第53話
「おらぁ! どうだ野郎共見たかこらぁ!」
「戻って早々なんでそんな喧嘩腰なのよあんた……」
俺たちのところへなぜかめっちゃ肩をいからせながら怒った伊鶴が戻ってくる。マジで何事だよ。
「そういえば試合の最初の方でも怒ってましたね。なにかあったんですか?」
「聞いてよやっちゃん! あのカメレオン面の爬虫類野郎ハウちゃんを気持ち悪いって言ったんだよ!? 許せる!? いや無理だよね!」
「だが試合が始まると楽しそうに見えたんだがな。勘違いだったか?」
「戦ってるときは忘れてたけど思い出したら腹立って仕方ないんだよ! この怒りどこにぶつけたら良いの!?」
「知らねぇ~。超知らねぇ~。どうでも良い~」
「どうでも良いってなんだよぉ! ハウちゃんきしょい言われた私の気持ちがわからないか! 爬虫類くくりのヤツに爬虫類きしょいと言われた気持ちがわからないか!? 爬虫類被りがまず気に入らないのに追い討ちかけられた気持ちがわからんのか!?」
「うん。全然わかんない」
「というか被りって話だと姿を消すところとか僕の相手とも被ってたよね」
「は!? そこでも被ってたか! なんたる!」
「いや被るのは別に良いでしょ……」
「良くない! 良くないよ! 被るのは良くないんだよ! なんかこう……嫌じゃん!?」
特に明確な理由はないんかい。つか俺はお前の変なこだわり? よりも同調を軽々コントロールしてたほうが気になるんだけど。俺まだリリンに頼らないとできないぞ。できても数秒か調子よくて数分の超短時間だし。こいつ。実は天才か? アホ面のちんちくりんのクセに。
「む!? さっちゃんから妙な視線を感じる! 惚れたか?」
「んなわけねぇだろ。唐突過ぎるわ」
流れガン無視で何言ってんだこいつ。やはりただのアホなんじゃないだろうか。
「んだよその気にさせやがって。罪な男だなさっちゃんはよぉ~」
そんな素振り欠片も見せた覚えはない。むしろ罪があるってんならテメェの沸いた脳みそだろ。ちったぁ落ち着けよマジで。
「あ~もう。さっちゃんからかっても気が収まらないな~。こうなったらやっちゃんに私のフラストレーションを解消してもらおう」
さりげなくからかったつったか? 言ったよな? 故意だったわけだな? テメェ覚えてろ。
「あ、あはは……。えっと。具体的にどうしたら良いですか?」
「そりゃもちろん次の試合で勝ってもらうしか――」
ピキッ。っと聞こえたように錯覚した。それくらい見事に八千葉の動きが凍りついたように止まる。ど、どうしたんだ?
「ば、バカ……! 八千葉さんは……」
「…………ハッ! ご、ゴメンよやっちゃん!」
急に何かに気づき謝る伊鶴。他の連中も渋い顔をしてるってことは理由がわかっているってことか? つまりわからないのは俺だけか。じゃあいいや。
「えっとね。まだミス八千葉は演習試合で一度も……」
俺が気づいてないと察したのかミケが耳打ちする。なるほどな。それで伊鶴がプレッシャーをかけちまったと。やらかしたなあの野郎。八千葉には悪いが空気を悪くした伊鶴にこう思わざるを得ない。ざまぁ。ノリとテンションだけで生きてるからそうなるのだ。これを機に改めやがれ愚か者。
「イ、イイノ。キニシナイデ。ワタシハダイジョウブデスカラ。ア、モウジカンダ。イッテキマスネ」
わっかりやすい片言になり、カッチカチの足取りで準備に向かう。痛々しいまでに緊張した後ろ姿に、激励の言葉すらかけられない。
「……あんた。合宿でどれだけお世話になったか忘れたわけじゃないよね? これで八千葉さん勝てなかったら……覚悟しておきなよ」
「……腹を切る覚悟はすでにしています」
なんだか物騒な話になってるな。ま、自業自得だし伊鶴には少しも憐れみは覚えないけどな。
『一年C
バトルパート
漆羽瀬八千葉&セッコ
VS
勝島渋弌&バンゲイダ
「あわわわわわわわわわわわわわわ」
相手の契約者が召喚されると緊張の代わりに恐怖心が顔を出してしまう八千葉。何故ならば相手は前後の足が妙に長く翼膜のついた体長8mはある
「はっはっはー! どうだよ俺の契約者バンゲイダは! カッコいいだろ? 強そうだろ? 強ぇんだよこれが。まだA組のヤツら以外に負けたことねぇんだからな!」
「グァァアアアアアアア!」
「ーーーーーーっ」
渋弌のテンションに呼応するかのように吼えるバンゲイダ。さらにA組以外に不敗という絶望的な情報を聞いた八千葉顔から血の気が引き限界寸前。
「それに比べてお前の契約者……地味で弱そうだな。やる気なくすわぁ~。ま、楽に勝率上げられそうで良いけどさ」
「……っ。せ、セッコは、弱く……ないです」
「あ? そうなの? その鳥強いのかよ。じゃあE組のお前が足引っ張ってんだ? 可哀想にな優秀な鳥野郎」
「……うぅ~」
否定できない。事実八千葉はいつもオロオロして自分が矢面に立つ場面ではまったく真価を発揮しない。精神が弱すぎるのだ。今回もまた、八千葉はなにもできずに終わってしまうかもしれない。
「つか、E組にクラス分けされた時点でやめちまえば良かったのに。なんで学園に残ってんだよもっさり女」
「……っ」
渋弌の度重なるデリカシーの欠片もない言葉に、八千葉は涙を流してしまう。悔しいのに否定しきれない。他人からだけじゃなく自分でも自分を責めた結果だ。しかし渋弌。女子が泣いても罵倒をやめず。
「あっはっは! 戦う前から泣くのかよ? 本格的にやめちまえ!」
言葉の刃で八千葉を追い詰めていく。これがいけなかった。ただ少しバカにするだけなら良かった。八千葉がうつむく程度なら良かった。しかし泣かせた挙げ句追い討ちをしてしまった。これにより、セッコは初めてやる気を出してしまう。
「……小娘。マナを寄越せ。あとは俺に委ねていれば良い」
「……え?」
セッコは八千葉の頭から飛び降り、羽に常に仕込んである砂で足場を作って着地をする。
「同調もしなくて良い。指示もいらねぇ。ただマナを寄越せ。今のお前ならそれくらいは出来るだろう。それさえ出来れば良い。それさえ出来れば――俺があのデカブツをぶち壊してやる」
セッコはいつも演習ではやる気を出さない。八千葉が怯えているからだ。戦うという意思を感じないからだ。八千葉にやる気がないのに自分がやる気を出すのは癪だからだ。だが、今回は八千葉をイタズラに無意味に傷つけられた。それがセッコには耐え難く腹が立つ行為。八千葉の意思に反して、戦闘体勢に入る。
(クソガキめが。雑魚の分際で。無意識だろうが遊びで小娘を泣かせた落とし前つけさせてやるぞ)
「は? なんだよしゃべるのかよ。九官鳥?」
空気が変わった事に気づかず呑気な渋弌。鈍感なヤツだとセッコは呆れ始める。
「ま、良いや。その減らず口すぐに黙らせてやっからさ。バンゲイダ! 食い殺しちまえ!」
「グァララララララッ!」
(減らねぇ口はテメェの方だよクソガキ)
バンゲイダは巨体をものともせずに跳びかかっていく。セッコは砂の足場を崩し纏いながら空中へかわす。
「小娘! さっさとマナを寄越せ!」
「……っ!? ご、ごめんなさい……!」
(な、泣いてる場合じゃない。初めてセッコが自分から戦おうとしてくれてる。私だって前とは少しだけ違うはず。合宿だって自分なりに頑張ったんだから。あの時の、循環の感覚を忘れないようにこっちに戻ってからも毎日続けてるもの。いつもは返って来る感覚頼りだけど、今はできない。それでもイメージはもうある。そのイメージのまま、マナを……送る)
八千葉は涙を拭い目をつぶってマナを送る事だけに集中する。
(いつもより不安定だが、十分だな。あの程度のカスならこのマナで足りる)
セッコは送られてきたマナを使い砂を操る精度と強度を上げる。それを自らの周りに球状に展開。
「空に逃げたら安全とか思ったんだろうが、バンゲイダの手足が見えねぇのかよ!」
バンゲイダは今度は上に向かって跳び上がる。セッコは高度を上げて回避しようとするが、バンゲイダは翼膜を用い一つ羽ばたく。それによりさらに一段飛距離を伸ばしてきた。
「終わりだ鳥野郎! 食われちまえ! ハハハハハハハ!」
(テメェこそこの砂が見えねぇのかよ。このデカブツも脳みそ入ってんのか? 俺に近づくことがどれだけ危険かわからねぇのかよ)
「グァ!?」
バンゲイダは大きな口を開きセッコに牙を立てようとするのだが、超高速で乱回転する砂の結界に阻まれる。その回転速度はさながらドリル。球状に広がったドリルだ。それに食いつこうとすれば口内は文句なくズタボロにされる。
「グァラ! ガゥララララ!」
自慢の歯を粉砕され、口の中の肉をえぐられた痛みに悶えながら落下するバンゲイダ。セッコは砂の形状を槍のように変え、これも高速で回転させる。
「デカブツよ。野生に生きるならわかるよな? 捕食者がいつだってデカイ方とは限らないってよ」
わかりやすい例えを言うならば蟻だろうか。蟻は群れ単位とはいえ、自分の数倍も大きい虫を捕食する。とある地域の蟻は一晩で馬一頭を食い尽くす事もあるとか。バンゲイダはセッコの数十倍の体躯。セッコは体重数キロしかない小型の生き物。本来ならばバンゲイダが捕食者に見えるだろう。だがその固定観念が通じないのが野生の世界である。
「グァ!?」
「ま、俺はテメェなんぞどんなに腹が減っていても食おうとは思わんがな」
螺旋回転する砂の槍がバンゲイダの腹部を貫く。回転は止まずに体内をグチャグチャにかき回していく。
「……っ! ……っ!」
返り血すら弾く回転速度。そんなものが体内で暴れてしまえば悲鳴どころか断末魔すら許さない。やがて痛みで暴れる前後の足が動きを止めると、セッコも攻撃を止めた。
「は……? は? い、意味がわからねぇんだけど。バンゲイダがE組なんかに負けた? ってか死んだ……? ふ、ふざけんなよ! なにも殺すこと……」
「俺を食おうとしたんだ。当然殺す。あぁ、これでテメェに契約者はいねぇわけだな。縁が他になきゃ召喚魔法で誰も喚ぶ事もできないわけだ。となると、もうやめちまうしかないんじゃないか?」
「……は?」
渋弌に近寄るセッコ。見透かすような飲み込むような独特の虚ろな目が渋弌の瞳を見つめる。
「失せろよ。二度と小娘の前に姿を見せるな。次俺の前であの小娘の前に立ってみろ。あのデカブツ以上にグチャグチャにしてやる」
「あ、あ、あ……」
先程までの威勢は見る影もなく。渋弌は失禁しながら尻餅をつく。
『契約者の死亡と勝島渋弌の戦意喪失を確認しました。勝者漆羽瀬八千葉』
「おい。小娘。いつまでマナを送っている」
「……」
アナウンスが入っても、セッコが頭に乗っても気づかない。セッコは再度声をかける。
「おい」
「……」
「……」
「痛い! あ、え? なに!?」
セッコに爪を立てられてやっと気づく。それだけ集中していたのだろうが、戦場なら即死ものである。
「終わったぞ」
「……え? え?」
「お前の勝ちだ」
「……」
呆然とする八千葉。戦闘をまったく見ていなかったので実感が湧かない。
「……もう良い。戻れ」
「え、あ、うん。うん」
わけもわからずとりあえず言われた通り観覧席の方へ戻って行く。
アナウンス直後の観覧席にて、伊鶴が八千葉について思っている事を話し出す。
「やっちゃんってさ。合宿中持ってる知識とかで色々助けてくれたんだよね」
「松明とか地図とかその他にもたくさんね」
「話もよく聞いてくれる良い人でもあるな」
「そんな有能なやっちゃんだけど、自分に自信だけはないよね」
「そうだね。ミス八千葉は同調までできるのに」
「うん。だからさ、やっちゃんには胸を張ってほしいって思うわ。今日の一勝がそのキッカケになってくれると良いよねぇ」
伊鶴の言葉によく理解していない才以外が同意する。しかし、皆あの事を忘れたわけではない。
「良いこと言ってるけどあんた。八千葉さんにプレッシャーかけたこと忘れてないよね? 勝てたから詫びなくて良いとかそんなことないからあとで裏な?」
「んんんんんんんん……っ!」
なんだかんだ締まらない伊鶴。それがある意味では彼女の個性なのかもしれない。
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