくねぇ。

「もしかして君が暴走して、それをジュリが止めた……ってパターンもあるかなって。それで代償に……」

 もしかしたらそういう世界線もあったかもしれないな。たださっきからお前俺が悪者前提だな? 真実はお友達が侵食されてたのを助けたって感じだからな? 成り行きだったけど。

「わかってるの。わかってる。全部私の推測だし。これは私の勝手な敵討ちっていうか八つ当たりっていうか。そんなんだから」

 いや八つ当たり一択です。殺してねぇもん。……え? 死んでないよな? リリンはともかく僕まだ人間だから人殺しに加担してたらちょっと凹むぞ。

「じゃ、そういうわけでさ。私のワガママに付き合ってもらうね」

 あぁ~……超ごめん被りたい。でももう始まっちまってるから逃げるなんて許されないね。ちょっとムカついて来たわ。今回はロッテに無理させず慣れを目的にしてたが、予定変更。少し頑張ってもらうとしようか。今の俺のマナ制御力なら多少はまともに戦える……はず。そう信じてる。頼むぞリリン。お前とのあれが良い結果生まなかったら泣くからな。



『一年A組観門京。一年E組天良寺才。これより演習試合を開始してください』



 試合直前。とある一室での会話。

「……お? そろそろ時間か。貴様も準備が整っているようだな」

「あ、あぁ。まだ慣れないが……佐子の手伝いの甲斐あってなんとかなりそうだ」

「クハハ。今からヤツの反応が楽しみだなぁ。直に見れないのが残念だ」

「……いや、見たかったらついていけば良かったんじゃないか?」

「そしたら貴様の準備の善し悪しを誰が判断する?」

「うぐっ。な、なるほど。しかし今からでも……」

「丁度マッチングされてしまったので無理だな。まぁ、大体は想像がつく。我は帰ってきた時の悪態でも楽しみにしておく」

「そうか……。はぁ~……う~……緊張する。やっぱりこれやめた方がいいんじゃ……」

「何を今更阿呆な事を。そこまでやっといて。隠れて色々やりはしたがその程度でヤツは怒らんよ。……不機嫌にはなるかもしれんが」

「……それも出来れば遠慮したい」

「あ、ついでに呼び捨てで呼んでこい。変えるならとことんだ」

「……話、聞いてる? 儂、変な事して才殿に嫌われるの嫌なんだけど」

「良いからやってこい。丁度ゲートも開いた事だしな」

「ぐぬぅ~……。もしなんかあったら恨むからな」

「クハハハハ! おうおう恨め恨め。好きに恨んで食い殺しに来い」

「主、不死身じゃないか……。はぁ……もういい。行ってくる。待たせる方が嫌われそうだ」

「土産話期待しているぞ」

「はいはい」

 会話を終えると一つの人影がゲートをくぐっていった。

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